30.近接戦闘術
年が明けた。
村では新年を祝うお祭りを毎年おこない、みんな陽気に食って飲んで歌って踊る。
――ところでこの世界、一年が310日だということをこの時知った。ひと月が31日で一年は10ヶ月。時間も1日が10トロン、1トロンは100バムという単位に分割されてるし、何かと十進数を基準にしてるなぁ。
週の概念も曜日の概念も存在するけど、こちらでは一週間が6日間で、それぞれ地曜日、水曜日、風曜日、火曜日、精曜日、神曜日と呼ばれてて、地上からどんどん空に上って精霊に、そして天上の神に至る、とかそんな意味合いがあるらしい。
うちの村ではあまり曜日は関係ないけれど、王都等では週に一日は仕事を休むように法律で決まってるそうだ。……労働基準法だこれ!!
ちなみに毎月31日は末日とか余り日とか呼ばれてて曜日が無いんだとか。
一年が10ヶ月ということは、私がアニスとして意識を持ったのが1月になるのか。んで、その二日後に大怪我して全治二ヶ月なので、治ったのは3月頃。その間に亜人の調査隊が来村。
私が大怪我した時に院長がパラデシアに手紙を出して、パラデシアがこの村を訪れたのが手紙を出して半年後、ということは5ヶ月後になるので6月。森の魔物……なんだっけ? カレーデブリとかそんな名前だった気がする――の騒動はパラデシアが来て四日後だったね。
肉が食べれなくなってチキンカツでなんとか回復したのはその魔物騒動のあと。チキンカツのレシピをお父さんが売りに行ったのも6月になる。
私の誕生日が8月で、揚げ網を作ってもらったのは9月頃。王女様がこの村に来たのは10月となる。……怒涛の一年だったなぁ。
新年を祝った翌日からは、村は日常に戻る。私も王女来訪以降は特に何事も起こらず、平和に過ごしていた。
「そろそろ近接戦闘術の授業にも入りましょうか。アニス、何か得意な武器はあるかしら?」
「武器なんて今まで扱ったことないですよ。というか痛いの嫌いなんですけど、それってどうしてもやらないといけませんか?」
「当然です。サクシエル魔法学園では必修ですよ。基本的にほとんどの者は杖術を習いますけれど、すでに何らかの武器に扱い慣れている者は、その武器を扱っても構いません」
魔術士のほとんどは杖を扱うけれど、例外もある。あれだ、亜人調査隊のワニ人さん……えーと、カレーが煮えたとかそんな名前だった気がする――が、魔術士だけれど武器が斧だった。あんな感じか。
「近接戦闘術ってなんで必要なんですか? 魔法扱えるだけじゃダメなんですか?」
「貴女が魔法を唱える際、まずイメージを明確に頭の中に描き、精霊にお願いをして、魔法を詠唱することで魔法を放っているでしょう? しかし敵に接近を許してしまうと、魔法を唱えている暇がありません。近接戦闘術が扱えれば、相手の攻撃を捌き、こちらの攻撃で相手を突き放し、魔法を使う時間と間合いを確保するという手段が取れます。サクシエル魔法学園出身の魔術士には重要な技能なのですよ」
ファンタジー世界で魔法使いっていうと、後衛職で身体能力が低いみたいなイメージがあるけれど、この世界ではそういう欠点を持たないようにしているのか。納得。
しかし魔術士は杖術を習うというが、杖術に関しては私が見たのはパラデシアがカレーデブ……森の魔物と戦った時くらいか。それもほんのちょっとだけ。実際の杖術がどんなものか見てみないことには何も判断できないな。
「パラデシア様、良ければお手本を見せてもらっても構いませんか?」
「良いですわよ。以前の杖より短くなっているので、私も間合い取りの調整相手が欲しかったところですし」
私は意味がわからず「へ?」と間抜けな声を出すと「最初はゆっくりやりますから、避けなさい」という言葉とともに宝石が目の前に迫ってきた。
いきなりのことで「おぶっ!!」という変な声を出しながら頭をずらすと、杖が風切り音とともに耳元を掠めていく。
「危ないじゃないですか!!」
「あら? 貴女なら避けれると思ったので問題ありません。普段から動き回っているだけに、身体能力は高いでしょう?」
うっ、確かにアニスの身体で動き回るのは楽しい。楽しくて楽しくて、エレキボディを使って縦横無尽に走り回ってる時も多い。子供の体力恐るべし。
しかしさっきも言ったが、痛いのは嫌いだ。身体能力が高いから避けれるだろうと言われても、いきなり攻撃されるなんて冗談じゃない。
パラデシアは憤る私を完全に無視し、杖を構える。宝石を前に突き出した、なんというかフェンシングとかレイピアを持つ時みたいな構え。私の漫画知識を照らし合わせたらそんな感じだ。
全然気乗りはしないが、向こうがやる気満々では状況を回避するのもままならない。仕方がないので一つ奥の手を使うことにしよう。
「エレクトロブレイン!!」
魔法を唱えた瞬間、景色がスローになる。
時間が遅くなった、というわけではない。私の意識を圧縮して、時間の流れを遅く感じさせているのだ。
初めて全身強化して大怪我した時の魔法は『エレクトロボディ』。その時に宙を舞っている間、私の脳が意識する時間を圧縮したあの感じ。あれを魔法に落とし込んだのだ。一度体験したことでイメージが容易だったのか、少し練習したら使えるようになった。
私が魔法を唱えたら、パラデシアは瞬時に攻撃に転じた。そりゃあ得体のしれない魔法を唱えられたら、速攻で潰しにかかりたいだろう。
だが残念、これはゲームで言えばいわゆるバフ、能力の強化だ。
パラデシアの放った突きを、私は避け……んぎぎぎぎ、別に身体能力が上がったわけではないから、私の身体が反応するにも時間がかかる!! 意識に身体が追い付いてない!! まぁわかってたことだけど!!
でも相手の動きを見て反応できる、というのはやはり強みだ。何度かパラデシアの攻撃を避けたあと、間合いを取って魔法を解く。
実はこの魔法、長時間の使用は危ない。何せ脳に負担を掛けているのだから。使い所を間違わないようにしないといけない。
「……先程の魔法、反射神経を上げるような魔法かしら? そんな魔法聞いたこともないけれど、貴女を常識の枠に収めてはいけないのは、過去の経験からわかっていたことだったわね」
げぇっ、ちょっと違うけどあながち間違いでもない!! さすが院長の教え子、院長と同じく観察眼が凄まじいな。
「貴女がその気なら、こちらも少々本気を出しましょうか!!」
本気出さなくても良いよ!! と言葉にする暇もなく、パラデシアが高速の打ち下ろしを放ってきた。やばっ!! 魔法を唱える暇がない!! 咄嗟に横に飛んで回避。
避けてすぐに「エレクトロブレイン!!」と唱えて視界がスローになるも、すでにパラデシアの杖が横から迫っていた。
えっ? あれ? 今打ち下ろしたはずだよね? なんでもう横に薙いでるの? すでに避ける暇がないんだけど? このままだと横っ面に杖がクリーンヒットしちゃうよ?
どうするどうする!? エレクトロブレインのおかげで考える時間はあるが、魔法を詠唱するような時間はない。
万事休す!! ……いやちょっと待った。完全に賭けだが、やれることが無いわけではない。無詠唱の魔法なら使えるのではないだろうか? しかし無詠唱の場合、効果範囲は自分の周囲程度で、効力は魔法使い級くらいにしかならない。
無詠唱魔法で相手に直接干渉するのは無理だが、自分に対して作用する何らかの魔法を使って、この窮地を脱出できる可能性はある。……やるしかない!!
働け私の灰色の脳細胞!! イメージしろ!! この状況を無傷で済ませる方法!!
瞬時に思い付いたイメージは――避ける? 避けるならエレキボディによる全身強化が最適だが、エレキボディって魔法使い級の魔力で足りるの? 魔力を感じないから消費量もわからないけど、もし足りずに魔法が不発した場合、私の顔面に杖がめり込む。……却下!!
スピードアップするなら風属性の魔法だけでもやれる、という話を聞いたことがある。……うむむ、なんか軽い浮遊感を得るイメージしか思い浮かばない。走る時にホバークラフトみたいな、もしくはスケートみたいに滑る感じだ。今の状況を打破できるイメージではない。これもダメ。
避けるのは諦めよう。相手の攻撃を無効化するのはどうだろうか?
瞬時に無敵、という言葉が思い浮かんだ。無敵……無敵……有名アクションゲームで星型のアイテム取るとキャラクターが無敵になるよね? あ、ダメだ。星型のアイテムを取るという事前行動がないと無敵のイメージが湧かない。
無敵から連想して……無敵技? 格闘ゲームで無敵時間のある技、ゲージを使った超必殺技とかそういうの多いよね? んー、格闘経験ないから技を出せるイメージがない。格闘ゲーム自体は兄に付き合ってそれなりにやってたんだけど。
あっ、ゲームのシステムで攻撃を無効化するやつがあるな。ジャストディフェンス。相手の攻撃に合わせて十字キーをタイミングよく後ろに入力すれば、相手の攻撃を無効化できるシステム。しかし失敗すればただのガードになる。……まぁ顔面にぶち当たるより、ガードして腕に当たるほうが遥かにマシだが、痛いのはやはり避けたい。
ジャストディフェンスよりも、有名格闘ゲームのナンバリング三作目からあるシステム、ブロッキングのほうが良いかも。兄がハマってたんで付き合ってプレイした時間も長く、どちらかといえばこちらのほうが馴染みがある。
これは相手の攻撃タイミングに合わせて十字キーを前に入れなければならず、失敗すれば普通に攻撃が当たってしまう。
……やばっ!! 考えてたら杖がもう直前まで迫ってきてた!! もう一か八かブロッキングだ!! お願いする精霊さんは――何だ!? 格闘ゲームの精霊さんか? 断言できるけどそんな精霊いるわけない!! とりあえず精霊さんお願い!! 十字キーを前に入れるイメージをして、ブロッキング!!
次の瞬間、私の身体が流れるように動いた。パラデシアの杖と私の顔の間に右手が素早く入り込み、手の甲で杖の軌道を逸らした。手の甲に当たる瞬間、カンッ!! と甲高い音を立て、私の身体が一瞬青白く光った。……そこまでゲームの再現しなくていいよ!!
いやしかし、無事に窮地を脱した!! パラデシアの顔がスローでみるみる驚いた表情に変わる。
でも、このあとどうしよう? パラデシアの先程の言葉から考えるに、相手を突き放す行動を取るのが定石になるのだろう。
突き放す……突き放す……一撃で相手を吹っ飛ばすみたいなことができれば良いのかな? 中国拳法の発勁とかそういうイメージ多いよね。同じゲームの中国拳法兄弟が、両手のひらを前に突き出して相手を吹っ飛ばす技持ってたなぁ。でもあれちょっと攻撃までに少し時間がかかったはず。
私はあのゲームで高校生くノ一のキャラ使ってたので、あのキャラで何か吹き飛ばす技……あ、コマンド入力の投げ技で吹っ飛ばすやつがあった!!
無詠唱で成功するかわからないけど、試す価値はある。イメージして、精霊にお願いして、コマンド入力と技名を思い浮かべる。するとまた私の身体が流れるように動き始めた。
パラデシアの、杖を持ってこちらに伸ばした右腕を私の左手で掴み、こちらに引き寄せる。がら空きになった脇腹に私の右拳を密着させると、なんか気みたいなのが右拳から発生した。なんだろうこれ? よくわからないけど、まぁなんかイメージが具現化した物だろう。
そして次の瞬間、小気味よい音とともにパラデシアの身体が吹っ飛んだ。やばっ!! ちょっと勢いよく飛び過ぎた!! パラデシア大丈夫かな?
パラデシアの身体が地面に激突するも、すぐに身体を回転させて起き上がった。受身を取ったみたい。良かった。
しかし結構ダメージがあったようで、左手で脇腹を押さえ、杖で体を支えつつ肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……貴女、無手格闘術なんてどこで覚えたのですか……?」
やらかした!! すぐに魔法を解いて何か言い訳を――と思ったら視界がぐにゃりと変化した。マズイ!! エレクトロブレインを使い過ぎた!! いつの間にか魔法も解けてる!!
身体が前に倒れ始めたので、右手で支えようとしたのだが……あれ? 右腕が思うように動かない? そのまま為すすべ無く地面に倒れてしまう。
頭痛と歪む視界で、なんとか右腕を見ると――うわぁ!! 腕が変な方向向いてる!! 折れ……てはいない。これ、肩が外れてるんだ!!
混乱と痛みと混濁する意識の中、徐々にブラックアウトしてそのまま途切れた。




