5.院長と前世
何故いきなりそんな質問が飛び出してきたのかわからない。私が前世の人格持ちだということに気付いた? 魔術士級になるとそういうことがわかるのか、そういう魔法があったりするのだろうか? それとも単に、私のような少女がありえない威力の魔法を使って、魔力枯渇にもならずピンピンしている、というような前例がこの世界では無かったりするために、そういう質問をしたのだろうか?
なんにしても、長い沈黙はマズい。何かしらリアクションを返さなければならない。
「……何故、そう思ったんですか?」
わからないのならば、質問に質問で返す。どこぞのスタンド使いに怒られるやり方だが、今はこれ以上の返答は思い付かない。
院長の眼を真っ直ぐに見つめていると、院長は溜息を吐いて椅子に深く座り直した。
「私の知っているアニスは、落ち着きがない子だ。人が話している間や食事時もキョロキョロと周りを見回して、動ける時はとことん動く。今の君のように、こちらをまっすぐ見て話すなんてことは今まで無かった。今の君はまるで大人と話しているような印象さえ受ける」
おわっ!! 私の今までの行動全部が駄目だった!! そうか、アニスは落ち着きのない子だったのか。アニスの記憶があるといっても、7歳の記憶からそれを見抜くのは無理だ。自覚もないはずだし。
「それに、君の一人称は今まで『私』ではなく自分の名前『アニス』だった。これは意識して変えようと思わなければなかなか変えられるものではない。魔法を使えるようになったからといって急に性格が変わるという話も聞いたことがない。ブルースから魔法を使えるようになって様子が変わったと相談を受けた時は半信半疑だったのだけれど、君と今日接してみてよくわかった」
上手く誤魔化してたと思ってたお父さんすら誤魔化せてなかった!!
……しかしこの院長とは今日会ってまだ数分だ。違和感をおぼえるにしても、ちょっと洞察力が高すぎる。さすが村の知恵袋ということか。いやまぁ、私も迂闊過ぎたことは否めないが。
冷や汗を流しながら、頭をフル回転させてこの状況をどうするか考える。彼を誤魔化すのはまず無理だ。事前に誤魔化し用の設定でも考えていればまた違ったかもしれないが、こんな状況になるなんて考えもしなかったので、設定なんてあるはずもない。
ならば仕方がない。と諦めて、私は溜息を吐く。
「……今から話すことは、両親には言わないでいてもらえますか?」
「話を聞いてから判断しましょう」
プレッシャーが凄い。話すことによって私のこれからの人生がどう転ぶかまったく予想できない。まさか転生を自覚して二日目でこんな窮地に陥るとは。
少し長めの沈黙の後、私は意を決しておもむろに口を開く。
「私は昨日、この世界ではない、別の世界で人生を歩んだ人の記憶が流れ込んできました。アニスの記憶は残っていますが、その別の世界の住人の記憶が25年分もあるため、今の私の言動や行動はその人のほうに引っ張られているんです」
「つまり今のアニスは、アニスであってアニスではない、ということですか?」
「そう考えてもらって構いません」
正直に話す。前世、という言葉は輪廻転生が前提にあり、この世界にその考え方があるかわからないので使わない。今の私の人格は小野紫という認識だが、この世界で私はアニスとして生きていこうと思っているので、アニスの人格が消えていることは話さずに濁した。
院長はしばらく思案げに沈黙する。私はこれ幸いとばかりに、話せることと話せないことの線引きを今のうちに考える。
「……ふむ、前世の記憶があるというなら、何か証拠は出せますか? この世界にはない知識など」
そうきたか。というか前世の概念はあったのか。
この世界の文明レベルは、物語として見てきた大量のファンタジー作品と同じく中世ヨーロッパ風だ。それを踏まえて、現代日本で得られる知識をこの世界の人にわかる形で示さねばならない。
「そうですね――では、この世界で雨がどういう原理で降っているか説明してもらえませんか? アニスの記憶ではこの世界の雨の原理を知らないので、院長先生の説明と比較して、前世の記憶にある雨の原理を説明します」
「興味深い。いいでしょう」
日本では小中学辺りで習うことだが、魔法があるこの世界で雨が科学的に解明されているとは思えない。まぁ逆に言えば、魔法があるせいで科学が通用しない可能性もあるにはあるが。
「雨とは、天上におわす神からもたらされた雲を、風の精霊が各地に運び、水の精霊がその雲を触媒にしてもたらす恵みです」
精霊信仰ここに極まれりといった回答だ。魔法のあるこの世界なら、この説明でも納得してしまうだろう。ぶっちゃけ、なまじ魔法があるせいで質量保存の法則とかこの世界には当てはまらないだろうし。
「なるほど、雨は精霊の力によるものなんですね。前世の記憶では……まず前提として、神や精霊は心の拠り所として信仰する人はいますが、その存在は確認されていません。そのため魔法という概念も存在しません。そのうえで比較説明をします」
院長がちょっとムッとした表情をする。別の世界のこととはいえ、信仰対象を蔑ろにしたのだ。私だって好きなキャラの悪口を言われたら機嫌が悪くなる。気持ちはわからないでもない。
「私の知る雨の原理ですが、水を熱すれば湯気、水蒸気が上りますよね。それと同じで、太陽光で熱せられた地表や海上の水分は水蒸気となって上空に上ります。洗濯物を干せば乾くのと原理は同じです」
「それはつまり、水分は消滅しているわけではなく、熱を与えることで目に見えないものとなって上昇している、ということですか?」
ん? この人なんだか理解が早すぎない? さっきの言葉だけで質量保存の法則を漠然とだろうけど理解したってことになるよ?
「その認識であってます。そして、山に登るとどんどん気温が下がるように、上空になればなるほど気温が下がりますので、上った水蒸気は冷え固まって小さな氷の粒になり、それが集まって雲となります。徐々に冷え固まった氷はどんどん重くなり、重さに耐えきれなくなって上空に留まれなくなり、落ちながら溶けて、雨となって降り注ぎます。降り注いだ雨は再び太陽の熱で熱せられ上空に上って雨となり循環する――これが前世の記憶にある世界の雨の原理です」
説明を終え、院長を見ると、無表情だった。普段好々爺で笑顔を絶やさないという印象が記憶にあるだけに、ギャップがありすぎて怖い。まるで裁判で判決を受ける被告人のような気持ちで、院長が口を開くのを待つ。
「……とても合理的だ。説明に説得力もある。前世の記憶の人は学者か何かだったのかね?」
「いえ、ただの一般人ですよ。向こうの世界では12歳前後で先程の知識をみんな習います」
無表情だった院長の顔が驚愕の表情に変わった。院長が今どういう心境かはわからないが、少なくともこんなリアクションを取ってくれたのなら、私に前世の記憶があるということには納得してくれそうな気がする。が、もうひと押し。
「まだ納得していただけないのなら、前世の記憶にあるこの世界にはない知識……あ、折り紙とかどうでしょう?」
院長が「オリガミ……?」と疑問を浮かべる様子を見ながら、私はポケットからハンカチを取り出して折り始める。
この世界の紙といえば一般的に羊皮紙だが、これは少々高価だ。最近は王都の方で羊皮紙よりちょっと安価な植物由来の紙が普及し始めているとお父さんが言っていたが、供給量が少ないらしくこんな田舎の村までは回ってこない。
なので手持ちで折り紙に使えそうな物としてハンカチである。
興味深そうな視線を受けながら、黙々と折り続ける。作るのは折り紙の代名詞であるアレだ。
「はい、できました。折るだけで作れる鳥です。本当は紙で作る物ですけど」
本当は折鶴と言いたいが、この世界に鶴がいるか非常に怪しいし、いたとしてもこの世界の鶴に当たる単語がわからないので鳥とした。
院長は渡された布製折り鶴を恐る恐る手の平に乗せ、目を見開いて慎重に検分する。
「……確かに異世界の知識のようですが、これはどういう風に使う物なのかね?」
「えっ!? これはただの遊びですよ。作って楽しむ物です。一応、これを千個作って病気や怪我の回復を祈るといった用途にも使ったりしますけど」
「き、貴重な羊皮紙を遊びに使う!? 前世の世界はそれほど羊皮紙が有り余っているというのかね!?」
「羊皮紙ではない、最近王都で使われ始めてるような植物から作った紙が大量生産されてますからね。そういう感じで子供の遊び道具にしても問題ないくらいには」
あ、院長が固まった。キャパシティオーバーしてしまったようだ。
「――アニス。いや、今の君をアニスと呼んで良いのでしょうか?」
フリーズ状態から復活した院長の第一声はそれだった。私はハンカチ折り鶴をテーブル脇に置きながら、
「確かに前世の記憶のせいで以前の私とは違いますけれど、私はこれからもアニスとして生きていきたいと思っています」
と真っ直ぐに見つめて宣言する。
「そうですか……。でしたら、その知識はなるべく表に出さないほうがいいでしょう。ですがその知識はこの世界に確実に役立ちます。可能な限り私が助力しますので、その知識を世界のために活用してみる気はありませんか?」
要約すると、なるべく目立たないようにするから前世の知識を世界の発展のために使ってくれ!! ということになるのだろうか。しかしこの世界のためとは大きく出たな。隠蔽の手助けをしてくれると言っても、所詮彼は片田舎の院長だ。権力などたかが知れてる。隠蔽できなかった時のリスクもあるし、そもそもあまり目立つ真似はしたくないのだけれど。
それ以前に、だいたい私はそんなに専門的な知識があるわけではなく、基本ゲームや漫画や小説から仕入れた知識しかない。
「あまり気が進みませんが……院長先生は何故この知識を活用させたいのですか? お金ですか? 名声ですか?」
「そんなものに興味はありません。貴女に前世の記憶が宿り、それを私が知ったのは神と精霊の思し召し。この出会いはまさしく運命。ならば私の残りの人生は、貴女の知識をこの世をより良くするために活用すること。それが使命だと私は心の底から感じたのです」
成り行きで秘密を知られてしまったわけだが、彼は少々油断できない相手のような気がしてきた。私はこれから平穏に過ごせるのだろうか?