20.トラウマ
目を開けると知らない天井……じゃなかった。知ってる天井だった。猪の時に気絶して寝かされてた精霊院の客室だねここ。
のそりと上体を起こし、グーパーしたり肩を回したりして、体に異常が無いことを確認する。そしてなんで寝かされてたのかを思い返して――吐き気を催した。
そうだ。私は魔物退治に同行して、気付いたら魔物がグロテスクな状態になっていたのだ。私がやったのか、パラデシアがやられながらも渾身の一撃を放ったのか。今まで見聞きしてきた物語の展開的には前者の可能性が高そう。あんまり考えたくないけど。
吐きたくはないのでこみ上げてくるものを無理やり飲み込み、別のことを考える。
すぐに頭に浮かんだのは、パラデシアや院長、村の狩人や駐在兵の安否だ。
魔術士として日常的に魔物退治をおこなっているはずであろうパラデシアが、速攻でやられたのである。他のみんなは果たして無事なのか? あんな魔物がいる森の中を探索しに行った、亜人さん達の安否も気になってきた。
……いや、もしかしたら大口叩いてるだけで、パラデシアの実力はそんなに高くないという可能性もある。実際、私がパラデシアの実戦的な動きを見たのはカリエンデルブに対してが初めてだ。
とはいえ、初手の目潰しから流れるように魔法を放ったあの動きは、華麗と言っても差し支えないほど見事だった。実力はあるけれど、相手が悪かったのかもしれない。
「なんだか失礼なことを考えているのではありませんか?」
ビクッとして扉の方を見ると、パラデシアが開けた扉に背を預けていた。右手をノックする形にしているので、何度かノックしたようだ。私がノックに気付かなかったのでパラデシアは部屋に入り、しかし私が起きているので開けた扉にノックをして、入室に気付かせようとするもまだ気付かないため声をかけた、といったところだろう。
そして、パラデシアは左腕を包帯で吊るしていた。
「パラデシア様!? 良かった……ご無事で何よりです」
「無事……とは言いがたいですけれど、命があるという点でいえば無事といえば無事ですわね。貴女がいてくれたおかげですわ」
「……やっぱり私が何かやったんですね?」
予想的中!!
「色々と気になることもあるでしょうから、少しお話でも致しましょう。私も聞きたいことがありますし」
パラデシアはテーブルの椅子をベッド脇に運び、座って私と相対する。
「まずは貴女の疑問に答えましょうか。アニス、本能魔法というのは聞いたことありまして?」
「魔物が使う魔法、というのは習いました。詳しくは知らないです」
「そうですね。魔物が意識、無意識にかかわらず『詠唱無しに』発動させる魔法を本能魔法と呼んでいます。その際、魔力はほとんど使っていないのか、基本的に魔力感知ができません。ですので魔力感知で魔物を探す、という方法は使えません。ただ、魔力消費がほとんどないということは、本能魔法には殺傷能力はまず無い、とも言えます」
ん? ということは?
「森の魔物が使ってた本能魔法は木に重りょ……張り付くこと、ということですかね?」
重力って言葉は通じなさそうな気がしたので言い換える。
「ご明察。まず間違いないでしょう。ちなみに魔物以外では一部の亜人も稀に使える者がいます。王都の亜人部隊にも本能魔法を使える者がいる、という話も聞きますわね」
以前村に来た鳥人バントロッケさんと兎人マナマトルさんが確か軍人さんだったはずなので、もしかしたらあの二人の所属する部隊の話かもしれない。
「そして本能魔法はもう一つありまして、非常に高い魔力を保有する者が、感情を制御できなくなった際に放つ魔法を指すこともあります。貴女がやったというのはそれですわ」
「えっと……つまり私は感情に任せて魔法を暴発させたと……」
「その認識で間違いありません」
確かにあの時は頭の中は恐怖の感情でパンクしていた。死にたくないという思いでいっぱいだったので、死にたくないというイメージが魔法として発動し、その結果があの光景になったのか。
……思い出して吐き気がぶり返してきたので、慌てて口元を抑えて無理やり飲み込む。
「あまり無理はしないようになさい。我慢できないようならそこの壺に吐いていいのですよ。そのために置いてあるのですから」
あ、ベッド脇になんで壺があるんだろうって疑問に思ってたけど、私のために用意してくれてたのか。腑に落ちた。
「落ち着いたのなら話の続きを。今度は私の疑問です。よろしければ貴女の魔導師級の魔力と、異端魔法について聞かせてくださらないかしら?」
「うっ……それって私が暴発させた魔法が、魔導師級の異端魔法だったってことですよね?」
「ええ、その通りです。ポートマス院長から大体の事情は聞きましたから、もう隠さなくてもよろしいですわよ」
院長が解禁したのなら大丈夫か。いや、どちらかというと私のせいで隠すのが無理になったのかもしれない。
「すみません、その疑問に答えるよりも先に、院長や他の人達の安否を教えてくれませんか?」
「幸いにも死者はゼロです。ポートマス院長と村の狩人の方々は無傷ですが、兵士が二人重症を負いました。そのうちの一人は腕に深い傷を負いましたので、容態が落ち着き次第、新たに派遣される兵と交代になるでしょう」
死者が出なかったのは本当に良かった。小さい村なのだから、みんな顔なじみだ。知り合いが死んだなんて話は聞きたくない。兵士の人が大怪我をしてしまったというのは残念だけれど、あんな魔物相手に命があっただけでも幸いと考えるべきか。
他にも気になっていることはあるけれど、一番気になってたことはとりあえず聞けた。次は私が答える番なのだが――。
「私の魔法について、院長先生からはどんな風に聞いてます?」
「雷を現象として理解し、デンキという異端魔法で操れること。錬金術に必要とされる素材や魔法陣も無しに、魔法のみで宝石を生成できること。魔導師級の魔力は潜在的にあると思われるが、今まで放ったことはなかったこと。年齢に不釣り合いなほどに異常な学力と理解力があること。――といったところですわね」
げぇ!? 前世の記憶があること以外ほとんど全部じゃん!! ホントに解禁して大丈夫だったの院長!?
「私が平民の魔術士嫌い、というのは聞いているでしょう? ですので最初、私は貴女を良い存在だとは思っていませんでした。そのせいで事情を隠す必要があったということも理解しています。そして秘密を知ったからといって、貴女に不利益を被るような真似をするつもりはありませんので、その点は安心してくださいな。一応貴女は私の命の恩人なのですから」
そう言って微笑むパラデシア。うむむ、美人なのでとても画になる。
まぁ院長が許可した上で本人がそう言うなら、秘密をバラしても大丈夫だろう。
「そういうことでしたらお話しますけど、院長先生の説明でだいたい事足りてるんですよねぇ……。あっ、実際に魔法を使ったりしたほうが良いですか?」
「そうですわね。危険なものでないのなら、意識的に異端魔法を使うところを拝見させていただきたいですわ」
それならば、と私は「ジュエルクリエイト」と唱えて色とりどりの宝石を手の平に生成する。
「……凄まじいですわね。ではこの宝石に魔力を込めることはできまして?」
「魔力を込める?」
宝石を通して魔法を放つと効果と安定度が増す、という話は以前聞いたことがある。魔力を込めるというのは、想像するに魔法を放つ前段階の状態、みたいな感じだろうか?
やり方がわからないと言うと、描いた魔法のイメージをそのまま宝石に移す感じ、と言われたのでそういうイメージをしてみる。ただしその際、この宝石の大きさならイメージする魔法は魔法使い級に抑えるように、と念を押された。
とりあえず桶を洗う時に編み出した、ホースの魔法を思い浮かべながらやってみると、宝石の中にゆらゆらと揺れる淡い光の玉が現れた。これが宝石に魔力を込めた状態らしい。
「魔力感知はできないけれど魔力操作はできるのですね……。その状態の宝石は、魔法の石と書いて魔法石、もしくは魔の宝石と書いて魔宝石、ですが一般的には通称として魔石と呼ばれている物です」
おっ、ファンタジー物でよく聞くやつだ!! でもこれの使い道ってなんだろう? ホースの魔法を込めたので、その魔法を使えるようになるのだろうか?
「魔法のイメージを移すようにとは言いましたが、魔法そのものが魔石に籠もっているわけではありません。内包しているのは魔力のみです。使い道としては、魔力を持たない者が魔道具を利用する際の魔力源としたり、旅先で魔力枯渇をした時のための緊急用の魔力源にしたり、ですね。これを介して魔法の効果をさらに高める、という使い方もできなくなはいのですけれど、内包する魔力量を把握していないと思わぬ効果を発揮しますのでお勧めはしません。宝石の許容量を越えた魔力を込めると森の魔物のように……いえ、この話はやめておきましょう」
どうやら私なんかやったらしい。でも魔物の話はあの場面を思い出してしまうので、聞きたくないのが正直なところ。パラデシアはそれがわかっているので、気を使ってくれているようだ。
この魔石という物、魔道具のエネルギー源になるという話から、電池のような物と考えていいだろう。そうなると宝石に魔力を込められる魔術士は充電器扱いか。
「あっ、もしかして魔術士はみんな杖の宝石を魔石にしてるんですか?」
「中にはそういう魔術士もいるかも知れませんが、まず一般的ではありませんね。宝石を通すことで効果と安定度が増すとは言いますけれど、魔石で効果が上がりすぎると繊細な魔法操作が難しくなり、過度に安定度が高くなると今度は融通が利かなくなる、ということでもありますので」
えーと、たとえるなら普通の魔法はサイコロを2個使うけれど、魔石を通すと効果が上がってサイコロが増えるうえ、安定度が高まってサイコロの目が全部3と4になる、みたいな感じでいいのだろうか? たぶんそんな感じだろう。
「……魔石の講義をするつもりはなかったのですが、まぁ良いでしょう。次は異端魔法、神の怒りを操るというデンキの魔法を見せてもらえるかしら? この場でできそうにないなら後日でも構いませんけれど」
「いえ、大丈夫です。じゃあ手始めにエレキ」
指と指の間に青白い稲妻がほとばしる。チラリとパラデシアを見ると、予想通り驚愕の表情を浮かべている。
「これは……触っても問題ありませんの?」
「一瞬ですが鋭い痛みが走りますよ。冬場の……じゃない、寒い地域で金属に触れようとした時みたいな感じのが」
「……精霊の悪戯の正体はこれなのですね」
静電気は精霊の悪戯って呼ばれてるのか。また一つこの世界の常識を知った。
その後もいくつか魔法を披露し、興味深そうにするパラデシア。
そうしてある程度話が落ち着いたところで、パラデシアが席を立つ。
「そろそろ御暇しますわね。ポートマス院長が来られたら帰宅できると思いますから、それまではここで安静にしておくといいわ」
「あっ、最後に一つだけ教えて下さい。……私の今後の扱いってどうなりますか?」
私の扱い。魔導師級の異端魔法を使ったのならば、目撃者はそれなりにいるはずだ。
ハッキリ見ていないけれど、あの時地面がキラキラしていたのはたぶん宝石生成の結果だろう。魔物の無残な……いやいやそっちは考えず、ところどころ周りの木が燻っていたりしていたのを思い出す。水、地、風の魔法でこの結果はありえないし、魔導師級の火の魔法だったら今頃森林火災確定だ。ならばあとは雷を落としたとしか考えられない。
村人に、そして駐在兵に知られた可能性が高い。
「あぁ、それでしたら心配ご無用ですわ。雷というのは神の怒り。神の力を操れる者などこの世に存在するとは誰も思いません。信心深い魔術士が二人もあの森にいたのですから、神が奇跡を起こしたとしても不思議ではないでしょう?」
個人が魔法で雷を放ったということよりも、神様が奇跡を起こした、としたほうがまだ信じられやすいということか。私が魔導師級と思われないのならばそれで良い。
だが宝石についてはどう言い訳するのだろう?
「先程も言いましたけれど、魔術士は緊急用に魔石を持っていることがあります。なので、あの場にあった宝石は私が利用したことにいたしました。まぁ出張授業料、ということで」
一瞬後半の意味がわからなかったけど、地面に散らばった宝石がパラデシアの懐に入った、という意味だとすぐに気付いた。つまりネコババだ。まぁいくらでも作れるから別に良いんだけれど。
そしてパラデシアが立ち去り、しばらくして院長がやってきて情報のすり合わせをして、特に問題が無いことを確認し帰宅の許可が出た。
家に帰ると、お父さんとお母さんが笑顔で迎えてくれた。
「アニスが無事で良かった!! あんまり無理はするんじゃないぞ!!」
「お父さん痛い痛い!! わかったからそんなに強く抱きしめないで!!」
「ほらほら、アニスが痛がってるわよ。御飯はもうできるから、席で待っててね」
お父さんの腕から逃れた私は快く返事をし、テーブルに着く。
「今日はアニスの無事を祝って少し豪華にしたわ」
お母さんの言葉にワクワクし、食事が運ばれてくるのを待つ。今日のメニューはチーズを乗せたパン、クリームスープ、彩り豊かなサラダ、そして肉厚の、焼けタ匂イガスル大キナニク。
「……うっ」
私は肉が食べれなくなっていた。




