4.母と精霊院
「いやぁまさかこの村から魔術士級が出るとは!!」
「おいブルース、一体どんな教え方したんだ?」
「将来有望な娘でアニーも嬉しいでしょ!!」
夜。村はお祭り騒ぎとなった。父レベルの魔法使いはそれなりの人数いるが、魔術士レベルとなるとその数も少なくなる。魔術士であればできる仕事も多く引く手数多なのだそうだ。そんな人材がこんな小さな村から出るとなれば、浮かれて祝い事になるのも仕方ない。
火柱を立てたあと、現場を見た村人から知らせを受けた両親が迎えに来てくれた。両親は私が魔法を使えたことに喜ぶものと思ったのだが、開口一番は私の心配だった。特に怪我などがないということがわかったのちに魔法が使えたことを喜んだことから、あぁ私は二人に愛されているのだなぁと実感した。
現在、私は自室のベッドで横になっている。普通ならこの年齢ではありえない規模の魔法を使ってしまったらしく、魔力の上限を理解していない子供が陥る一時的な魔力枯渇の心配をされたのだ。
まぁ当の私はピンピンしてるので、その心配は無用のようであるが。
部屋の外での客達のどんちゃん騒ぎとそれに両親が対応している音を聴きながら、どうしようかと思案する。夜とは言ってもまだ早い時間で、眠くはないし部屋の明かりもまだ点けている。
今日は魔法を使うことは禁止されてしまったので、使えそうな魔法のイメージだけでも練ろうかと考えていたところ、心底心配そうな顔をした母が部屋に入ってきた。
「アニス、身体は大丈夫? 頭が痛いとか、気持ち悪いとかはない?」
「大丈夫だよお母さん。腰が抜けたこと以外は体調に変化はないから、みんなが思ってるより魔力は多いみたい」
「それなら良いけれど、無理はしちゃだめよ」
母はベッドの縁に腰掛け、私を胸の中に抱きしめる。恥ずかしさはあるが、同時に愛情と温かさを感じて、その身を任せる。
……だがそれ以上に感じたのは、この人胸が大きい!! 凄く柔らかい!!
前世の私は貧乳であったから、羨ましい大きさだ。いや、この母親の娘である私なら、成長すれば母並みの巨乳になる未来もありえる。期待値は高い。
そんな煩悩にまみれていたらハグが終わった。胸の気持ち良さの余韻に浸っていたため「夜ご飯はどうする?」との問いにちょっと反応が遅れてしまった。この部屋で食べると返答するとすぐに持ってきてくれるとのこと。私が部屋を出るとお客さんに絡まれて揉みくちゃにされそうなので、持ってきてくれるのは非常にありがたい。母もそれをわかって言ってくれたのだろう。
その後は持ってきてもらった食事を一人で食べ、寝るまで魔法のイメージトレーニングをすることにした。
とりあえず今日魔法を使ってみてわかったのは、
1.事前に魔法を使う時のイメージを固めておく。
2.イメージに沿った詠唱のための名前を決めておく。
3.イメージを思い出し、精霊に呼びかけ、意識を集中。
4.詠唱し、魔法を放つ。
といった流れが必要、ということだろうか。もしかしたらもう少し効率の良いやり方があったりするかもしれないが、それを考えるのはもう少し情報を集めたり魔法の経験を積んでからでも良いだろう。それよりも私は早く色々な魔法を使ってみたいという欲のほうが強い。
それから私はいくつか魔法のイメージを頭の中で描き、そのまま寝落ちした。
さぁ、明日はイメージトレーニングの成果を確認だ!!
朝になり、私は前日と同じように顔を洗って歯を磨き、着替えて盥を持って裏口に水を捨てる。と、ここで「あっ」と声を出した。
洗顔と歯磨き粉代わりの炭で汚れた盥。昨日はこれをしっかり洗いたいと思っていたわけだが、今の私には洗う手段があるではないか。そう、魔法だ。
水の魔法はお父さんがたまに使っているのを見たことがある。その時は「ウォーター」と言っていたが、これは空中に水を出すだけだ。盥を洗うとなると水の勢いが欲しい。
日本で食器など洗う場合は水道だ。しかし、イメージしやすいとはいえ詠唱を「水道」とするのはなんか違う。「蛇口」も考えたが魔法っぽくない。もうちょっと変化と、あと汎用性も欲しい。
となると――。
「ホース」
人差し指からそれなりに勢いのある水流が出てきた。イメージ成功である。更に人差し指と親指をくっつけると、水流の勢いが増すようにした。親指でホースの口を狭めるイメージだ。
いい感じに成功したため、魔法で洗った盥を日干ししウキウキ気分で朝食に向かう。
「アニス、身体は何とも無いかい?」
「うん大丈夫。昨日から別に何とも無いよ」
「それなら今日は精霊院に行こう。アニスが魔術士級の魔法が扱えるのなら、お父さんじゃなく院長に教えてもらったほうがいいからね」
精霊院。精霊信仰があるこの国では、どんな小さな集落や村であっても必ず一つは存在する建物。大都市や王都には精霊院ではなく神殿があり、精霊院は神殿の支部のような感じだ。前世の記憶とアニスの記憶をすり合わせたところ、精霊院は前世の教会みたいな存在だと私は認識している。
役割は精霊を奉り祈りを捧げる場というのはまぁ当然として、この村では数日に一度、子供の勉強会をやっている。江戸時代の寺子屋みたいな感じだ。アニスも通っている。
この村の精霊院には、神殿に長年勤めていた魔術士級の人が院長として派遣されており、こういう村では知恵袋的な存在だったり、あとは魔法が必要な案件に対応したりする。
そう、今の私という存在はまさに院長の魔法が必要な案件だ。主に知識方面で。
まだよくわかっていない魔法の知識をさっそく入手できる、という願ってもない展開に、私は静かにテンションを上げる。
そして朝食を食べながら、昨日の魔法についてや他の村人の反応、お父さんの今後の予定やお母さんの菜園の様子などといった他愛も無い話を家族でしていたところ、ふと昨日ほど感情の矛盾が無いことに気付いた。というか馴染んできたという感じだろうか。
転生を意識してまだ二日目。人格は日本人の頃の延長のように認識しているが、元のアニスの記憶を思い出せるということは、アニスの精神が残っていてもおかしくはない。
私の人格では赤の他人という認識になるアニスの両親だが、昨日一日だけでも溢れるほど両親の愛情を感じた。赤の他人という認識では愛情など感じないはずなのに感じたということは、元のアニスの精神がその愛情に強く反応したということだろう。
そしてそれは、私の精神と徐々に融合しているということではないだろうか。
一瞬、私が私でなくなっている? と思ったが、特に恐怖感などは何も無いし、この身体にとってそもそも私の人格は余所者だ。軒先を借りずに直接母屋を乗っ取っていると言ってもいいこの状態、第二の人生を歩めることに感謝こそすれ、前世の私のままでいようなどと考えるのはおこがましいにも程がある。今の状態を元のアニスがどう思っているのかを推し量る術はないが、精神の融合程度で私が居座ることを許してくれているのなら、私の人格はそれに従うまでだ。
食事が終わって小休止ののち、私はお父さんに連れられて精霊院へ。魔法に関することのため、魔法が扱えないお母さんは店番の方にまわるそうだ。
精霊院への道すがら「おっ、未来の魔術士様!!」「期待しているよ」などと村の人達から茶化されてしまったが、悪い気はしない。人から期待や称賛されるのはやはり嬉しい。
小さな村なので、しばらく歩けばすぐに精霊院に到着する。この村ではたぶん一番立派な建物になるだろうが、かといって場違いなほどではない。村に見合った立派さという感じか。
正面の扉を開けると、まず視界に広がるのは礼拝堂。地球の教会にあるようなのとほぼ変わらない造りだ。パッと見回してみたが、今は礼拝堂を利用している村人はいないようである。
村人はいないが、祭壇の方にゆったりとしたローブを着たお爺さんがいる。この精霊院の院長だ。
「おぉブルースにアニス。おはようございます。アニスは昨日魔法をはじめて使ったと聞きましたけど、その様子だと元気そうですね。精霊に愛されているようで何よりです」
院長は白くなった髪とひげを綺麗に整えた好々爺という印象だ。実際、アニスの記憶では人当たりもよく、勉強会では先生として子供みんなを気にかけてしっかり教えてくれるとても良い人だ。
柔らかい笑顔でこちらに近づいてくる院長に、私は「院長先生、おはようございます」と笑顔で挨拶を返すと、真面目な顔になってお父さんと話し始めた。といってもどうやら昨日のうちに話は進めていたらしく、具体的な内容はあまり話さず「では、アニスをよろしくお願いします」と言ってお父さんは帰っていった。
「ではアニス。早速ですがまずは魔法の基礎について勉強をしましょう。基礎を知っておかないと、魔法を使った時に危険が伴いますからね」
「はい、よろしくお願いします院長先生。私、頑張って魔法を勉強します!!」
これから魔法をきちんと習得するぞ!! と意気込んで院長先生に付いていくと、応接室に連れてこられた。勉強会はいつも会議室のような所でおこなっているが、魔法に関しては個人授業になるからここになるのだろうか?
ひとまず、院長に促されて椅子に座り、対面に院長が座ると、今まで笑顔だった院長が険しい顔付きになって、一瞬で私の背筋を凍らせる一言を言い放った。
「さて、単刀直入に聞こう。君は一体何者なのかね?」
……えっ!?