69.有益な情報
魔将ベンプレオは、前世で私を殺した犯人。ほぼ間違いない。
――と、勢いでパレトゥンさんに私の秘密を話してしまったが、直後にあまりにも軽率な言動をしてしまったことに気付く。
私に前世の記憶があることを知るのは、院長以外に誰もいない。
私はパレトゥンさんと会ったばかりで、彼の情報は彼の口からしか聞いていない。信用できるかどうかを判断するには材料があまりにも乏しすぎるし、そして早すぎる。
もしパレトゥンさんが、捕まっていないベンプレオを探す振りをしていて実はベンプレオ一味の仲間だった、なんてことだったらヤバい。超ヤバい。
下手するとこのまま襲われる可能性もある。……こんな狭い空間で? 分厚い鉄の扉が閉まった逃げ場のないこの場所で? 最悪だ!!
冷や汗が流れる。
もし襲われた場合に備えて、一縷の望みを掛けて何か打開できそうな魔法を必死で考えつつ、パレトゥンさんの一挙手一投足を見守る。
そして――パレトゥンさんの右手が動いた。動かしたその先には……彼のこめかみ辺り。
「ちょ、ちょっと待ってください!! アニスさんは一体何を言っているんだ!? 前世!? 殺された!? 僕にもわかるように話してくれませんか!?」
心底意味がわからない、といった面持ちだった。どうやら私の考えは杞憂だったようである。ホッとすると同時に、どっと疲れた。……今後はもうちょっと言動に気を付けねば。
とはいえ私の秘密を漏らしてしまった以上は、説明する必要もある。
「その前に、このことは私の最大の秘密なので、誰にも言わないと約束してくれませんか?」
「え……ええ、約束しましょう。今までまったく進展のなかったベンプレオの動向が少しでもわかるのなら、こちらとしても願ったり叶ったりです」
ん? となるとこれはギブ・アンド・テイクの関係になるのか。私は日本でベンプレオに殺された話をパレトゥンさんにして、パレトゥンさんはベンプレオの詳しい情報を私に教える。
話題の選択次第では、私の秘密を喋らずとも情報を聞けた可能性も十分にあるので、私の秘密を少々安売りしすぎた感があるな……。まぁ過ぎたことはしょうがない。必要経費と考えておこう。
そして私はぽつぽつと話を始める。
この世界とは別の世界に住んでいて、仕事帰りに誘拐される。気が付いたら身動きが取れない状態で、見知らぬ室内の床に転がされていた。暗い部屋の中には数人の人影。何か呪文めいた言葉を喋ったかと思うと、床の魔法陣が光り始める。そして仰向けにされ、誘拐犯の持った剣を胸に突き立てられて私は殺された。その死の瞬間に見た犯人の顔が――鼠の頭部だった。
「――私が元いた世界には亜人という存在はいませんでした。魔法も魔法陣も、物語の中にだけ存在するもので扱える者は誰ひとりとしていません。でもこちらの世界には、鼠の頭部を持った亜人も、魔法も魔法陣も存在します。そしてそれらが無い世界から、私という人格がこの世界のこの身に宿ったという事実。……パレトゥンさんは、どう考えますか?」
私の問いに、彼は顎に手を当てる。しばらく考えるかと思ったが、彼はすぐに口を開いた。
「別世界の貴女の人格がこの世界に来た、という点に関してはあまりに突飛すぎて皆目検討も付きませんが、ベンプレオについてはハッキリとわかります。ベンプレオはラリオス滅亡時に、アニスさんがいたという別の世界に転移して逃亡し、頃合いを見計らってこの世界に戻ってきたとみるべきでしょう。前世のアニスさんを生贄にして」
顎に当てていた手で口を覆うも、はみ出した口の端が大きく上がる。
「アニスさん……大変有益な情報をありがとうございます。別の世界にいたのなら、今まで見付からなくて当たり前だ……!! これまでの研究も無駄にならずに済む!!」
なんだか大変喜んでいる様子。だが彼は自ら軟禁を受け入れていると言ったな? そんな状況でどうやってベンプレオの捜索に協力しているのだろうか?
「え? ああ、それはこれだよ!! 僕はこれを研究することで捜索に協力しているんだ!!」
パレトゥンさんがハイテンション気味に広げた紙、そこに描かれていたのは魔法陣だった。
「魔法陣のここの長い記述、この術式に僕の毛を媒体にして魔法陣を発動すると、付近にいる同胞の存在がわかるんだ。ただこれだけだと本当に近距離にいる同胞しかわからないから、範囲を広げるためにこの部分の術式が必要でね。しかしこれだと広げれば広げたぶんだけ魔力を消費するから、魔力消費を抑えるために効果範囲を直線に伸ばし、それを魔法陣を中心に回転させて触れたら反応する、というような改良を加えたいんだけれど、これがなかなか上手くいかなくて――」
おわっ!! オタク特有の早口でペラペラと話し始めた!! 聞く限りだと鼠人だけに反応するいわゆるレーダーみたいなことを考えているようだ。
いやちょっと待て。このまま聞き続けるのは非常にマズいのでは?
「パレトゥンさん落ち着いてください!! それ、私に言ったら駄目な話じゃないんですか!?」
今聞いた話はどう考えても魔法陣の知識だ。魔法陣の知識は国家機密なので求めてはいけない、と先月釘を刺されたばかりである。
相手が勝手に話し始めて、私が求めたわけではないからセーフと言えなくもないが、そんな言い訳が通用するかどうかハッキリ言ってわからない。
「おっと失礼、学園長以外に研究成果を言える者がいなくて……すみません、今の話、聞かなかったことにしてください。言ったことがバレたら僕の立場が危うくなります……」
いきなりシュンとなるパレトゥンさん。そのあまりの変わり様に私はちょっとクスッとしてしまう。
意識してやったのか無意識にやってしまったのかはわからないが、少なくともこれで互いが互いの秘密を知ったことになる。……いや、パレトゥンさんのは秘密というより弱みか? まぁある意味対等な関係になったのは間違いないだろう。
魔法陣の話も気になるが、話が少々逸れてるな。本題はそこじゃない。
私は居住まいを正して、パレトゥンさんを真っ直ぐ見る。
「ベンプレオが世界を転移したという話、是非詳しく聞かせてください。私にはそれを知る権利があると思います」
鼠人に関する話から、少しでも元の世界に戻れる手がかりが掴めたらいいなぁと軽く考えていたら、思わぬ大物情報が釣れた。チャンスかと思ったら大当たりに変貌だ。
「確かに……アニスさんの話が本当なら、知りたいと思うのは当然ですね。貴女が僕に会った瞬間怖がった理由も理解できましたし。わかりました、お話ししましょう」
パレトゥンさんの話によると、ベンプレオはラリオス国で様々な研究をおこなっていたそうだ。その研究の一つに、緊急逃亡用の魔法陣の作成があったという。
そしてすでに別の世界に逃げるという発想は持っていたのだが、問題があった。それは転移先の環境や安全が確保できるかどうかというものである。
そこでベンプレオは大量の人体実験をおこなう。無理矢理魔石を埋め込んだ被験者を魔法陣で転移させ、しばらくしたのちに引き戻して死亡状況を確認。魔力枯渇以外の死亡原因があれば転移先は危険と判断され、魔法陣の記述を少しだけ変えてまた実験。そんな実験を繰り返して見つけ出した転移先が、私の元の世界だったのではないか、ということである。
「――ただ、一つ気になる点があります。アニスさんが元いた世界には魔法が存在しないという話ですが、それならば魔力も無いはずです。別の世界に転移するとなると途轍もない魔力量が必要になると思うのですけど、アニスさんの元の身体、魔力の無い人間を生贄にしたところで意味があるとは思えません」
「えっ!? それって……私は無駄に殺されたってことですか!?」
「僕の見解ではそうなる、というだけです。ベンプレオにとっては何かしら意味があったのかもしれません」
むむむ……その辺はまだ謎か……。とはいえ、パレトゥンさんの話はとんでもなく重要な話だ。これまでの話で、私の今後の方針が決まったと言っても過言ではない。
「パレトゥンさん。魔将ベンプレオの捜索、私にも手伝わせてください。私を殺された恨みを、私自身の手で晴らしたいんです」
自身が殺された恨みを自分で晴らせる機会なんて普通ありえない。矛盾してるようで矛盾してないことに、内心ちょっとおかしく思う。
あ、恨みを晴らすとは言っても、別に犯人を害するつもりはない。あくまで私の最終目的は、日本に戻って、死んだ私を生き返らせて、元の生活に戻ることだ。
――ベンプレオをとっ捕まえて、日本に戻る魔法陣を何が何でも描かせてやるッ!!




