70.魔石の融通
「恨みを晴らしたいという気持ちはわかりますし、手伝っていただくという申し出は大変ありがたいのですが、アニスさんにできることは今のところあまり無いかと……。僕の研究はまだしばらくかかるので使えませんし、アニスさん自身の足で探すとしても、ベンプレオの顔の見分けがつかないのでは?」
うっ!! それは盲点だった。確かによほど特徴的な違いでもない限り、亜人の顔の区別なんてできそうもない。だいたい、殺された時に見えた顔も一瞬だったし、そんなにハッキリ覚えているわけでもない。そもそも私の胸に剣を突き刺した人物がベンプレオじゃない可能性も十分にある。
とはいえ、ここでスゴスゴと引き下がるのは勿体ない。何らかの形でベンプレオ捜索に一枚噛んで、何かしら情報を得られるような立場をなんとか確保しておきたい。
考えろ~考えろ~私の灰色の脳細胞~!!
まず、私自身が捜索するのはさっきも言われた通り却下だ。ベンプレオの顔がわからなければ意味がない。
じゃあパレトゥンさんの研究を手伝う? だが彼の研究は魔法陣だ。専門外である。もし手伝えたとしても、手伝ったことで魔法陣の知識を得てしまい、国家機密に触れたことで私の立場が悪くなる、なんて可能性も十分に考えられる。
……いや待てよ? さっき、魔法陣の効果範囲を広げればそのぶん魔力消費が跳ね上がる、みたいなことを言っていたな。――これだ!!
私は「ジュエルクリエイト」と唱え、こぶし大の宝石をゴロゴロと生成し、それら宝石に魔力を込め、十数個の魔石を作り出した。
「魔石を融通します。これを研究に役立ててください」
パレトゥンさんは唐突に出現した魔石群に目を白黒させる。もう見慣れた反応だ。
「こ……これはいったい……!! アニスさん、貴女今何をしたんですか!?」
「宝石を生成して魔力を込めました。あっ、この能力も秘密の一つなんで、他言しないでくださいね。学園長は知ってますけど」
作り出した魔石を手に取り、信じられないという表情で魔石を見つめる。
「アニスさんは……異端魔法の使える魔導師だったんですか……」
「あれっ!? 学園長から何も聞いてないんですか!?」
「ええ。単に『鼠人について聞きたいと言っている少女がいるから、会って話して欲しい』としか。まぁ同胞のことを話すだけなら、アニスさんの素性を知る必要はない、という学園長の判断なのでしょうけど」
言われてみれば有り得る話だ。そもそも私の存在は貴族には知れ渡っているけれど、一般向けにはまだ隠されているみたいだし。
「僕の魔力量ではなかなか一気に研究を進めることが出来ませんでしたから、魔石の融通は非常に助かります。――それで、この見返りはなんですか? タダで譲ってくれるというわけではないのでしょう?」
「勿論です。今後ベンプレオに関する情報が入手できた場合には私にも教えて欲しいのと、その魔法陣を使った魔道具が完成したら私にもください」
「それは……僕だけでは判断できませんね。学園長と話し合う必要があります。アニスさんが学園長に話を付けてくれると手っ取り早いのですけど」
うむむ……また学園長の所に行くのか……。このあと行っても良いんだけど、行ったら長話に付き合わされそうな予感がビンビンするんだよなぁ。
……うん、今日はやめておこう。
「えっと、じゃあその件の許可はそのうち私から学園長に話してみます。あまり急ぐような話でもないですし、私もここにそう頻繁に来られるわけではないですから」
「おや? アニスさんは王都に住んでいるわけではないのですか?」
「王都から馬車で三日ほどの所にある村です。一応、三年後にはこの学園に通うことになってますから、それまでに情報と魔道具完成と、魔道具の許可が出ていればと思っています」
そもそも今の私の年齢では、村を出てベンプレオ捜索の旅に出るなんてまず無理だろう。モモテアちゃんが10歳になる時に合わせて私は入学する予定なので、その時私は11歳。学園を卒業するのに3~4年掛かると見て、大体15歳くらいか? そのくらいの年齢になれば独り立ちも可能だろうから、本格的に目的遂行を目指すのはそれからだ。
ただし問題がある。それだけの時間が経っていると、日本で死んだ私を死ぬ前の時間まで戻すのに、いったいどれだけの魔力が必要になるのか、ということだ。……まぁ私がこの世界に来て一年以上経っているので、もうすでにとんでもない魔力量が必要になりそうな気がするけれど。
あとあれだ。独り立ちすると家族が悲しむな。特にお父さんが咽び泣く様子が目に浮かぶ。
「わかりました。では僕も、できるかぎり研究を進めるとしましょう。いやはや、今日は大変有意義な時間でした。もしお暇があれば、ぜひまた訪ねてきてください。アニスさんなら歓迎しますよ」
「ありがとうございます。王都に来た際にはまた必ず……って、いやいやいや!! まだ聞きたいことありますから!! 話を終わらせないでください!!」
いや確かになんとな~く〆の雰囲気っぽくなっていたけど、こちらの用件はまだ済んでいない。
その後、ベンプレオと一緒にいる可能性のある鼠人の話や、鼠人の国だった今は無きラリオス国に関する話、念の為にベンプレオの特徴などを聞いたりしておく。
あらかた聞きたいことも聞けたので、お礼を言って退室しようとしたところ「あっ、アニスさん。僕からも一つだけ尋ねたいことが」と、呼び止められた。
「クランカイゾ、という鼠人の名に心当たりはありませんか?」
……クランカイゾ? う~ん、名前を覚えるのが苦手な私なので、思い出そうと少し頭を捻ってみるが――いや、これは心当たりが無いな。似たような名前を聞いた記憶もない。
というか鼠人という種族で、名前を知った最初の一人が今日会ったパレトゥンさんなのだから、そもそも心当たりなんてあるはずもないことに気付く。
「……いえ、無いですね。どういう人なんです?」
「クランカイゾは、同胞から見れば反逆者、他国から見れば非道な扱いを受けていた者達を解放に導いた立役者、といったところでしょうか。先程話した、ラリオス国を裏切った鼠人です。彼は部隊の隊長を任せられるほどの実力者で――この国で言えば騎士に当てはまるでしょうか? 裏切ったあとは同胞相手に前線で戦っていたのですが、戦争が終わったあと、彼もベンプレオ同様消息不明になりまして。遺体も見付からないので、もしかしたらアニスさんの言う前世の世界にいたのではないか? と思ったのですが……」
どうやらベンプレオと一緒に、そのクランカイゾという人物も探しているらしい。あまり私には関係ない人物ではあるが、一応気に留めておこう。……忘れてなければ。
「あっ、お姉さま!! お話し終わりました?」
「うん。待たせてゴメンね。アレセニエさんは……まだ戻ってきてないね。入れ違いにならないように受付に一言って言ってたっけ。とりあえず受付に向かおう」
私達は地下から地上に戻り、最初に応対してくれた外来窓口に足を運ぶ。
再び出てきてくれたローブ姿の女性に事情を説明すると、一枚の木札に一筆書いて渡してくれた。
どうやらこの木札を門の守衛に渡せば、アレセニエさんがやってきた時に守衛が対応し、入れ違いを防げるらしい。
私達は女性にお礼を言って建物の外に出る。あとはこのまま門に向かえば良いのだが……。
ふと、二人組の亜人の会話が聞こえてきた。
「クソぉ……昨日は衛兵に邪魔されるし、最近ろくな事ねぇな。……ん? ちょっとあのガキ共で憂さ晴らしでもしてみるか?」
「いやいやアニキ!! あれどう見ても貴族のご息女ッスよ!! 馬鹿なこと考えないでください!!」
豚頭とトカゲ頭がそんな会話をしている。
オークとリザードマンって名前が浮かんだけど、これは差別用語なのでお口チャック。豚人と蜥蜴人になるのだろう。
私達を見た上でのセリフなので、豚人の言うガキ共というのは私達のことなのだろうなぁ。それで、私達でストレス発散? ……なんか危ない奴だな。理性的な相方が勘違いしつつ説得してるうちに、関わらないようにさっさと離れよう。
「お姉さま……危険なのでここはお早く」
モモテアちゃんも豚人を危険人物と判断し、私を守るような位置を常に維持しつつ、足早にその場を離れるよう促す。
「あぁんッ!? 誰が危険だって!?」
うわっ!! 耳打ちだったのに聞こえてる!! 亜人の聴力舐めてた!!
ズカズカと乱暴な足取りで私達の前に来る豚人。と、そのあとを追う蜥蜴人。
……なんだかこの状況にちょっとだけ既視感があるが、今はそんなことを考えている時ではない。
目の前には感情的になっている豚人がおり、その後ろにオロオロしている、舎弟だか子分だか知らないが、とりあえず豚人をアニキと慕っているらしき蜥蜴人。
二人共簡素な服で、その上に簡易のマントのようなローブのような、そんな服装をしている。この学園で見かける人の大半が簡易ローブを纏っているので、どうもこの簡易ローブが学園の制服に当たるようである。
つまりこの二人も学生ということだ。
……あれ? 王族案件でここに来ている客人の私達に対して、ただの学生が絡んできているわけだけど、これって学生側の立場むちゃくちゃ悪くならない?
もしここで私達に危害が加えられた場合、どうなる?
たぶん、まず学園長がすっ飛んでくる。学園長でこの案件が止まればいいけど、場合によっては学園長から城のほうに報告が行く可能性がある。そうすると王族にも伝わるだろうから、もしその報告を王女が聞いたとしたら? ――あっ、この二人の首が物理的に飛びかねない!!
危害を加えられるのは当然嫌だが、私に関わったことで人が死ぬというのも非常によろしくない。
この豚人をなだめ、冷静さを促し、穏便に事を収める必要がある。
……やるしかない!! 日本で培った私の接客スキルを総動員だ!!




