56.新神殿長
王様からの本質を突く鋭い問い掛け。
精神年齢で言えば地球で死んだ時の25歳なわけだが、王様はそれを会話の中でなんとなく感じ取ったのかもしれない。
しかし本当のことを馬鹿正直に言えるわけもないので「ただの平民の子供です」と言うしかなかった。
王女や使用人の人達もそうだが、観察眼が凄まじいな。……いや、これは観察だけで読み取れるものなのだろうか? 何にしても侮れない。
王様は溜め息をついて、椅子に深く座り直す。
「年端も行かぬ者をむやみに威圧して魔法の暴走を招き、自ら危険に陥っていたとは、余も少々衰えたようだな。……ちなみにポートマスよ、もし本能魔法が発動していたらどうなった?」
「確実なことは言えませんが、最悪の場合、この部屋にいる者はアニスを含めて全滅していた可能性がございます」
うぇっ!? それただの自爆テロじゃん!! 院長いなかったらみんな死んでる!!
「コラウロ、アニスをどう思う?」
コラウロと呼ばれた人物――宰相が、顎に手を当て少し考える。
「そうですね……今までの報告を見ても、王に近付くためにしては行動が突飛で目立ちすぎます。意図しない突発的な物事に何度も巻き込まれているようですし、自演している可能性があったとしても、自身の命を何度も危険に晒す意味がわかりません。このレベルの教養を身に付けられる子供、しかも貴重な魔導師を使い捨ての駒とするにはあまりにもコストが高すぎますので、他国の間者と見るにはいささか無理があるでしょう。確認が必要なら姫様の能力を使われますか?」
私、スパイって思われてたの!? ……いや、魔法陣の知識を求めたという時点で、その可能性を考慮されたということか。
「いや、余も同じ結論だ。そもそも王族に仇なすような者なら、昨日の時点でルナルティエの命は無かろう。もし余が狙いなら、先程の本能魔法を発動させればよいはずだ。警戒の必要はない」
「いやはやそれは重畳。小生も、アニス嬢から賜ったこの剣を突き立てることにならずに安心致しましたよ。はっはっは」
デルステルさんが笑う。私は全然笑えないんだけど……!!
「さて、そなたには少々怖い思いをさせてしまったようだな。だが、聡明なそなたならばさきほどの警戒も理解してくれると信じておる。魔法陣とは、それほどの物なのだ。故に、その知識を褒美として与えることは出来ぬ」
「……この身を持って、心の底から理解いたしました。国家機密だとは知らず、不勉強な身で大変な無礼を働いたこと、深くお詫び申し上げます。それを知った以上は、魔法陣の知識を求めるような愚かな行為は二度としないと誓います」
こんな怖い思いをするなら、魔法陣の知識なんていらない!!
っていうかもうこの部屋にいるのが堪えられない。帰りたい!!
「魔法陣の知識は無理だが、時空魔法と鼠人を調べることについては褒美として問題ない。……しかしそれだけでよいのか? アプリコ村であるなら、あまり収入源もないであろう? 褒美として金銭を要求しても良いのだぞ? そなたの働きはそれだけの価値がある」
「いえ、アプリコ村では村人同士の物々交換も多いので、大量の金銭をいただいても使い途が限られているのです。父の収入があれば暮らしていく分には不自由がございませんので、ありがたい申し出ではありますが今回は辞退させていただきます」
必要なら自分で稼げるし、と心の中で付け加えておく。
「……やはり子供とは思えん聡明さだな。まぁ良かろう。そなたの望む褒美、手配しておこう。ハーンライドは学園か? あやつがおれば話は早かったのだが」
「探求殿は、昨日のお茶会会場に設置していた明かり用の魔石が、戦闘行為によって何か変化があった可能性がある、などと言って学園に戻っております」
あの会場の照明は魔石の光だったの? ロウソクにしては明るいなとは思ったけど、カバーがしてあったからロウソクを自分の目で確認したわけじゃない。そうか魔石か。
いやしかし、ただの魔石ではあの光量は出ないはず。となると、魔石の光量を増すような魔道具か? ちょっと気になる。
「あの研究馬鹿め……。褒美の件はとりあえずそれで良かろう。あとは、この場でいくつか決めねばならぬことがある」
えっ!? まだ続くの!? 早く帰りたいんだけど!! 精神的にもう限界!!
「……お父様、アニスが本当に限界のようですので、手短にお願いいたします」
「う、うむ。ではまず、元神殿長ティローゾの後任を決めねばならん。余としてはポートマス・ライハネムを新たな神殿長としたいのだが、ポートマスよ。どうだ?」
院長がいきなり大出世!! 王様から神殿の最高責任者に推されてる!! スゲェ!!
当の院長はしばらく考えると、こう応えた。
「神殿長の任、喜んで拝命いたします。ですがアニスの教育がまだ済んでおりません。アニスがサクシエル魔法学園に入学するまではこれまで通りアプリコ村の精霊院院長を務め、入学と同時に神殿長の任に就かせていただけないでしょうか?」
あっ、そうか。アプリコ村からすぐに院長がいなくなるのはちょっと困る。後任が決まるまでに準備が必要だろうし。私としても院長が居てくれたほうが安心だ。
「ふむ、確かポートマスとパラデシアの教育が功を成しているという話だったな。後任の者の教育が上手くいくとは限らぬし、パラデシアをずっと村に滞在させるわけにもいかぬしな。許可しよう。だが神殿長の席が空白のままなのは問題である」
「私が神殿長の席に就いたとしても、年齢的に数年が限界でございます。私の教え子の中で神殿長の任が務まりそうな者を、仮の神殿長として経験させましょう。そうすれば私が急遽退任したとしても、滞ることなく神殿を運営させることができるかと」
「それなら問題無さそうだな。ではこの件はポートマスに一任する。……くれぐれも、お主の教え子の中からティローゾのような輩を出すでないぞ?」
「心得ております」
「ポートマス殿が神殿を去った理由であり、我々としても長年悩まされていたティローゾ一派を今回の件で排除できました。神殿の人数は少々減りましたが風通しは良くなったはずですので、ポートマス殿もこれからは動きやすいでしょう。今後の働きに期待しています」
あの神殿長の側にいるのは危険だと感じたから、院長はアプリコ村に来たってことかな? やはり院長は察しが良いというか、鋭いというか。先見の明があると言ったほうが良さそうだ。
「――神殿の件もこれでよかろう。ではもう一つの件に移ろう」
……まだ話あるの!! 勘弁して!!
「アレセニエ・パレシュトン」
「は、はい!!」
王様に名前を呼ばれ、緊張した面持ちで前に出てきたのは、一人の若い女性だった。




