35.魔道具店
「わぁ……!!」
門の内側は、まさにファンタジーな街並みが視界いっぱいに広がっていた。
門から続く大通りには人々や馬車が行き交い、左右の建物には様々なお店が並んでいた。
「山の麓、少し高い位置にお城が見えるだろう? その手前の低い所に宮殿があって、その一帯が王宮だね。そこから貴族区画が広がって、建物が密集し始めるところから一般区画になるんだ」
確かに高い位置にお城があるのでとても目立つ。ただ、今私達がいる周辺の建物に二階建てや三階建てもあり、他の区画がどうなってるのかわからない。一度高い建物から周囲を見渡してみたい気もする。
「今から行く魔道具店はどの辺に?」
「貴族区画と一般区画との間に、広大な敷地のサクシエル魔法学園がありますので、その三番通りの向かい側ですね。魔道具店に限らず、魔法関連の店舗は学園の周辺に集中しています」
魔術士が集まる場所には魔術士用の品物を、ということか。
しばらく大通りを真っ直ぐ進むと、大きな噴水がある広場が見えてきた。途中で「元祖アニス揚げ」と書かれた看板が見えた気がしたけど、たぶん気のせい。
「ここは中央広場。どの大通りもここに繋がってるから、もし迷ったらまずここを目指すといいよ」
なるほど、ここを中心に放射状に道が伸びてるのか。凱旋門を中心に放射状に大通りが広がっているパリと同じような感じだ。
「広場から見える一際大きいあの建物、あれが役所になります。市民の生活に必要な手続き等をおこなう場ですが、あそこには学園卒業後に所属することになる魔法協会と、傭兵協会も入っていますので、覚えておくといいですよ」
「傭兵、ですか?」
「魔法無しで魔物と戦える平民を傭兵と言い、そういう者達が所属する所です。魔物討伐の際は、傭兵と魔術士が連携して討伐に当たることが多いので、いずれ必然的にお世話になる場所です」
ニュアンスはちょっと違うが、ファンタジー作品でよく見る冒険者みたいなやつだろうか? あ、もしかして以前村に来た亜人パーティーの、熊人さんと猪人さんの二人は傭兵なのか。
今来た大通りから別の大通りに入り、何か凄く大きな敷地と建物が見えたと思ったら、馬車は少し狭い道に入っていった。狭いとは言っても大通りより狭いというだけで、馬車二台がすれ違うには十分な幅がある道ではあるが。
そして、看板の出てる建物の前でお父さんの馬車は止まる。
「さぁ、行きますわよ。ここが私が贔屓にしている魔道具店です」
「えっ!? 私も行くんですか?」
てっきりパラデシアが全部やってくれるものと思ってたのだけど。私が行ってもしょうがない気がするし。
「何を言っているのですか。魔法学園に入学したら魔道具店にはどうせお世話になるのですよ。私の紹介で、今のうちから顔繋ぎをしておいたほうが良いに決まってるじゃないですか」
なるほどそういうことか。
何も知らずに入学した場合、自分で魔道具店を探さなければならなくなるのだろう。良さそうなお店を見付けたとしても、そこが本当に優良店かはわからない。
しかし、貴族であるパラデシアの紹介する店ならば、そうそう下手な接客をする店ではないはずだ。
ここはお言葉に甘えておこう。
私とパラデシアが馬車から降りる。お父さんと院長は馬車でお留守番。
パラデシアが店の扉を開けると、ドアの鈴が鳴る。
店内には剣や宝石といった馴染みのある物から、よくわからない箱や変な形の道具が陳列されている。そんな店内の奥にあるカウンターから、鈴の音を聞いた人物がこちらを向いた。
一番に目に付くのは褐色の肌、そして次に長いブロンドヘアー。……あと胸。
パラデシアと同程度の年齢に見えるこの女性が、この店の店主なのだろうか? 店員の可能性もある。
「あら、パラデシア様じゃないですか。お久し振りですね。しかも子供連れとはなんとまぁ珍しい」
「ラナトネ、久し振りです。この子はアニス。数年後に学園へ入学する予定ですので、顔繋ぎにと思って連れてきたのですよ」
「ということは……その年で魔術士級なのですか。なかなか良い逸材を見付けて来ましたねぇ。こちらとしても常連客が増えるのは嬉しい限りですから、歓迎しますよ。よろしくね、アニスちゃん」
「は、はじめまして。アニス・アネスです。これからよろしくお願いいたします」
「はい、よろしくね。私はこのパルソーニ魔道具店の店主、ラナトネ・パルソーニよ。今後ともご贔屓に」
緊張でちょっとぎこちない挨拶になってしまったけれど、ラナトネさんは目線を合わせて爽やかな笑顔で応えてくれた。おかげでこちらの緊張がちょっとほぐれる。
「ラナトネ、ちょっと良いかしら? 少し込み入った話があるのだけれど」
「パラデシア様がそう切り出すなんて、本当に珍しいですね。他にお客さんはいませんから、ここでおっしゃって構いませんよ」
「それなら遠慮なく。まず最初に言っておきますけど、これから言うことは他言無用でお願いしますよ」
「……一気に聞きたくなくなったんですけど、そういうわけにもいかないんでしょうねぇ。で、どういう問題が起こってるんですか?」
「問題と言うべきかどうかはわからないのだけれど、貴女、一つ勘違いしているので訂正を。この子は魔術士級ではなく、魔導師級なのですよ」
今まで友達のような感じで話していた両名の会話が止まった。しばらくしてラナトネさんが「へ?」と情けない声を小さく上げる。
「えっ? こんな子供が? 嘘でしょ!?」
「事実です。一般に周知されるのは数年後でしょうけど、貴族間ではこの情報が広がっているので、情報の扱いには気を付けてください」
「それって、貴族間でこの子の争奪戦が始まってるってことですよね!? そんな情報知りたくなかった~!!」
ラナトネさんが頭を抱え始めた。なんだか忙しい人だなぁ。まぁ話題の中心である私のせいなんだけど。
「ですが今後アニスがこのお店を利用するなら、今から教えておかないと魔導師用の材料入荷に支障が出るでしょう?」
「うっ、それは確かに」
パラデシアの言葉で平常心を取り戻したらしいラナトネさんが、顎に手を添えて私をじっと見つめる。
「魔導師級の材料は扱ったことがありませんから、アニスちゃんが入学するまでの数年で入荷ルートをどうにか確保するとして――、パラデシア様、何処まで情報を教えてくれますか? 可能な範囲で構いませんので」
「そうですね……。一応私の後ろ盾はありますが、無垢姫が直々に友誼を結ぶほどのお気に入りでもあります。ラナトネが心配するほどのことは起こらないと思いますよ」
「なんですかその無茶苦茶強力なバックは……。それなら私がしっかり黙っておけば、私に面倒事が起こる可能性は低いですね。それが分かれば十分です。ありがとうございます」
えーとつまり、王女様というバックがいない場合、私という存在を確保したい人は周りの被害を顧みず、あの手この手で無節操に事を起こす可能性があるが、王女様の目があるとあまり派手な手を使うことができず、結果、周りに被害が出にくい、ということのようだ。
ラナトネさんは私という情報を知ったことで、下手すると貴族に情報源として目を付けられる可能性を考えたが、前述の通り被害が出にくい = 目を付けられる可能性は低い、という結論になったらしい。
「さて、落ち着いたのならもう一つ要件があるのですけど」
「まだなにかあるんですか? 今度も特大の問題じゃないですよね?」
「今度はラナトネにとって得になることですからご心配なく。これを買い取ってほしいのです」
パラデシアが袋からゴロゴロと魔石を取り出し、カウンターに置く。それを見たラナトネさんは目を見開いた。
「なんですかこの量の魔石……。いくら魔導師級とはいえ、この量を魔石化させるのにどれだけの魔力を必要とするか……。いや、それも気になりますけど、これだけの宝石を何処で手に入れたんですか……!!」
ラナトネさんが血相を変える。ヤベ、これも非常識だったか。とはいえこの魔石群を作成してる時には何も言われなかったしなぁ。
「申し訳ないけれどそれは教えられません。ですが、やましい手を使って手に入れた物ではないということは断言しておきます」
まぁ確かにやましい手は使ってないね。ただし正規のルートでもないけど。なんせ私の魔法で作った物だし。物は言いようだ。
「この大きさでこの量なら――8000、いえ、色を付けて1万メニアで買い取りましょう」
メニアとは通貨単位である。
お父さんが商人なので私自身お金は多少見慣れているが、しかし村では物々交換も多いため、正確な物の相場は知らない。
とはいえ、村で扱う品物の売値は高くても数十メニアだ。見たことある硬貨も、100メニア銀貨が最高である。その上に1000メニア銀貨、そして1万メニア金貨があるらしいのだが、私が生成した魔石群は金貨レベルの値が付いたということになる。
「えっと……高すぎません?」
「まぁ、あの村で暮らしてたら一生お目に掛かることのない金額ですわね。一般的な平民の月収は300程度と聞きますし。ですが心配せずとも、これは妥当な金額です」
「さすがに金貨はありませんから、菱銀貨での支払いでいいですか?」
「こちらも金貨で貰っても困りますから、構いませんよ」
硬貨はそれぞれ形が違っていて、1メニアは銅貨で丸、10メニアも同じく銅貨でこちらは楕円。100メニア銀貨は四角となり、今のラナトネさんの言によれば1000メニア銀貨は菱形のようだ。何気に視覚障害者でも使えるユニバーサルデザインである。
ラナトネさんがカウンター奥に引っ込むと、重ねた布を敷いたトレイに銀貨を乗せて、丁重に運んできた。金額が金額だけに、扱いも慎重だ。
パラデシアは金額を確認すると、そのうちの七枚を私の手の平に乗せた。
「貴女の取り分です。盗まれたりしないように気を付けておきなさい」
……いや、いきなりそんな事言われても困る!! 日本人の感覚だと数百万円ある札束をポンと渡されたようなものだ。今まで必要なかったから財布なんて持ってないし、どうしろと!?
「あ、あの、小さい布袋か何かありませんか……? こんな大金、裸で持ち歩くなんてできませんし」
するとラナトネさんが声を上げて笑い始めた。私そんなにおかしなこと言ったのだろうか? と思ったのだが、パラデシアがラナトネさんを睨みつけていたので、爆笑の原因は私の言動ではないようだ。
「パラデシア様っ!! 財布も持ってない子にっ!! そんな大金渡したらダメじゃないですかっ!! ひぃおかしいっ!!」
「ラナトネ、笑いすぎです。まさか財布すら持ってないなんて普通思わないじゃないですか……」
「貴族の感覚で考えるからですよ。さっき村って言ってましたけど、村暮らしなら子供が財布持ってないなんて当たり前ですから。子供がお金使う時なんて、たまに親に頼まれてお使いする時くらいですよ」
おぉ、まさしくラナトネさんの言う通りだ。ラナトネさんもどこかしらの村出身なのだろうか?
ラナトネさんが再びカウンター奥に引っ込み、今度は布袋をその手に持ってきた。
「本来は魔石用の袋だけど、無いよりはマシでしょ。アニスちゃん、これあげるから財布代わりに使って」
「あっ、ありがとうございます!!」
渡された布袋に先程の大金を入れる。袋の口を絞って……さぁどうしよう? さっきよりはマシだけど、正直このまま持ち歩くのは怖い。私の服はシンプルなワンピースなので、腰に下げるなどもできない。
そんな感じで悩んでいると、パラデシアが「ちょっと貸しなさい」と言ってきたので素直に渡す。すると、袋の紐に別の長い紐を輪っかにして結び、私の首に掛けてくれた。
「袋は服の中に入れておきなさい。それでそうそう盗まれる心配もないでしょう」
「パラデシア様、ありがとうござます」
言われた通り袋を服の中に入れる。ちょっと違和感はあるが、これならすれ違いざまにスられる、みたいなことはなさそうなので安心だ。
「さて、用事も済みましたし、次に行きましょう。ラナトネ、そのうちまた来ますね」
「パラデシア様、またの来店お待ちしてますね。アニスちゃんも、またね」
挨拶もそこそこにパルソーニ魔道具店を出て、お父さんの馬車へと戻る。
次は高級宿へ行って私を降ろし、院長を神殿に送って、パラデシアを貴族区画へ送る予定――なのだが、パラデシアが予定の変更を申し出てきた。
「すみませんが次は服飾店に寄ってくれませんか?」
「パラデシア様、服買うんですか? そんなのあとでも……」
「貴女の服を買うんですよ。そのままでも高級宿に泊まることはできますけど、身なりは宿に与える心証に影響しますし、待遇を良くしたいなら身なりは重要です。ブルースもですよ」
あ、いわゆるドレスコードというやつか。それは確かに大事だ。




