43.再び服飾店へ
「えっ? えっ? 今からですか!?」
流石にそれは想定外過ぎた。普通こういうのって数日後とかじゃなかろうか?
「この部屋に閉じ籠もっていながら暇ではない、などとは言わせませんよ?」
うぐっ!! 確かに暇だったけど!! 心の準備をする時間くらいは欲しかったよ!!
それはそれとして、厄介な問題がある。私のドレス、お直しに出したまままだ返って来てない!!
「ルナルティエ様、私のドレスなんですけど……」
「隊長から聞いた話によると、可愛いドレスを着ていたそうですね。着替えるのは向こうに着いてからで構いませんから、早く準備してきてくださいな」
「いえ……あのドレス、ボロボロになったのでお直しに出してまして……。まだ返って来てないんですよ」
すると微笑みを浮かべていた王女の目がスッっと細くなった。
「そうですか……元騎士たちのせいですね……。うふふっ。これは対応を改める必要がありそうですね」
怖っ!! 王女の中で何かが決まったみたいだけど、私知ーらない!!
「はぁ。アニスの着飾った姿を楽しみにしていたのですけど。仕方ありませんね。アニス、お直しに出したのは何日前ですか?」
「えーっと、三日前ですね」
「それなら、優良店であれば最低限の補修は終わっていそうですね。アニス、では先にそのお店に行きましょう」
補修が終わってなかったらどうすんの!? と口に出す間もなく私はそのまま王女に連れられた。
堂々と部屋を出て階段を降りてるのだが、私この宿に泊まってないことになってるんですけど!! 宿泊客の視線に思いっきり晒される!! どうしよう!!
「問題ありませんよ。王女であるわたくしが一緒なのですから、注目を浴びるのはアニスではなくわたくしです。そのようにオドオドせず、堂々としていれば良いのですよ」
むむ、確かに一理ある。……というか王女がいるとわかった瞬間にみんな跪いてて、一緒にいる私に注目が集まることがない。確かに心配する必要はなさそうだ。
一階に降りると、受付の前で支配人含め従業員一同が跪いていた。支配人の顔には脂汗が滲み出ている。……まさか泊めていた私に王女と関わりがあって、そのうえ王女が来訪するなんて思ってもみなかっただろうからねぇ。
『王女の友人』という肩書を持つ私に対して宿側がやらかしたことを考えると、支配人の胃に穴が空かないかちょっと心配だ。
王女が歩きながら「ご苦労様です」と支配人達に一言声をかけると、騎士が入口の扉を開ける。すると、もう目の前には馬車が停まっていた。
「これならばアニスの姿が人目に付くこともないでしょう? さぁ、乗ってくださいな」
王家の紋章入り馬車が宿の入口に停まってたら、平民どころかたとえ貴族だろうと、宿に用があったとしても近付けるわけがない……!! 目隠しにもなるし、完全に私の姿を晒さないように配慮してくれている。……用意周到すぎて怖い。
まぁここまで来ると乗るしかないので、言われるままに乗車する。――おぉ、完全に人を乗せる用の馬車はさすがに乗り心地が違う。お父さんが所有してる荷物積載用の幌付き馬車とは比べ物にならないね。
向かい側に王女と騎士一人が座り、もう一人の騎士は御者の隣に行くと、馬車が動き出した。
購入した服飾店の名前を覚えていないので、窓の景色を頼りに道案内をする。ちょっと記憶が怪しかったが、無事に件のお店へ辿り着いた。
服飾店の前に着くと、宿と同じように入り口を塞ぐ形で停車する。凄く邪魔になってるけど……文句を言える奴はいない!! これが権力!!
などと思いながら下車して王女とともに店内へ。
王女が入店した瞬間、店員さんがみんな跪いた。
「突然ごめんなさいね。ここの責任者はどなたかしら?」
「わたくしでございますルナルティエ様。王女殿下自らご来店していただけるとは、光栄の極みにございます。この度はどのような装いをご所望でしょうか?」
さすが貴族御用達のお店だ。王族相手でも特に慌てるようなこともなく、悠然さと気品を感じる。
「数日前に、この子が着ていたドレスのお直しを依頼されたと思うのだけれど、進捗はどの程度かしら? 終わっているなら引き取りたいのですけれど」
「確認してまいりますので、少々お待ちくださいませ」
責任者が奥に引っ込み、しばらく待つ。そして、私のドレスを手に責任者が戻ってきた。
「申し訳ございません。確認いたしましたところ、こちらのドレスは補修がまだ完了しておりませんので、現状ではまだお渡しできる状態ではございません」
「これがアニスのドレスですか……。では追加料金を支払い、最優先でお直しを依頼するとして、最低限着れるレベルまでのお直しをするなら、どの程度時間がかかるかしら?」
「そうですね……1トロンの時間をいただければ、わたくしどもの全力を持って支障のないレベルまでお直しをさせていただきます」
えーと、一日が10トロンなので――1トロンは2.4時間か。そこそこ時間がかかるな。
しかしちょっと意外だ。王族なら基本的に贅沢な暮らしをしているだろうから、ドレスは最高品質の状態しか認めない!! みたいな意識かと思ったのだけど。
会話の内容を聞く限りでは「体裁さえ整えられれば良い」という感じだ。
「ではお願いいたします。デルステル」
「はっ!!」
デルステルと呼ばれた騎士が前に出て、追加料金の支払いをおこなう。……支払いは騎士持ち? いや、さすがに王女のお金預かってるだけだよね?
「のちほど使いの者を寄越しますので、その者に渡してください。それではアニス、行きましょう」
有無を言わさず再び馬車へ。次に向かう先は――まぁ王宮だろう。
ドレスはあとから着替えられるとはいえ、本来ならただの平民がこんなみすぼらしい格好で向かっていい場所ではないはずだ。
はっきり言って憂鬱である。
そんなことを考えながら深い溜め息を吐いていると「アニス、やはり緊張しますか?」と、見透かしたように王女が問う。
「そう心配せずとも、今から向かうのは離宮です。昔は王族が利用していたのですけれど、お父様の代ではほとんど利用していなかったので、わたくしが外交交渉や、賓客を招待する場として活用しているのです。ですので、アニスに接触したがるような、招かれざる貴族が簡単に来れるような場ではありません。離宮にいる者も、離宮の維持を任せている使用人や庭師といった者ばかりですし、貴女が平民だからと蔑む者はおりません。……いたらいたでわたくしが対処いたしますので、安心してください」
ニコッと微笑むが、その笑顔怖いってば!! 万が一蔑む人がいた時のことを考えると、私じゃなくその人のことで安心できないよ!!
まぁそれはいいとして――。
「それを聞いて少し安心しましたけど、でも開催するお茶会には貴族の方が来るんですよね? どちらかというとそっちのほうが心配なんですが……」
「少なからず反発はあるかもしれません。ですがそちらもそれほど心配することはないでしょう。わたくしの側にいれば、貴女に向けられる悪意からわたくしが守ってあげられますから」
うっ、王女のセリフにちょっとときめいてしまった……!! これがもし男性から言われたなら、恋に落ちていたかもしれない。恋愛したことないけど!!
そんなやりとりをしていたら、いままで進んでいた貴族区画を抜け、ちょっと大きな門をくぐる。どうやらここから王族のテリトリーのようだ。
ちょっと遠くに宮殿が見えて、その向こうの山の麓にお城が見える。
しかし馬車はそれらの建物から離れ、敷地の外れの方へ。しばらく進むと、それなりに大きな建物が見えてきた。
間違いない。ここが目的地である、離宮だ。




