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37.高級宿

 高級宿の馬繋場に馬車を停めると、またまた院長一人に留守を頼み私達は降りる。

 新調した服に乱れがないことを確認して、高級宿「リッチタイラー」の扉を開ける。


「いらっしゃいませ。ようこそ、リッチタイラーへ。3名様のご宿泊ですか?」


 来客の鈴が鳴ると、正面受付にいたピッチリとスーツっぽい服を着こなした男性がにこやかに挨拶。

 う~ん、ただの一般人が泊まるような所じゃないので、場違い感が凄くて今すぐ逃げ出したい気分だ。


「私は付き添いで、宿泊はこちらの親子のみです。身元は私、パラデシア・アガレット・プルーメトリが保証します」

「貴族の方のご紹介ですか。失礼ながら、宿泊の方の身元を証明できる物をご提示願えますか?」


 お父さんは懐から商業許可証を取り出し、受付の男性に見せる。


「ブルース・アネス様……アプリコ村の、一般商人……ですか? 大変申し訳ございません。当宿をご利用なさる他のお客様の安全を確保するために、確固たる立場をお持ちでない方の宿泊は、貴族の方の身元保証があったとしてもお断りしております」


 むぅ、事前にわかってたことだけど、やはり商業許可証だけではただの平民は泊まれないか。

 お父さんは仕方ないといった表情で、例のコインを取り出し「これでも駄目でしょうか?」と受付に見せる。


「それは……アネス商会のコイン……。なぜアネス商会の方が、独立してただの商人となっているのか、お伺いしても?」

「諸事情がありまして、父であるバラクシスとは家族関係があまり良いとは言えないのです。縁は切られていないはずですから、一応はアネス商会の一員です。駄目でしょうか?」

「……私の一存では決めかねますので、しばらくお待ち下さい」


 受付の男性がコインと共に裏へ引っ込む。

 しばらくして、受付の人が初老の男性を伴って現れた。


「お待たせしました。私は当宿の支配人、クレウヴィオンと申します。さて、お客様にいくつか質問させていただきますが、よろしいですか?」


 お父さんが頷く。

 なんだか、緊張感のある空気になってきた。これは受け答え次第で宿泊できるか決まるのだろうか?


「最初に確認として、お客様は村に居を構える一般商人という立場でありつつも、アネス商会の関係者という立場もお持ちで、こちらのコインがその証拠である。という認識で間違いありませんか?」

「間違いありません」

「では、アネス商会に確認の手紙を送っても構いませんか?」

「それは……先程も言いましたが、家族関係があまり良いとは言えないのでご勘弁願えないでしょうか?」

「確認を拒まれますか。そうなると、こちらのコインが偽物、もしくは盗まれた物という可能性が捨てきれなくなりますね。お客様の名前が偽名でないとも言い切れなくなりますが?」


 ……ちょ、旗色が悪くなってきたぞ? お父さんは何も悪くないのに、罪人の濡れ衣を着せられそうになっている。なんとか助けてあげたいが、こういう交渉の場で私にできることなど何も思いつかない。

 そんなことを思っていたら――。


「聞き捨てなりませんね。そうなると、身元を保証する私が犯罪者に加担している、と言っているのと同義になるのですけれど?」


 おぉ、パラデシアの助太刀が入った!!

 さすがに貴族の言葉には、下手な返答も出来ないだろう。


「滅相もございません!! 貴族である貴方様がそのようなことをなさるはずがありません。――ですから、知らないうちにこの方に利用されている、という可能性もあるのでは?」

「……私が騙されていると言いたいのですか?」

「この方の身元が確認できない以上、可能性として捨てきれないという話でございます。とはいえ確たる証拠はありませんので、今回は衛兵への連絡はおこなわないでおきます。申し訳ございませんが、この場はどうかお引き取りください」


 ――カチンと来た。

 何が『今回は衛兵に連絡しないでおく』だ。

 その目はほとんどお父さんを犯罪者としてみなしているではないか。


「……お父さん、もう出よう。こんなことしてまでこんな所に泊まってあげる必要無いよ」

「えっ?」


 次の瞬間、雷撃が受付横の観葉植物に直撃。激しい音と光のあと、鉢は割れ、人の背丈ほどある木が燻り始める。


 受付と支配人の二人は突然の出来事に腰を抜かし、お父さんは咄嗟に私をかばってくれた。さすがお父さんカッコいい。そしてパラデシアは溜め息を吐いていた。


「貴女……なんてことをしてくれているのですか――と、言いたいところですが、あの物言いには私も我慢の限界でしたので、よくやりました」


 パラデシアも怒り心頭に発したようで、叱るどころか褒めてくれた。


「とはいえ、本能魔法が発動するほど感情が高ぶってしまったのはいただけません。もう少し感情の制御ができるようになりなさい」


 そう、発動したのは本能魔法、つまり魔法の暴走だ。怒りの感情が爆発して、魔法が出てしまったのだ。

 正直に言うと、宿の二人に直撃させそうになってしまった。しかし直撃させたら考えずとも危険、というほんのちょっとばかし残ってた冷静な部分が働いてくれて、観葉植物に雷撃という結果に持っていけた。マジで危なかった。


 困惑気味の父に「戻ろう」と声を掛け、踵を返す。去り際に「神の怒りが直撃しなくてよかったですね」と支配人達に捨て台詞を吐いていくと、支配人達の顔色が悪くなる。


 雷は神が操るものだ。それが目の前で起こったのだから、信心深い者であればそれがどういうことか察しはつくだろう。まぁ知ったこっちゃないけど。


 すると案の定というか、支配人が「お、お待ちください!!」と声を張り上げたので、肩越しに視線を戻す。支配人は脂汗を流しながら、私に跪いていた。


「こっ、この度は神のお怒りに触れてしまったこと、謹んでお詫び申し上げます……!! 貴方様が神に愛されし者だということを見抜けなかった、不心得者をどうかお許しください!! そして何卒、何卒、この私めに汚名返上の機会をお与えください……!!」


 おわっ!! 効果覿面すぎた!! 神に愛されし者とか、そんな大層な称号みたいなのいらないんだけど。


 えーととりあえず要約すると、宿側が全面的に悪いから、要求があるなら何でも言ってくれ。ってことよね?

 はっきり言ってこの宿の印象最悪になったからあんまり泊まりたくないんだけど、かと言って他の高級宿でも似たような対応される可能性が無いとは言い切れない。

 こういう時は――よし、丸投げしよう。


「お父さん、どうする? お父さんが決めていいよ」

「えぇ……ここでお父さんに振らないで欲しかったなぁ。……とりあえずまずは、今回の件は他言無用でお願いします。もう手遅れですけど、本当なら目立たずに安全を確保したかっただけなので」

「仰せの通りに」

「あとは――」


 その時、階段から足音が聞こえてきた。身なりの良い人達が数人降りてきて「さっきの音はなんだ?」「何があった?」と支配人や従業員に説明を求めてきたので、宿泊客だろう。


「皆様、お騒がせして申し訳ありません。従業員の不手際で、植木鉢を破損しただけでございます。それ以外に問題はございませんので、お客様には引き続き安心してご宿泊ください」


 さっきまで冷静さを欠いていたのに、さすが支配人というだけあって、瞬時に冷静かつ丁寧な応対を宿泊客におこないはじめた。素早い変わり身にちょっと感心。

 こちらの要望通り、(従業員をスケープゴートにして)何事も無かったようにしてくれたし、最底辺になっていたこの宿の評価がほんのちょっとだけ上がった。底辺くらいに。


 客が納得したり渋々だったりで部屋に戻ったのを見計らって、支配人が再び口を開く。


「中断させてしまい、失礼いたしました。他にご要望があれば何なりと。当宿としましては、最高級のおもてなしを以て汚名返上の機会とさせていただければと……」

「アニスが嫌なら他の宿を検討したいところだけど、別の高級宿だとまた同じようなことになりかねないし、かといってランクを下げると安全性が下がるのは確実……。アニス、ここに泊まってもいいかい?」

「お父さんが決めたなら良いよ」


 その言葉に支配人の顔に生気が戻る。


「お任せください!! 当宿の名誉にかけて、お客様の安全と安心をお約束いたします!! さぁ、お客様を最上階にご案内差し上げて!!」


 支配人が受付の人に命令すると「えっ、は、か、かしこまりました……!!」と返事をして、私達が使う部屋へと案内を始める。

 階段を登り始めた時に「あっ、お代は?」と声をかけると、「こちらの不手際です。お代は結構ですので」と支配人は言うが……。


「お父さん、何泊するか言ってないよね?」

「院長とパラデシア様の都合によるからね。早ければ数日、長ければ数週間かかるかも」


 支配人の顔から再び生気が失われる。


「いえ、これは私の信心深さを試されている時……!! お代はいただきません!! ――ですが、こちらも個々の生活がありますので、赤字にならない程度に何卒……何卒!!」


 信仰に篤いというのも大変だなぁ。

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