40.安全確保
受付の男含め、賊の四人は連行。私も事情聴取を受けなければならないが、暴行を加えられた私はぐったりして完全に動けない。
宿の部屋のベッドに寝かせてもらい、医者が来る間に寝ながら聴取を受けることとなった。
「――えーと、今回の件、一応心当たりはあるんですけど、結構特殊な案件でして、あまり公になるのも困るんですけど……。できれば、この場で一番偉い人を呼んでもらっていいですか?」
「うーん……そう言われてもこっちも仕事だから、わかってることは話してもらわないと……って隊長!?」
事情聴取を担当していた兵士の肩を、ちょっと大柄な兵士がポンと叩く。
「その嬢ちゃん、何やら訳ありってことだろ? 俺が判断するから、お前達は一旦離れてろ。――嬢ちゃん、どこまで話せる?」
おっ、都合よく偉い人が来てくれた!! しかも話がわかる!!
「耳打ちしてもいいですか?」
「……そこまで用心しなけりゃいけないのか? 良いだろう」
私は隊長と呼ばれた人が顔を近付けて来てくれたので、簡単に説明する。
「彼らはおそらく元第二王女付きの騎士達です。詳しくは言えませんが、以前成り行きとはいえ私が彼らのプライドを傷付けてしまい、そのせいで恨みを買ってしまったために、今回私を害して恨みを晴らす、という犯行に及んだようです。確認は王女殿下か、その現場にいた魔導師の……あのおじいさんの名前は確か……ハーン――」
「探求の魔導師ハーンライド様か?」
「そう!! その人です!!」
「そんな御方たちに俺みたいなのが確認なんてできるわけねぇだろ……」
「そうなんですか? あと、私は魔導師級の魔力持ちでもあります。今回の件で私の存在が公になると、正直色々と面倒事が起こり得るので、可能な限り内密にお願いしたいんですけど……」
「……一つだけ確認するが、賊を鎖で捕らえたのは嬢ちゃんの魔法か?」
「僭越ながら」
隊長は頭をガシガシと掻き「あークソ、めちゃくちゃ面倒な案件じゃねぇか。どうしたもんかな……」と愚痴りつつ、兵士を一人呼ぶ。
「この嬢ちゃん、あの賊共に道端でぶつかってしまったらしい。身なりが良いことも相まってそのまま因縁を付けられて、しつこく追われることになり今回の事件に発展したそうだ。この嬢ちゃんには何の罪もないので、これ以上の聴取は不要だ。ゆっくり休ませてやれ。それと鎖に巻かれた奴の件だが、通りすがりの魔術師が現れて、賊をあっという間に捕縛したとの証言だ。魔術師の姿はよくわからなかったそうだが、捕縛してくれた以上は重要な協力者だ。聞き込みをしてそれらしい人物を見付けるように。謝礼を出さねばならん。……見付かれば、だがな」
それを聞いた兵士は右拳で左肩、次に胸を叩き「了解しました!!」と返答。……敬礼みたいなものだろうか?
いやぁ、それにしても隊長さん、よくそんな即興ストーリー思い付くなぁ。まぁ私の意を汲んでくれてるので大助かりだけれど。
ただ、宿の裏手を通りすがる魔術師というのはいくらなんでも無理がないだろうか? ……あれか? 隊長がそう言うのだからそうなのだろう、みたいに思考停止してくれるのだろうか? 軍隊とかでは上官の言うことは絶対と聞くし。
隊長さんはそのままさっさと部屋から出ていき、さっき言われた内容を羊皮紙に書いている兵士さんが一人残ったので聞いてみた。
「さっきの内容信じるんですか?」
「いや、誰も信じる奴はいないけど、信じるしかないよ。あれだろ? 貴族が絡んでる案件なんだろ? ならこの調書は隊長による『厄介事だから触れるな』っていう優しさの表れだから、誰も突っ込まないだけさ。気にはなるけど、俺もこれ以上君に何かを聞く気はないから安心してくれ」
えぇ……そんなんでいいの?
賊が証言すれば明らかに矛盾するはずだが、それはどうするのかと聞いたところ、上に突っ込まれない限り放置、だそうだ。
聞かれたら正確な情報を報告するが、一般向けとして公にする報告はさっきの話になるとのこと。
貴族絡みだと特にデリケートな案件が多いため、貴族側としてもなるべく真実を一般に知られたくないという思惑と、貴族の事情になるべく関わりたくないという隊長の思惑が一致しているらしい。……まぁ今回は間接的に王女様が関わってるしねぇ。私の存在も結構な地雷だと自覚してるし。
魔道具店のラナトネさんが懸念していたことと同じようなものだ。
その後、医者が到着して診察してくれたが、骨が折れたりしてはいないとのことなのでひとまず安心。とにかく安静にするようにと言われた。
それからお父さんが何事もなく帰ってきて、無茶苦茶心配された。ついでに泣かれた。心配かけてごめんねお父さん。
さて、ここまで大事になってしまうと目撃者も多い。世間話や噂話が広まり、そこから私の存在に行き着く輩が出てきてもおかしくない。
だから少なくとも、もうここにはいられない。お父さんに抱えてもらって、支配人にまったく安全じゃなかったと大声で文句を言って、私達は宿の外へと出た。
――そして今、私は高級宿のベッドで休んでいる。
場所はリッチタイラー、四階のスイートルーム。そう、同じ宿にいた!!
宿を出たあと、こっそり裏手に回ってまた宿に入れてもらい、部屋に戻ってきたのだ。
支配人に大声で文句を言ったのは芝居だ。支配人にも了承をもらっているので問題ない。文句を言う場面を見た宿泊客は、私達が出ていったと完全に認識したはずだ。
そうすることで、世間的には私達はこの宿に泊まっていないことになる。誰かが私達を嗅ぎ回っていたとしても、足跡が途切れて行方知れずとなる寸法だ。
部屋に戻った直後、支配人が来てすぐに跪かれた。
「この度は、当宿の不手際により御身を危険に晒してしまい、誠に申し訳ありません……!! 今後はこの宿を自分の家だとお思いになって、いつまでもご自由にお寛ぎください!! 何かご要望があればすぐに対応いたしますので、何でも仰ってくださいませ!! できる限りのことを、当宿の全力を持って叶えさせていただきます!!」
……うわぁ。確かに安心安全を謳っておきながらこの体たらくではあるけど、元凶に関してはこの宿に責任はない。
「そ、そこまでしてもらわなくてもいいですよ。詳しくは言えないですけど、一応あの賊と私には関係があったわけですし……」
「いえ、そうはいきません。賊の一味に成り下がった当宿の元従業員の証言では『神の怒りなんてのを間近で見せられて怖い思いをしたうえに、植木鉢破損の濡れ衣を着せられ、腹が立っていた。そこに丁度あのガキを探しているという三人が現れたので、一枚噛むことにした。まさかこんなことになるとは思わなかった』などと言う始末。あのような者を雇った、もしくは教育が不足していたこちらの不始末……!! あの者が賊を招き入れなければ、このような事態は起こらなかったはずなのです!!」
あれ? それってもしかして私のせいなのでは? ……いや違うな。電撃を放つに至ったのは支配人が私を怒らせたからだし、植木鉢破損の濡れ衣を着せたのも支配人だ。あっ、元を辿れば全部支配人のせいじゃん!!
私は全力で宿を利用することを決めた。




