67.褒美の本題
「そもそも魔力感知とは、魔術士級以上の者であれば基本的に備わっている能力です。ですが時空魔法は異端魔法であるせいか、魔導師である私では感知できません。アニス殿が時空魔法を認識した――つまり感知できたということは、アニス殿には時空魔法の素質があるやもしれない、という仮説が成り立ちますな」
時空魔法を直に見て、肌で経験した私ならば、イメージも容易になるため使えるかもしれないと、ハーンライド学園長が促す。
私はその言葉にちょっと期待して、以前不発に終わった時空魔法を再び試してみる。
――が。
「……ダメですね。発動しません」
「うむむ、魔術士級の魔力と魔力感知はセットである、という常識がそもそも間違っている可能性が出てきましたな。もしよろしければ、今からじっくりとお話と検証と研究を――」
「探求殿、今はそのようなことをやっている時ではありませんよ。アニス様に時空魔法の知識を褒美としてお与えするのが先です」
おっとあぶない。下手するとこの学園長の研究に長々と付き合わされかねない。
とはいえ、私の今の状況は私自身も気になる。魔導師級の魔力を持ちながら普通の魔力感知ができず、時空魔法は使えないのに時空魔法の魔力感知ができてしまう。どこかのタイミングできちんと検証する必要はありそうだ。
「しかし、軍事長殿は気にならないのですか? 時空魔法を感知できる者など、初めてなのですよ?」
「もちろん気にならないわけではありませんが、私と同じ能力が使えるわけではないのでしょう? 奥の手まで見せて真似されたとなれば私も自信を無くしてしまいますが、現状ではアニス様が可能なのは認識のみ。アニス様に限っては無いとは思いますが、万が一敵対するようなことがあっても対処可能と考えます」
ひぃっ!! 私に対して命の恩人と言いつつも、もし敵対したら躊躇わないって言ってるよねこれ!? 恩より国家への忠誠心が上回っているってことだろう。
いやもちろん、敵対なんてする気もないので心配する必要はないのだが。
「時空魔法の使い手自体はこの国やこの学園にも数名いますが、みな魔法使い級ですからなぁ。国勢調査官が把握していない旅する魔術士級の時空魔法使い、というのがいないとも限りませんが」
「まぁアニス様の能力を考えたところで答えが出るとは思えませんから、この話題は一旦横に置いておきましょう。それではアニス様、時空魔法について他に何か聞きたいことや、疑問に思ったことはございませんか?」
……よしきた!! 私にとってはむしろここからが本題だ。
そもそも時空魔法の知識を求めたのは、地球に戻れるかどうかの手がかりを得るためなのだ。だから聞くことは一つ。
「時空魔法で空間を操れるなら、例えば別の世界の空間と繋げる、みたいなことってできるんですかね?」
すると、学園長が顎に手を当てつつ、興味深げに目を細めた。
「ほほぅ、アニス殿は面白いことを思い付きますな。まるで別の世界が実在するかのように言いなさる」
おわっ!! ヤバっ!! ちょっとストレート過ぎた!!
「あぁいえ、ほら、あのー、あれです、神様は天上の世界にいるって言うじゃないですか。もし神様のいる世界に繋げられたら、夢が広がるんじゃないかなぁと思いまして」
「ふむ、神と精霊の信徒が聞いたら憤怒しそうなお話ですが、いやはやそれは確かに興味深い!! 軍事長殿、どうです?」
「そうですねぇ……私は神と精霊の信徒ではないのでその辺は大丈夫ですが、問題が二つあります。そもそも天上の世界がイメージできないこと、そして天上の世界が空の上にあるならば、空間を繋げるにはあまりにも距離がありすぎる、ということですね。最低でも、実際にその世界に行ってイメージを明確にでき、そしてその距離を埋められるほどの魔力を持ち合わせていなければ無理かと思います」
……あれ? 話を聞く限りだと地球と空間を繋げるのは不可能ではないのでは? 明確なイメージなら私の頭の中にハッキリと存在するので、こちらは問題ない。問題は距離のほうだな。この世界から見て地球がどこに存在するのか? それを調べる必要があるが……いややっぱ不可能だわ。どう考えても調べる術が無い。
ぐぬぬ、時空魔法だけではそうそう解決できるものではない、とわかっただけでも収穫か。とりあえず空間を繋げるのにイメージが必要、というのは手がかりの一つになりえる。
これ以上突っ込んだことを聞くと怪しまれそうだし、かと言って質問が一つだけ、というのもそれはそれで怪しまれそうなので、ダメ押しにもう一つくらい質問しておく。
「さっき軍事長を呼び出した魔道具ですけど、あれも時空魔法を使っているという話でしたよね? 支障の無い範囲で原理を教えてもらっても?」
「これに興味を持ちなさるか。こちらはですね、私が独自に研究、解析した時空魔法の魔法陣を使っておりまして。一定距離内に対となるこの道具が存在していれば、魔力を流して光らせるともう片方も光る仕様になっております。光った状態でもう片方にも魔力を流せば光が強くなり、連絡を受け取った旨を知ることも可能となります」
……ん? 魔道具の魔法陣って工房ごとに秘匿されてるって話じゃなかったっけ?
「あぁそれですか。魔法陣そのものは私が研究しておりまして、魔道具として利用できそうな魔法陣が作成できた場合、工房にその魔法陣を卸しているのですよ。工房の者はその魔法陣を道具に彫るのが仕事ですが、その魔法陣を理解しているわけではありません。とは言え、魔法陣そのものを流出させるようなことがあってはいけませんので、秘匿させているというのも事実です」
魔道具の根幹となる魔法陣の研究開発は、この学園長がおこなっているということか。
「魔道具を購入して分解すれば魔法陣を見られるのでは?」
「念の為、分解した場合には自壊する魔法陣を組み込んでおりますし、自壊しても繋ぎ合わせて読み取ろうとする輩のために、魔法陣の中に関係のないダミーを仕込んでおります。安全対策は万全なのですよ」
凄いな魔法陣。そんなことまでできるのか。非常に興味深いが、国家機密である魔法陣の知識を求めてはいけない。ここまでにしておこう。
「ありがとうございます。時空魔法についての知識が深まりました」
「それは何よりです。あぁ、私の時空魔法の能力については、他言無用でお願い致しますね」
私は頷いて了承する。グラッジーア軍事長は私のためにわざわざ奥の手まで見せてくれたのだ。これを他言するなど、裏切りに値する。
「私としては今すぐにでも時空魔法談義をおこないたいところですが、もう一つの褒美がありますからな。断腸の思いではありますが、次の知識を与える場に向かうとしましょう」
もう一つの褒美――それは鼠人に関することだ。……あれ? 学園長達が教えてくれるんじゃないの?
「鼠人に関してなら、私よりも相応しい者がおりますので。今からその者の所に案内いたします」
そういうことなら、と私達は立ち上がり、部屋を出る。部屋の外にいたモモテアちゃんが「お姉さま、終わりました?」と言うので「時空魔法の件はね。次は鼠人に関する話を聞きに行くから、付いて来て」と、一緒に向かう。
グラッジーア軍事長は用件が済んだので「それでは私はこれで御暇させていただきます。アニス様、また会える日を楽しみにしていますね」と言って別れた。
私とモモテアちゃん、ハーンライド学園長は階段を降りていき、地下へと向かう。地下とはいえジメジメしたような感じはなく、きちんと手入れされておりキレイだ。
ただ、歩くにつれ、分厚い鉄の扉などがあり少々物々しい雰囲気になっていく。そして私達は一つの鉄の扉の前で止まった。
「鼠人のことを聞くなら彼が適任です。パレトゥン殿、件の少女を連れて参りました」
学園長は鍵の掛かっていない、重たそうな鉄の扉を開く。部屋の中は非常に狭く、学園長室と同じように書物や紙束、木札が所狭しと無造作に置かれていて、足の踏み場がない。
しかし私にはそんなことどうでも良かった。
私の目は、机に向かう一人の人物に集中していた。
書き物をしていたらしき手を止め、その人物がこちらを向く。
丸い瞳に長い鼻、大きな耳と灰色の毛。
鼠人が、そこにいた。




