33.王都からの手紙
モモテアちゃんが魔術士級ということが村に知れ渡った時、この村から二人も魔術士級が出たということで大騒ぎになった。
私の時みたいにお祭り騒ぎに発展するかと思ったが、つい先日新年のお祭りをやったばかりなのでみんな自重した。そんなに何度もお祭りやってたら村の備蓄に影響出るしね。
あ、私の魔力が魔導師級だということは、両親は知っているけれど村の人達にはまだ魔術士級だと認識されている。そのほうが都合が良いそうなので。
王女が来訪したのも、神の怒りが落ちた件の調査と私のスカウトという、ポジティブなものとして伝えられている。……まぁ嘘は言ってないね。あくまで結果的に、だけど。
「パラデシア様、院長先生、王都からのお手紙が届いてますよ」
ある日、お父さんが王都から戻ってくると、二通の手紙を渡された。私は毎日精霊院に行くので、行くついでに二人に渡してくれということである。
「私のは……兄上からですわね。さすがに半年も帰省しないのは問題だったかしら?」
パラデシアが最後に王都に戻ったのって、お肉トラウマ事件でお医者さん探した時だよね?
「私は神殿からですね。大方、魔導師級のアニス絡みでしょう」
神殿は精霊院の上部組織だ。会社で言えば神殿が本社、精霊院が支店みたいな感じ。魔法は神の使いである精霊にお願いして使うものだから、より多くの精霊の力を行使できる魔導師という存在は、神殿としても喉から手が出るほど欲しい人材なのだろう。
このことから、王都にいる権力者や貴族には私に関する情報が広まっていると考えて間違いない。
う~ん、こういうところでやっぱり私に関する影響が出てくるか。一応予想はしてた。
二人は封を開けて読み始める。すると、パラデシアが頭を抱え始めた。
「家を空け過ぎているので一度帰宅しなさい、という内容ですね。本来は兄がこの村に来て連れ帰るつもりだったようですけれど、無垢姫から許可されなかったみたいです。魔導師級のアニスと接触する打算もあったはずですから、無垢姫の処置は妥当ですね。ただ代わりに、私が王都に帰還するとアニスの教育が滞るため、できれば一緒に連れてくるのが望ましいとの要望が書かれています」
早速王女の権力に助けられてる……!! 次に会ったらお礼言わないとね。
「こちらは、未来の魔導師であるアニスを迎え入れる準備はすでに整っているため、早急にアニスを神殿に連れてくるように、ということを飾った言葉で遠回しに書いた内容ですね。ですがアニスを神殿の者と接触させるのは避けたいところです。私は王都に行かなければなりませんが、アニスは行かないほうが良いでしょう」
「ちなみに私を神殿関係者に接触させたくない理由はなんですか? まぁなんとなく想像つきますけど」
「ルナルティエ王女の調査報告が周知されているならば、アニスは雷の異端魔法使い、つまり神の怒りを操れる魔導師となります。神と精霊の信徒であれば、もっとも神に近い存在として崇めると同時に、大変な利用価値があると考えるでしょう。……あの神殿長なら、そう考えてもおかしくありません」
若干苦々しい表情で最後にそう呟く。どうやら浅はかならぬ軋轢があるもよう。パラデシアも「確かに」と同意しだす始末。なんか神殿長とやらの評判悪い?
とはいえ、会社で言えば一社員に過ぎない院長は、本社である神殿から出張命令が出されたら行かざるを得ない。私は神と精霊の信徒ではないから、従う必要はないのだけど。
「……私も王都に行かなければならないのですけれど、私達二人がこの村を出るのは危険ではないのですか? 私達の不在時に他の貴族がアニスを狙わないとも限りません」
「えっ!? それ凄く困るんですけど!!」
「私達二人共、早急に王都に来るようにという内容なので、王都行きをずらすということもできませんね。アニスの安全を考慮するならば一緒に行動するのが最善ですが、その場合、問題は王都でどう匿うか、ですか……」
二人は考え込んで、いろいろな案を出し始める。
会話を聞いていると、王女の権力で貴族の動きを抑えることはできるみたいだけど、平民の動きを抑えるのは無理らしい。
つまり、貴族から依頼を受けた平民が、二人の不在時を狙って私に接触を図る、ということが十分に考えられる。
もし私に接触しようとしてくる人物がいても、村にこの二人がいれば的確に判断して、未然にシャットアウトしてくれるので非常に安心だ。しかし不在時に接触してくる人物がいた場合、私はどうすればいいのかわからない。
下手すると最悪の展開にもなりかねない。
となると、やはり院長の言う通り二人と一緒に王都に行くのが最善となる。
だが王都に行くということは、他者が私と接触できる可能性がグンと跳ね上がることにもなる。
「素人考えで可能かどうかはわからないですけど、王女殿下にお願いするというのはどうでしょう? 権力がある分、一番安全を確保しやすいのではないかと」
「……貴女、騎士に何をやったか覚えてないとは言わせませんわよ。ついでに、貴女が王家直属になった場合に起こりえる話を貴女自身が語ったことも」
「あっ!! そうでした……」
王女にお願いしに行くには、王宮に行く必要がある。そして王宮では、様々な人が働いている。
当然、そこに騎士もいるわけだが、私は騎士達のプライドをズタズタにしてしまったのだから、存分に恨まれていてもおかしくない。
それと、私が魔導師級ということを知る魔術士もいるだろう。その魔術士が「あんな子供が魔導師なんて認めない!!」みたいな考えを持っていないとも限らない。
王女にお願いしに行く、というのは、そういった人物が働いている王宮に出向く、ということであり、つまりはまったく安全ではない。
王女の眼前で直接的な手段を取られることは無いだろうが、見えない所で悪意に晒される可能性は十分にある。……この案は却下するしかない。
「高級な宿ならセキュリティが万全で安心ですけど、そんな大金を準備する……のは、難しくはなかったですわね。貴女の宝石生成であれば」
お金に困らないっていうのは素晴らしいね!! 宝石生成万歳!!
「高級宿に宿泊するにはいくつか条件がありますけれど、身なりは整えれば良いですし、立ち居振る舞いは貴女なら問題ないでしょう。あとはしっかりとした身元か立場が必要ですけれど、私の後ろ盾と未来の魔導師級という立場があれば、付け入る隙もありませんね。一つ問題があるとすれば――」
おや? 聞く限り高級宿に泊まるのは難しくなさそうだけど、問題あるの?
「――貴女の父親ブルースです。私達が王都に行くにはブルースの馬車に乗せてもらう以外に方法がありませんから、ブルースも一緒に王都に行くことになります。しかし、ブルースが高級宿に泊まるには身元も立場も低すぎます。私が貴女の後ろ盾になれるのは、魔導師級である貴女だからなれるのであって、ブルースの後ろ盾になることはできません。高級宿の者なら付け焼き刃の立ち居振る舞いなど見抜くでしょうし、田舎の村の些末な商人が高級宿に泊まれるほどの大金を持ってきたとなれば、警戒の対象にもなります。一緒に泊まることは無理なのですよ」
ありゃ、お父さんハブられるのか。じゃあ私だけ泊まればいいのでは?
「子供が一人だけで泊まる、という時点で今度は貴女が警戒の対象になりますよ。ポートマス院長は神殿に、私は実家に泊まることになるでしょうから、私達が一緒に泊まるということもできません」
ダメじゃん!! 高級宿っていうから凄く期待したのに、泊まれないなら意味がない!!
「プルーメトリ家に滞在する、というのはダメなのですか? 派閥や思想に問題なければ、一考に値すると思うのですが」
横から院長がそう提案すると、パラデシアが少しばかり唸りはじめる。
「まぁ、家族は諸手を挙げて歓迎すると思いますわ。他の案よりは安全だとも思います。ただ、あの兄にアニスを会わせるのは……」
なんか苦悩し始めた!! なんか問題ばかりだなぁ。というか私を会わせたくないって、一体パラデシアのお兄さんってどんな人なんだ? ちょっと気になる。
「パラデシア様の実家が安全なら、もうそれでいきましょうよ。ここでダラダラと確実性の低い案を出し続けても意味ないです」
「貴女……なかなか言いますわね。ですがまぁ、アニスの言葉にも一理あります。アニス、ブルースに事情を説明して、明日馬車を出してもらえるようにお願いをしておいてください」
「わかりました!!」
私はすぐに家へ戻って、お父さんに事情を説明。お父さんは休む暇なくまた王都に行くことになるが仕方がない。
一応、院長とパラデシアから運賃の支払いはあるとのことなので、損になることはないらしいが。
翌日。片道分の食料等を積んだ馬車に、お父さん、院長、パラデシア、そして私の計四人がいた。
各自荷物の最終チェックをおこなったのち、幌付き馬車に乗車する。
――ちなみに私は、物凄くテンションが高まっていた!!
だって、初めての王都……というよりも、そもそも村を出るのが初めてなのである。代わり映えのしない村の中でずっと過ごしていたから(色々と突発的なイベントはあったが)、未知の場所を訪れるワクワク感は半端無い。
全員が乗ったことを確認すると、御者台に乗ったお父さんが、手綱を操り馬車を動かし始める。
これから王都カイエンデまでの、三日間の旅の始まりだ。




