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38.宿への襲撃

 四階のスイートルーム。

 それが、私達が案内された部屋だった。

 ソファやテーブルには凝った装飾が施され、格調高い置物や絵画なども飾られ、お風呂まである贅沢な部屋だ。さすが高級宿。


 パラデシアとお父さんは一通り部屋を見回って、問題ないことを確認すると「それじゃあお父さんはパラデシア様と院長を送ってくるから、アニスは部屋でおとなしくしていておくれ」と言って、部屋をあとにした。


 さて、一人になった。

 せっかく王都に来たのだから散策でもしたいところだが、そうもいかない。

 私が王都に来ていることは、可能な限り知られるべきではない。貴族や権力者には特に。

 なので今はできるだけ人に見られることを避けるため、部屋で大人しくゴロゴロしておくしかない。


 とりあえず窓を開けて景色を見てみる。

 おぉ!! 四階だけあって王都がそれなりに一望できる!!

 山の麓に見えるのは王城、その手前に立派な宮殿があるので、あの一帯が王宮か。庭付きの大きな建物がいくつもあるあの辺は貴族区画で間違いないだろう。

 貴族区画の端に巨大な敷地といくつかの建物が見えるが、あれは魔道具店に行く時にチラッと見た場所だな。察するにあそこがサクシエル魔法学園だろう。私が将来的に通う場所だ。

 そこからは建物が密集する一般区画。パッと見で他にひらけた場所は、大通りが繋がる中央の広場と、海側の港、あと大通りに面したあれは……神殿か? 他の建物とは意匠が異なる大きな建物が遠くに見える。精霊院と似通っている部分もあるので、神殿で間違いないだろう。


 そういえばパラデシアは貴族であると同時に神と精霊の信徒でもあるので、「パラデシア様は神殿に顔を出さなくて良いんですか?」と道中に聞いてみたところ、「貴族が信徒である場合、信徒の務めよりも貴族の責務が優先されます。信徒として神殿の教義には共感していますが、状況によっては貴族の考えと相容れないこともありますので、その時は本人の裁量に委ねられているのです。なので、今回私が神殿に赴く必要はありません。――というのは建前で、神殿長と会いたくないというのが本音ですけれど」と宣った。

 ……神殿長嫌われてるっぽいなぁ。





 今お父さんたちはどの辺かな? 院長を神殿に送ったくらいかな? などといったことを思いながらしばらく窓の外を眺めていると、不意にドアがノックされた。


「先程は失礼いたしました。ルームサービスです」


 ドアの向こうから若い男の声が聞こえた。


「あっ、必要無いので大丈夫です」


 と私は断ったのだが、しばらくしても立ち去る気配がない。

 不審に思っていると、ヒソヒソと話している数人の声が聞こえた。声が小さいので内容までは聞こえない。


 そして程なく、掛けていた鍵がカチャリと外された。

 次の瞬間、ドアが勢いよく開き、剣を持った数人の男たちが部屋に流れ込んできた!!




 ――という様子を私は窓の外からこっそり眺めていた。

 ここは四階。窓の外に足場なんて無いので、村で編み出したフロートの魔法を使って浮いている。

 ヒソヒソ声が聞こえた時点で、私は危険を感じて窓の外に退避したのだ。


 しかしまさか、こんなに早く危険が来るとは思わなかった。

 パラデシアとお父さんから「部屋に誰か来ても入れないように。お父さんの声が聞こえてきても、合言葉を言わないうちは開けないように。もしかしたらお父さんが人質にされている可能性もあるから、その場合の合言葉も決めておこう」とか言われてて、そこまでする必要ある? とか思ってたけど、実際こうなると洒落にならない。

 お父さんの安否も気になる。


 侵入してきた賊は四人。うち一人は受付の男だ。そりゃ鍵も開けられるわ。

 賊は「どこにいる!! 声は聞こえたから、どこかに隠れてるはずだ!!」と、私を探すのに躍起になっている。

 窓は閉めているが、こちらに目を向けられると発見されかねないので、私は一旦屋根の上に飛び移る。


 さぁどうしたもんか? 相手の目的は私っぽいので、私の姿を相手に晒すのは危険だ。戦うのなんて以ての外。

 賊が立ち去るまでやり過ごす? 一時的には良いが、再び襲われる危険を残すことになる。

 となると、今この場でどうにかしておきたい。私自身で対処ができないなら、他人に任せるしかない。

 であれば、ここにいても仕方がないので、とりあえず降りよう。


 屋根の上から下を覗き込む。

 宿の周囲には塀があり、高さは一階部分を隠す程度。誰かに着地を見られる心配は少ない。

 塀の側におあつらえ向きの植木があるね。あそこに飛び降りたことにしよう。

 あとは近くに井戸があり、おそらく従業員が汲みに来たりするのだろう。こちらも今は利用者がいないので問題ない。

 よし、周囲に人はいない。

 ひとまず魔法を使って飛び降りようとしたところ、突然部屋の窓がバンッと開かれた。


「……さすがに飛び降りてはいないか」


 賊の一人が下を覗き込むとそう呟き、部屋に戻る。


 ――あ、危なかった!! 飛び降りる直前で助かった!! もう少し飛び降りるタイミング早めてたら、完全に見付かってた!! 

 心臓が飛び出るかと思うほど鼓動が速まったので、深呼吸して落ち着かせる。


 落ち着いたらもう一度下を確認。……よし、人はいない。周囲にこちらを見ているような視線も見当たらない。

 フロートの魔法を唱え、意を決して飛び降りる。他の部屋から見られないように窓付近は避け、落下速度を調整しながら安全に着地。

 そして私は地面に寝っ転がった。ドレスや体に土を付け、飛び降りた風を装うためだ。

 そのまま植木に突っ込むことも考えたが、枝で肌が傷ついたりドレスが裂けたりするのは嫌だったのでやめた。


 ある程度汚したら、すぐに正面入口へ走り、再び宿の中へ。


「た、助けて!! 四階の部屋に賊が……!!」


 高価なドレスを着た少女が薄汚れ、必死の形相で助けを求める。これを異常事態と思わない人はいないだろう。

 宿の従業員がすぐに他の人を呼び、ある従業員は兵士の詰め所に行き、別の従業員は他の宿泊客に部屋から出ないように呼び掛け回る。

 しばらくしてやっと支配人が出てきた。私の姿を見た支配人はギョッとした表情で「ぞ……賊が現れたというのは本当なのですか……!?」と驚きと疑問を投げかける。

 支配人も賊の関係者かと思ったが、この反応からしてどうやら違うようだ。これで賊の仲間だったらよほどの演技力だ。


「全然安全と安心が約束されてないじゃないじゃないですか!! 賊は四人!! 三人は剣持ち、あとの一人は受付の人でしたよ!! おかげで四階から飛び降りる羽目になりました!! 植木が無かったらこの程度じゃ済みませんでしたよ!!」


 受付のテーブルをバンバンと叩きながら怒りを露わにしつつ、状況を伝える。

 宿の一員が賊の一人と聞いて、支配人の顔は青ざめ――たかと思うと赤くなった。


「宿泊客の安全第一!! 部屋への呼び掛けが終わり次第、従業員一同は一階で待機!! 腕に覚えがある者は武装して四階の封鎖!! 衛兵が来るまで賊を逃がすな!!」


 おぉ、さすが責任者。テキパキと指示を出し始めた。

 従業員たちが走り回って指示をこなし、どんどん一階に避難してくる。一階にはレストランがあるので、集まるスペースに問題ない。

 ガタイの良い従業員や、武器を扱える従業員が自身の得物を手にして別の一画に集っている。

 支配人が武装した彼らに近付くと、こう言った。


「賊は四人、うち一人はこの宿の従業員だが、脅されている可能性もある。賊の実力も不明なため、決して無理はしないように。衛兵が来るまでの時間稼ぎができればそれで良い」


 あっ、受付の人が脅されているって発想はなかった。完全に賊の一味と思い込んでた。


「通報のあった宿はここで間違いないか!!」


 武装従業員が階段を上がろうとした時、兵士たちが到着した。

 これで宿の従業員が危険を冒さずに済む。あとは戦闘のプロである兵士に任せれば大丈夫だろう。


「お待ちしておりました。ここで間違いありません。現在、この少女が泊まる四階の部屋に剣を持った賊が、少なくとも四名侵入したとのことです。少女は危険を察して窓から飛び降りたためこの通り無事ですが、賊はまだ上に健在です。うち一名は当宿の従業員ですが、賊の一味なのか脅されて従わされているのかは不明です」

「了解した。あとは我々が対処するので、全員ここから動かないように。君、よく頑張ったな」


 兵士の一人に頭を撫でられて、少し安心感を得た。あと恐怖心も和らいだ。――というか恐怖心があったことを今自覚した。

 森の魔物で味わった恐怖がとてつもなかったから、比較的常に安全圏を確保出来てた今回は、それに比べたら微々たるものだったのだろう。感覚が麻痺していた、とも言えるかもしれない。


 兵士たちが号令とともに階段を駆け上がる。……と思ったのも束の間、すぐに剣戟の音が聞こえてきた。賊もすでに降りてきてたのか!!

 音からして二階。何度目かの打ち合う音が聞こえたあと、兵士がまとめて転がり落ちてきた。高低差のある場所って、上が有利だと聞いたことがある。いわゆる地の利を取られたようだ。


 兵士たちが階段から離れ、階段を囲むように展開する。そして、賊の四人が警戒しながら降りてきた。


「クソッ、小娘は見付からないし、衛兵はもう駆け付けてるしで、完全に屠殺を待つ牛じゃないか。……仕方ない」


 賊の一人が一緒に降りてきた受付の人を掴み、剣を突き付ける。


「通せ!! さもなければこの男を斬る!!」

「ひぃ!!」


 受付の人は賊の一味じゃなかったようだ。しかもここにきて人質として利用するとは。

 兵士たちもこの状況では手出しをできないようで、警戒はしつつも賊のゆっくりとした歩みを止めることが出来ない。


 その時、人質である受付の人が「あっ、あのガキ、あそこにいます!!」とこちらを指差した。


 ……は? 何言ってんの?


「よく見付けた!!」


 賊は人質を手放し、兵士をなぎ倒して一直線にこちらへ向かってきた。

 私は咄嗟に「エレキボディ!!」と唱え、高めた身体能力で跳躍。賊の剣を避ける。

 そのまま天井に足を着けて、今度は階段の方へ跳ぶ。ここなら兵士に囲まれているうえ、人質だった受付の人もいる。保護対象がまとまるので、兵士たちも守りを固めやすいはずだ。


 そのあと、しばらく兵士と賊の睨み合いが続く。ジリジリと間合いを詰め、お互い機会を探っていると、意外な場所からその均衡が破られた。

 受付の人がいきなり私を羽交い締めにし「捕らえました!! 今です!!」と叫んだではないか!! ――コイツ、やっぱ賊の一味だったのか!!


 宙に浮いた足をジタバタしてなんとか逃れようとしてみるが、子供の私が振りほどくのはさすがに無理そうだ。

 そうしているうちに賊が兵士と打ち合いを始める。兵士は十人くらいいるのだが、数で圧倒しているはずなのになんだか押されている。あの賊、ちょっと強くない!?


 ヤバい……このままだと私の身が危ない……!!

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