26.王女との話し合い
王族に刃向かうつもりがないのは宣言した通り。騎士達を拘束したのは私が殺されそうになったからで、正当防衛だ。まぁこの世界では通用しない主張な気もするけど。
場の状況が私優勢になったからといって、この先どうするかなどまったく考えていない。私はそもそも日本でもこの世界でもただの一般市民だよ!! 王族なんて、本来私なんかが相手にされるような存在じゃない!!
かといって、あのまま話を進行させるわけにもいかなかったのも事実。ひとまず、私の立場を確実なものとするため、この状況を利用するしかない。
必死で考えを巡らせて、慎重に次の言葉を紡ぐ。
「……騎士様方の縛めを解く前に、2つ条件がございます。まずはパラデシア様と院長せ……ポートマス院長の解放をお願い致します」
「当然の条件ですね。承服致しました」
すると、二人がヒュッっと喉から音を出す。王女の能力で枷が働いている間、身体がずっと緊張状態を維持させられていたのだろう。
解放された二人はぐったりとした様子で、喉をさすったり息を整えている。
「アニス、今すぐおやめなさい。早急に縛めを解き、王族に手を出した罪を認め謝罪をするのです。そうすれば、私も可能な限り処刑に至らないよう進言を……」
「ダメですパラデシア様。パラデシア様も薄々感じてると思いますけど、私には他者に言えない秘密が多すぎるのです。あのままここでその秘密を暴かれてしまうと、私の望む未来が閉ざされてしまいます」
パラデシアがこの村に来て数ヶ月経つ。さすがにそれだけ長く接していれば私の異常性が嫌でも目に付くはずだ。
そして王族に前世の記憶持ちなんてことが知られたら、それこそ利用価値アリとして取り込まれてしまうだろう。そこに私の平穏はあるかと問えば、間違いなく無いと断言できる。
院長に速攻でバレた時、私の存在を隠すからこの世界でその知識を役立たせてくれ、みたいなことを言っていたのを思い出す。院長の提案は私の身をきちんと案じた、優しい提案だったのだと今なら実感できる。まぁ、今でもその提案に乗る気はないけどね。
「解放致しました。もう一つの条件をお教え願いますでしょうか?」
「もう一つの条件は……王女殿下、右腕をこちらに向けてもらえますか?」
周りに緊張が走る。爆弾が巻き付いた腕を、付けた犯人に差し出せと言っているのに等しいのだ。そんな雰囲気を感じつつも私は無視して「ジュエルクリエイト」と魔法を放つ。
虚空から出現した宝石は鎖状。その鎖は私の左腕に巻き付き、そこから伸びた鎖は王女に巻き付く鎖と繋がる。もちろん、王女に巻き付く魔石の鎖が、万が一にも飽和しないよう細心の注意を払って。
そして、私の腕に巻き付く宝石の鎖にも魔力を注入すると、魔石の鎖で王女と私とおじいさんが繋がったことになる。……おじいさんは繋がってなくてもいいので、おじいさんに繋がるダイヤでできた鎖の魔石から一部の魔力を私に戻す。
ダイヤは切断には強いが衝撃には弱いので、風のハンマーで叩くイメージを浮かべながら「インパクト」と魔法を放ち、その鎖を粉砕。
あ、おじいさんに魔石の魔力を取り出されたら意味ない!! と今更思ったけど、すぐに大丈夫だろうと考えを改める。
王女一行は私が魔導師級だと思ってここに来たのだから、それに対抗しうる戦力として魔導師を連れてきたはずだ。つまりこのおじいさんは間違いなく魔導師。
そして魔導師は豊富な魔力を内包しているため魔力枯渇に陥る状況がほぼ無く、ゆえに魔石から魔力を取り出す必要がないので、魔石を作る術は知っていても己に魔力を取り込む術を知らない、と習った。
おじいさんが何もせず大人しくしてるのだから、間違いないのだろう。
私は周りの様子を窺う。……大体の人が驚愕の表情を浮かべていた。私の宝石生成は非常識だし、それを自身の腕に巻きつけて、爆弾と化した魔石で自身と王女を繋げるなど、周りから見れば酔狂以外の何物でもない。
「これで、王女殿下と私は一蓮托生ですね。2つ目の条件、私も王女殿下にこの命を預けます」
王女もまた、他の人と同じように驚愕の表情を浮かべている。私の行動が理解できないのだろう。
「何故……このようなことをなさったのですか? 身の安全を欲する貴女がこれでは、貴女の身がまた危険になるのではないのですか?」
「逆です王女殿下。王女殿下の臣下から私の身を守るには、王女殿下と共にいるのが一番安全だと判断したのです」
これで、騎士達から迂闊に攻撃されることもない。王女も私の言に一理あると納得してくれる。
さて、王女は条件を受け入れてくれたのだから、私は騎士達の鎖を解かねばならない。
練習無しの即席イメージで騎士達の剣を鎖状に変化できたのだから、そのまま鎖の形状を破壊するイメージを……うむむ、鎧とかが同じ素材だったら、そっちにまで影響が出そうな気がしてきた。現に、騎士の中には剣だけでなく籠手の一部分が鎖に変化している者もいる。私のイメージ範囲がしっかりできていなかったためだ。
破壊イメージが不十分だと、鎧が変形して胸部圧迫、なんてことになりかねない。……籠手の変化で騎士の指とか変な方向に曲がってたりしてないよね? ――してないね、よし。
鎖を直接操作するよりも、外的要因で鎖を外したほうが簡単そうだ。金属の鎖を外す……手作業でちまちまと解いていくというのは無しだな。外した瞬間、騎士に何をされるかわからない。王女の身柄があるのでそんな愚かなことはしないとは思うが、絶対にないとは言い切れない。
あとは……熱して急速に冷やせば亀裂とか入って割れるんだっけ? だがこれも却下だ。人体の側でそんな加熱と冷却をおこなうわけにはいかない。
鎖を切るか? しかし金属を切るとなると……あっ、身近な物質を使って切る技術には一つ思い当たる。鍛冶屋のホコインジさんの所で練習させてもらった、うってつけの魔法がある。
繋がった鎖で行動範囲が狭まっているため、私は王女に近付いてもらい、一緒に騎士の一人が見える位置に移動し、狙いを定めて魔法を詠唱。
「鎖を切るので絶対に身動きしないでください。……ウォータージェット!!」
超高圧で噴射する水を鎖のすぐ近くに出現させ、鎖を切断する。人体に当たったら大変なので、神経を集中して一人、もう一人と鎖の縛めから解き放っていく。
魔導師のおじいさんはそのままだ。王女の要求におじいさんの解放は入っていなかったので。
「はぁ……王女殿下、騎士様方の縛めは解きました。それでは改めて交渉……いえ、お話し合いを致しませんか?」
額から汗が滲み出る。王女がここに来てから時間はそんなに経っていないはずだが、私としてはずっと緊張の連続で、ぶっちゃけ精神的に限界だ。かといって、まだこの緊張感を解ける状況ではない。
「お話し合い……そうですね。貴女は身の安全が保証されない限り、この鎖を解いてくださらないのですものね」
王女が右腕を軽く上げながらふふっと微笑む。そこには先ほどまであった恐れの感情が無くなっていた。――あっ、私が最初から、誰にも危害を加えるつもりがないのを悟られたっぽい。
お互い座り直し、王女様も私もお茶を一口飲んで喉を潤す。
「貴女の魔法の腕は拝見致しました。その見事な腕前を持って、アニス・アネス、わたくしは貴女を王家直属の魔導師として迎え入れたいと思っております。そしてわたくしの権限を用いて、貴女の身の安全を保証すると誓いましょう」
「そのご提案は非常に光栄なことではありますが、それは私の望むものではございません。失礼に当たるのは承知の上で、お断りさせていただきたく存じます」
断られるとは露ほどに思っていなかったのか、王女が再び驚きの表情を浮かべる。
「娘……!! ルナルティエ様の慈悲を無下にするなど――」
「黙れ、とわたくしは先程言わなかったかしら? わたくしの命令を聞けぬ者などわたくしには不要です。この小さき魔導師に敵意を向ける者も要りません。騎士は全員、この場から立ち去りなさい!!」
「ルナルティエ様!! その命令は承服できません!! これ以上御身を危険に晒すなど――」
「三度も命令をしなければ、わたくしの騎士は従ってくださらないのかしら? 我が国の騎士も質が落ちたものですね」
王女は頬に手を当て、あからさまに困った様子を見せつける。その目には、明確に怒りの色が見えていた。
あれ? 王女様、身の安全を確保するために騎士の解放を望んだんじゃなかったの? 部屋から排除したら、騎士を解放した意味が無くなるよ? よくわからないけど、一つ言えるのは彼らの今後の進退はだいぶ暗いものになりそうだということだ。
騎士達は王女の命令に逆らうわけにはいかず、渋々と部屋を出た。この部屋に残ったのは、鎖で繋がった私と王女、どうすることもできずに状況を見守るしかないパラデシアと院長、そしてビクビクと震えている侍女二人、あと魔石の鎖で床に転がった魔導師のおじいさんと、壁のインテリアと化してるバントロッケさん。……なんで連れてきたんだろう?
「我が臣下によって中断させてしまい、失礼致しました。それで、わたくしの提案を受け入れられない理由は仰っていただけるのでしょうか? 平民が魔導師として王家に仕えるとなれば、これ以上の名誉はございません。富も名声も、貴女の望む平穏も手に入れることができるはずですよ?」
「恐れながら王女殿下、私の秘密の一つに、魔力感知ができない、という事情がございます。魔術士以上の使い手は、この魔力感知を駆使して他者の魔法に対処する、と聞いておりますが、私にはその事情によって対処する術を持ち合わせていないのです」
今までの会話には出てこなかったが、魔力感知ができない事情は知っておいてもらわないといけない。
魔導師級であるにも関わらず魔力感知ができないことで、どういう扱いになるかわからないと聞かされている。
ならば先に話しておいて、王族がどう考えるかを知っておく必要がある。
同時に弱点を晒すことになるが、王家に敵対しないという意思表示も兼ねているので、これは必要経費と考えておこう。
「王家に仕えることになった場合、私のような平民が、魔導師として取り立てられたことを面白く思わない者も出てくるでしょう。もしその存在が魔術士で、先程の騎士様方と同様に敵意を向けられ、そして攻撃されたなら、私は対処できずに容易く殺されます。王女殿下がいくら身の安全を保証すると宣言されても、直接的な手段を取られると意味がないのです」
王女はそれを聞いてしばらく考え込む。
ふと、魔導師のおじいさんが鎖の巻き付いていない、右肘から先をひらひらと動かしているのに気付いた。なんか言いたいことがあるってことだろうか?
私の視線で王女もそれに気が付き「もし貴女が許してくださるのであれば、彼の縛めも解いていただけませんか」と許可を求めてきたため、私はそれに頷いた。今の状況なら、魔導師のおじいさんも手を出すメリットはないとわかっているだろうし。
まずは鎖の魔力を私に戻し、さっきと同じ要領でダイヤの鎖を粉砕する。おじいさんに衝撃が伝わるのを避けるため、鎖だけを上下から同時にハンマーで叩くようなイメージでやった。
「ふぅ……、まさか10にも満たない幼子に遅れを取るとは、儂は魔導師失格ですな。姫様、如何様にも処分を言い渡しくださいませ。どのような処分であろうと、謹んでお受け致します」
「ハーンライド、その件はのちほど改めて言い渡します。まずは、ハーンライドの言いたいことを聞きましょう。それで構いませんか? 小さき魔導師様」
なんか王女の態度が若干軟化してるな……。まぁ、警戒されっぱなしよりマシだと思っておこう。
私は頷いて、ハーンライドと呼ばれた魔導師の発言を許可する。
「まずは先に、貴殿の魔法技術、とりわけその発想力には感服致しました。色々とお話を伺いたいところですが、それは次の機会と致しましょう。それでわたくしめの提案でございますが、先に確認事項として、姫様と致しましては、昨今の魔導師不足を少しでも解消するため、アニス殿を王家の直属として取り込みたい、と」
「……そうですね。他にいくつかの理由はありますが、一番の目的はそれで間違いありません」
「アニス殿は王家直属となった場合、周りの妬み嫉みから身を守る術がなく、高確率で身に危険が起こるため受け入れられない。そして我々には計り知れぬ秘密を抱えているため、その秘密を探る者は例え王族であっても対立せざるを得ない、と」
……他人の口から現状を改めて聞くと、私の存在って結構ヤバいな。危険因子と認定されたら本気で消されかねないぞこれ。
「概ね間違いありません」
「ふむ、では今は取り込むのを諦めて、アニス殿には姫様が昔から欲していた存在になっていただくのが一番ではないでしょうか?」
王女が昔から欲していた存在? なんだそれは? 私は意味がわからないという表情を浮かべていると、王女はパァ!! と表情を明るくし、私の両手をとってこう言った。
「アニス!! わたくし達はこれからお友達になりましょう!! わたくしの初めてのお友達です!!」
……この王女様、まさかのボッチだった!!




