53.王宮へ
私が、この国の一番偉い人に会う? マジで?
「非公式なのはアニスへの配慮です。マルソネアから、アニスはカトラリーの扱いは出来ているのに給仕の目があるだけで落ち着きがなかったり、お茶会会場の扉の前では目に見えて緊張していた、といった報告がなされています。貴女はあまり畏まった場や状況は苦手なのでしょう?」
うっ、図星だ。まさか私の一挙手一投足を観察されてて、そこから私の性格をしっかり把握するとは。恐るべし王族に仕える使用人……!!
「お父様は大々的に貴女と会う場を設けたかったようですけど、わたくしが諌めたのですよ。とはいえ功績を考えればお父様が正しいので、そこは理解しておいてください」
「あ、ありがとうございます……。ですがその謁見……になるんですかね? それを辞退することは――」
「謁見ではなく、身分の高い者が平民である貴女を呼ぶのですから、引見です。当然ながら辞退するなどありえません。一国の王が会いたいと言っているのを無碍にできるわけがないのは、平民である貴女が一番理解しているのでは? わたくしの口添えで非公式にまでしたのですから、諦めて会ってください」
「ですよね……」
まさかお風呂でテンションが上がったところに、こんな爆弾を落とされるとは。
「あっ、今お風呂に入ってるのも、ルナルティエ様のお古のドレスをくださるというのも、もしかして国王陛下に会うのに必要だから、ですか?」
「その通りですよ。アニスは理解が早くて助かります。一国の王と会うのに身奇麗にしていないのは論外ですからね。本当ならアニスに似合うドレスを街で見繕ってあげたいのですけれど、そのような時間もないですし、それならクローゼットに眠っているわたくしのお古を着てもらったほうが早いのです。王族からドレスを下賜された、ということで貴女自身にも箔が付きますし」
ぐぬぬそういうことか。そこまでされたら、わたしではどうすることも出来ないな。大人しく言う通りにしよう。
その時ふと、パラデシアが口を開く。
「貴女は……凄いですわね」
その口調は、若干の憂いを帯びていた。
「あなたの非常識さは初めて会った時から何度も目にしてきましたけれど、その歳で王族に気に入られるなど、普通は到底ありえません。私は――私では、貴女を守ることは出来ませんわね」
パラデシアが、不意にそんな心境を吐露し始める。いつも気丈なあのパラデシアが弱音を吐くなんて……!!
「森の魔物と相対した時、貴女に命を救われ、いつかその恩を返したいと思っていたのですけれど、高級宿で別れた直後に貴女は襲われ助けること叶わず、今回の件でも私は何も出来ずに、結局は貴女の命を危険に晒す結果になってしまいました。私は貴女の役に立つことが――ひゃっ!!」
なんか暗い雰囲気になっていたので、私はパラデシアの胸を揉む。気持ちいい――あっいや違う、この雰囲気を壊したかっただけだ。
「何言ってるんですかパラデシア様。別に戦う力だけが私を守ることに繋がるわけじゃないことくらい、わかってるでしょう?」
目に見える強い力というのは確かにわかりやすい物ではあるし、魔物がいるこの世界ではあって困るものではない。が、当然そんな力だけで生きていけるほどこの世界は甘くはない。
「パラデシア様は私の知らない魔法の知識や必要な貴族のルールを教えてくれて、それは今の私の力になり、十分に役に立って守ってくれてます。断言します」
この世界に社会や文化がしっかり根付いているのだから、そこに適応するための知識もまた必要な力だ。知識があれば様々な選択の幅が広がり、極端に言えば生き残りやすくなる。
パラデシアから教えてもらった知識は、まさに力であり、守ってもらっていると言っても過言ではない。
「知識だけじゃなく、森の魔物の時は私の前に出て守ろうとしてくれましたし、お肉が食べれず死にそうになった時は王都から医者を連れてきてくれました。こっちに来てからも馴染みのお店でドレスを買ってくれたり、高級宿では宿泊できないと言われた時に憤ってくれました。むしろ私のほうが恩を返さなきゃって思ってるくらいです」
口に出してて改めて思ったが、ホントにパラデシアにはお世話になってるなぁ。
確かに戦闘では本人の言う通り力不足感は否めないが、それ以外の点で相当頼ってる。
「そしてこれが今回一番重要ですけど、知り合いの魔道具店を紹介してくれたおかげで、私は財布とお金を手に入れて、結果的に私の命は救われました。パラデシア様の縁が無かったら、私死んでたんですよ? パラデシア様がいてくれたからこそ、こうして今、私は生きることができてるんです」
昨日の場であれば死んでも生き返れただろうけれど、誰だって好き好んで死にたくはない。死なずに済むならそれが一番だ。
そこまでまくし立ててようやく私の口が止まり、しばらく無言が続いた。パラデシアはちょっと泣きそうな表情をしているように見えるが、お風呂の湯気でそんな風に見えているだけだろう、ということにしておく。
そして、そこにさっきまで漂っていた暗い雰囲気は無い。
不意に、パラデシアに優しく抱きしめられた。
「そう……ですね。やはり貴女は凄いですわね。ただ、その凄さは非常識で危うい部分もあるので、これからもその辺りを徹底的に叩き込みますから、覚悟してくださいな」
「ふふっ、お手柔らかにお願いします」
今度はパラデシアの身体に背を預け、信頼の意を表す。これならもう大丈夫そうだな。もしまたグチグチ言い始めたら揉んでやる。
私がパラデシアのほうに行ったので、王女が頬を膨らませてちょっと拗ねてる。子供じゃないんだからここは空気を読んで譲ってほしいものだが……いや、初めての友人との触れ合いに水を差されたら、そんな反応も当然か?
ここはあえて話題を振ったほうが良さそうだ。
「あっ、そうそうルナルティエ様。さっきお茶会会場前を通る時に聞こうとしたことなんですけど、神殿長や院長先生――ポートマス院長はどういう処遇になるんです? ポートマス院長も私と同じように神殿長の能力にやられてたみたいですけど、神殿長に付き従っていたとはいえ明らかにこちらの味方をしていましたし……」
「えっ? あぁそれでしたら、ティローゾ元神殿長の処刑はほぼ確定いたしました。アニスに詳しい話を聞いてから判断するつもりでしたが、先にわたくしの能力で聞き出した結果、彼の能力は王族にとってあまりに危険だという声が大半を占めましたので。可能なら有効活用したかったのですけれど、本人の性根が我々とはとても相容れないものでしたから、致し方ありません」
……まぁ、王族や重鎮の命を狙っておいて、処刑されないほうがおかしいよね。人を従わせる、という能力だけ見れば、確かに上に立つ人間にとっては利用したくなる気持ちはわかる。だが、その能力を持つ人間が上を目の敵にしているならば、手元に置いておくのは危なすぎる。当然の帰結だ。
人が死ぬのはなるべく避けたい私だが、こればかりはさすがにどうしようもないと思う。
「ポートマスにもわたくしの能力で聞き取りをしましたが、ティローゾの能力の要となる欲望の認識が、ポートマスの欲望と齟齬を起こしていたため、強制力が弱かったとの証言を得ました。ただし、日に日に強制力が強くなっていたとも証言し、ティローゾも時間をかければ従わせやすくなると言っていましたので、時と場合によってはポートマスも敵になっていた可能性もありましたね。とはいえ今回は彼も功労者の一人ですので、まもなく解放される予定です」
おぉ、院長に何事もなくて良かった。私は安堵の息をつく。
「他の神官たちは……腹の内がティローゾとあまり変わらなかったり、低俗な品性を持っていましたので、こちらもそれ相応の処罰になるでしょう」
それはつまり、神殿長と同じような欲望を持っていたということか? そうなると、さぞ忠実な駒になっていたに違いない。同情する余地はないな。
「他になにか聞きたいことはありますか?」
その問いに、私はちょっと間を置いて口を開く。実は王都で王女と会ってからずっと気になってたことがあるのだ。
「王女の今の護衛騎士って、騎士団長なんですか? この前村に来た時、専属の騎士だか魔術士にするとか言ってた、鳥人のバンケ――」
「あぁ、バントロッケのことですね」
そうそう、バント……あれ? バンケロットさんじゃなかったっけ? バントロッケさん……? あぶなっ!! 名前間違えて覚えてた!!
内心冷や汗をかきながら、何事もなかったように私は相槌を打つ。
「実は、騎士を全員入れ替えると話したら、多方面から少々怒られてしまいまして。とはいえわたくしの以前の騎士達では力不足なのも事実。バントロッケをわたくしに付けるのは決定事項ですが、現時点では能力不足は明らかですので、彼は現在、騎士見習いとして鍛錬に励んでいます。彼の鍛錬終了と、彼以外にもわたくしの騎士が正式に決まるまでは、わたくしの騎士は手の空いている者がおこなうことになりました。そして昨日はたまたまデルステル騎士団長だった、というだけなので、騎士団長がわたくしの専属になったわけではありませんよ」
やっぱこの王女様お茶目だな。振り回される周りの人達はたまったものじゃないだろうけど。……あれ? よく考えたら私もこの王女様にだいぶ振り回されてるのでは?
「さて、そろそろ上がりましょう。これ以上入っているとのぼせてしまいます」
その王女の言葉を皮切りに、私達はお風呂から上がる。
更衣室に戻ると王女の侍女が待機しており、王女は侍女の手を借りてドレスに着替える。私とパラデシアも着付けの申し出を受けたが、私達は断って自分の手で着替えた。
着替えが終わると「それでは私は今度こそお暇させていただきますね」と、パラデシアは宣言していた通り帰っていった。
そのあとは王女と一緒に遅めの朝食を食べる。昨日と同じく給仕をされたが、昨日よりは落ち着いて食べることが出来た。たぶん王女と一緒だからだろう。以前までは王女も緊張の対象になっていたのだが、今は気を許せるというか、気心の知れた仲になったというか。……もしかしてこれが裸の付き合いの効果か!?
互いの普段の生活の仕方だとか、王女の仕事ぶりや、私の勉強などの他愛のない話をしながらの朝食を終えると、王様に会うために私は馬車に乗せられて、王女とともに王宮へと向かう。
……まぁ、王様がいるのは当然そっちだよね。王様がわざわざ平民の私に会うために足を運ぶなんてありえないし、こっちから出向くのが常識だよね。気が重い。
しばらく揺られたのちに馬車を降りると、目の前には凄い建物があった。息を呑むとか、圧倒されるとか、どういう表現が適切なのかわからなくなるくらい、とにかく凄いとしか言いようのない建物だった。
写真とか映像とかでヨーロッパの王宮は見たことあるけど、実際に自分の目で見るとその迫力は計り知れない。……こんな場所に私が足を踏み入れていいのだろうか?
「さぁアニス。行きますよ」
呆けている私に王女は声をかけ、促されるままに後ろを付いて行く。
手間と暇と金と人員をかけて建築された、豪華絢爛、栄耀栄華、荘厳美麗な廊下をしばらく歩くと、ある部屋の前で止まった。
扉の前には使用人がおり、王女が「アニスはこの部屋でしばらく待っていてください。それでは、アニスを任せました」と、王女と別れ私は使用人に引き渡される。
使用人に中で待つように言われて部屋に入ると、そこは待合室のような所だった。
この部屋もこの部屋で、室内を彩る精緻な彫刻とか、きらびやかな飾りとか、今座ってるソファ一つとっても私にはとても縁の無い物だらけ。
……平民丸出しな普段着の私は、完全に場違いだ!! 帰りたい!!
落ち着かなくてソワソワしていると、マルソネアさんが入ってきた。
「アニス様。こちらをお召しになってください」
マルソネアさんの手には一着のドレスがあった。これが王女のお古らしい。
深い青色のドレスで、可愛さがありながら上品さも併せ持った感じだ。ヒダやレースをふんだんに使用し、所々に付けられたリボンや花飾りがアクセントになっている。
マルソネアさんと案内してくれた使用人さんの手でそのドレスを着せられたのだが、残念ながらここには鏡がない。「大変良くお似合いですよ」と言われても、自分で確認できない以上、その言葉が世辞かどうかも判断できない。ドレス自体は私も凄く気に入ったんだけど……うむむ気になる!!
それからまたしばらく待たされて、再び人が入ってくる。今度は騎士団長のデルステルさんだった。
「おぉ、アニス嬢、息災のようで何よりだ。いやはやしかし、お茶会中の安全を確保すると豪語しておきながら、結果的にアニス嬢に大怪我を負わせてしまっては、騎士団長としてあまりにも不甲斐ない……。やはり小生は騎士団長として相応しくもなく、責任をとって役職を辞する気でいたのだが、騎士団では満場一致で辞めるなと合唱されてしまい、いまだ騎士団長に就かされている……。アニス嬢はどう思うかね? これほど不甲斐ない男が騎士団長では、アニス嬢も相応しくないと思うだろう?」
入ってくるなりいきなり意見を求められた。いや知らんがな……って言いたいところだけど、お茶会会場での奮闘ぶりは、正直とても頼もしかった。
「私も皆さんと同じ意見ですよ。デルステルさんは騎士団長のままでいいと思います」
「……むむぅ、怪我を負ったアニス嬢までがそう言うのであれば、続けざるを得ないか」
諦めたようだ。私の目から見てもデルステルさんは明らかに実力者だし、周りが辞めさせまいとしているのなら、それだけの器を持っているのだろう。
ふと、デルステルさんが「――ところで」と言葉を紡ぐ。
「アニス嬢は何故、あの時小生にこれを渡してくれたのだ?」
そう言って腰から引き抜いたのは、私が生成したジルコニア製の剣。
「お茶会会場って武器の持ち込み禁止でしたから、あの時デルステルさんも剣は持ってませんでしたよね? なので必要かと思って杖のついでに作ったんですけど……」
「アニス嬢の身を守ると言ったのだから、当然ながら武器くらい隠し持っていたのだがね。いやはや、宝石で剣を作るなど夢でも見ているのかと思ったし、まさかそれを渡されるとは、驚きを遥かに通り越してしまったよ」
うわっ!! 私、完全に早とちりしたのか!! 恥ずかしい!!
「とはいえ、この剣のおかげで助かったのも事実。対魔法戦において、これほど強力な物はない」
んっ? どういうことだ?
「宝石に対して魔法を放てば、宝石に魔力が溜まり魔石になるのは知っているであろう?」
それはわかる。というか私はその方法で宝石を魔石に変えているのだ。魔力が感知できれば直接魔力を注ぎ込めるらしいのだが、私は出来ない。
「普通の剣で魔法による攻撃を斬れば、破片などで周りに被害が出ることもあるのだが、この剣であればその魔法をまるごと吸収し、魔力として剣に蓄積させることができる。被害を最小限に抑えることができるのだ」
おぉ、なるほど!! 適当に作った物だけど、結果的にベストな判断だったということか!!
「しかし、迫る魔法に合わせて剣を振れるのは小生だけらしい。この程度の技術なら、鍛錬すれば誰でもできると思うのだがなぁ」
困った顔をしつつ事も無げに言う。
くおぉコイツ、あまりにも謙虚が行き過ぎて、無自覚自慢してやがる……!! とはいえその言葉は、確実に実力を示すもの。騎士団長という地位は伊達じゃないということだ。
「まぁそれは置いておくとして。この剣が相手の魔力を吸収して魔石となるならば、そのままそっくり転用できるということでもある。……魔法使い級である小生が、この剣を利用すれば魔術士級の魔法を使うこともできるかもしれないのだ。まだ試したことはないがね」
そういえば、魔法使い級が魔術士級の魔法を放つには、あまり現実的ではない大きさの宝石が必要だと聞いたことがあるな。そして現実的でない大きさの宝石が、今まさに目の前にある、と。
……なんだか大変ヤバい物を作ってしまった気がする。冷や汗が背中を伝う感覚がした。
「だが、これはアニス嬢が作った物なので、少々名残惜しいがお返しするとしよう」
そう言ってジルコニア製の剣を差し出されたが、正直に言うと渡されても困る。なので。
「それならデルステルさんに差し上げます。私が持ってても宝の持ち腐れですし。破壊してもいいですけど、デルステルさんなら存分に活用できるんでしょう? 役立てられる人に持っててもらったほうが、私も作った甲斐がありますから」
すると、一瞬の間があった。そして、デルステルさんが――また跪いた!!
「これほど素晴らしい物をいただけるのならば!! 我がジャイケイド家の家宝として未来永劫語り継がせましょう!!」
やめて!! 即興で作った物なのに大げさすぎる!! この程度なら何本でも作れるから!! ……いや、作ったらダメだな。デルステルさんもだが、私も落ち着かねば。
「ふむ、そうなると、今は即席の鞘で間に合わせているが、改めてこの宝剣に相応しい鞘を作らねばな」
「その剣はデルステルさんの好きにしてもらっていいですから」
剣はデルステルさんにあげた!! 私に所有権はない!! 何かあったらデルステルさんに言ってね!! ……というわけにはいかないよねぇ。宝石の鎖を作った時みたいに、あとで小言を言われたりしないことを祈っておこう。
と、うっかり雑談してしまったが、今はそんな悠長なことをしている時ではないのでは?
「そんなことより、デルステルさんは別にその話をするためだけに来たわけではないんでしょう?」
騎士団長であるこの人が、このタイミングでこんな所に来るというのは、もっと別の意味があるはずだ。そしてそれは考える限り一つしかない。
「そうであった。非公式ではあるが、王とお会いする場が整った。僭越ながら、小生がご案内しよう」




