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15.亜人の出発

 翌朝。亜人の人達は今日出発するため、院長との話し合いの結果を聞くのと見送りのために精霊院に足を運ぶ。

 すると、どうやら私を待っていたようで、全員フル装備で精霊院の入り口に立っていた。


「おはようございます。……で、早速ですけど私どういう扱いになるんですか?」

「おはようアニスちゃん。それねぇ……バントロッケ」

「おはようアニス。結論から言おう。君の扱いについてだが――」


 鳥人のバントロッケさんが言葉を途切れさせ、もったいぶらせる。緊張のため、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。


「――我々は魔導師級の魔法そのものを見ていない。故に君が魔導師級であると確定したわけではないので、昨日の件は見なかったことにする」

「ありがとうございます!!」


 嬉しさのあまり大声でお礼を言ったらビクッとされた。

 いやだって、昨日の反応から見ても、魔導師級というのが知られると碌なことにならないのは容易に予想できる。私が平穏に過ごすなら、魔導師級であるというのを知られないことだ。そして彼らは国に報告せず知らんぷりしてくれると言っている。

 私にとって最良の結果だ。たとえそれがただの問題の先延ばしにしかならないとしても。


「だが、魔術士級の少女がいたという報告はさせてもらう。まぁどうせ今年の国勢調査官によって先に報告されるだろうが」


 それは私も仕方ないと諦めている。

 国勢調査官とは年に一度、村の人口や徴税の調査などのために訪れる、王都から派遣される人物だ。村民からここ一年での変化や大きな出来事などを聞き取り、あとは現在村に派遣されている者、この村だと駐在兵から、村民の証言が間違いないか、村人が税を誤魔化してないかなど調査の齟齬を埋めるために話し合ったりする。

 そう、そこで確実に私が魔術士級というのがバレる。村民と兵士さんの口から間違いなく話される。亜人さんが森を抜けて王都に帰還し報告するまで数ヶ月、その間に国勢調査官が来るので、どう足掻いてもその口で国に報告されるだろう。先に報告されるとはそういうことだ。


「そういうわけだから安心しな。どうやら嬢ちゃんは魔導師になるのは気乗りしねぇようだし、今後嬢ちゃんが迂闊なことをしなけりゃひとまず心配いらねぇ」


 ロニスンさんの手が頭に乗せられる。先日の恐怖がフラッシュバックしてビクッと体が一瞬反応してしまうが、ロニスンさんは気付かなかったのか、そのまま荒い手付きでワシャワシャと私の頭を撫でた。彼なりの気遣いなのだろう。


「しかしこの村は良い村だな。もう発たなきゃならねぇのが惜しいくらいだ。なにせ豚がいないのが良い」

「……えっ? 私の記憶が確かなら、猪を家畜化したのが豚ですから、基本仲間じゃないんですか?」


 確かにこの村では豚を飼育していない。もしかしてこの世界では完全に別種と考えられているのか、それとも異世界特有の特殊な事情とかでもあるのだろうか?


「よく知ってるな。本当に賢いな嬢ちゃんは。いやなに、あいつらはインテリで効率ばかり求めやがる。魔法の扱いの上手さは認めなくもないが、己の肉体を鍛えようとしねぇ。だから禿げ上がるんだ。強さってのはまず己の牙を研いてこそ宿るってもんだろ」


 あぁなるほど、豚と豚人を重ねてるのか。猪人のロニスンさんから見たら豚人というのはそういう人種、ということなのだろう。体育会系の猪人、理系の豚人という感じだろうか?


「そろそろ出発しよう。二日休ませてもらったおかげで気力、体力ともに十分。これからしばらくは無補給の過酷なサバイバル生活になる。――ポートマス院長、お世話になりました。そしてアニス、君は魔術士として王都のサクシエル魔法学園に来るだろうから、いずれ再会することもあるかもしれない。その時までどうか壮健で」

「ありがとうございます。こちらもバントロッケさん達の無事を陰ながらお祈りしておりますね」

「アニスちゃ~ん!! お別れはツライけど元気でいてね!! バントロッケとマナマトルは軍人だからそうそう会えないと思うけど、アタシたち三人は王都で活動してるから、アニスちゃんが王都に来たらいつでも会えるから遠慮なく訪ねてきてね!!」


 ガバッとカレリニエさんが私を抱きしめる。ワニ肌がちょっとゴツゴツとしているが、加減がわかっているのか思いのほか優しい抱きしめ方だった。おぉう、案外胸もある。


 そうした別れの挨拶が済むと、亜人の一行は村から少し離れた位置に見える森、ミジクの森へと消えていった。

 ちょっとゴタゴタしたけれど悪い人達ではなかったので、彼らの道中の無事をお祈りしておく。






「――で、いくつか聞きたいことがあるんですけど」

「推察するに、亜人方が向かった森についてか、魔導師について、といったところでしょうか? 何から聞きますか?」


 この人、察しがいいどころか人の頭の中覗いてるんじゃないの? 


「じゃあ先にミジクの森について教えて下さい。危険な魔物が出る森というのは散々聞かされてきましたけど、具体的な話は聞いたことないので」


 亜人達と別れたあとは、精霊院でのいつもの個人授業。丁度良いタイミングなので前々から思ってた疑問をここぞとばかりに口にしてみた。

 『あの森は危険だから絶対に入らないように』。いろんな人から耳にタコができるほど聞かされる様がアニスの記憶から読み取れる。


「この村は元々、50年ほど前に森を開拓するための拠点として始まったと聞いています。森に危険な魔物が出ることは昔の調査でわかっていたそうなので、開拓団と共に討伐隊が結成されたのですが、その討伐隊が森の魔物に返り討ちにされたそうです」


 プロの戦闘集団が返り討ち。まだ見たことないけどやはり魔物というのは恐ろしい存在なのだと戦慄する。


「返り討ちの反省を活かし、戦力を増強して第二陣の討伐隊が派遣されたのですが、今度は返り討ちどころか壊滅に追いやられてしまい、開拓計画は凍結されてしまいました。しかし開拓団がここにすでに拠点を作っていたため、一部の開拓民が残って今のアプリコ村になったと言われています」


 この村はそんな経緯でできていたのか。ついでにこの村に人が来ない意味が理解できた。特産品もない小さな村にわざわざ危険を冒して来る人なんて酔狂にもほどがある。


「村の歴史はわかりましたけど、森の魔物というのはどんなのなんですか?」

「私も八年ほど前に一度対峙しただけですけど、異様な風貌の魔物でした。全身毛むくじゃらで手足が長く、縦横無尽に木を歩く魔物……ちょっと説明が難しいですね」


 院長が説明に苦慮する。説明を聞くに、小さな猿みたいな奴だろうか? 討伐隊が壊滅するほどならば、集団で襲われたに違いない。

 『木を歩く』という表現から小さいと推測したが、小さいなら『木々を飛び回る』という言葉の方が適切な気もするのだけど、もしかしたら魔物特有の習性とかがあるのかもしれない。


「まぁ魔物には正直遭遇したくないし今後する気もないので、それだけわかれば十分です。じゃあ次の話題、魔導師について教えて下さい。私としてはこっちのほうが重要なので。昨日の雰囲気からして、魔導師になるとあまりよくない面とかがあるんですよね?」


 すると院長は少し考える素振りをして「いえ、別段そういうのはありませんよ?」と軽くのたまう。


「今の時代、魔導師はとても少ないですから国からは歓迎され、民からは尊敬され、相応の働きをすれば富、名誉、名声は確実に手に入るでしょう。平民からすれば夢物語の英雄扱いです」


 あれ? てっきりあの雰囲気から、何かしら裏事情があるものと思ってたのだけれど。


「――問題があるのは貴女です。魔導師級であれば大規模高威力の魔法が使えるのは当然、ならば大規模な戦闘行為、魔物に限らず人間同士の、それこそ戦争が起こった場合、前線に赴くのは必然です。動物すら殺すことに躊躇する今の貴女に人が殺せますか?」


 その言葉に、先日の猪の光景がフラッシュバックする。無理だ。日本的な倫理観に縛られている私に人殺しなど出来るはずもない。

 そこに更に院長は追い打ちをかける。


「魔術士級、魔導師級であれば魔力感知が出来るのが当たり前ですが、それができないのも致命的です。魔物であれ人であれ魔法戦になった場合、相手の魔法発動を感知し、対応するのが基本です。魔術士級と魔導師級が戦うのであれば、よほど策でも練らない限り能力差がありすぎてそもそも戦闘と呼ぶものにすらなりません。……が、魔力感知ができない貴女は、圧倒的に実力が下であるはずの魔術士級の不意打ち一撃で死にかねない――というのは昨日の話にも出てきましたね。これでは国が貴女を魔導師として迎え入れたとしても、扱いに困ることでしょう。ほんの少し妬まれでもしたらそれこそすぐに殺されますよ」


 私の将来に高確率で『死』という概念がちらついている。

 ――どうすればいい? こんな絶望的な将来を回避するには一体どうすれば……と顔を青くしながら必死に考えていたら、院長が最後にこう付け加えた。


「まぁ貴女が本当に魔導師級であるなら、の話ですけどね」


 つまりは『たとえ魔導師級だとしても魔術士で押し通せ』という院長の助言か。いや、もうそれしかない。

 私は魔術士!! なんか魔導師級の魔法が使えそうな気がするけど(実際まだ魔導師級の魔法は発動したことない)、誰がなんと言おうと私は魔術士だ!!


 ……という意気込みでこれから生きていこう。そうしよう。

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