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21.お肉の重要性

 まさか肉が食べれなくなるなんて考えもしなかった。だがなってしまったものは仕方がない。

 肉を見るのも、焼けた香りすらも拒絶反応を示すようなってしまったので、お母さんが気を利かせて肉を使っていない料理を別に作ってくれるようになった。

 しかしこの国ではお肉は欠かせない主食なので、両親は食べる必要がある。そのため私の食事は自室に運んでもらうことになり、同じ食卓を囲むことが無くなってしまった。寂しい。


 前世でも菜食主義とかいたし、まぁ肉食べれなくても大丈夫だろうと楽観的に考えていたけれど、そうも言っていられないほど事態は急変する。

 食べれなくなって二~三日は問題なかった。しかし四日目から物凄くダルくなってきたのだ。色々あったし疲れが遅れて出てきたのかな? 程度に最初は思っていたのだが、日に日に体力が無くなっていき、少し歩くだけで息切れしはじめる始末。


 そして、最終的にベッドから動けなくなってしまった。


 おじいちゃん先生の診察で栄養失調と言われて私は耳を疑った。だって、お肉以外はバクバク食べていたのだ。こんな短期間で栄養失調になるなんてあまりにもおかしい。

 しかし現実に問題が発生している。


 このままでは死ぬ。この前魔物に殺されかけたのに、こんな立て続けに死に直面するとか勘弁してほしい。とはいえ嘆いていても解決しない。

 死ぬよりはマシだ、と無理矢理肉を食ってみたのだが、食べたそばから吐き出してしまう。私の意思とは関係無しに、精神が身体を使って拒絶する。嘔吐でさらに体力を消耗し、悪循環に陥る。


 私は一つの仮説を立てた。この世界のこの身体、地球の人間と見た目は同じ特徴をしているけれど、内部構造は全然違うのではないだろうか? 魔法が使える世界だし。

 牛が草ばかり食べるように、ライオンが肉ばかり食べるように、この世界の人間は雑食ではあるけど、限りなく肉食に近い食性なのではないだろうか?

 つまり、活動に必要な栄養の大半を肉から摂取している。野菜などは補助的な物であって、必須ではない。肉以外では必須栄養素を賄えないのだ。栄養学とか詳しくないけど、そういう風に考えれば今の状況も納得もできる。


 ……まぁ納得できたところで事態が好転するわけではないのだけれど。





 日を追うごとに悪化する私の容態を見かねたお父さんが、急遽また王都へと向かっていった。解決できそうな医者を探しにいったのだ。

 お父さんの馬車にパラデシアも同行する。彼女は彼女で伝手を使って探してくれるそうだ。


 ――が、どちらも結果は芳しくなかった。


 一応、王都で優秀なお医者さんの弟子、という三人が村に来てくれたのだが、速攻で匙を投げられた。いや、彼らは彼らで親身になって診てくれたのだが、解決策を見出だせずにいるのだ。


 そして状況は好転せぬまま、私の死が近付いていく。





「――えっ、あの三人っておじいちゃん先生の押しかけ弟子なんですか?」

「ええ、そのようです。この村で診療所を開く前は、王都で医学界を牽引するほど優秀な医者だったそうです。年齢を理由にこの村に隠退してきたそうなのですが、彼を慕う者にとうとう場所を突き止められた、と愚痴を言っていましたね」

「となるとこの村の医者後継問題も解決ですね」


 ある日、お見舞いに来てくれた院長と他愛のない世間話をする。


 接触した医者の中に、この村唯一の医者であるおじいちゃん先生の元教え子がおり、話を聞いたその人が自分の弟子の中でも優秀な三人をこの村に向かわせた、という経緯らしい。

 結構な年齢であるおじいちゃん先生が万が一亡くなってしまったら、この村に医者がいなくなる。彼らがこの村にとどまってくれるなら、今後も安心というわけだ。

 彼らに課せられた目的は、おじいちゃん先生から医学をきっちり学んでくること。そして押しかけ先のおじいちゃん先生から出された最初の課題は私の容態改善なのだそうだ。……まぁ無理だったわけだけど。


 やつれた身体でなんとか笑顔を作り、院長の話に受け答えする。それがわかっているのか、院長は悲痛な表情を浮かべた。


「このまま時間が流れていいはずがありません。何か、貴女の知識で解決できそうな物はないのですか?」

「そう言われても……肉を見るのも嗅ぐのも身体が受け付けないですし……」

「肉の匂いも形状も隠す料理、というのもありませんか?」


 そう言われて考える。この家で出てくる料理で、肉が見えない料理というのは見たことがない。そういう料理法がまだないのだろう。

 では前世の料理はどうか? 肉を隠す、中に入れる、包み込む……カツとか天ぷら? 揚げ物系が思い浮かんだ。そういえばこの世界で揚げ物って見たこと無いな。

 お肉の断面も見たくはないので、豚カツのような平たいのは駄目だ。一口サイズが良いかもしれない。臭み消しなら香辛料とかハーブか? お酒に漬け込むのも良いんだっけ?

 そこから導き出される物は――。


「一口チキンカツ?」


 前世ではお母さんの料理の手伝いを少ししていたけれど、私は料理そのものはあまり得意ではない。とはいえ一応、チキンカツなら調理法は覚えてる。


「何か案が浮かんだようですね。それはどういう料理ですか?」

「一口大の鶏肉に小麦粉、溶き卵、パン粉を……あ、パン粉が存在しませんね。乾燥したパンを粉々にした物で……これ、口で言うよりも一通りレシピを書いたほうが良いかもしれませんね。ちょっと待ってください」


 私はベッド脇のテーブルに置いてある木札とペンに手を伸ばし……持ち上げられなかった。


「私が書くので無理はしないでください。インク壺もお借りしますよ」


 体勢を変えただけで力尽き、ゼイゼイと荒く呼吸する私を院長は楽な姿勢に戻してくれる。他人の手を借りないと体勢すら変えるのも厳しくなってくるとは、本当にヤバいな私の身体。

 私が少し落ち着いたところで、覚えているレシピを口頭で伝え、院長に書いていってもらう。


 まずは材料。

 一口大の鶏肉、小麦粉、溶き卵、パン粉、揚げ油。最低限これだけあれば大丈夫……だと思う。


 次に下準備。

 鶏肉の臭み取りは塩を揉み込むとか熱湯とかもあったと思うけど、酒に漬け込むのが一番楽な気がする。

 パン粉はこの世界で見たこと無いので作る必要がある。といってもパンがあればパン粉になるので難しいことはない。魔法で乾燥させて粉砕すれば完了だ。

 油は鶏肉が浸かるくらいの量を熱する。温度確認は……衣がすぐに浮き上がってくるくらいだったっけ? パン粉なら全体に広がれば揚げ物ができる温度だったはず。


 そして調理。

 鶏肉に小麦粉をまぶして、溶き卵をくぐらせ、まんべんなくパン粉を付けて油に投入。きつね色……と言ってもたぶん伝わらない気がするので、鮮やかな茶色になったら油から上げると伝える。


 これで一口チキンカツ完成!! あとはカツ系料理に万能なとんかつソースを……無いじゃん!!  この世界にそんなソース存在しないよ!! 味付けどうしよう? トマトソース? 塩? 先に鶏肉に塩コショウを揉み込むか? チーズと一緒に揚げればそのままでイケるか?


 などと考えていると不意に院長が軽く笑った。えぇい何がおかしい!?


「いえ、貴女は今お肉のことを考えているはずなのに拒否反応を示さず、感情豊かに表情を変えている様を久々に見ましたので。もしかしてお肉への拒否感が薄れているのですか?」


 言われて気付く。確かに私は今、バッチリお肉のことを考えていた。なんなら頭の中で調理風景を思い出してすらいた。調理風景の中のお肉への拒否感は無い。

 かといって、森の魔物のあのグロテスクな場面を少しでも思い出せば吐きそうになるし、料理で出てくる焼けた肉を見るのも、ニオイを思い出すのも嫌だ。


 この違いはなんだ? チキンカツも肉料理という点で違いはない。何なら調理前の鶏肉は生なぶん、グロテスクな場面を思い出すきっかけになってもおかしくないはずなのだが。

 しばらく相違点を探して、私は一つの結論に至る。


「小野紫の記憶……いや、精神?」

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