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29.王都チキンカツ話

 数ヶ月前、お父さんは絶対に流行るという確信を持って、私が教えたチキンカツのレシピを王都の馴染みのお店に売った。

 それから一ヶ月後、お父さんは王都から帰ってくるなり興奮しながらこう言った。


「チキンカツの売り上げが絶好調だそうだ!! そのおかげで来月はこの村の小麦や鶏を優先的に買ってくれると契約してくれたから、馬車に載せられるだけ載せていくよ!!」


 そして一ヶ月後、お父さんはありったけの小麦と数羽の鶏を馬車の荷台に詰めて王都へ行ったのだが、7日後に帰ってきた時、今度は難しい顔をしていた。


「あまりにもチキンカツが売れ過ぎて、一店舗だけでは対応できなくなったため他店舗にもレシピを売ったらしく、そのせいで小麦粉、油、卵、パン、鶏肉がチキンカツ販売店だけで独占状態になってしまい、王都で品薄状態になっているそうだ。僕が持っていった分もすぐに使い切ってしまうだろうと言われたよ。特に油がヤバいそうなんだけど、ここは商機と見て村の蓄えを放出するべきか……」


 村で植物油も生産してはいるが、あくまでこの村で使う用だ。多少余裕を持って生産しているけれど、売るほど大量生産しているわけではない。

 村の生産品の売買に関しては、商人として信頼のあるお父さんにある程度一任されているが、さすがに油に関しては村長さんとの相談が必要だろう。あ、この村にもちゃんと村長さんはいるよ。高齢で外に出てこないから影薄いけど。


 ――で、話し合った結果、油は保留。収穫できる小麦をできるだけ収穫して、手間はかかるが小麦粉にして持っていくことに決まった。小麦のままよりも小麦粉にすれば量を持っていけるし、それに高く買ってくれるそうだ。ただしこれには衛生面と品質劣化の可能性という問題も出てくる。密封技術が低いし、運搬中の湿度調整もできないからねこの世界。


 そういえば小麦って名前で言ってはいるけれど、地球の小麦と同じような用途で使っているだけで、たぶん小麦のような別の物だ。

 そもそも世界が違うので同じ物だとは思えないし、この世界には季節がないので植える時期も決まっていない。一定の生育期間さえあれば収穫時期に縛られないのだ。


 小麦以外の言葉もそうなのだが、最初から頭の中で勝手に翻訳されてる感じで、翻訳される基準はわからないがまぁそんなものなのだろうと勝手に納得している。


 現在収穫可能な小麦を全部収穫し、手の空いてる村人が石臼を挽いて小麦粉にして、布袋に詰めたら、お父さんは一ヶ月を待たずにすぐに王都へと出発した。

 そしてその間に、油の増産をすることとなった。





「……やられた!! 王都の品薄を商機と見た近隣の町村がこぞって王都に売りに来て、小麦粉は品薄解消どころか供給過多になり始めてる。西大陸との交易船でも運ばれてきてるから、今回持っていった分はなんとか売れたものの、次は売っても赤字になりそうだ。他の品目はまだ品薄だけれど、この村ですぐに増産できる物は無いからなぁ。油を売りに行ったら通常営業に戻そう」


 お父さんのすぐに売りに行く、という判断は間違ってはいなかったのだが、片道3日というタイムラグの影響はそこそこ大きいようで、やはり王都から半日~一日の距離にある町村のほうがこういう時は有利だ。地理が近いというのはそれだけで武器になるなぁ。


 今生産できる植物油の目処が付き、次に生産できるようになるまでに村で使用する量と、備蓄分を見積もってから、残りの油を王都にまた売りに行く。




「鶏肉の品薄問題は解消されたようだよ。鶏肉にこだわらず、牛肉のチキンカツや豚肉のチキンカツを売り出すことで対応したそうだ」


 ブフォッ!! と私は吹き出した。すぐに咳き込んだフリをして、その場はやり過ごしたが……今なんて言った!?

 牛肉のチキンカツと豚肉のチキンカツ? チキンという単語が鶏肉と認識されてない?

 あっ!! チキンカツという単語そのものが完全な造語と認識されてるのか!!


 以前からわかってたことだけど、私はこの国の言葉、シエルクライン語を喋っているつもりでも、この世界に無い物は無意識に日本語で発しているようなのだ。季節が無いこの世界では『季節』という言葉がそもそも存在しないので、日本語になってしまう現象を院長との会話で経験済みだ。


 今回の件は、『鶏肉』という言葉がすでにあるのだから、シエルクライン語で名付けるなら『鶏肉のカツ』と言うべきだったのだろう。

 意味は同じでも異音になってしまう『チキン』では、『鶏肉』以外で当てはまる別の単語が存在しないため翻訳の対象とならず、日本語でそのまま『チキンカツ』と発音されて、聞いた人にはそれが一単語と思ってしまい、そのままそういう料理名と認識されてしまったのだろう。

 完全な憶測だけどたぶんそんな感じ。


 ……これはいまさら訂正できそうもない。

 私はなんとか「そ、それならお肉に関しては一安心だね」という言葉しか言えなかった。





 鶏肉の代用品が利用され始めたということは、他の品目でも代用品を使われる可能性や、品薄の材料を使わない料理を考案される可能性もある。

 そうなると現在は品薄の品目も、需要と供給のバランスが徐々に取れてきて、結構早めに品薄は解消されるだろうとお父さんは見込んでいるようだ。


 では次に王都へ行く時に売れる物は何か? というと、お父さんはすぐに「調理器具」という答えを出した。確かに、飲食店が大繁盛しているならば、調理器具の消耗も早くなるのは必然だ。

 あっ、今まで揚げ物料理が存在しなかったなら、揚げ物を油の中から取り出す揚げ網とか無いんじゃね? 菜箸なんて物も間違いなく存在しないし。


「お母さん、チキンカツを油から取り出す時ってどうやってるの?」

「おたまで掬って、鍋のフチで油を落とすようにしてるわね」

「……もっと使いやすい物をホコインジさんとこにお願いしてくる!!」


 というやり取りののち、鍛冶屋のホコインジさんにおたまの先が網になったような、揚げ物用の揚げ網を作ってもらった。

 チキンカツは村内でも好評で、ホコインジさんもよく食べているらしく、揚げ網の説明をしたら「そんなのがあったら確かに使いやすいな。よくそんなの思い付くな嬢ちゃんは」と、いたく気に入ってくれた。

 初めて制作する物で習作になるからと、完成した揚げ網はタダでくれた。しかし私はタダで貰うのは気が引けたので、金属加工の手伝いをしていくことにした。

 ウォータージェットの魔法はこの時に練習したわけだ。ちなみにウォータージェットはダイヤの粉末を混ぜて発動しているので、水と地の複合属性である。――魔法ってこんなこともできるんだなぁ。





「この揚げ網……今の王都でなら間違いなく売れる!!」


 揚げ網を見たお父さんはホコインジさんに量産を依頼し、他には包丁やまな板などの調理器具等をメインに王都へ売りに行った。


 結果はお父さんの読みが当たり完売。おかげで家計にだいぶ余裕が出てきたようだ。

 私の思い付きが結果的に家計の手助けになって良かった。




 ――しかし私は考えた。市場の混乱を招いたのは私のチキンカツのせいでもある。レシピを売る判断をしたのはお父さんなので、一概に私が悪いとも言えないのだが、発端が私であることに変わりはない。

 平穏な日常を送りたいなら、下手に目立つことは避けるべきだ。

 なので私は、これ以上レシピや画期的な道具を人に教えないようにしよう、と心に誓った。……のだが、お父さんの口から衝撃的な事実を聞かされた。


「すまないアニス。チキンカツや揚げ網を発明したのがうちの娘だと言い触らしてたら、揚げ網の名前がアニス網という名前で広まってしまい、最初にレシピを教えた馴染みの店が元祖アニスカツという名称で売り出し始めてしまったよ」


 ブバッ!! と私は飲み物を吹き出し、今度は本当に咳き込んでしまった。うおおおぉぉい、なんてことしてくれてんの!! ムチャクチャ目立ってんじゃん!!

 私は日本の兄に対して遊びでよくやっていた腕ひしぎ十字固めをお父さんに掛け、お父さんが本気でギブアップするまで極め続けた。

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