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25.抵抗

 これも魔法の一種なのか? しかし私の知る魔法は、物質に対し物理的に干渉するだけものだ。エレキボディのように自分自身は例外だが、他の生物に直接的な干渉はできない。しかしこれは生物に直接、しかも精神的な枷を与えるような使い方で、私の知る魔法とはかけ離れている。魔法とは違う別の能力という可能性も十分にある。

 私が必死に抗いながら思考を巡らせていると、院長が目を見開いたまま口を何度か開け閉めしたかと思うと「嘘をつかぬと誓います」と言葉を発した。口調はいつも通りだが、その目は明らかに狼狽していた。信じられないという風に目を自分の口元へ向けている。完全に己の意志とは無関係に言わされているようだ。


「ではまずポートマスに問いましょう。そこの娘アニスは、本当に魔導師級の魔力を内包しているのですか?」

「魔導師級の魔力を使う場を直接見たわけではありませんが、ほぼ間違いないと思われます」


 私が魔導師級の魔力を放ったと言われる場面は、魔物に雷を落としたその一度きりだ。私自身その時の記憶が無いので、その現場を知っているのはパラデシアただ一人である。

 そして、院長の発言で確信を得た。言わされている、という様子から王女が相手の言葉を意のままに操っている可能性を考えていたが、それは無くなった。

 王女の能力は相手から嘘偽りのない発言を引き出す、というもので間違いないだろう。私に魔導師級の魔力があることはほぼ確定しているのだから、意のままに操れるなら先程の質問で院長に「あります」と言わせればそれで終わりだったはずだ。


「次はパラデシアに問いましょう。貴女も誓ってくれますよね?」

「はい。嘘はつかぬと誓います」


 パラデシアも目を見開いたまま、そして普段の口調でそう答える。


「貴女はその場に居たのですよね? アニスが放った魔導師級の魔法はどのようなものだったのですか?」

「……晴れ渡る空の上から雷――神の怒りを直接魔物へと落としました。直撃を受けた魔物は、瞬時に焼け焦げた肉塊へと変貌しました」


 ぐっ、私が雷を操れることが完全に知られてしまった……。


 だが同時に私は、おや? と疑問符を浮かべた。私が聞いた話とは違っている。違っているというか説明が足りない。雷を落とす前に宝石の槍が魔物を貫いているし、魔物はその時点で死んでいると聞いている。雷を落としたあと、雷の魔力が突き刺さった宝石を伝導して飽和し、爆散したとも。

 今の説明だけだと、雷を受けて魔物を殺した、という話にしかならない。……いや、王女の質問内容には確かに答えているのか。魔導師級の魔法は雷だけなのだから。


 ――王女の質問内容と、こちらの言葉選びによっては致命的な言動を避けられるのかも?


「それではアニス本人にも聞きましょう。貴女も嘘をつかぬと誓いますね?」


 未知の強制力が強くなる。誓います、という言葉が口から出てきそうなのを必死に堪えるが、その言葉を発すれば楽になる、という誘惑も内から湧き上がってくる。

 しかしここで誘惑に負ければ、平穏を望む私の未来が完全に閉ざされる気がした。私は必死に抗って、嫌だ!! という気持ちを膨れ上がらせる。


 私の中で何かがパンっ!! と弾け飛んだ。


 そして私はこう口にする。


「……嘘をつかぬと誓います」


 私は抵抗虚しく王女の能力に敗北――せずに勝利してしまった。理屈はわからないが、王女の強制力に打ち勝ったのだ。

 私の発した言葉は言わされたのではなく自分で言った。今はまだ従順なフリをしたほうが良いと思ったからだ。

 しかし一つ懸念がある。私が王女の強制力を解いたことが、王女の能力で知られる可能性があるのだ。王女の能力に、強制している状況を確認できる何らかの術があれば、私の従ったフリは無意味となる。


「よろしい。では、貴女の放った魔法は雷で間違いないのですね?」


 王女は――特に疑問を浮かべた様子はなく話を続けた。私が王女の強制力を排除したことに気付いていない。ひとまず安心だ。


「私にはその時の記憶がございません。私はあの時、恐怖により感情の制御ができず、気付いた時には魔物が死んでいたのです。なので、私自身には雷の魔法を使ったという確証を持ち合わせておりません」


 なるべく嘘を言わないように、だけども言葉を慎重に選んで返答する。下手に嘘をつくと、横の二人との証言にすれ違いがあった場合、確実に状況が悪くなる。


「それは、感情の昂ぶりによって発動する魔法の暴走……というものですね? パラデシア、アニスの証言に間違いはございませんね?」

「はい。間違いありません」


 パラデシアが目を見開いたまま私を一瞥する。私が落ち着き払って返答している様子に気付いたようだ。


「そうですか……。ではポートマス、アニスは他にどのような魔法を使うことができるのか、詳しく教えてくださらないかしら?」


 ……マズい!! その質問は完全に爆弾だ!! 院長に答えさせるわけにはいかない!!


「王女殿下、発言をお許しください。その質問には私が直接、お答え致します」


 咄嗟にそう言って院長が発言するのを防ぐ。だがこれは悪手だった。


 王女の目がすぅっと細められ「わたくしはポートマスに質問したのですけれど、何故貴女が答えようとしているのですか?」と、ほんの僅かに声を低くして私を睨む。

 どうやら王女の能力が支配している場で、王女が指名した回答者以外が口を開く、という状況は初めてのことらしく、異常事態だと察した騎士達が抜剣した。


 この部屋の視線が私に集中し、驚愕、心配、警戒、殺気、様々な感情が私に突き刺さる。


 私は恐怖した。これ以上下手をすると斬り殺される。死が近い。……またしても、死が近付いている。


 ――だが同時に、こんなに短期間に何度も死に直面していると、嫌でもちょっと慣れてきた。ましてや今回の相手は人間だ。いきなり誘拐殺人されたり、全く話の通じない魔物や、原因不明の身体の不調などではない。それらに比べたらまだやりようはあるはずだ。

 ……なんか今までのこと考えてたら、なかなか理不尽な運命の連続に若干の怒りが湧いてきた。


 私は深呼吸し、私は王女に向かってこう言った。


「王女殿下並びに騎士様方、すでにお察しかとは存じますが、王女殿下の能力は私には効いておりません。しかしだからといって、私は王族に刃向かうなどという愚かな考えがあるわけではございません。王族が望むなら、王族の利益になることも致しましょう。しかし王族が望むように、私にも望む物がございます」


 最大限の警戒心を顕にしながら、値踏みするように私を見る王女。


「それはどのような物なのですか?」

「平穏でございます。王女殿下のなさろうとしたご質問は、私の平穏を脅かすに値すると、私は感じたのです」


 私の嘘偽りのない返答。同時に、王女への口答え。騎士の殺気が増した。


「娘、これ以上の無礼は王族への侮辱である。到底許されるものではない!!」


 私の後ろにいる騎士が剣を振り上げようとしているのを肌で感じた。私は咄嗟に「アイアンチェーン!!」と、事前にイメージを固めていた魔法を詠唱する。

 次の瞬間、部屋にいる騎士達の持つ剣が変形し、鎖状になって騎士本人に絡みつく。身動きの取れなくなった騎士達は立っていられずにバタバタと倒れた。

 ――魔法とは周りの環境に左右される。地属性は特に、地に関する物を操作することに特化したものだ。鉄はもともと鉱石であり、剣という形になっても鉄は鉄。それが周りにあるのだから、魔法で操作できてもおかしくはない。

 一か八かの賭けではあったし、もし失敗してたら高確率で死んでいたので物凄くヒヤッとしたけど、成功してよかった。念の為イメージに青銅や鋼辺りも範囲に入れていたので、漏れはないはずだ。


 騎士を無力化することに成功はしたが、油断はできない。すぐさま「ジュエルチェーン!!」と唱え、魔導師らしきおじいさんが持っている、杖の宝石を鎖に変形させて巻き付ける。向こうも魔法を唱えようとしていたが間一髪、宝石の鎖で口を塞いで詠唱は阻止した。

 ついでに宝石の鎖に魔力を込めて、個々の鎖を魔石化させる。おじいさんに巻き付いた鎖が淡い光を放つ。


「魔法でどうにかしようと思わないでください。その宝石の鎖には飽和寸前まで魔力を込めましたので、下手なことをすると王女殿下もろともこの部屋が爆散しますよ」


 私はそう言って脅す。ただし、魔力は確かに込めたが飽和寸前までというのは嘘だ。何かの拍子で本当に爆散したら困るので。


 そして、その脅しが決まり手となった。侍女が取り乱してお盆を落とす音が聞こえたが、それ以降は静寂が場を支配した。

 誰もが動くことを躊躇い、言葉を発することも許されない雰囲気となり、沈黙が続く。


 そしてその沈黙を最初に破ったのは、王女だった。


「……貴女は、わたくしを脅そうというのですか?」


 その声色には少々の恐怖が籠もっていたが、負けまいとする強い芯も感じた。守ってくれる臣下に頼れなくなり、己の身一つでこの状況を打開せねばならなくなったのだ。王族という立場を鑑みて、覚悟を決めているのだろう。


「脅すつもりはありません。私の望みは先程も言った通り、平穏です。しかし、このような状況になったのは私の身が危険になったためであり、正当な防衛だと主張します。そもそもこの身に危険が迫らなければ、このような状況にするつもりもありませんでした」


 王女はその言葉を聞いて、少しの間考え込む。丁度良いので、私も対応のパターンをいくつか考えておくことにする。


「――貴女に脅すつもりがないのであれば、騎士達の縛めを解いてくださらないかしら?」

「確実な身の安全が保証されるのであれば」


 予想していたパターンの一つが来た。今の王女は完全に無防備な状態だ。身を守る手段を真っ先に手に入れたいと思うのはおかしなことではない。

 王女は少し逡巡したかと思うと、左右を見渡して、宝石の鎖で身動きの取れなくなったおじいさんの元に行き、手を伸ばす。

 すると、宝石の鎖の端を解き、自身の右腕に巻き付け始めた。


 私を含む部屋の全員が驚いていると「これなら貴女も安心でしょう? 私の命を貴女に預けます。ですから騎士達の解放をお願い致します」と言いながら、右手を胸に、左手でスカートを摘んで跪いた。

 王女様が平民の私に、だ。


「ルナルティエ様!! 王族がそのような者に、ましてや跪くなどあってはなりません!! すぐにこの縛めを解き、その者の首を――」

「黙りなさい!! わたくしの不用意な言動と、貴方の軽率な行動がこの事態を引き起こしていると自覚なさい!!」


 私に斬りかかろうとした騎士に王女が一喝。騎士は「……申し訳ございません」との言葉を絞り出して押し黙る。


 さて、一瞬一瞬がかなり綱渡りではあったが、なんとか私が優勢だという状況に持っていけた。

 場を進めるために次は私が言葉を発するべきだが、その前に心の中で声を大にして言いたいことがある。



 どうしてこうなった!!

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