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73.三度服飾店へ

 とても良い感じに稲妻キックが豚人の横顔に入ってしまった。さすがに死んではいないと思いたいが、普通に考えて(たぶん)20kg以上ある重量物が顔面に当たったら非常に危ない。


 急いで駆け寄って首筋の脈を……この辺か? いやこの辺りか? ……首が太くて脈の位置がわからん!! それじゃあ手首……ってこっちも太いし触ってもやっぱりわからん!!

 最終的に胸に耳を当てて鼓動を確認。心音は聞き取れる。良かった生きてる。

 完全に意識を失ってはいるが、呼吸も確認できた――というか先にこっち確認すれば早かったのか。完全に気が動転している。


 戦闘開始からそこそこ時間が経っているので、もうすぐ蜥蜴人が保険医を連れてくるはずだ。放ってはおけない気もするけど、放っておいても問題は無さそうな気はする。

 それよりも、これから起こり得る展開を考える必要がありそうだ。


 蜥蜴人が保険医を連れてきたとして、状況の説明を求められるのは必至。私が学園長の客人で、王族案件で来園したことを言わねばならないだろう。そうすると間違いなく学園長に報告が行くだろうし、学校側の不始末として報告が王宮にも――あっ!! 確実に王女の耳に入っちゃう展開だこれ!! しかも王女から下賜されたドレスボロボロにしちゃってるから、その原因となったこの豚人の未来が果てしなく危うい!!


 どうしようどうしよう!? ……いや、幸いにも他の目撃者はいないっぽいし、ここは三十六計逃げるに如かずだ!! この場に私がいなければ、あとは状況と豚人の証言しか判断材料がなくなる。しかも誰の目から見ても豚人が返り討ちにあっている、という自業自得な状況なのだから、豚人が下手なことを言わなければ最悪な展開は避けられるだろう。……たぶん。


「モモテアちゃん、ずらかるよ!!」

「えっ!? は、はい、お姉さま!!」


 戦闘が無事終わって安心したせいか、腰が抜けてたらしいモモテアちゃんをエレキボディで抱きかかえて離脱。そのまま私達が入ってきた門の近くまで走ると、魔法を解いて一旦深呼吸。何食わぬ顔で守衛さんに挨拶して、アレセニエさんと行き違わないための木札を渡して敷地の外へ出る。

 守衛さんが私の格好を見て、来た時とは違う意味でギョッとするが、私が「見なかったことにしてくださいね?」と言うと、無言で頷いて通してくれた。


 さて、このあとのことだが、ボロボロのドレスのまま宿泊先のリッチタイラーに戻るのはちょっとマズい。高級宿なので身なりは整えておかねばならない。まぁあそこの支配人ならどんな姿でも許容してくれそうな気もするけれど、私は他の宿泊客から奇異の目で見られたくはない。

 で、あれば、次に向かうべき場所は一つだ。






「あら? 貴女は確か以前ルナルティエ様と一緒にご来店された……そのお召し物、どうされたのですか!?」


 入るなり店員に驚かれた。まぁ当然の反応である。


 ここは最初にパラデシアとお父さんとで服を買ったお店だ。生涯に一度しか利用することはないだろうと思ってまったく店名を覚える気がなかったのだが、こう何度も利用することになるとさすがに覚えざるを得ない。

 というわけで、私達はポランテーク服飾店に来店したのである。うん、店名覚えた。


「すみません、このドレスの補修をお願いします。あと、代わりのドレスも一着購入したいんですけど……」

「承りました。こちらの方へどうぞ」


 本来なら子供だけで来店するような場所ではないのだろうが、店員さんはあまり突っ込んだ質問をすることもなく、快く応対してくれる。店員さんが覚えてくれていたように、王族と関わりのある客だから、という可能性もありそうではあるが。


 モモテアちゃんと一緒に女児用ドレスのコーナーへ案内され「先に代わりのドレスをお決めになってください。何かご希望はありますか?」と言われて少し悩む。

 ドレスを駄目にするのはこれで二着目だ。どちらも不本意な戦闘行為のせいである。私としては戦闘なんて真っ平御免なのだが、どうも巻き込まれやすいというか、避けて通れない運命というか……。

 なので、突発的な戦闘が起こっても問題ないようなドレスが欲しいところだが……いやそんなのあるのか?


「――戦闘用ドレスですね? 数は少ないですけど、ございますよ」


 ダメ元で聞いてみたらあった!!


「ただ、10歳以上向けのドレスしかありませんので、少しお直しが必要になります」


 そういったドレスは、魔術士級の貴族少女がサクシエル魔法学園に入学する際、実用的かつ着飾りたいという子供のために、親がプレゼントとして仕立てたり購入するのが大半なのだそうだ。それ以下の年齢では需要がなく、8歳の私には合うサイズが無いとのこと。そういうことなら仕方がない。


「当店を贔屓にしてくださっているパラデシア様が入学される時に、当店の店主が一着仕立てたとも聞いております。ですが、当店は戦闘用ドレスの専門店ではございませんので、今後も魔物退治等を頻繁におこなうのでしたら、専門店でご購入されることをお勧めいたします」


 そんな専門店も存在するのか……。というか普通は利益追求のために、このお店の商品をオススメしそうなものだが、躊躇無く他店に行くように勧めたなこの人。いや、高級な店だからこそ誠実かつ正直に勧めているのかもしれない。戦闘用ドレスってことは、要はヘルメットやプロテクターみたいな、人命を守ることに直結する物なのかもしれないし。


 そんな話を店員さんとやりつつ、いくつかドレスを身体にあてがわれる。私にはドレスの良し悪しがわからないので店員さんにお任せだ。


「……やはりどれも大きすぎますね。お嬢様のご予算がお許しになるのでしたら、別に普段使い用のドレスを一着購入されてはいかがでしょう?」


 戦闘用ドレスを購入してもお直しが必要ですぐには着れない。そして今着てる王女のお古を補修に出すと、着るものが無くなってしまうのでもう一着買うしかない、と。


「……おねがいします」


 お金がかなり飛びそうだがこれまた仕方がない。

 その後、魔物の革を一部使用しているため丈夫だという戦闘用ドレスと、以前購入したドレスよりもグレードの落ちる安い(といってもそれなりに値は張る)ドレスを購入。

 そしてすぐにその安いドレスに着替えて、ボロボロになったドレスの補修を依頼する。


「……これは、かなり上等なドレスですね。このドレスの補修だけでも500メニアは掛かりますけれど、本当にご予算は大丈夫ですか?」


 えっ!? 補修で500メニア!? 一般平民の月収が300メニア程度だよね? もし仕立てたら数千とか、下手すると1万とかいくんじゃなかろうか? さすが王族のドレスと言うべきか、王族恐るべしと言うべきか……。

 というかこれ、補修しておかないとあとが怖すぎる。選択肢などあってないようなものなので「大丈夫です。お願いします」と言うしかない。どうか王女の耳に入る前に補修を終えてくれますように。


 ――というわけで、普段用のドレス100メニア、戦闘用ドレス300メニア、補修費用500メニアの計900メニアの出費となった。まぁこれ払ったとしても、私の財布にはまだ6千メニアくらいあるので今のところ心配はない。お金の余裕は心の余裕、である。


 ちなみにモモテアちゃんのドレスも補修をお願いするべきかと思っていたが、私よりもドレスの被害は少ない。というより軽く汚れた程度である。

 それは何故か? 豚人との戦闘で、私はモモテアちゃんに二回ほど庇われて地面に押し倒されたわけだが、その二回ともモモテアちゃんが上だったからだ!! 地面に擦られた私より被害が少ないのは必然なのである。

 もちろんそれを咎めるつもりはない。むしろ感謝しかない。


 買い物も終わり、お店を出ようとしたところ「あっ、お待ち下さいお嬢様!!」と呼び止められた。


「こちら、当店からのサービスでございます。きっとお気に召されると思いますよ」


 そう言って渡されたのは、可愛く装飾された小さな布の袋。


「……これは?」

「以前お嬢様がご提案してくださいました、お嬢様方向けのゴム入りのショーツが入っております。大人と同じ装いができる、とお嬢様方の乙女心を掴み、只今非常に人気のある当店自慢の商品となりました」

「これ、あと2――いえ、3枚ください!!」

「ご購入、ありがとうございます!!」


 前言撤回、この店は誠実かつ正直に、徹底的に利益追求してた。

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