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54.シエルクライン王

 騎士団長であるデルステルさん直々の案内のもと、私は王様がいる場へと連れて行かれる。

 普通であれば謁見の間でおこなうらしいのだが、今回は非公式なのでそちらには行かないとのこと。謁見の間なんて所に連れて行かれたら、緊張で私の心臓が口から飛び出てしまう。まぁ今もすでに飛び出しそうではあるのだが。


 できることなら逃げ出したいけど逃げられない状況。連れて行かれた先は部屋の扉の前。扉の両脇には騎士が守りを固めている。


「陛下、アニス・アネスを連れてまいりました」


 ノックののち、デルステルさんがそう言うと、短く「入れ」と男性の声。デルステルさんが扉を開けると、その部屋は広めの応接室のような場所だった。脇に執務机があるので、執務室兼応接室という感じだろうか?

 そんな部屋の中に――なんか10人くらいいるんだけど? その中で一人用ソファに座っている、明らかに格と雰囲気の違う中年男性は間違いなくこの国の最高権力者、トルスティオル・ヴェルゲオン・クロネセン・シエルクライン王だな。パラデシアの授業で念入りに名前を覚えさせられた。他にも女性が二人座っていて、一人はさっき別れた第二王女だ。ということは座っているのは王族で、もう一人は王妃か? 見た目の年齢から察するに第一王女ではないだろう。


 立っている人の中にも見覚えのある人がいる。といかその中の一人は見覚えどころか見慣れた人物、院長だ。拘束とかはされていないので、どうやら無事に釈放されたようである。それと、中年女性は時空魔法で私の怪我を治してくれた、グラッジーア軍事長だ。あと、お茶会で見かけた人が何人か。


 なんでこんなに人数が多いのか知らないけれど、まずはやることやらないと。

 私は前に出て、跪く。


「国王陛下のお招きにより参上いたしました、アニス・アネスでございます。この度は拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極にございます」


 今まで読んできたファンタジー作品の知識をフル稼働させて、ここに来るまでの間に頭の中で何度も反復練習した、問題なさそうな言い回しを口にする。少し間を置いて「ふむ、おもてを上げよ」と言われたので、跪いた姿勢のまま、顔だけを上げる。


「完璧ではないものの、貴族と接するだけの教養を身に付けている、という話は本当なのだな。よかろう、余の対面に座することを許可する」


 やべぇ、緊張のし過ぎで心臓が早鐘を打ってる。だが、まだなんとかギリギリ対応できるレベルだ。「し、失礼いたします」と言って、私は対面のソファに座る。


「さて、此度は余の臣下と娘ルナルティエを、逆賊となった元神殿長ティローゾの暴挙から守り、更にはその身を犠牲にしてまで逆賊を無力化、一連の騒ぎを沈静化させた立役者と聞いた。シエルクライン王の名の元に、ここに感謝の意を示そう」


 王様から感謝された。……えっと、この言葉に対して私どうすればいい? 「ありがたき幸せ」とか「光栄の極み」とかなんとか言ったほうがいいのだろうか? 不敬にならない対応がわからない!! 心臓飛び出そう!!


「……ふむ、王として感謝はしたが、そなたにはもう一つ言わねばならぬことがある」


 冷や汗をダラダラ流して黙ってたら、王様が立ち上がってこちらに向かってきた。何? 何? いったい何言われるのかわからない。この状況、ムチャクチャ怖いんだけど!!


 私の横に来た王様はしばらく私をじっと見つめたかと思うと、不意にその視線が下がった。下がったのは視線だけではなく、その身体ごと。

 王様は私に対して――跪いていた!!


「王としてではなく、一人の父親として娘の命を守り抜いてくれたこと、心より感謝する」


 その様子を見て私は――思考が停止した。







「はっはっは!! 元々は謁見の間にて派手に感謝を示そうかと考えていたのだが、余が平民に跪くとなると公式の場ではできないからな。その反応を見れたのならば、ルナルティエの要望に従い非公式にした甲斐があったというもの」


 王女もお茶目なら、王様もお茶目だった!! 間違いなくこの二人は血が繋がっている。

 王様は今、元の席に戻ってフランクに話している。


 ……というかだ。私は平民なので、基本的に私が跪かなければいけない立場のはずだ。なのに、なんだか跪かれる回数のほうが多いわけで。しまいには最高権力者である王様にまで跪かれてしまった。まったくもって意味がわからない。

 いや、跪かれる理由は説明されてるので理解はしてるけどね。私の気持ちの問題だ。


 ちなみに先程は、王様が跪いたことで私はしばしフリーズし、頭が真っ白になっているところに、モノクルをかけた男性が「陛下、お戯れはその辺で」と言ったことで、場が一瞬にして和やかな雰囲気になった。

 そのあと王女が「お父様、あまりアニスをいじめないでくださいな」と言ったことで私は思考が回復すると同時に、一連の流れが私の反応を予測した芝居である、ということを悟り、今に至る。


「驚かせるつもりであったのは事実だが、感謝の念があるのも事実だ。ルナルティエの友人でもあるのだから、そう畏まらなくても余は咎めん。楽にするがよい」

「いえ、そう言われましても、陛下を前にしてそう簡単に楽にできるほどの胆力は私にはありませんので……」


 ただの小市民にそんな要求しないでほしい。和やかな雰囲気とはいえ、気軽に口をきけるような間柄ではないのだ。


 モノクルの男性が王様に何か言うのが見えて、王様が「構わん」と何かしらの許可を出すとモノクルの男性が私に話しかけてきた。


「アニス殿。昨夜のお茶会以来だな。私もアニス殿に命を救われた手前、跪いて感謝の意を表明したいのだが……」


 あっ!! なんか見覚えあるなと思ったら、この人もお茶会に参加してた人だ!! 名前は覚えてないけど、確か紹介された時は……宰相だったっけ? めっちゃ重鎮!!


「大変光栄なことではありますけれど、平民である私が身分の高い方々に囲まれて、そのうえ次々と跪かれてはあまりにも恐れ多いので、できればご勘弁をお願いいたしたく……」

「あら、遠慮は時として美徳ですけれど、遠慮がすぎては時として相手に対して失礼になりますわよ。とはいえ、今まで貴族と付き合いのなかった者に言っても詮無いことですわね。わたくしも、娘を窮地より救ってくれた恩人であれば跪くに値すると思っているのですけれど、本人が望まないのであれば、わたくしも言葉で持って感謝の意を示しましょう。アニス・アネス、我が娘を守り抜いてくれたこと、心より感謝いたしますわ」


 王様の隣に座っていた女性が、私をまっすぐと見てニコリと微笑む。

 この人はやはり王妃だ。名前はルーネルテリア・トクソニオ・クロネセン・シエルクライン。第二王女の貴族名であるトクソニオは母親側から受け継いだ、ということだな。貴族名は成人してからの選択制らしいので。


 私はなんとか平静を装いつつ「そのお言葉だけで、光栄の極みにございます」と返す。


「では私からも改めて。私だけではなく、多数の命を救ってくれたことに感謝を。アニス様が救ってくれたことで、怪我人は十数名の軽傷者のみに留められました。軍事長としてだけではなく、元軍医として感謝の念に堪えません」


 グラッジーアさんが感謝の言葉を放つ。……ん? 元軍医が今は軍事長?


「私もグラッジーア様に怪我を治していただきましたから。ありがとうございます」


 とりあえずこちらも感謝の言葉を述べるが、元軍医が軍事長になった経緯が気になる。……気になるけど、今はその話題を振る雰囲気ではないな。


 何人もの人に感謝を口にされ、だんだん居た堪れなくなってきた時、「お父様。アニスがそろそろ限界のようです。本題に入られては?」と王女が口添えしてくれた。うっ、心情がバレてる!!


「そのようだな。余としては神の怒りを操る力や、宝石の剣についてなど色々聞きたいところではあるが、それは後日に改めよう。ではアニス・アネスよ。余としては今回の功績を讃え、いくばくかの褒美を与えたいと思っておる。何か欲しい物はあるか?」


 ほうび……褒美!? まったく意識してなかった。そうか褒美か……。

 欲しいというか、望んでいるのは元の世界への帰り方だが……そんな事を正直に口にするわけにもいかないし、たとえ口にしても帰れるとは到底思えない。

 となると、それに繋がる糸口を見付けるための、情報もしくは知識か。王族の伝手があれば、何かしら掴めるかもしれない。


 しばらく考えて、私は口を開く。


「できましたら物品ではなく、時空魔法に関する知識と、鼠人に関すること、そして魔法陣についての知識を所望いたしたく思います」


 時空魔法はこの世界と元の世界を繋げられるか、そして死んだはずの元の身体を生き返らせることが可能かどうかを知るのに必須だ。

 鼠人は地球で私を殺したと思われる種族。調べれば何か手掛かりに当たる可能性がある。

 魔法陣は、地球で殺される際に床に描かれていた。こちらも手掛かりになりえるので調べるに値する。


 そんな考えで口にしたのだが、空気が一変した。

 一瞬にして部屋の緊張感が高まり、明らかに警戒の色が強くなった。


 ――どうやら私、マズイことを口走ったらしい。

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