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41.セルフ軟禁

 蹴られたお腹がまだズキズキと痛むし、まだあまり動けないのでベッドで横になりながら色々考える。


 まず、受付の男は最初から賊の仲間ではなかったということ。元騎士達がたまたま現れて、状況に便乗しただけ、という話である。それはまぁいい。

 問題は、あの元騎士達の動きが早すぎたことだ。宿に着いて早々に襲撃されたのだから、私達が入都した時点ですでにこちらを認識していたとしか思えない。宿先を決めたのは出発後の王都へ行く道中なので、その時に聞かれたという可能性はまず無いだろう。馬車旅の道中で後を付けられていたりしたら、さすがに気付くはずなので。

 となると、入都後に付けられていた可能性が高い。王都内なら人通りも多いから、私達では追跡者がいても気付けない……と思う。

 とはいうものの、どうやってこちらの入都を知ったのかはわからない。うむむ、肝心の部分が謎だなぁ。

 まぁでもだからこそ、そういった不安要素を踏まえて宿泊先の隠蔽工作をおこなったわけなのだけど。

 あとはこの隠蔽工作がしっかり機能してくれることを祈るしかない。


 表向きこの宿に泊まっていないのに、お父さんの馬車がこの宿の馬繋場に停まっているのはマズいので、宿の従業員に頼んで王都外の牧場に連れて行ってもらい、そこでしばらく管理してもらうことにした。

 管理費用は宿持ちだって。別にそこまでしてもらう必要もなかったけど、支配人の気が済むならそれで良いやと思ってお言葉に甘えることにした。


 それと、院長とパラデシアは用事が終われば一度この宿に来ることになっているのだけど、私達は部屋を出るわけにはいかないし、二人を部屋に招き入れるわけにもいかない。なので、二人が来たら手紙を渡すように言付けてある。

 用事が終わって二人と合流する手筈を整えたら、スパッと村に帰るという寸法だ。





「はぁ……王都散策、したかったなぁ」

「アニスにとっては初めての王都だから気持ちはわかるけど、今回は大人しく部屋に篭もっておくしかないよ。ちなみに、どこか行きたい所とかはあったのかい?」

「買い物とかもしたかったけど、それよりも亜人さん達の所に挨拶に行きたいなと思ってたんだけど。バンケロットさんと兎人の……えーとあの人の名前……マントルさんだっけ? ――は軍人らしいから難しいけど、残りの三人なら会えるかなと。あと常駐兵だったパニエストさんの所にも。森の魔物のせいで片腕無くして、挨拶も出来ずにお別れしちゃったから、せめて一度会って挨拶しておきたいかな」

「う~ん……僕たちの存在を隠し通すためには部屋を出るわけにはいかないから、やっぱり難しいね。次の機会を待とう」


 うん、やっぱりそうなるよね。知ってた。


 食事とかは従業員の人が持ってきてくれるし、必要な物があったら宿が用意して持ってきてくれる。今の私達は、部屋から出ずに生活できる環境なのだ。

 部屋にはバスタブもあるし、お湯は魔法で出せるのでその点も問題ない。ちなみに従業員にそのことを伝えると、物凄く感謝された。……沸かしたお湯を四階まで、何往復もして持ってこなければならない労力は考えたくないよねぇ。ただでさえ私達無料で泊まっててお金にならないわけだし。


 やることがないのでベッドでゴロゴロ寝返りをうって、ふとお父さんの方を見ると、食事と一緒に持ってこられた紙を見ている。


「そういえばそれ、何見てるの?」

「ん? 新聞だよ。アニスも見るかい?」


 新聞なんてあったのか。お父さんが手渡してきたのでなんとなしに一枚だけのその新聞を受け取ると――これ、羊皮紙じゃない……!! 薄くザラザラしてるこの感触。そういえば王都では植物由来の紙が普及し始めているという話を聞いたことある。


 新聞に使われているこの紙は――藁半紙だ!!

 藁半紙の一枚新聞……。藁半紙の存在も驚きだが、新聞を配っているってことは、印刷技術もあるのだろうか? それとも一枚ごとの手書きか? もう一枚同じ新聞があれば見比べて判断できるのだけど。

 お父さんなら知ってるかな?


「これってどうやって作ってるの? 全部手書き?」

「確か聞いた噂によると……文字一つ一つを木片に彫って、並び替えてインクを付けて押し付ける、という技術でやってるという話だね」


 それ活版印刷じゃん!! この世界の文明、変に進んでるな!!


 作成方法があっさりわかったので、改めて新聞の内容を見る。

 絵などは無く、全部文字だ。日付は昨日で、これが最新版らしい。内容は大体一週間に起こったことなので、週刊新聞のようだ。

 王都で頻発していた窃盗の犯人が捕まったとか、世の中に役立つ技術を持つ者は集まれ!! みたいなコンテストの募集とか、来月の王都豊饒祭のお知らせとか。お店の安売り、新作商品情報もあるね。寄付元、とも書いてあるので要はスポンサー広告みたいなものか。


 ちなみに、ところどころ掠れてたり文字が欠落……というか空白になってたりしてる。印刷精度が低いのだろう。


 特にめぼしい情報は無かったので、新聞をお父さんに返す。

 そしてそのままベッドでゴロゴロしていたらウトウトし、その日はそのまま眠ってしまった。





 翌日。

 蹴られたお腹の痛みは多少和らいできた。まだ痛いけど、動けないほどではなくなった。


 朝なので起きたのだが、部屋の中は暗い。なにせ私達という存在をなるべく見られないために、カーテンも締め切っているのだ。カーテンの遮光性は低いので昼間はそこまで問題ないが、日が傾き始めたら蝋燭の灯りは必須だ。おかげで蝋燭の消費がなかなか多いのだが、まぁこれら消耗品は宿持ちだし、明かりが無いと不便なので遠慮なく使う。


 常に暗いと時間感覚が狂いそうな気もするが、このスイートルーム、なんと時計がある!!

 ねじ巻き式の壁掛け時計だ。以前院長が話していた通り、一日を10分割した表記がある。日の出が0、日の入りが5で、単位はトロンだったか。日の出と日の入りのタイミングは一定で変わることがないので、ズレが生じることはない。

 1トロンを100分割した単位がバムと言っていたな。時計にはトロンを示す数字と数字の間に10個の目盛りがあるので、1目盛りの間隔は10バムとなるのだろう。

 時刻を表す場合はトロンを略すという話なので、現在時刻は大体1ト70バムだ。


 起きてまずはトイレ……なのだが、水洗トイレなんてものは存在しないので、用足しは壺である。本来なら一階のトイレを使うようなのだが、部屋から出られないのでこうなった。

 とはいえこの部屋を使う客の中には、四階から一階に降りるのが面倒という客もそれなりにいるらしく、この壺は常備されている物なのだそうだ。私達が特別というわけではない。

 ちなみに一階のトイレは汲み取り式。村の各家庭にあるトイレも汲み取り式なので、この国ではそれが一般的なのだろう。


 トイレ行ったあとは、桶に溜めた水で顔洗って歯磨き。汚れた水はお風呂場に排水溝があるのでそこに流して良いそうだ。


 そして、せっかくお風呂があるなら使わなければ勿体ない。昨日は寝ちゃってお風呂入ってないし、村では紐を引っ張って浴びる簡易シャワーが一般的でお風呂がそもそもない。日本人ならお風呂は必須!!

 というわけで今から朝風呂である。


 備え付けの壁掛けランタンに蝋燭を入れ、魔法でお湯を出して四本脚のバスタブ、いわゆる猫足バスタブに魔法で出したお湯を満たす。服を脱いで、掛け湯して、備え付けの固形石鹸で身体を洗って、そして湯船に浸かる……!!


 体感時間で一年以上振りのお風呂!! 思わず甘い声が出てしまうほどに気持ちいい!! もうここに住んでしまいたい!! ……ん? 住もうと思えば住めるのでは? お金の心配もいらないし。


 いや、それよりも村に風呂場作ったほうが早いかも――などと思いつつ久し振りのお風呂を楽しんでいると、バスタブの下に磁器製の箱が置いてあるのに気付いた。箱には足がついてて、バスタブの底面と密着するようになっているが、バスタブに接着されているわけではないので取り出すことはできる。

 とりあえず下から引き出してみると、上面の一部が蓋みたいに外せるようになっている。好奇心にかられて外してみるが、中には特に何も無かった。これなんだろう?





「お父さーん!! 風呂場に磁器製の箱みたいなのがあったんだけど、何か知ってる?」


 分からないものがあればまずお父さんに聞く!!

 お風呂を堪能したあと、村から持って来た普段着を着る。ちなみにドレスは……さすがにあれだけボロボロになってしまっては着るに着れないので、宿の人に頼んで購入した服飾店に補修を依頼した。あんな高級な服を、買って即日お直しが必要とか正直笑えない。

 ついでに言うとお父さんも村で着てる普段着だ。そもそも部屋から出れないので高級服を着る必要性が無い。


「風呂場に磁器製の箱……? あぁ、それはたぶん魔道具じゃないかな? バスタブの下にあったのなら、お風呂を沸かす用の魔道具だと思うよ」


 なんと!! あれ魔道具だった!! ということはあの蓋の中には魔石を入れるのだろうか? という疑問をぶつけてみたら、やはりビンゴだった。

 ……でも私達は魔法でお湯出せるし、別に無くても問題ないなぁ。


「いやまぁ僕達にとってはそうだけど、そもそもここの客層を考えたら、あってもおかしくない魔道具だからね。高級宿の一番高いスイートルームといえば、当然お金持ちしか利用しないわけで、お金持ちなら魔石を常備している可能性は十分あるわけだし」


 あっ、そうか。パラデシアも魔道具を使うのは大半が金持ちって言ってたね。しかし魔石は客が持参なのか。まぁ魔石は高価な物だし、さすがに消耗品として宿が準備するのは荷が重いのだろう。


 試しに磁器製魔道具へ魔力を込めてみると結構熱くなった。でもお風呂のお湯を沸かすのなら丁度いいのかもしれない。私達は使わないけど。……食べ物の保温とかになら使えるかな?


 その後、適当に過ごしてたら従業員がお昼ごはんを持ってきたので食べ、火が消えた蝋燭があれば都度交換したり、お父さんが日課の筋トレ始めたり、持ってきてもらった晩ごはん食べたりしてたら一日が終わった。





「――暇!!」


 部屋に篭もって三日目。やることが無さ過ぎて暇も体力も持て余していた。脇腹の痛みもほとんど引いてきたのでそろそろ思いっきり動きたいところだが、部屋では動き回ることも出来ないので発散できない。


 何か娯楽用品は無いかと従業員に訪ねたら、将棋みたいなボードゲームを持ってきてくれた。

 ワウルカという名称で、剣士や魔術士といった駒があり、指揮官を取ったほうが勝ちという、まぁ概ね将棋だね。駒の強弱は無いので軍人将棋ではない。

 特徴的なルールとしては、行動を一回保留にできるというのがある。つまり一回休んで次のターンに二回行動ができるのだ。二回続けて保留して三回行動、といった連続しての保留は出来ないが、保留の回数制限はないので試合中何度でも保留できる。

 このルールによって戦略の幅が大きく広がる――のだろうが、私は別に将棋は得意ではない。お父さんも初めてやるらしいし、とりあえず二人で説明書の木札とにらめっこしつつ適当に遊んでみる。

 セオリーとかあるのだろうけど、初心者同士でそんなものもわからないので、数戦して飽きた。


 そうそう、一日一回は支配人が来て、賊の襲撃についての進展を教えてくれるのだが、あの賊――元騎士たちは黙秘を貫いていて、なかなか進展していないらしい。

 私は事件の中心人物なので、兵士さんに直接進展状況を聞く権利はあるが……そもそも私は表向き所在不明なのだ。部屋から出るわけにはいかないし、兵士を呼んで聞くわけにもいかないので、又聞きになるのはどうしようもない。





 四日目。

 今日は一つ良い情報がもたらされた。パラデシアが宿に来て手紙を受け取ったとのことだ。

 これで院長の用事が終わって宿に来てくれたら帰路に就ける。この暇さともおさらばできるはずだ。



 そして五日目

 院長が来たという知らせはなく、やっぱり暇すぎるのでお父さんと再びワウルカに興じていると、部屋の扉がノックされた。

 お昼ごはんはさっき食べたし、今までこの時間に従業員が来たことはない。何かあったのだろうか?

 すると、声はいつもの従業員の人なのだが、内容は信じられないものだった。


「……大変申し上げにくいのですが、アニス様に来客でございます」


 ――ありえない。私はこの宿に泊まっていないことになっているはずなのに、私を名指しで来客? いったいどういうことだ?

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