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45.デルステルさん

 とりあえずこの中夜月(なかやづき)の間という部屋を物色してみようか? などと考えていたら、扉がノックされた。


「アニス嬢、いらっしゃるかな?」


 男性の声だ。なんだか聞いたことあるような気がする声だが、すぐには思い出せない。王女のお膝元であるこの場所で危険は無いだろうと思い、とりあえず「はい、どうぞ」と入室を促す。

 入ってきたのは、先程まで王女に付き従っていた騎士の一人だった。騎士の鎧姿から、貴族的な衣装に着替えている。


「さっきまで会っていたが、職務中だったので改めて名乗らせていただきたい。小生はデルステル・パンガー・ジャイケイド。不肖の身だとは存じているが、僭越ながら騎士団長などという役職を任されている」


 ブハッ!! ただの騎士じゃなかった!! 騎士団長かよ!!

 ……年は二十代後半くらいか? 思ってたよりも若い感じ。騎士のトップという割には、こう威圧感というか、鋭さみたいなのは感じられないな。むしろ謙虚さが強い。イケメンではあるものの、気さくで話しやすそうな雰囲気もある。

 あっ、この人あれだ。王女と行った服飾店で支払いしてた人だ。


 そんな感じで値踏みしていると、デルステルさんが突然跪いた。

 やめて!! そんな偉い人ばっかりにポンポン跪かれると感覚が麻痺しちゃう!! ただの平民に騎士団長や王女が跪くとか明らかに異常だから!!

 などと思っていたら――。


「この度は、小生の元部下が本当に申し訳ないことをした!! 降格したとはいえ一時は騎士職をいただいていた者が、恨みによって女子供に手をかけるなど以ての外!! 騎士として恥以外の何ものでもない!! 元部下に代わって、心より謝罪申し上げる……!!」


 ゲェッ!! だいぶ直球な謝罪だった!! これはいわゆる、部下の不始末を上司が平身低頭で処理している状況だ。でも、元部下ということは責任の所在はこの人にはすでに無いはず。根が真面目なのだろう。


「や、やめてください!! 私はこうして無事でしたし、これ以上私の身に危険が及ぶ心配がなければそれで大丈夫ですから」

「おぉ、なんと高潔な!! ふむ、聞いていた通り己の身の安全さえ確保できればそれで良いとは、なんとも物欲の無い娘だ……。この程度では罪滅ぼしにもならないかもしれないが、せめてお茶会中の身の安全くらいは、小生が全力を持って確保させていただこう」


 えっ、お茶会中に身の危険が迫る可能性があるの? マジで?


「はっはっは。普通は危険なことなどそうそう無いよ。とはいえ、アニス嬢を取り巻く状況は少々特殊だ。絶対に無いとは言い切れないのでね。だからこそ、小生のような者がこうしてお茶会参加者として馳せ参じたわけだ」


 あぁ、着替えているのはそういうことか。

 謙虚すぎて頼りない感じが否めないが、しかし騎士団長と言うからには実力は折り紙付きなのだろう。そんな人が護衛を買って出てくれるというのなら非常に安心だ。王女の護衛をしてたくらいだし。


 ……ところで、さっき気になることを言っていたな?


「降格させたって言ってましたけど、騎士が降格したらどうなるんですか?」

「ん? 騎士は降格すると兵士からのやり直しだな。だからアニス嬢を襲撃した時点では彼らは兵士だ。しかし元騎士である以上、小生の監督責任が無いとは言えな――」

「そのことはもういいですから!! それよりも!! 兵士になった時の彼らの人事はどうなってるんです? 所属とか配属先とか」

「騎士団と軍では人事が異なるので、小生らの管轄ではないな。軍の方で配属先が決められる。今回事件を起こした三人の所属は、それぞれ港湾警備、都内治安維持、門番となっていた」


 おっ、少しずつ、襲撃事件のピースが揃ってきたぞ?


「もしかして門番であれば、王都の出入りに関する記録って閲覧できます?」

「まぁ、それはできるだろうなぁ。それが仕事なのだろうし」


 私は深く、深く溜め息をついた。

 つまりあの元騎士たちは、私達が入都した時点で私達の存在を認識していたのだ。入都の瞬間を直接知れる立場にあったのなら、後をつけるのも簡単だ。誰かを雇って後をつけさせてもいい。

 そうして宿泊先を突き止めたら、同じ恨みを持つ仲間を募って、そのまま襲撃した、と。


「……やはりアニス嬢もその線が濃厚だと思うか。その辺りのこともあやつらはいまだ口を割らないが、あやつらの行動の早さを説明するなら、職務上の立場を利用したと考えるのが妥当だ」

「あっ、やっぱり黙秘を貫いていたんですね」

「うむ。いくら拷問しても喋らなかったからな。その点に関しては騎士として評価に値する」


 ――えっ、拷問?


「拷問……したんですか?」

「ややっ、アニス嬢には知らせるべきではなかったか。だが必要なことだった。見せしめの意味もあるし、姫様の意向でもある」


 拷問と聞いて嫌悪感が湧き上がる。

 王女が「彼らは今、少々まともに話せる状況ではない」と言っていたのはそういうことか……。


 ――いや、ここは異世界だ。日本の感覚で考えてはいけない。理解や納得ができなくとも、それがこの世界のルールなら受け入れるしかない。


「……いえ、大丈夫です。必要なことだったというのなら、素人の私が口を出すことではないですから。……彼らは大丈夫なんですか?」

「ほほぅ、殺そうとした襲撃相手を心配するとは、慈悲も持ち合わせている。ますます気に入った!! ……大丈夫の度合いがどの程度かはわからないが、少なくとも後遺症になるような拷問はおこなっていない。彼らは彼らでまだ使い道があるのでね」


 なんだか私の知らない、人間の闇の部分を覗き込んでいるような気分だ。

 嫌悪感が増してしまう。そしてこれ以上、そこに踏み込める胆力は私にはない。


 ――話題を変えよう、と思ったその時、また扉がノックされた。


「アニス様、只今戻りました。おや、騎士団長様もいらっしゃっておりましたか」

「お邪魔してますよ。ですが家政婦長が戻ってきたのなら、小生はこの辺で退散するとしよう。ではのちほどお茶会にて」


 マルソネアさんが部屋に入り、入れ替わるようにデルステルさんが退室する。


「どうしましたアニス様? 気分が優れませんか? もしや騎士団長様が何か――」


 うおっ、平静を装ってたつもりなのに、なかなか鋭い観察眼持ってるなこの人。会って間もないのに、そんな細かい機微に気付くとは。

 気遣ってくれるのは嬉しいが、心配してもらうほどのことではない。というか気遣ってもらったという事実だけで、多少気分が楽になった。


「騎士団長は何もしてないですから大丈夫です。それよりも、はやくお茶会について教えて下さい。何も知らない状態で出席して、恥をかくという状況だけは避けたいですから」


 マルソネアさんが察するに、私はお茶会に関して色々と教えられてない部分が多いらしいので、とにかく情報と知識が必要だ。お茶会までの時間でそれを頭に叩き込まねばならない。気分も紛れるし。


「それではアニス様、今回のお茶会の出席者はご存知ですか?」

「えーと、王女殿下と私と、あとさっき騎士団長も出席すると言ってましたね。お茶会自体は小規模で私の存在を他の人に周知させる、としか……」

「……お茶会の終了時間などは?」

「聞いてないです」

「…………お茶会の進行手順なども?」

「……聞いてないですね」


 マルソネアさんが頭を抱えて深~い溜め息をついた。

 しばらくして、覚悟を決めた表情で私を見つめる。


「では今回のお茶会について、最低限必要な事柄を叩き込みますので、ご覚悟くださいませ!!」




 マルソネアさんの緊急講義によると、お茶会は公的なものと私的なものがあり、今回は公的なものとのこと。

 公的なお茶会は、何かしらの影響が発生するお茶会のことを言うらしい。今回に関しては、私が王女の庇護下にあることを周知させる、という影響だね。

 王女が村に来た時に言い放った「今度お茶会をしましょう!!」というのは、ほぼ間違いなく私的なお茶会を指しているそうだ。要するに親しい間柄で気兼ねなくお話しながら飲み食いしよう、というのが私的なお茶会である。


 参加メンバーは王女様、私、騎士団長は先程言った通りで、なんとパラデシアも参加する。聞いてないよ!! ついでに言うとお茶会の主催は王女ではなくパラデシアとなっており、それについてはある狙いがあるのだとか。

 その他のメンバーとして魔導師ハーンライド。王女と一緒に村に来たあのおじいさんだ。

 それから軍のお偉いさんだとか、派閥の違う貴族だとか、神殿長だとかで総勢一二名。

 ……これで小規模なの?


 ただ、神殿長に関しては来ない可能性があるらしい。どうやら基本的に王女がいる場所には現れないというのだ。噂では王女の能力を警戒しているのでは? とのこと。

 そこで先程の、お茶会の主催がパラデシアである、ということが効いてくる。気休め程度かもしれないが、神と精霊の信徒でもあるパラデシア主催にすることで、神殿長が来る可能性を少しでも上げるのが狙いである。

 神殿は間違いなく私を狙う派閥の一つなので、今後のことも考えてお茶会に参加させたいのだそうだ。


 お茶会の進行手順に関しては、最初は出されたお茶とお菓子を食し、その感想を述べることから始まるらしい。

 ある程度感想を述べ終えたら、主催者がお茶会の趣旨を説明して、連絡なり話し合いなりをおこなう、という流れだそうだ。

 私は遅れていくので、最初の感想合戦には参加しなくて良い。……助かった。

 あとは王女も言っていた通り、私からは何も喋らずお茶菓子に舌鼓を打っていれば十分とのこと。


 終了予定時刻は6ト50バム。私の登場が6トロンなので、50バム――地球換算で1時間ちょい経てばお茶会終了だ。まぁそれくらいなら大丈夫かな?




 ――と、そんな感じで講義をおこなっていたら、使用人が私のドレスを届けに来た。

 時刻は4トロン過ぎ。お茶会の時間が、少しづつ、着実に近付いている。

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