80.兆し
私の今後の進路予定が決まると、神殿長がモモテアちゃんの両親の元へ行って状況を説明し、その上でモモテアちゃんのこれからをどうするか聞きに行った。
私は行く必要もなかったのであとから聞いた話なのだが、神殿が入学費用を負担してくれるならぜひ学園へ、ということになったらしい。
モモテアちゃん家は敬虔な神と精霊の信徒ではないから神殿所属には消極的だったそうだ。そこに高額な入学費用を神殿が負担してくれるという話が出たなら、渡りに船である。私と一緒の入学という条件が前提ではあるが。
一応卒業後に入学費用を稼げる制度もあるにはあるが、このまま何事もなく予定が進めばその制度を利用することもないだろう。
王都から村に戻って、相変わらず勉強したり魔法の制御特訓したり動き回ったり遊んだりして、一ヶ月経ったある日。
その日はお父さんが月一の王都から帰ってきた日だった。
今回、お父さんにはポランテーク服飾店に行ってもらって、私サイズにお直ししてもらった戦闘用ドレスと、補修された王女のお古のドレスの受け取りをお願いしていた。
なので私はワクワクしながらお父さんを出迎えに行き、馬車から降りてくるお父さんを待つ。するとお父さんは何故か神妙な顔付きをしながら、私のもとに来た。
「アニス、ルナルティエ王女様からの手紙を預かってきているんだけど……」
……は? 王女から?
私は疑問符を浮かべながら、お父さんから封蝋のされた手紙を受け取る。
そしてその手紙を開いて読み――私は血の気が引いた。
『ドレスに何かあったら、まずわたくしに連絡しなさい』
バレてる!! 王女にバレないようにこっそり補修するつもりだったのに、思いっきりバレてる!!
バレたということは――!!
「お父さん!! あの豚人がどうなったか何か聞いてない!?」
「あ、あぁ。持ってきた騎士様の話によると、アニスが許したのだからこれ以上咎める必要はない、と王女様は仰ったそうだ。だからたぶん心配はないよ」
ほっ。それなら安心か。ドレスがボロボロになった原因は完全に豚人のせいだが、私に関わったせいでその命が失われる、なんてことにならなくてよかった。
「それよりも、その手紙と一緒に渡された物がお父さんとしては問題でね……」
そう言うとお父さんは馬車に戻り、両手に複数の荷物を抱えて戻ってきた。
「これ全部、王女様からアニスへ、だそうだ」
荷物の中身を確認すると――全て高価なドレスだった。
その日から、私のクローゼットには平民服と場違いなドレス達が並ぶこととなった。
「せっかく頂いたというのに、まだ着ていないのですか?」
「いえ、あんな上等なドレス、この村で暮らしてたらそうそう着る機会ないですって」
パラデシアがそんなことをのたまったのは、それから数カ月後のことである。
「普段使いすれば良いでしょうに。何着もあるのなら、大事にするより消耗品として割り切ってしまうのもアリですよ。このままだと着ることがないまま身体が成長して、着れなくなるのが目に見えています」
うっ……!! それは確かに。
せっかく貰った物なのだから、着らずに無駄にするよりは着て無駄にしたほうがまだマシか。いやもちろん、私としては無駄にするつもりなんて無いけれど。突発的な戦闘でドレスを無駄にした前例が私にはあるので。
「まぁ無駄話はこれくらいにして、そろそろ行きますわよ」
「お手柔らかにお願いしますね……」
この場所は精霊院の裏庭。私とパラデシアは正面向いて対峙し、それぞれ杖を持っている。
杖を持つと決まってから、私は杖術の訓練を受けるようになった。なったのだが……。
「――アイタッ!!」
杖同士がぶつかった衝撃に耐えきれず、私は杖を取り落とす。
「……ふぅ。貴女、身体能力は高いのに、得物を使いはじめると途端に動きが鈍くなりますわね。センスが無いと言うべきか、適正が低いと言うべきか」
そうなのだ。ここ数ヶ月訓練しているが、あまり上達している感じがしない。
「アレセニエから剣の手解きも受けてみたのでしたね? そちらはどうだったのですか?」
「あまり芳しくはないですね」
杖もダメ、剣もダメ。どうも私は、武器を扱うということに慣れないようだ。
「長物がダメなら、やはり貴女には無手格闘術が合ってるのかしら?」
「ですから別にそれが得意なわけじゃないですって。そもそも私がやったのは、イメージを魔法にして、無理矢理身体を動かしただけですから」
私が以前やったのは、格闘ゲームやマンガアニメの技を魔法で再現しただけだ。私自身がそれらの技を技術として習得しているわけではない。
「その魔法の使い方がそもそもおかしな話なのですけれど、まぁそれはひとまず置いておきましょう。アニスですし。私としては魔法によるものだとしても。同じ動きを何度もおこなえば身体が覚えて定着し、技術として身に付くのではないかと思うのですけれど。少し試してみますか?」
なるほど。同じ動きを強制的に反復してれば、いずれは強制せずとも自分の意志で同じ動きができるようになる、ということか。
「具体的にはどうします?」
「以前おこなった、私の杖を逸らして腕を掴み、脇腹に拳を当てた行動をやってみましょう。最初はゆっくり、徐々にスピードを上げていってみましょうか。あぁ、拳を当てる際は衝撃を出さないように。あくまで動きを再現するだけです」
パラデシアに言われるまま、私は魔法であの時の動きを再現する。
横薙ぎでゆっくり迫ってくる杖に対して、まずは手の甲で軌道をずらすブロッキング。今回は光らないようにイメージしたよ!!
それから腕を掴んで、がら空きの脇腹に拳を軽く当てる。この際、衝撃が出ないようにしっかりイメージ。
それら一連の動きを、徐々に速くしながら繰り返す。
何度かやったあと「今度は魔法無しでやってみなさい」と言われたので、私はまたゆっくり来るであろう横薙ぎの杖を――。
――風切り音が聞こえた。
……気付いたら、私はパラデシアの腕を掴んで、私の拳がパラデシアの脇腹にめり込んでいた。
「あ……だっ、大丈夫ですかパラデシア様!?」
「ぐっ、……大丈夫です。心配いりません。貴女の細腕ではそんなに威力は出ませんから。それよりも、予想以上に良い動きをしましたわね。どうですか?」
言われて手を確認する。右手の甲が痛い。そりゃそうだ。さっきまでは魔法により、攻撃の無効化という効果が付いていたが、今のは魔法の効果も何もない、正真正銘自分の身体能力による動きだったのだ。物理的に直接手の甲で杖の軌道を逸らせば、痛いのは当然。
そして、脇腹の感触がまだ残ってる。とはいえ服の上からだし、反射的に動いただけなので、パラデシアが言うように心配するほど威力は出ていないようだ。私の肩に無理な負担がかかった様子もない。
これは……この短時間で、身体に動きが染み付き、覚え込み始めていると言わざるを得ない。
「私の見立ては間違っていなかったようですわね。しかし困りましたね……。以前も言いましたが格闘術に関してはこの村で教えられる者がいません。独学で変な癖が付いてもいけませんし、やはりこの村にいる間は基礎体力の向上だけやっておきましょうか」
パラデシアがそう提案する。
私としては別に格闘術なんて覚えたくもないのだが、入学を決めた以上は近接戦闘の授業は避けられない。
私は仕方なく「はぁ、わかりました」と溜息をつきつつ、ネガティブな感情を全面に出しながらそう返事をした。




