51.長かった一日
私の肉体が腕を交差させつつ、魔法を唱え始めた!!
「マグネティック――」
そして一歩踏み出し、交差させた腕を開いた。
……マグネティック!? ということは、電磁力を利用した魔法か!?
みんな逃げて!! と何度も叫ぶが、この精神世界から外には言葉が届かない。
魔法の詠唱が――終わる。
「――ストーム!!」
次の瞬間、私の身体から電撃が迸った。この魔法は……全身に電撃を纏い、触れた相手を感電させる。で、この魔法の範囲にいるのは――神殿長ただ一人!!
ちょっ、これ、格ゲーのゲージ技なんだけど!!
短い時間ではあるがまともに電撃を浴びた神殿長は、うっすらと湯気を出して倒れ込む。
神殿長を攻撃したのは良いが――いや、良いどころかとても気分がスッキリしたのだが……どういうことだ? なんで王女やパラデシアたちを攻撃しなかったんだ?
すると、「狂った冷静さ」を持った意識が再び姿を現した。
――私の目的は元の世界に帰ること。神殿長の提示した望みは身の安全。命令は神の怒り――電撃を使った邪魔者の排除。元の世界に帰るにしても、身の安全を手に入れるにしても、最善で最短を考えるなら、邪魔者は神殿長。神殿長を排除しない限りは、どれも達成できない。
ぶふぉっ!! 命令を下した神殿長自身が邪魔者認定された!! これは流石に予想外すぎる!!
「何故だ……くそっ、何故だ……!!」
神殿長がブツブツと呟く。まぁ調子良かったのは最初だけで、さっきから何もかも上手くいってないし、上手くいったと思ったらそんなことはなかった、みたいな状態だよね今の状況。私をこんな状態にしたという腹立たしい気持ちもあって、傍から見てるぶんには正直面白い。自業自得だしね。
王女が何かしらの指示を出し、騎士団長が神殿長に向かって走ってくる。これで捕らえれば、この騒ぎも終わらせられるのだが――。
「ぐっ……お前たち!! 俺を守れ」
神殿長の命令に、神官たちが動き出した。騎士団長に向かって魔法を放つが、散発的な魔術士級の魔法では騎士団長を止められない。放たれる魔法を切り裂きながら神殿長に近付いてくる。
そんな中、院長も魔法を唱えた。
「ネックモーウィング」
あれはイノシシの首を切った時の魔法……!! 魔法の着弾地点は――!!
「ぐおっ!! くそっ!!」
――神殿長の首!! 神殿長は身を捩って、ギリギリその魔法を回避した。
院長、今本気で神殿長を殺そうとしたよ!?
「はぁ……はぁ……もういい、もうやめだ!! どいつもこいつも俺の言うこと聞きやしねぇ!! 貴様ら……ただで死ねると思うなよ!! 全員まとめて、吹き飛ばしてやる!!」
神殿長が手に持っている宝石の一つが輝き出す。――これは、魔石の魔力飽和!? 自身の魔力を全部注ぎ込んで、魔石を爆発させる気か!!
「ハハハハハハッ!!!! 思い通りにいかないなら、何もかも吹き飛ばしてしまえ!!!!」
――無駄。
「狂った冷静さ」を持つ意識が、短く呟いた。
次の瞬間、光が弱まり、魔力の飽和が収束していく。
「ハハハハ――は?」
私の肉体が魔石に対して手をかざしていた。魔石に溜め込まれた魔力が、その手にすべて吸収されていく。そして、魔力の無くなった魔石は宝石へと戻った。
「俺の……魔導師級の魔力を全部……取り込んだ、だと? ……何なんだお前は? 貴様は……一体何なのだ!! 普通の人間どころか……魔導師級ですら、魔導師一人分の魔力を取り込むなど、不可能だぞ!! 貴様の魔力容量は、化け物か!! いや、化け物だ!!」
化け物呼ばわりされてしまった。いや、知らんがな。できちゃったものはしょうがないじゃん。……吸収したのは私の意思じゃないけど。
「くそったれえええぇぇぇぇ!!! アニス!! 貴様の望みは何だ!!」
今更それ聞くの? と思った直後、暗闇を漂っていた私の意識が、いきなり引っ張られた。
「えっ――」
何が起きた? 私の身体が戻ってる?
突然身体の制御が戻ったことで、一瞬バランスを崩しかける。咄嗟に踏ん張って、倒れるのを防いだ。
――と同時に。
「化け物は死ね!! グラハムクラシス!!」
反応が遅れた私の胸に、氷の槍が突き刺さった。
あっ、これ死――。
「――いっ………………ったああああああぁぁあぁぁぁぁ!!!!」
胸部に激痛が走り、胸を抑えて叫んだ。
何が起こった? あれ? 私倒れてる? 意識飛んでた?
そんなことよりも胸がムチャクチャ痛い。抑えていた手を恐る恐る覗き込んでみると、血が付いている。
「アニス!? 良かった!! 生きていたのですね!!」
「ル……ルナルティエ、様?」
王女が倒れている私を涙目で覗き込んでいる。その横にいるパラデシアも、ホッと安堵の息を吐いたのが見えた。
あっ、少しずつ状況を思い出してきた。……そうだ、私、神殿長の能力で意識を分離させられてたんだ。で、それが突然戻って、その一瞬を突かれて魔法を……胸に……!?
「ゲホッ……わ……私、もしかして死んで、ました?」
胸を貫かれてたのなら、死んでいてもおかしくない。そして、その状況を覆す手段はさっき聞いた。時空魔法による蘇生。状況的にその可能性が高い。
「いいえ……死んでなどいませんよ。アニスが首から下げていた銀貨、それが貴女の命を救ったようです」
痛みに耐えながら、胸元を見てみる。服が破けて……あっ、ラナトネさんから貰った財布も破けて、周りに銀貨が散らばってる。変形したり割れた銀貨もあって、どうやらこれが私の命を救ったらしい。もったいないけど……命拾いした。
「死んでないとはいえ傷は相応に深いので、動かないでください。グラッジーア軍事長!!」
名前を呼ばれた中年女性が、寒さに震える身体に毛布を纏い、こちらに近付いてくる。
ついでに周りを見てみると、私が作った炎の檻はすでに消えており、まだ部屋に氷は残っているものの、全員動いている。氷で動けなくなっている人はもういない。
神殿長の姿も見当たらず、どうやら私の意識が飛んでいる間に事態は収拾したようだ。
「姫様、わかっております。この老いぼれの命に代えましても、この勇敢なる少女の命は救いますとも」
グラッジーア軍事長と呼ばれた女性が私の胸に手をかざし、魔法を唱える。
すると、一瞬にして痛みが引いた。ついでに、服や財布まで元の状態に戻っている。
凄ッ……!! これが、時空魔法……!!
ん? ちょっと待て。財布が元に戻ったってことは……?
上半身を起こして、胸元から財布を引っ張り出し中を確認。ひぃふぅみぃ……七枚ある。周りを見ると――散らばった銀貨に変化はなくそのままそこにある。つまり――銀貨が増えている。
「これって……ある意味錬金術なのでは?」
「……今回は緊急事態ですから問題にはいたしません。日常的にされると市場が崩壊しますので、処罰の対象ですけれどね。それよりもアニス、大丈夫ですか? 他に怪我などはしていませんか?」
そう言われて身体を確認する。後頭部がちょっと痛いが、これはたぶん胸に攻撃を食らい、意識をなくして倒れた時に打った痛みだろう。気にはなるが怪我というほどではない。
その他は特に無さそうだ。
「肉体的に問題なくても、体調に問題はないのですか? 先程、神殿長が注ぎ込んだ魔石の魔力を全部吸収したようですが……」
パラデシアが心配そうに聞いてくる。魔力の過剰吸収は下手すると命に関わるのだとか。しかし――。
「う~ん、なんともないですね」
手のひらをグーパーしてみたり、腕回ししてみたりするが特に問題は無さそうだ。魔力というものが私には感知できないので、その影響だろうか? だがパラデシアが言うには、過剰吸収すれば頭痛や吐き気などの症状が起きてもおかしくないらしい。
となると神殿長が言っていたように、私の魔力容量とやらが規格外なだけなのだろう。そう結論付けるしかない。
「……はぁ。やっぱり貴女には常識が通用しないようですね。そんな非常識な貴女が神殿長側に付いたと思った時は正直生きた心地がしませんでしたが、演技だとわかって安心しました」
安堵のため息を再び吐いたパラデシア。……ん? 勘違いしてる?
「さっきのあれは、演技じゃないですよ? 神殿長の言葉で自由が効かなくなって、内に秘める欲望を増加させつつ、特定条件下で言いなりになってしまう能力でした。ルナルティエ様の能力の亜種って感じかと」
その言葉を聞いて、二人は神妙な顔付きになる。どうやら、王族ですら把握していない能力だったらしい。
「その話、のちほど詳しく聞かせてもらいましょう。とりあえず今は大事を取って休んでください。グラッジーア軍事長も休ませてあげたいのですけれど、可能な限り酷い凍傷や怪我がある者の手当を。パラデシアはわたくしに付き合って事後処理をお願いいたします」
「承りました」
グラッジーアさんは寒さで震える身体を押して、怪我人が集められた所へ向かおうとする。
時空魔法で、怪我する前――凍傷になる前に時間を戻すというのなら、確かに時間を無駄にできないな。魔術士級と言っていたから、魔力量も限られるはず……あっ、それなら。
「グラッジーアさん、ちょっと待って下さい。ルナルティエ様、神殿長が持ってた宝石ってまだあります? 無いならちょっと作りますけど」
「ここにありますけれど……アニス、何をする気ですか?」
「グラッジーアさんが時空魔法を連続使用するなら、それなりに魔力が必要ではないですか? 魔石を作っておけば、役立てられないかと思いまして」
「まぁ……!! 命を救っていただいたばかりか、そのようなお心遣いまでしていただけるなんて!! アニス様はまさしく、この国の救世主ですわ!!」
「いやいや、救世主だなんて大げさですよ……。それに怪我を治してもらいましたし、今できるお礼と言ったらこれくらいですし」
そんなやり取りをしながら、渡されたこぶし大の宝石に魔力を注入する。中に淡い光が現れて、魔石に変化する。
「えっとこれくらいですかね? いまいち加減が分からないので……」
魔力が感知できないという事情は、一部の人以外には内緒だったことを思い出し、言葉を濁しながら魔石を手渡した。
過去の経験から、この大きさならこれくらい入るかな? という感じで、それなりに大きな魔法数発分を注入してみたのだが。
「凄まじい……あっ、いえ、十分です。これだけあれば、全員治して尚おつりが来る量ですよ。ありがたく活用させていただきますね」
どうやら問題なかったようだ。
グラッジーアさんが魔石を持って今度こそ怪我人の元へ行き、王女はパラデシアと共に事後処理に向かった。
一人になった私は……いきなり誰かに持ち上げられた。
「さぁ、姫様に言われた通り、本日はお部屋でお休みになられてください」
「わっ!? マルソネアさん!?」
家政婦長が私を抱えて移動する。
そんなことしなくても一人で歩ける……かと思ったのだが、なんだか身体がダルい。せっかくなのでこのまま運んでもらうことにしよう。
「あの……亡くなった人とかはいませんよね? あと神殿長はどうなりました? 院長先生も――あっ、私の村のポートマス院長が会場からいなくなってましたけど、どこにいるか知りませんか?」
「参加者、使用人、警備の騎士、神官含め、誰も死亡者はおりませんよ。アニス様のおかげです。ティローゾ神殿長はデルステル騎士団長によって捕縛、連行されましたので、もう安全です。ポートマスという方がどなたかは存じませんが……あの場にいた神殿関係者は神殿長と同じく連行されております」
亡くなった人はいないのか。良かった。しかし、院長が連行されたのは少々納得いかない。神殿長の能力下にあっても尚、神殿長の言いなりになっていなかったと思うのだが。
とはいえ、今それをマルソネアさんに言っても仕方がないだろう。たぶん管轄外だから。
向かった先は中夜月の間。そしてそのままベッドに寝かされた。
「姫様のお話ですと、時空魔法で傷が無くなっても、出血による体力の消耗までは戻らない、とのことですので、今夜はしっかりとお休みください」
なるほど、それで身体がダルいのか。納得だ。
マルソネアさんはそのまま部屋を出ていこうとするが、一つ重要なお願いがあるので私は彼女を呼び止める。
「すみません、高級宿に残してるお父さんに『今夜は王女様の所に泊まる』って連絡、お願いできます?」
「承知いたしました」
その言葉を聞いた私は、安心と疲れから幾ばくもなくして眠りの世界へと誘われた。




