61.パラデシア合流
「アニス様は……私の後ろに!! 命に代えてもお守りいたします……」
アレセニエさんが剣の柄に手をかけながら勇ましいことを言うが、その手は震えていた。やはり命を捨てる覚悟などできていないのだろう。
っていうかさっき、命を落とすような真似はしないようにって言ったばかりなのだけど。もうちょっと落ち着いてほしい。
「後ろから!? ……それ、もしかしてパラデシア様じゃないのかい? ちょっと確認してみて」
その可能性があったのを忘れてた……!! しかし土煙ばかり目立って、何が向かってきてるのかはまだわからない。
パラデシアならこの状況を打破できるかもだが、もし魔物のパランケントなら早めにこの場を動く判断をしなければならない。
向かってくる存在を注意深く観察していると――。
「あっ!! パラデシア様だ!!」
天は我々に味方した!! 後方から向かってくるのはパラデシアで確定……なのだが、私はちょっと目を疑った。
土煙を派手に上げているので、てっきり馬に乗って全力疾走でもしているのかと思ったのだが、向かってくるのはパラデシア単身。パラデシアが生身で、物凄い速さで走ってきているのだ。
だいぶハッキリと姿が見えるようになった時、パラデシアが片手を前に出して外側に動かすような仕草をする。……場所を空けろってこと? まさかそのスピードのまま馬車に乗り込む気!?
そしてその懸念は的中。パラデシアが馬車の手前で跳び、わざわざサイドフリップ(抱え込み側宙)しながら乗り込んできた。……かっこいいけど危ねぇ!!
目を白黒させながらパラデシアを見てると「パランケントらしき土煙が見えましたけど、何故馬車を止めているのですか?」とのたまう。どうやら空にいるバッカイルスの姿は確認していないらしい。
私達がバッカイルスの存在も含めて状況を掻い摘んで説明すると、パラデシアは少し考え込んだのち、こう言った。
「なるほど、そういうことですか。ではアニス、どの個体でも良いのでパランケントに一撃当てなさい」
「えっ!? それって魔物に攻撃しろってことですよね!? 無理です!! パラデシア様がやってください!!」
あんなデカイ生き物に危害を加えるとか正直無理だ。血を流す猪がフラッシュバックしてしまう。
「私は風の魔法で少々無茶をしてここに来ましたから、すでに魔力がありません。……それならばアニス、当てる必要はありません。パランケントの進路上を攻撃するなり、足止め程度で構わないですから、魔法を放ちなさい。それくらいならできるでしょう?」
「まぁそれくらいでしたら……」
それでこの状況が打開できるのなら、とりあえず従おう。そう思って私は迫りくるパランケントの群れに手のひらを向けつつ、「エレクトロブレイン!!」と唱えて思考時間を稼ぐ。
進路妨害……足止め……何がいいだろう? パッと思い付くのは、過去にも使ったことのあるアイアンチェーンとかジュエルチェーンだが、一直線とはいえあんなに早く動いている相手に使ったことはない。失敗しそうなので却下。
なら進路上に攻撃魔法を当てて足止めするか? しかし、相手を傷つけたくないという思いが強いから、攻撃的な魔法って全然頭の中に無い。放ったことがあるのは、森の魔物に使ったという記憶に無い本能魔法か、宿で怒りに任せて植木に放った本能魔法か、意識が分割してた時に放った神殿長への攻撃とか――う~ん、碌なの無いな。
じゃあ真似をしてみるのはどうか? 私が見たことある攻撃的な魔法といえば、院長のネックモーカット、首を狩って一撃で仕留める際に使う魔法だと聞いた。……却下だ!!
それとパラデシアのシュナイデン。風の刃を放つシンプルな魔法。威力は木を数本まとめて伐採するレベル。これも危ないな……。
あとは元神殿長が放ってきた氷の槍、ハスタムグラシス。……ん? そういえばあの元神殿長、足止めに適した魔法使ってたじゃん。それ使おう。元神殿長の魔法っていうのがちょっと腹立たしいが、他に有用な魔法が思いつかない以上、背に腹は代えられない。
私はエレクトロブレインを解いて、まずはイメージ。元神殿長が使っていたのをそのままでは使えないので、射出用の球を生成。着弾したらそこから魔法の効果が発動するイメージで。
氷の魔法なので水の精霊にお願いをして……詠唱。
「ジェイリーダ!!」
私の手のひらから氷の球が発射される。氷の球はいい感じにパランケントの進路手前に着弾し、次の瞬間、周辺の地面が凍りついた。
そう、元神殿長がお茶会会場で参加者を氷漬けにしたあの魔法だ。
凍結は地面と共にパランケントの足元にも及び、群れの進行がストップする。これでパラデシアの提案した足止めは達成だ。
パランケントはかなり図体のでかい魔物だし、時間が経てば自力で抜け出せるだろう。酷い凍傷等になる程ではないはずなので、私も大した危害を与えずに済んだというわけだ。
残る懸念はバッカイルスだが、あれにどう対処するかパラデシアに意見を聞こうと……いや、ちょっと待った。バッカイルスって捕食のためにパランケントを追っていたわけだから、パランケントの動きが止まったってことは――。
そう考えると同時に、バッカイルスが再び形を変えて降下準備に入る。すぐにパランケントの群れに突っ込み、再び上昇した時には、一匹のパランケントを包むように抱え込んだバッカイルスがそこにいた。
食事の捕獲が完了したバッカイルスは、パランケントを持ってそのまま何処かへと飛んでいく。他のパランケントはこちらも脅威と感じたのか、氷漬けから脱出すると同時に反転して、散り散りに逃げていった。
ピンチは去った。去ったのだが、凄く腑に落ちない。なるべく殺さないように、怪我させないようにと思って魔法を放った私の気遣い、完全に無駄になった。
「……パラデシア様、完全にこうなるってわかってて私に魔法を撃たせましたね?」
「一番効率良く、確実に私達が助かる手段を選んだだけです」
言いたいことは色々あるが、しかしパラデシアがいなければこの窮地を乗り越えられなかった可能性は否定できないので、出かかる言葉を諸々飲み込み自分の中に仕舞い込む。
「――それで、この見習い騎士の女性はどなたですか? 私のいない半日の間に王城で何があったのです?」
あっ、そうだ。パラデシアはあの場にいなかったから何も事情を知らないんだった。
私は王様と会った時のことを軽く説明する。褒美の話、院長が神殿長に就任する話、そして私の盾としてアレセニエさんが付けられた話。魔法陣の話と王様を挑発したことは省いた。だって説教されそうだし。
パラデシアとアレセニエさんが軽く自己紹介をすると、パラデシアが少し考え込んだ。
「アニスを宿で襲撃した者の妹……。一族の汚名をそそぐためにアニスに付けられた……。アニス、陛下の印象はどうでしたか? 率直に思ったことを言ってみなさい」
「うっ……こう言うと不敬かもしれませんけど、正直な話あまり良くありません」
「そうですか。となると、貴女は陛下の手のひらの上、ということですわね」
「えっ!? ちょ、それどういうことですか!?」
私が王様に悪感情を抱くようにそもそも仕向けられてたってこと!?
「教えても良いですけど、別にアニスが知らなくても問題ないことなので、そのままでいなさい。そのうち自ずと知ることになるか、もしくは私が時期を見て教えてあげましょう」
ぐぬぬ、知らない間に私という存在がコントロールされている。あまり気分が良いことではない。どうにかして知りたいところだが、パラデシアが教えないと言うならどう足掻いても教えてくれないだろうし、かといって自分で考えても答えは出てこないだろう。
「パラデシア様、じゃあ一つだけ聞きます。それは私にとって良いことですか? 悪いことですか?」
「少なくとも悪いことではありません。ですから安心なさい」
……そう言われてもそんな簡単に安心などできないのだが。まぁでもわからないことをずっと気にするのも精神衛生上よろしくない。気持ちを切り替えよう。
――それからその後の道中は何事もなく、王都を出て三日目の昼。
私はやっと、アプリコ村へと帰ってきた。
ここに小説を載せはじめて一年が経ちました。
こうして続けられているのも、読んでくださる読者様がいるおかげです。
ありがとうございます。
まだまだ続きますので、今後とも宜しくお願いいたします。




