60.遭遇戦
規則正しく聞こえる馬の足音をBGMに、不規則に揺れ動く馬車の中。
王都からだいぶ離れ、周りに畑も見当たらなくなるそんな頃。
お父さんは御者台におり、院長は王都滞在、パラデシアはあとから合流ということで、馬車の中には今、私とアレセニエさんしかいない。
……正直気まずい。気まず過ぎて馬車に乗ってからずっと無言である。
だが、お互いを理解するためには話し合いは必要不可欠だ。さっきじっくりと話すと決めたのだし。
アレセニエさんもアレセニエさんで凄く落ち着かない様子。基本的に外を眺めてて、時折気にした様子でこちらをちらりと見る感じ。
お互いどう接したらいいのかわからない。そんな空気を感じ取ってか、お父さんもこの空気に入り辛いようで、やはり無言である。
このままではいけない。意を決して私は「あの――」と口を開く。……開いてしまった!! もう後戻りはできないので、会話を繋げないと……!!
「と、とりあえずお互いのことを知ることから始めましょう。知ってるとは思いますけど、私はアニス・アネス。アプリコ村のアネス雑貨店のしがない一人娘ですけど、なんの因果か魔導師級の魔力持ちと呼ばれるようになってしまいました」
「はい、存じてます……けれど、聞いていた話とだいぶ印象が違いますね。アニス様は」
ん? アレセニエさんは私のことをどう聞いているんだ?
「その……とても聡明でありつつも、非常識な考え方と行動をする子供だと伺っていました。なので失礼ながら、あまり話の通じない人物なのかと思っていたのですが……。実際に会ってみると、非常識のベクトルが違いました。アニス様はあまりにも優しすぎます」
……う~ん、判断に困る評価だな。たぶん、この優しすぎるというのは、この世界の考え方としては非常識、ということになるのだろう。常識がわかってないという点では間違ってないので、当たっているといえば当たっている。ちょっと複雑な気分。
「アニス様はその行動から危険に巻き込まれやすいので、自分の出番はすぐに来るだろうとも言われました。ですから自分は、自分の命はそんなに長くないのだと諦めていたのです。しかしアニス様は自分に『死ぬな』と命令しました。……正直、自分はどうすればいいのかわかりません」
ずっと困惑の表情を浮かべていた理由はこれか。身を挺して私を守らなければならないのに、その私が死ぬなと言ったことで矛盾が生じている。
生きることを諦めていたところに私が水を差したのだ。……そう、諦めだ。覚悟じゃない。彼女には死ぬ覚悟なんて無いのだ。心の底では生きたいと思っているけど、生きることを諦めなければならない状況に陥っているだけなのだ。
彼女は私なんかのために命を落とすべきではない。彼女が生きたいと思っているなら、生きるべきだ。
――となると、こう言うしかない。
「じゃあ、私はなるべく危険に陥らないよう努力します。だから、アレセニエさんも命を大事にしてください。もし私に危険が迫ったら、アレセニエさんのできる範囲で守ってください。もちろんその時に命を落とすような真似は無しです」
「仰せのままに、アニス様。……なるべく善処いたします」
まだ納得というか、心の中で整理ができている感じではないが、ひとまず今はこの言葉に従ってもらおう。
「ところで、アレセニエさんは私の盾、って言われてますけど、具体的にはどういう立場になるんですか? 付き人? 護衛?」
「えっと……、一昔風に言うなら奴隷……ですかね。主のために命を懸けるのですから、この命は主の物。つまり、どう扱われても文句が言えません」
……この国には奴隷制度は無い。無いのだが、こういう形で奴隷に似た制度が存在するわけか。嫌悪感がふつふつと湧いてくるが、これもまたこの国で合法なのであれば、従うしかない。
とはいえ、アレセニエさんを奴隷として扱うなど言語道断。
私はパンっ!! と手を叩いて、こう言い放つ。
「決めました。一緒の家……に住むのは無理ですけど、これから一緒に住む村の一員になるんですから、これはもう家族も同然です。奴隷なんかじゃなく、家族として接しましょう!!」
「か、家族……ですか?」
アレセニエさんの困惑が更に深まってしまった。いやしかし、主従関係なんて私はゴメンだ。時間を掛けてでも家族みたいな関係が築ければ、私のために死ななければならないなんて考えも変わるだろう。
そして、その一歩を私から踏み出すのだ。
「アレセニエお……おね……お姉ちゃん……?」
うわっ!! 自分で言っておいてなんだがむちゃくちゃ恥ずかしい!! 日本人の頃は兄がいたけどそれだけだ。姉なんていなかったので、全然慣れてないし気恥ずかしさでいっぱいだ。
当のアレセニエさんは……胸を抑えて片手をこちらに向けていた。
「ふ……不意打ちしないでください……!! それはちょっと……自分には分不相応です!! どうか、今まで通りに!!」
凄く効いていた。これは、たまに使ったほうが親睦を深めるのに効果的かもしれない。よし、いい感じの一歩だ。
その後はアレセニエさんも少し気が許せるようになったのか、自己紹介レベルだがお互いのことを話した。家族構成とか、今までどんな生活をしてたとか、好きな食べ物とか。
そんな会話をしていると、お父さんが唐突に「警戒!!」と叫んで馬車を止めた。一気に緊張感が走る。
御者台に近付いて外に目を向けると、前方に土煙が見えた。何かがこっちに向かってくる感じ。
「お父さん、あれは!?」
「たぶんパランケントだ。刺激しなければ襲われることもない、大人しい魔物だよ。……だけどおかしい。あんな数が、一直線にこっちに向かってくるなんてことは普通無いはずだけれど」
目を凝らしてみると、5~6体の物体が向かってきている。その姿は……なんか肉の塊みたい!! 何あれ気持ち悪い!!
「パランケントには足が無く、魔法で地面の土を耕すようにして移動する魔物なんだ。草食だし僕達を狙うような要素は何もないのに、どうしてこっちに向かってくるのか……」
「いえ!! 上を見てください!! バッカイルスです!!」
アレセニエさんの言葉で上を見ると、確かに上空に何かいる。「目」の形を縦にしたような、上下が尖った、平べったい感じの何か。
「バッカイルスだって!! ヤバい!!」
「その魔物、強いの!?」
「……アニスの魔法があれば対処できるかもしれないけど、お父さんから見れば手出しができない魔物だから、はっきりとした強さはわからない。ただ、僕達を襲うことはあまりないよ。食いでが無いからね。……でも馬は違う。狙われる可能性がある」
それはヤバい!! こんな所で馬を失うわけにはいかない!!
「この状況、バッカイルスがパランケントを襲おうとしていて、パランケントが逃げている先に自分達がいる、というわけですね。馬の進路を変えるべきでは?」
「そうするとバッカイルスが獲物を馬に変える可能性があるね。しかしこのままではパランケントの群れに巻き込まれてしまう。アニス、どちらか、もしくは両方の対処、できるかい?」
うっ……それは魔物に魔法を当てれるか? ということだ。なるべく殺したくないが、どの程度の魔法を使えば殺さずに済むかわからない。どうすればいい……!?
迷っていると、バッカイルスが形を変えた。ぐにゃりと曲がり、パスタのコンキリエみたいな、貝のような形になった。
そしてそのまま回転しつつ降下し、パランケントの群れに突っ込んだ!!
派手に土煙が上がると同時にバッカイルスが再び上昇し、形を広げて元に戻る。パランケントは――間一髪で避けていた。
……バッカイルスの動きが速すぎる。対処以前に、とてもじゃないけど私の魔法を当てられる気がしない。
「お父さん、ちょっと無理かも」
「わかった。じゃあ一か八か、左前方の森に入ろう。バッカイルスが襲ってくる前に入り込めれば、襲われることもなくなるはずだ」
左前方の森……結構遠いが、大丈夫だろうか? いや、ここは信じてこの案に賭けるしかない。
お父さんが進路を変更しようとした時、アレセニエさんが「後方注意!! 何か来ます!!」と叫んだ。
バッと振り向くと、後ろからも土煙が上がっている!!
まさかそんな……魔物の挟み撃ち!?




