23.王宮語
チキンカツを食べて始めてから数ヶ月。
予定通り徐々に普通の肉に切り替えて、今では問題なくお肉を食べれるようになった。なんとかトラウマ克服!! ……いやまぁ生死に関わるから必死にもなるよ。
ついでに8歳になった!! 誕生日プレゼントみたいな習慣はこっちにはないけど、食事は豪勢だった。無事に一年を過ごせたことに感謝し、そしてまた一年無事に過ごせるように、みたいな意味合いが豪勢な食事にあるらしい。
そうそう、以前声の大きさで魔法の飛距離が伸びるんじゃないか? と疑問に思ったきり今まですっかり忘れてたんだけど、聞いてみたらビンゴだった。
ただしそれは魔術士級の魔法を放つ場合で、魔法使い級の人が放つ魔法はどう頑張っても自分の周囲のみ、魔導師級の魔法なら視界の範囲内であれば発動できるとのこと。
……以前亜人さん達が来た時に室内で雹を降らせるイメージしたけど、あの時もし発動してたらどうなったんだろう? と疑問を口にしてみたら、室内で氷が降り注ぐと言われた。危ない危ない。
「ポートマス院長による外国語の習得は順調のようですね。私はダルストリエ語がかろうじて話せる程度ですから、私も一緒に習おうかしら?」
左腕の怪我も癒えすっかり回復したパラデシアのある日の授業。腰に差した新しい杖の宝石を軽く撫でながらパラデシアはそう呟いた。
ダルストリエ語とは主に北方で使われている言語だ。院長に習った。
……ただ、私がダルストリエ語を含む他の外国語を習う過程で、私の言語習得能力が異常だということが判明した。はっきりいって順調などというレベルではない。
国語――シエルクライン語はだいたい覚えたので、院長が知ってるいくつかの外国語の習得に入ったのだけれど、最初は特に問題なかった。
だが、一度見た単語、聞いた単語、文章の作り方などが、二度目には完璧に頭に入っているのだ。まるで、今まで忘れてただけで覚え直したら思い出した、という感じに。
さすがに私も気味が悪くなる。英語の成績なんて酷いものだったから、こんな簡単に外国語を覚えられるはずがない。
前世を思い返しても原因はわからないし、今のところメリットしかないのでとりあえず受け入れることにした。
「――魔法学園入学までにいくつか予習しておきたいことはあるのですけれど、言語習得が早いなら先に王宮語を覚えてもらいましょうか。万が一魔導師級だと知られた場合、王族や貴族と関わり合いになるのは確実ですし」
「……パラデシア様、それフラグです」
「フラグ?」
「いえ、何でもありません」
王宮語とは、簡単に言えば尊敬語や謙譲語みたいな、いわゆる敬語だ。
パラデシアと初めて会った時などの、丁寧な言い回しが必要だと思った場面でなんとなく使っていたけれど、それが王宮語と呼ばれるものだというのは最近知った。
普通ならば片田舎の平民が王宮語を何故知っているのか? という疑問が出てきてもおかしくないはずだが、たぶん院長が教えていたということになっているのだろう。院長が事前にそういうことにしたのか、パラデシアが勝手にそう思っているのかは知らないが。
当然、私は王宮語なんてものは教えられていない。
まぁ日本社会では敬語を使う場面なんていくらでもあるわけだし、言い回しがわかれば使うのはそれほど難しくはない。
しかし、日本人だった私が特殊すぎるだけで、普通の平民は王宮語に馴染みなど無い。平民が王宮語を習得するとなると相当に苦労するはずだ。
「平民魔導師が王宮語を覚えるメリットはなんですか? 平民が王宮語を使えないなんてことは貴族もわかっているはずですから、覚えるメリット、覚えない場合のデメリットがあるってことですよね」
「端的に言えば侮られないため、ですわね。貴族の中には当然平民を下に見ている者もいますので、わざと王宮語特有の言い回しをして、平民にはそれがわからないということを知っていながら侮蔑します。最悪の場合、特有の言い回しが理解できないことを利用して死地に送り込み、死んだら『これだから平民は……』と命をいたずらに弄ぶ輩も過去にはいたようです」
……貴族社会怖っ! そんな所絶対に行きたくないんだけど!
「王宮語を習得できなくても、貴族の後ろ盾があればその貴族が対応する、ということもできるのですけど、貴女はすでにある程度の王宮語を話せているでしょう? 私が貴女の後ろ盾になるのはやぶさかではないのですけど、貴女自身が対応できる力を身に付ければ、私が対応できない状況になっても問題ないでしょう。そのうえで上位貴族である私の後ろ盾があれば、そう簡単に悪意に晒されることもないはずです」
なんか凄いこと言い出した。私はパラデシアにそこまで恩義を感じさせることをした記憶がない。パラデシアは私を命の恩人だと言うが、当の私はその時の記憶が恐怖で飛んでいるのだ。
とはいえ、パラデシアの申し出は本当にありがたいので素直に喜んでおく。――だが。
「そのお心遣いは大変ありがたいのですけど、それ全部私が魔導師級とバレた場合の話ですよね? 私としては魔術士級を貫き通すつもりですから、あんまり脅さないでくださいよ……」
「あら? これは『木鼠の貯食』ですよ?」
……ん? 木鼠の、チョショク? なんでいきなりそんな言葉が出てくるの?
「――もしかしてそれが貴族特有の言い回し、ですか?」
「そうです。木鼠は木の実などを地面などに埋めて、いざという時の蓄えにしています。転じて、状況の変化に備える、といった意味で使われます。そういった特有の言い回しも含めて、王宮語なのですよ」
ことわざだと『備えあれば憂いなし』といったところか? 確かにこれは教えられないとわからない……!!
その後、私の基本的な王宮語の扱いに間違いがないかをある程度確認し、それから貴族特有の言い回しをいくつか習っていく。
『吠えるよりもさえずるほうが美しい』とか、『蛙の飛び込み』とか、なんだか動物に由来するものが多い感じがした。
ちなみに前者の意味は、感情的になるのはみっともなく、冷静な物言いをしたほうが人も寄って来やすいという意味で、後者は蛙が着水する時は水しぶきをほとんど出さずに波紋だけを広げることから、少ない労力で大きな効果を発揮するといった意味だそうだ。
……そのままだとあまりにも覚えにくいので、とりあえず『負け犬の遠吠え』と『一石二鳥』辺りの言葉と関連付けて覚えるようにした。
そんな感じで授業を進めていると、ノックの音がした。パラデシアが返事をする前に扉が開き、血相を変えた院長が余裕のない様子で部屋に入ってきた。
「二人とも、緊急事態です。先程王都の兵が先触れとしてこの村に来ました。まもなく第2王女が来られるそうです」
「無垢姫が……ですか!?」
……は? 王族が来村? 今年は千客万来ダネ。
「えーと、何が起こってるんですかね?」
「訪問理由は説明されていません。ですが第2王女が来られるということは、それだけ大変な事態が起こっているということです。この村で大変な事態と言えることなど、一つしか無いでしょう」
……ぎゃー! どう考えても私だ!
ちょっとした冗談でフラグとか口走っただけなのに、そんなに早くフラク回収しなくてもいいよ! っていうかそもそも備える前に憂いが来ちゃったよ!
「私の存在がバレて、その無垢姫って王族が来るほどのことになったってことですよね。無垢姫っていうのは……?」
「そのままの意味で純真無垢な王女様……というのは表向きの顔ですね。ですが裏の顔、対面した相手は嘘がつけないほど無垢になる、と言われていて、主要な外交を一手に引き受けています。彼女の外交手腕には他国でも恐れられているほどなのですよ」
つまり、どんなに嘘をつこうとしても見抜かれ、口先だけで回避できるような相手ではないということか。
あれ? 私詰んでない?




