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32.モモテアちゃん

 

「あっ、アタシの水の玉当たってる!! お姉ちゃんの負け!!」


 満面の笑みを浮かべながらトテトテと走り寄ってくるモモテアちゃん。私はあまりのことに色々と混乱しているが、一つだけ確かなことがある。モモテアちゃんは……魔術士級の魔力を持っている!!


「と、このようにアニスは魔力感知ができないせいで、意識していない攻撃に対しては無防備です。モモテア、わかりましたね?」

「はい!!」


 院長の言葉に元気よく返事するモモテアちゃん。んー、どういうこと?


「とりあえず説明を求めます。一体全体何がどういうことですか?」


 私の問いに、院長が答える。


「そうですね。事の始まりは、3ヶ月ほど前のモモテアからの相談でした。曰く、アニスが魔法を使う際、なんだかゾワゾワする、というものでした。これは明らかに、魔力感知による現象だとすぐに気付きました」


 私はできないが、魔術士級以上であれば魔力感知はできて当然の能力。魔力感知ができるということはつまり、魔術士級の能力があるということに他ならない。

 ……なんでモモテアちゃんが魔術士級の魔力持ってんの?


「モモテアが何故魔術士級の魔力を持っているのかはわかりませんが、半年近く前から魔法使い級の魔力はあったようです。ただ、アニスが魔法で大怪我をした様を見ているので、魔法が使えることが怖くて誰にも言えなかったそうです」


 うっ、私のせいで貴重な才能が表に出てこれなかったってこと? それはちょっと申し訳ないことをしたなぁ。


「魔力感知ができるなら魔術士級の魔力があるはずなので、アニスと一緒に魔法の授業をおこなおうと思ったのですが、事前に魔法を扱えるようになってアニスを驚かせたい、という本人たっての希望で、今まで隠していました。無事成功したようで何よりです」

「十分に驚きましたよ……。でもモモテアちゃん、なんで驚かそうと思ったの?」

「だって……アニスお姉ちゃん、魔法が使えるようになってから全然遊んでくれなくなったんだもん!! 私が魔法を使えるようになったら、また遊んでくれるかと思って……」


 ぐはっ!! 心当たりがありすぎる!! 怪我が治ったあとに少し遊んだのだが、精神年齢が大人の私はこの年代の少女とどう接していいのか分からず、魔法の勉強を理由に、徐々に遊ばなくなってしまったのだ。

 この村でモモテアちゃんと同年代なのは私しかいないので、だいぶ寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。


「ごめんねモモテアちゃん。これからはいっぱい遊ぼうね」

「うん!! また森の木の実取りに行ったり、食料庫に忍び込んだり、こっそり魔物の肉食べたりしようね!!」


 ピシリ、と空気が変わった。そもそも子供が森に入るのは禁止されているし、食料庫に忍び込むというのは盗み食いすることだし、魔物の肉は忌み嫌われているので食するものではない。

 これらの記憶は確かにある。ただし、私の人格が宿る前のアニスの話だ。


「い、一年以上前の話、と言えば、院長先生はわかってくれますよね?」


 前世の記憶があることはパラデシアにはまだ秘密にしている。パラデシアに悟られないようこう言えば、院長は察してくれるはずだ。

 院長は軽くため息を吐きながら「今の話は聞かなかったことにします。モモテアには貴女からキチンと言い聞かせておいてください」と見逃してくれた。さすが院長!!


「え~ダメなの? 森の魔物の肉も美味しかったんだけどなぁ」


 アレこっそり食べたの!? 美味しいと言われるとちょっと興味が出るけど、食は文化や宗教的な側面もあるから、下手なことはできない。

 イスラム教では豚肉は不浄だから食べてはいけない、みたいなやつだ。魔物の肉が忌み嫌われているなら、食することで周りからどう思われるかわからない。あとできっちり教え込んでおかねば。


「……少々聞き捨てならない言葉でしたけれど、まぁ私も聞かなかったことにしましょう。それよりもモモテア、言葉遣いが戻ってますよ」

「あっ、ごめんなさ――失礼しましたパラデシア様。おねえちゃ――お姉様、これからよろしくお願いします」


 丁寧な言葉遣いでぎこちなく跪くモモテアちゃん。……何という破壊力!! 私のことをお姉様だって!? 何これ何これ!! まるでお嬢様にでもなった気分なんだけど!!

 と、興奮もあるがそれよりも疑問のほうが大きい。モモテアちゃんに王宮語を習わせている意図は何だ?


「貴女の付き人、という体裁で常に貴女の側にいさせるためです。貴女が魔力感知をできない以上、信頼できる魔力感知要員は必須です。先程の水魔法は、貴女が実際に魔力感知ができないことを、モモテアに教えるために必要なことでもあったのですよ。そして、今後貴女が貴族と関わるならば、その付き人であるモモテアも貴族との関わり方を覚えておく必要があります」


 なるほど。魔力感知ができないなら、魔力感知ができる者を側に置いておけ、ということか。そして魔導師級である私が貴族と関わるのは必然だから、今のうちからモモテアちゃんにも王宮語も覚えさせておく必要もある、と。


 私はいいけど、モモテアちゃんはそれでいいのだろうか?


「お姉様、アタシがいないと危ないんでしょ? アタシもちゃんと魔法を覚えて、強くなって、お姉様を守るから安心して!!」


 健気!! なんて健気!! 私はこんな良い子を遠ざけてたのか!! よし、これからはいっぱい構ってあげよう。そうしよう。


「そうそう、サクシエル魔法学園の入学可能年齢は10歳からですけれど、モモテアはアニスの1歳年下です。魔力感知ができない貴女が、モモテア無しで入学するのは非常に不安ですので、同時に入学できるよう、貴女の入学は11歳からになさい」


 ……ちょっと楽しみにしていた学校生活の始まりが伸びてしまった!! むぅ、致し方なしか。とりあえず入学までの三年間、この村で勉学に励むとしよう。モモテアちゃんと一緒に。




 それからはモモテアちゃんも交えての授業が増えた。

 魔法関連の授業は一緒に受けるが、日本の教育を受けていた私と、この村で年相応の学習進度しか進んでいないモモテアちゃんでは、国語や算学などを一緒に受けても意味がない。なのでその時は互い違いに座学と実技で分かれる、という授業方法となった。


 近接戦闘術に関しては……あれから特に何も言われていないので、私は体力作りに精を出した。

 プランクとかツイストクランチとかレッグレイズとか、あと地属性魔法で道具作れるんじゃ? という事に気付いてからは、懸垂バーとか鉄アレイとか作って色々やってみた。

 最初にイメージして作った時は、懸垂バーが途中で折れて派手に尻もち付いたりもしたけど、何度も作ってたらイメージが明確になって折れなくなっていった。魔法も練習は大事。


 それと筋トレばかりは飽きてくるので、柔軟体操もやり始めた。

 昔見た漫画で、柔軟な身体だと怪我をしにくい、みたいなことが描いてあったのを思い出したのだ。


 これらを継続していけば、太りにくくしなやかさを備えた理想の身体を手に入れられる!! ……はず。たぶん。


 あ、あと私のトレーニングを見た院長が興味を持って、試しに一緒にやり始めたのだが「……これは……見た目以上に負荷がかかりますね……」と言ってすぐにバテた。御老体なんだから無理しないで!!





「そういえばモモテアちゃんの近接戦闘術ってもうやってるんですか?」


 ある日の実技。その休憩中に、私は無詠唱で出した水を飲みながら、今日の実技担当であるパラデシアにそう聞いてみた。


「やっていますよ。私は杖術を勧めたのですけれど、貴女を守るのであれば杖術では不十分、と言って現在剣術を習っています」

「えっ!? 剣術ですか!? 院長先生もパラデシア様も剣術なんて――あっ、駐在兵さん達か!!」


 この村で剣術が使える人なんて限られてくる。お父さんが護身術程度、鍛冶屋のホコインジさんが作った武器の性能確認のためにほんの少し、そして正規の訓練を受けた駐在兵さん達。

 この中で師事するなら駐在兵さん達以外にありえない。


 しかし私を守るためって……私ファーストなのは嬉しいけれど、モモテアちゃんにはモモテアちゃんなりの人生を歩んでほしいなぁ。私の人生に巻き込んでしまってる気がして、なんだか申し訳ない気持ちだ。

 ――いや、巻き込んでるというなら院長やパラデシアも一緒か。こうして付きっきりで私に教育を、道を踏み外さないように施してくれているのだから、それを無下にするわけにはいかない。

 心の中で精一杯感謝しとこう。直接言うのは気恥ずかしいので。


「ところで、私の近接戦闘術はどうするんですか? まだ鍛錬続けます?」

「それですけれど……貴女に格闘術を教えられる者がこの村にはいません。学園の卒業が延びることになってしまいますが、入学してから習うのが最善でしょう」

「いえ、別に格闘術がやりたいわけじゃないんですけど。むしろ戦闘とかやりたくないので」

「……そうなのですか? それならばあの技術はどこで――いえ、追求はやめておきましょう。それよりも戦闘をやらない、という選択肢はありませんよ。前も言いましたが、近接戦闘術は必修です」


 やっぱりダメかぁ。身体動かすのは楽しいけど、危険を冒してまで動きたいとは思わないしなぁ。そもそも痛いの嫌だし。


 ん? 待てよ? 魔術士や魔導師が近接戦闘術を覚えるのは、接敵されて魔法を唱えられない、などといった状況を打破するためだ。

 じゃあ接敵された状況を打破できる魔法を、事前に唱えておくのはどうだろう? イージスシールドと併用できれば、より幅広い状況に対応できる。


 日本にいた頃にハマっていた作品に、「神速のイヴリガッコ」という物があった。

 音ゲー格闘マンガというぶっ飛んだジャンルだが、主人公である音ゲープレイヤー「イブリガッコ」が、音ゲーで鍛えられた特異な腕さばきを見込まれ、不本意ながら格闘の世界に引きずり込まれる、という内容である。

 この主人公も痛いのは嫌いなので、最初に編み出した技がオート迎撃システム、略してオト迎(オトゲー)システムで、敵の攻撃を音ゲーの譜面に見立てることで受け流し、もしくは捌いていくという技だ。


 アニメにもなっていたのでその映像を思い浮かべながら、精霊さんにお願いして、私は魔法を唱えた。


百手夜行(ひゃくしゅやぎょう)!!」


 私の両手が、ゆっくりと正面の空間を撫でる。まるでそこにドラム式洗濯機みたいなゲーム筐体があるかのように。

 オト迎システムには段階があって、主人公が初めに編み出したのが百手夜行だ。これは一分間に百の手数を捌けるという技。

 これだけ聞くとなんか凄そうに聞こえるけど、要は100bpmである。音ゲーで言えば遅いほう。とはいえ、ストーリーで最初の敵となるチンピラ相手にはこれで十分対応できる速さだ。


「パラデシア様、私に攻撃してみてください」

「またおかしな魔法を……まぁ貴女が良いのであれば、私もやぶさかではありませんがっ!!」


 言い終わると同時に、パラデシアが杖を抜きながら突きを直接放つ。

 うおっ!! 初期動作がまったく見えなかった!!


 ――だが、杖の動きが見えなくても、私には音ゲーの譜面がぼんやりと見えている。

 あっ、あの曲のあの場面だ。

 やったことのある譜面なので、身体が自然とその譜面を叩く。


 スパンッ!! と小気味よい音と共に、向かってきた杖の軌道が逸れる。パラデシアが大きく体勢を崩したところに、私の目には再び譜面が浮かび上がる。

 何も考えずにその譜面を叩くと、パラデシアに私の攻撃が入った。攻撃を受けたパラデシアはたまらず距離を取り、同時に私の目の前から譜面が消える。


「くっ……魔法だけで接近戦もこなすなんて、デタラメにも程があります」

「でもこれなら無理して近接戦闘術を覚えなくても……あれ?」


 イメージ通りに上手くいって勝ち誇っていたら、腕がムチャクチャ重くなった。うっ、腕が上がらない!!

 えっ!? この魔法というか技、ちょっと使っただけなのにこんなに腕の筋肉酷使するの!? 完全に筋肉痛になってるよこれ!!


「……どうやら魔法に頼った接近戦は使いこなせないようですわね。大人しく鍛錬に励んで、然るのちにキチンと技術を学びなさい」


 先日のブロッキングからの吹き飛ばしも、今回の漫画の技真似も、自身への反動が大きすぎる。魔法で接近戦をこなす、という私の発想はどれもこれも失敗に終わったため、実用的ではないことが確定した。

 私は仕方なく「はぁい、わかりました」と返事をするしかなかった。

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