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39.賊の正体

 受付の男に羽交い締めにされた私。周囲は兵士達に守られているが、それを突破しようとする兵士より強い賊三人。突破されるのは時間の問題だ。


 まずはどうにかして羽交い締めから逃れたいが、魔法を近距離で何か放つと私も巻き添えくらいそうだし、羽交い締めされてるこの状況では、エレキボディでも打破できるかちょっと自信ない。

 ――えぇい考えが纏まらない!! 焦りで魔法のイメージも浮かばない!! どうすればいい!? 働け私の灰色の脳細胞!!


 その時、無駄だと思いつつもずっと足をバタバタさせていたら、一つあることを思い付いた。……もしかしたら魔法を使わずとも羽交い締めから脱出できるかも。しかも子供の姿である私だからできる方法で。

 バタバタさせていた足を止め、一旦脱力する。羽交い締めをしている受付の男は、私が諦めたと思って安心したのか、ほんのちょっとだけ力を緩める。とはいえ、これで羽交い締めを抜け出せるようになるわけではない。

 私は再び身体に力を入れ、揃えた両足を思いっきり上に持ち上げる。男がバランスを崩しそうになるがお構いなしだ。そしてそのまま勢いを付けて、両足を後ろに振り下ろした。

 振り下ろした先には、男の大事な部分がある!!


 聞いたこともない奇妙な呻き声とともに、羽交い締めが解かれた。ちょっと可哀想な気もするが、まぁ子供を羽交い締めにするほうが悪いに決まってる。


 股間を押さえてうずくまる受付の男を尻目に、残りの賊のほうに目を向ける。

 兵士たちはやはり押されていて、もうすぐ突破されそう。狙いは間違いなく私だ。理由は不明。

 最悪の結果は私の死亡になるのだろうか? さっき思いっきり斬られそうになったし。最善の結果は誰も怪我無く、賊を捕らえること。……受付の人が悶絶してるのはノーカンで。


 手っ取り早く最善の結果に持っていくにはどうすればいいか?

 すぐに思い浮かんだのは、王女が来村した時の、騎士達の剣を鎖に変化させて無力化したアイアンチェーンだが……この状況で使うのは厳しい。

 使ったのはあの時の一度きりで、練習などしていない。使用状況が限定すぎて練習できるような魔法でもないし。

 で、練習できていない魔法をこの状況で使うとどうなるかというと、兵士達の剣も鎖に変化しかねない。明確な範囲イメージが難しいのだ。

 この際、安全を確保するために兵士と賊共々無力化するという手もあるのだが、問題はもう一つある。場の人数が多すぎる。

 各々が必要に応じて動いているこの状況。その一人ひとりの動きをある程度把握し、魔法のイメージを正確に組み込んでおかないと、下手すれば鎖で首を絞めてしまうなんてことが起こり得る。十人以上いる人間の動作を瞬時に把握なんてできるはずもない。

 アイアンチェーンはやはり使えない。


 ――他にも色々考えたが、私の使える魔法でこの状況を打開するのは難しそうだ。

 となると、賊の狙いが私であるなら、次善の策として私がこの場から逃げるのが良さそう。

 三十六計逃げるに如かず!!


「ごめんなさい!! 私ここから離れます!!」

「嬢ちゃん!! ここは任せて上に逃げとけ!!」

「ありがとうございます!!」


 すぐさまエレキボディを唱えて、一気に階段を駆け上がる。このまま四階まで上がることも考えたが、賊が兵士を蹴散らして登ってきた場合、再び飛び降りる羽目になって不毛な追い駆けっこが続いてしまう。別の場所に逃げたほうが良さそうだ。

 私は二階廊下の窓を開けて、さっさと飛び降りた。二階程度ならフロートの魔法を使わなくても、エレキボディの身体能力だけで対応できる。


 宿の敷地から大通りに出ると、兵士が一人だけ宿の外に出ていた。筒状の物を手に持ち、筒の先を上に向けている。すると、ポンッという音を鳴らして何かが打ち上がり、上空で比較的大きな音と共に赤い煙が広がった。連絡用の狼煙みたいな物だろうか?


「お嬢ちゃん!? 外に出てたのか!!」


 煙を上げた兵士さんがこちらに気付く。それと同時に「そっちか!!」という声が聞こえ、宿内にいた兵士が数人まとめて吹っ飛んできた。そして賊が外へと出てくる。

 ちょっ!! 兵士さんが声かけたせいで私の居場所バレたじゃん!!

 そして、賊がこちらに近付いてきた。


「なんで私を狙うんですか!!」

「貴様に受けた屈辱を晴らすためだ!!」


 ――確信した。こいつら、村で無力化したあの騎士達だ!! 一般人の格好をしているし、装備品も高価な感じはしないが、端々に品を感じる言葉遣いといい、兵士達を圧倒しつつも怪我を負わせない戦い方といい、騎士道精神的なものを感じ取れる。


 でも、ここまでやってしまったら完全に犯罪者だ。犯罪を犯してまでも、屈辱を晴らさなければならないとでも考えたのだろうか?

 まぁそんなことを考えても仕方がない。私は私の身の安全が第一だ。


 私は踵を返し、飛び降り先である宿の敷地内へと戻る。すると当然、賊は私を追ってくる。私は建物の角を曲がって、相手の視界に私が映る前にすぐさまフロートで飛び、同時に魔法で適当に氷の塊を作り出して、正面にある井戸の中へ放り投げる。

 賊が曲がり角から現れた時、私は正面におらず、井戸の中から派手な水の音が聞こえたならば、賊は私が井戸の中へ身を投げたと思うだろう。

 そして狙い通り、賊が急いで井戸へと駆け付ける。私は音を立てないように賊の後ろに着地した。さぁ、これでもう鬼ごっこは終わりだ!! 同じ轍を踏んでしまえ!!


「アイアンチェーン!!」


 井戸を覗き込もうとする三人の剣が鎖状に変化し、身体に巻き付いて拘束を――。


「二度も同じ手は喰らわん!!」


 二人は拘束したが、一人は剣を井戸に放り投げた!! 拘束する対象を失った鎖が井戸の中で激しくぶつかり、そして水中に落ちる音が聞こえた。


 げっ!! まさかそんな手で対処されるなんて思いもしなかった!! 

 そしてヤバい!! 賊がこちらに走ってきた!! どうする!? 考えろ!! いや、考える時間を作れ!!


「エレクトロブレげぇっ……!!」


 魔法を唱えるよりも早く、賊の蹴りが私の横腹にめり込んだ。子供の体である私は簡単に吹き飛び、宿の壁に叩き付けられる。

 胃液が逆流し、吐く。あまりの苦しさに、私はお腹を押さえてうずくまった。

 このままでは危険だと理解していても、早く逃げなければと頭の片隅で思っていても、苦しさが私の頭の大半を占めていて、それ以外のことを考える余裕が少しもない。


 苦しみに喘いでいると、賊が私の首を手に持ち、そのまま片手で持ち上げた。

 呼吸ができない。さらなる苦しみが追加した。


「貴様のせいで俺の人生は転落した。人道に反しているのは承知だが、これは俺にとってのけじめだ。貴様を手に掛けねば、俺の心に平穏が訪れない。俺は貴様を殺せずに天上で後悔するよりも、殺して地の底での安穏を選ぶ。俺を恨んでくれても構わないが、同時にこれまでの貴様の行動も恨むんだな」


 賊が何か言ってるけれど、苦しさで頭に入ってこない。このままだと、死ぬ。


 死にたくない。怖い。苦しい。怖い。怖い。死にたくない。苦しい。苦しい――。


 身体の奥底で何かが膨れ上がる感覚がする。何かはわからない。何も考えられない。





 ――突然、お尻を痛打した。首の締め付けもなくなり、急に空気が入り込んで、激しく咳き込む。


 苦しみが和らいだ……!?

 少しの間混乱するも、徐々に状況を認識できるようになってきた。そうだ、私今殺されそうになってたんだ……。


 まだ咳き込みながら、目の前にいるであろう賊を見上げる。

 賊は私のほうを見ていない。宿の入口のほうに目を向けている。そして賊の肩に――矢が刺さっていた。


「くそっ、ここまでか。……ぐっ!!」


 さらに矢がもう一本、今度は足に刺さり、賊の体勢が崩れる。

 矢が放たれたほうを見ると、弓兵が構えていた。さっきまでいなかったはずなので、応援が駆け付けてきたのだろう。


 私……助かったんだ……。


 兵士達の視界には、鎖に巻かれた二人と、矢を射られて抵抗できなくなった賊、その脇で力無くぐったりと壁にもたれ掛かる私。

 兵士達は状況に少々困惑するも、事態が収拾したと見て、後始末に動き出した。

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