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36.服飾店でのお買い物

 パラデシアの道案内のもと、貴族区画にほど近い服飾店へ向かう。

 お店の前に着くと、貴族のパラデシアが利用するお店だけあって格式の高さがヒシヒシと感じ取れ、気圧されてしまう。


「ポートマス院長、お一人にしてしまいますがしばらくお待ち下さい」

「問題ありませんよ。それよりも、アニスの服をしっかりと選んであげてください」

「承知しています」


 先に私とパラデシアが降りて、お父さんは馬車を店舗横の馬繋場(ばけいじょう)に馬車を持っていく。……そうか、貴族のお嬢様なら基本的に馬車移動だろうし、こういう店舗に馬繋場があるのは当然ということか。


 店前で軽く身だしなみを整えてる間に、お父さんが馬車を停め終え合流したら、いざ店内へ。来店の鈴が鳴ると、店員と思しき着飾った女性が「ようこそお越しくださいました、お客様」と声を掛けてくる。


「あら、パラデシア様ではないですか。お久し振りですね。今日はどういった服をご所望ですか?」

「お久し振りです。今日はこの子と、この子の父親の服を見繕ってほしいのです。高級宿に泊まりますから、それに見合った服をお願いします」

「畏まりました。お父様は男性店員が対応いたしますので、あちらのほうへ。お嬢様はこちらへお越しください」

「は、はい!!」


 お父さんとは別れ、促されるまま女性店員に付いていくと、女児用の服が陳列された区画に案内された。

 一見してフリルや布が多い物、手間暇がかかっているであろう服しかない。簡単に言えば、ロリータ服だらけである。


 対して店内に数人いる女性店員の服装を見てみると、一応中世で見かけるドレスっぽいけれど、みんなスカートの前側が広く空いている。後ろ側が長いフィッシュテールスカートみたいな感じだ。

 人によっては前面が腰までひらけて、中にミニスカートを重ね着している女性もいる。たぶんそういう流行があるのだろう。

 パラデシアは魔物退治をおこなう都合上、動きやすいミニスカートである。さっき寄った魔道具店のラナトネさんもミニスカートだった。

 職業や場所、身分や立場でその辺りは変わるのかもしれない。


 女児用のロリータ服に目を戻すと、フィッシュテールスカート系は無く、裾はどれも膝下くらいが一般的のようだ。

 ……王都の女性は、大人になると足を露出するのがステータスになる可能性が高いな。お母さんがそんな格好をしてたことは無いから、これが都会の服装なのだろう。


 女性店員にいくつか服をあてがわれ、パラデシアがそこに要望を出して服をとっかえひっかえ。

 私は両手を広げてされるがままである。まぁファッションセンスは昔から無いので、むしろ選んでもらえるならそちらのほうが楽だ。


「これはお腹周りにゴムがありますから、細く見せたいというお嬢様方に人気の服ですよ」

「この服なら髪色と同じ紫で統一感もありますね。アニス、これを試着してみてください」


 ――今ゴムって言った? この世界ゴムあんの? マジで!?

 地球だとゴム製品って結構近代じゃなかったっけ? と漠然と思いながら、言われるがままに試着室に行って、店員さんの手で着替えさせられる。

 人の手で着替えさせられるなんて、どこぞのお嬢様になった気分である。……まぁ気分があるだけで、面倒臭さが凄いけど。着替えるなら自分の手でパパっと着替えたい。


 着替えさせられてる最中、店員さんにゴムについて聞いてみる。


「あの……ゴムって伸び縮みする素材ですよね? 私の村では見たことないんですけど、王都ではありふれた素材なんですか?」

「ゴムの特性についてすでにお知りだなんて、お嬢様はよくご勉強なさってますね。ありふれた、というほどではないですけれど、西大陸からの輸入品として、ここ数年で流通量が増えてきた素材ではありますね。まだまだ高価な素材ですから、ゴムを使った服はパラデシア様のような貴族や富豪向けの商品なの」


 むむ、ゴムは高いのか。しかし私はゴムを使った製品でどうしても手に入れたい物がある。


「えっとじゃあ、ゴムを使ったショーツってありませんか?」


 そう、私は日本の現代的な下着が欲しいのだ。

 何せ今私が穿いているのは、一枚の長い布を巻いた物……つまり、褌っぽいやつなのだ!!

 恥ずかしい、というわけではない。これが当たり前の世界だから、褌自体に抵抗はない――ごめん嘘、最初の頃はちょっと抵抗あったわ。

 まぁそこは大した問題ではない。では何が問題かと言うとコレ、巻くのが超面倒くさい!! お花摘み行く度に解いて巻き直さないといけない。穿くのが楽な、現代的なショーツがあるなら是が非でも手に入れたいわけだ。

 ちなみに、それが存在するという確信はすでに持っている。パラデシアと初めて会った時に、パラデシアが穿いているのを見たからだ。


 私の質問に、女性店員は「あらあら、おませさんだこと」と微笑む。


「ゴム入りのショーツは大人向けだから、お嬢様が使うのはもう少し大人になってからね」


 軽くあしらわれた。

 ……いやいやいやいや、別に早く大人になりたいなどという子供っぽい理由で欲しているわけではない。


「いえ、あの、ませているというわけではなく、単純に利便性の問題で欲しいんです。毎回布を巻くのがとても面倒なので、もっと楽に穿ける物があるなら欲しいと思うのは当然です」


 感情論ではなく、利便性を説いて訴えかける。

 すると女性店員は人差し指の背を顎に当て「なるほど」と神妙に呟いた。


「お嬢様がそうお思いになるということは、お嬢様向けのゴム入りショーツを売り出せば、その利便性の高さから、多数のお嬢様方から愛用していただける可能性が大きい、ということですね。大人と同じ装いができるとなればお嬢様方の乙女心を刺激できますし、そうして普及すれば従来の股巻(またまき)は徐々に廃れて、ゴム入りショーツが一般的になる可能性もあると……」


 ……いや、さすがにそこまで考えてはいなかったけど、まぁ現代日本も辿った道だし確かにありえない話ではないなぁ。というかこれって股巻っていうんだ。初めて知った。日本語にそんな言葉あったっけ?


「大変貴重なご意見、感謝いたします。お嬢様向けショーツはぜひとも前向きに検討させていただきますね。――さぁ、着替え終わりましたよ」


 女性店員が私を鏡に向かせる。

 おぉ、自分で言うのも何だが、凄く可愛い!! ロリータ服ってどうなの? と最初思ったけど、着てみたら思いのほかしっくりきてて、お嬢様を通り越してお姫様になった気分だ。

 軽く腰を捻ってスカートを翻させたり、カーテシーっぽいことをしたりしてみる。自然とニヤニヤしてしまう。


「ご満足いただけたようですね。パラデシア様、いかがでしょう?」


 カーテンを開けてパラデシアに自分の装いを披露する。

 パラデシアは上から下までゆっくりと熟視して「とても似合っていますね。これなら問題ないでしょう」と言ってくれた。


 ちょうどその時、着替え終わったお父さんも現れた。

 

「お父さん……カッコいい!!」


 お父さんの服装は、ズボンと長袖のシャツはシンプルながら、袖なしの燕尾服みたいなジャケットには繊細な刺繍が施され、高級感と共に品のある佇まいを醸し出している。

 服に着られているという感じはなく、完全に着こなしている。


「ありがとう。それよりもアニスのほうがこの世界で最高に……いや、アニスもとても似合っているよ」


 なんだか超ハイテンションになる前兆が見えたが、場をわきまえて無理やり抑え込んだようだ。こんな場所で娘の可愛さに暴走されるとさすがに恥ずかしいので、自制してくれて助かった。


「二人共、申し分ないですね。支払いは二人分でいくらでしょうか?」

「あっ、パラデシア様、わたムッ――」


 私が支払います、と言おうとしたら、唇に人差し指を押し付けられて言葉を遮られた。


「子供が遠慮するものではありません」


 ここの支払いをできるだけの十分なお金を、私はさっき貰ったばかりだ。

 パラデシアの意図が分からずジッと顔を見ていると、その目には呆れと軽い怒りが映っていた。


 ……あっ、そうか!! 貴族御用達のお店で、平民の、しかも子供が、高額な支払いなんてしたら明らかにおかしい!! あぶねぇっ!! パラデシアが止めてくれなかったらやらかすとこだった!!


「――それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」

「よろしい」


 私がすぐに状況を理解したことで、パラデシアは満足気に微笑んで指を離す。


「お嬢様のドレス一着200メニア、お父様のほうは上下一式で150メニア、合わせて350メニアですが、お嬢様から興味深い情報をいただきましたので、色を付けて300メニアでいかがでしょう?」


 服2着で一般平民の月収丸々一ヶ月分!! 高ぇ!! 村だと古着を5~10メニアで買うのが普通で、仕立てるとなると50メニアくらいしたはず。出産祝いとか成人祝いとか特別なことでもない限り、そうそう仕立ててもらうことはない。

 値段の高さも驚きだが、それはそれとして私の単なる要望が、平民の仕立て服一着分の値引きになったのも驚きである。まぁお得になるならそれに越したことはない。


「ではこれで」


 パラデシアは菱銀貨一枚を店員に手渡すと、「確かに、受領いたしました」という言葉とともに店員は裏に行き、布を敷いたトレイに角銀貨7枚を乗せて持ってきた。


「良い買い物が出来ました。また利用させていただきますね」

「またのご来店、お待ちしております」


 店員一同がパラデシアに向かって跪く。

 私も「ありがとうございます」と言って腰を曲げ――あっぶな!! 日本人特有の癖で思わず会釈しそうになったけど、この世界にそんな仕草は無い。曲げる直前に止めたため、挙動がちょっと不自然になったけど、まだセーフだ……たぶん。

 とりあえず店員に微笑み返して、何事もなかったように踵を返した。





「……パラデシア様、良いんですか? こんな素敵な服を買っていただいて。お金なら払いますよ?」

「貴女のおかげで十分に儲けは出ているのですから、気にせずとっておきなさい」


 馬車の中、私の支払いを却下するパラデシア。むむぅ、貴族のプライドなのか、こうなるとどう切り込んでも拒否されるので、私も引き下がざるを得ない。

 あんまり金銭的な借りは作りたくないが、パラデシアがそれで納得しているならまぁいいか。


 その後は、院長には「とても良く似合っていますよ」と褒められたり、お父さんが御者台から私をチラチラ見るので「ちゃんと前向いて!!」と叱ったりしていたら次の目的地に到着した。


 先程の服飾店と同じく馬繋場が併設された、4階建ての品位溢れる大きな建物。

 私とお父さんが宿泊する高級宿だ。

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