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14.閑話 調査隊の道中にて

 私はバントロッケ・バーンクリル。鳥人の中でも誇り高き鷹の亜人である。

 我が家系は代々、シエルクライン王国の斥候亜人部隊の指揮官を排出しており、今はまだ一般斥候兵である私も、あと数年すれば父親と同じ地位に就くことになるだろう。

 というのも、我が一族は他の鳥人と違い、本能的に魔法で空を飛ぶことができるのだ。本来ならば亜人の体型では、原種の鳥のように物理的に飛行することは不可能である。だが、我が一族は魔物と同じように本能で使える魔法、すなわち風の属性による飛行が行使できる。

 魔術士でもほんの一握りしか使えないほど高度な、魔法による飛行。上空から状況を把握できるというのは、規模の大きい戦闘や戦争時には重要かつ強力な情報となる。

 そんな貴重な能力を安定して供給できる家系ならば、国が囲い込まないはずがない。故に、我が一族は国から十分な報奨をいただいており、高度な教育も受けられるほど裕福な立場が保障されている。


 ある日、私に辞令が下った。未だ人間社会と接触の無い、亜人集落の発見と調査を行う部隊を率いるというものだ。場所は王都から数日の東の森。正式にはミジクの森と言い、強力な魔物の出る未開拓の森という話である。

 危険な森であるため、気配を消すのが得意な少人数の亜人で部隊を構成し、戦闘はできるだけ避けよとのこと。もしもの時は私だけでも飛んで逃げ帰れ、と上司から命令された。

 部隊のメンバーはある程度自由にしてよいとのことだったので、森外で必要になるであろう対人間の交渉役として、斥候亜人部隊の同僚である兎人マナマトルを誘う。彼女は顔がほぼ人間と同じの亜人であるため、動物顔の亜人よりは人間に対して警戒心を持たれないだろうという判断からだ。


 二人目は魔法協会を尋ね、川や湖など水棲亜人を発見した場合の交渉役に鰐人のカレリニエを誘う。カレリニエとは出会ってまだ二年ほどだが、その人となりも戦闘の実力も申し分ない。


 これで魔術士が私を含め三人。前衛が欲しいので誰か良い人員はいないかとカレリニエに相談してみたところ、傭兵をやっている猪人のロニスンと熊人のビレイネの二人を紹介された。

 森ならば未接触の猪人や熊人集落がある可能性が高い。こちらの意図をしっかり汲み取ってくれるとはさすがカレリニエだ。原種語(鳴き声)を話せるのも全員クリアしている。



 部隊メンバーが集まったところで、数日親睦に費やし、いざ森に出発しようと思ったところ、思わぬ事態が発覚した。

 東の森の手前にはアプリコという名の村があるのだが、そこへ行く巡回馬車が無いのだ。

 詳しく調べてみると、巡回馬車を出した所で降りる人間も乗る人間も滅多にいないため、巡回しても余計な経費がかかるので、十数年も前にアプリコ村のルートは無くなっていた。

 どこかの商会ならば定期的に交易しているのではと思いいくつか当たってみたのだが、アプリコ村には大した名産品もなく、交易するメリットが無いという返答ばかり。

 しかし収穫はあった。王都から出る馬車は一つも無いが、アプリコ村から定期的に売買をしに来る馬車がいるという。村に居を構えるアネス雑貨店というらしい。アネスと言えば南の都市にアネス商会という大商会があるが、たまたま同じ名前なのか、何か関係があるのかはわからない。


 村まで行く手段はいくつか考えられるが、徒歩は可能な限り避けたい。亜人は全体的にスタミナがあるとはいえ、余計な消耗を抑えられるならそれに越したことはない。

 馬や馬車を自前で用意するという手もあるが、あまりに高額な出費になる上、魔物の出る森に余計なものは連れていけない。村で準備を整えてから森へ入り、数ヶ月かけて北上したのち森を抜ける予定のため、我々が戻ることのない村で預かってもらうという手段も取れない。買い取ってもらえればいいが、村に買い取るお金がなければ譲渡するしかない。


 で、あるならば、そのアネス雑貨店の荷馬車に頼み込んで乗せてもらうのが一番良い。アネス雑貨店と懇意にしている店を見付けて話を聞くと、二日後くらいに王都を訪れるだろうということであった。ちょうど良いタイミングだ。



 聞かされていた日にアネス雑貨店の者は王都を訪れたため、私は事情を話して乗せてもらえないかと交渉したところ、ありがたいことに快諾してくれた。

 名はブルースと言い、店主自ら赴いているとのこと。聞けば家族は妻と7歳の娘、小さな村なので従業員を雇うような規模ではないと言うので、アネス商会とは無関係であろう。あの大商会ならば、たとえ小さな支店であろうと一家族のみで経営させるなどということはしていなかったはずだ。店主に何かあった場合などのリスクヘッジのために、従業員を数人雇うなどは必須だったと記憶している。


 道中、村とミジクの森について聞いてみた。村に人が来ることが滅多にないため旅人向けの宿は無いが、精霊院はしっかり運営されているため宿は問題なさそうだ。

 辺境の地だと、精霊院があっても運営者が何らかの理由で死亡し、周囲の住民がそれを神殿に届け出ていないため精霊院が廃墟化している、といった事態がたまにあるので、確認は重要だ。

 ちなみにカレリニエが神と精霊の信徒である。もしこのパーティーに信徒が一人もいなければ、精霊院には泊まれず、野宿か村民の家に厄介になることになる。


 ミジクの森については、村民は森のごく浅い所で果物など森の恵みを採取しているらしい。深く入ると魔物のテリトリーに入ってしまい、かなり危険とのこと。

 何でも村ができる初期、50年ほど前に王都の事業で周辺の開拓と、開拓のための魔物討伐隊が結成され、森の魔物を駆除しようとしたが逆に返り討ちにあい、戦力を増強して第二陣を送ったら今度は部隊がほぼ壊滅してしまったという。

 魔物を手負いにして逃してしまうと強くなってしまう、という話をたまに聞くが、それが起こってしまったのだろう。当時の王はそれ以降森の開拓を一旦諦めるが、開拓民として連れて来られた者が森の手前に開拓のための拠点を作っていたため、それが発展して現在のアプリコ村となったそうだ。


 あとは店主の娘の可愛さを散々聞かされたのだが、それは割愛しておこう。




 村に到着し、村の説明を聞いていたところ、不意に「オーク」と忌み名が聞こえた。声の方を見ると両腕で補助杖を突いている幼い少女がそこにいた。

 止める間もなくロニスンが少女に対して怒声を上げる。……これはマズい。少女の発言は亜人にとって見過ごせるものではないが、かといってこれからお世話になる村の、それも子供に手を上げるのも問題だ。

 仲間が諌めようとするも、ロニスンは耳に入っていないのか聞き入れない。それを見かねたカレリニエが、ロニスンの側頭部に対し腕を振り抜き、吹き飛ばした。まぁ状況的にやむ無し、と言えよう。


 カレリニエが少女を安心させたり、少女が謝罪を返したりする。と、そこで違和感を覚えた。この少女、あまりにも人間が出来ている。出来過ぎている。言葉遣いも王宮語とまでは言わないが、それに近い丁寧さだ。……いや、もしかしたら精霊院で教えられている可能性もある。ここで詮索はしないでおこう。

 しかし、差別に対しての無知さだけはいただけない。ここでしっかりと教えておかなければ。

 ――と思って説いていたらマナマトルに邪魔をされた。解せぬ。




 お世話になる精霊院に着くと、ポートマスという名の老院長が出迎えてくれた。客室も快く貸してくださるとのこと。

 ただ、貸してくれる代わりに翌朝講演をしてくれないかと頼まれた。娯楽の少ない村なので、他所から来る者の話はとても貴重なのだとか。それくらいならばとこちらも快諾。二日ほどお世話になることにする。

 とここで、先程の疑問を口にする。


「先ほど出会った杖を突いた少女が、王宮語に近い丁寧な言葉遣いをしていたのですが、この精霊院ではそういった言葉遣いも教えているのですか?」

「……いえ、ここでは教えていませんね」


 ふむ、ちょっと間があった。やはりあの少女が特殊なのか?


「もしよろしければ、先程の少女と話す機会を作ってもらえませんか? 先程ゴタゴタしてしまって、ゆっくり話すことが出来ませんでしたので、改めて色々と話しをしてみたいので」


 そう言うと、ポートマス院長は少し考える素振りを見せ「その少女、アニスならばほぼ毎日ここに通っていますので、おそらく明日も来るでしょう。その時に話せる機会があるかと。講演後で問題ありませんか?」

「えぇ。大丈夫です」




 夕食後、客室に仲間を呼んで、すでに目が覚めてこってり絞られたロニスンに私はこう言った。


「明日の講演後、今朝の少女と話す機会を設けてもらうことになった。その際、私の予想が正しければロニスン、君への謝罪から始まるだろう」

「何でそう思うんだ?」

「彼女の人間性を鑑みて、だ。彼女はあの場で改まって謝罪をしたが、それは君が倒れたあとだ。明日、君に対して改めて謝罪をする可能性は非常に高いと見る」

「ほう、それで?」

「その流れで、話す時は君が主導でおこなって欲しい。そして、7歳では知る由もない難しい単語をなるべく織り交ぜてみてくれないか? 年相応ならどういう意味か聞き返すか、よくわからないといったリアクションを返すはずだ。しかし彼女はもしかすると理解するかもしれない」

「そりゃ流石にねぇだろ。……いや、あの歳なら俺が凄めば普通は泣き叫ぶだけだが、あいつは泣きはしたものの完全に受け答えしてたな。賢いと言われれば確かにそうだが、そこまで賢いのか?」


 そこにカレリニエが割って入る。


「確かにあの年齢にしては分不相応な賢さは感じたけど、バントロッケが言うほどとは思えないわね。まぁ明日実際に試してみたら? それでバントロッケの予想? 勘? が正しいかわかるわけだし」




 翌日、講演を終えて、ポートマス院長の計らいで件の少女、アニスと話す機会を設けてもらった。そして私の予想通りに、彼女の謝罪から始まる。

 しかしその後の展開は私の想像を超えていた。受け答えが7歳のそれではない。明らかに大人と変わらない。そのうえロニスンが織り交ぜる、7歳では到底覚えるようなものではない言葉も確実に理解している。下手をするとその辺の貴族令嬢よりも理知的に物事を考えているフシもある。

 彼女は一体何者なのか? そんな疑問が常に付きまとうのだが、その疑問が更に加速する事態が起こった。


 魔法が使えるということなのだが、魔力を感じ取れないという。そんな症状は聞いたこともない。

それも問題だが、一番の問題は彼女の魔力が魔導師級ということだ。

 昔は一年に数人のペースで発見されていたらしいが、今では数年に一人見つかるかどうか、というレベルで魔導師が少なくなっている。魔導師というのは現代ではそれだけ貴重で稀有な存在だ。

 その魔導師級と思われる人物が今、目の前にいる。ただし魔法そのものを発動させたわけではないので、確定ではない。


 私は軍人、国に忠誠を誓っている身であるため、魔導師という国の利益に直結する問題を無視することはできない。かといって私の手に余る問題でもある。

 タイミングの問題で一旦話し合いはお開きとなり、夜にポートマス院長と対応を話し合うことになった。





「ポートマス院長、率直にお伺いする。アニスという少女は一体何者なのですか?」


 するとポートマス院長は非常に困った表情でこう答えた。


「それは私が知りたいくらいです」


 同じ村に住んでいても異質な存在、ということなのか。

 ポートマス院長からできるだけアニスについてわかっていることを教えてもらうと、あの大人顔負けの応対は魔法が使えるようになった直後からで、それまでは年相応の落ち着きのない子供だったという。

 他の村人は不審がっていないのか? と聞いてみたところ、両親は当然不審がったという。しかしそれ以外の住民はあまり不審がっていないもよう。魔法の初使用からわずか二日で大怪我を負ったため、安静期間中に大人しい性格になったのだろうと思われているようだ。

 怪我が治るまでは両親から魔法禁止令が出ているという話で、その二日間で発動した魔法は魔術士級だったため、魔導師級の魔力があるのは今日初めて知ったとポートマス院長は言う。


 そしてもう一つ問題が発覚した。彼女は動物すら殺すことに忌避感を示すらしい。魔導師級の魔法が扱えながら、魔物が倒せないというのはその存在意義を揺るがしかねない。

 いや、魔物退治よりも、戦争において『戦略兵器』として運用できないのが一番の問題だ。地形を変化させ天候を操れるほどの強力な魔法は、面制圧において絶大な効果を発揮する。鼠人の国ラリオスとの戦争で魔導師が大活躍したのは記憶に新しい。


「アニスが魔導師となるのは色々と問題がある、とお昼にお話ししたのはそういうわけです。一応、まだいくつか理由があるのですが、本人が言うならまだしも、私の口から言うわけにはいきません」


 ポートマス院長のその言葉は暗に『異端魔法が使える』と言っているのとほぼ同義だ。魔導師級の魔力持ちが異端魔法の代表とも言える時空魔法など使おうものなら、ほぼ敵無しだ。彼女の価値は我が国にとって計り知れない。

 ……この村に来る道中、ブルースから娘自慢を散々聞かされたが、魔法が使えるという話は一切でなかったのはそういうわけか。異端魔法が使えるなど初対面の人間に話せるわけがない。


「……皆はどう思う? アニスという少女の存在について」

「軍に身を置く者としては、あの子は多少問題があっても軍に入れるべきだわ。あの歳であれ程の才能、そして大人と対等に話し合える歳不相応な語彙力と理解力。今から育成と矯正をすれば国にもたらす恩恵は莫大よ。……ただし!! 個人的には入軍は絶対反対!! いくら利益を生むと言っても、あんな良い子から、これから歩むはずであろう女の子らしい人生を奪うなんてできないわ!!」


 マナマトルが兎の耳を激しく揺らしながら喚く。


「話してて賢すぎる印象はあったが、悪い奴じゃねぇってのはわかった。真っ当な人生を送って欲しいって気持ちはあるけどよ、あいつにそれだけの価値があるってのも捨てがたい。……まぁ本人次第ってところか?」


 ロニスンはアニス自身が決めることだ、と中立の立場を示す。ついでにビレイネも「俺もロニスンと同意見だ」と同調する。


「アタシは――」

「カレリニエが彼女の肩を持つのは皆わかっているので言わなくていい」


 彼女の性格とこれまでの接し方からして、アニスに味方するのは火を見るより明らかだったので遮った。ギャーギャーと少々騒がしくなったが、聞こえないふりをして思案する。


 さて、明日の朝の出発までにはこの難問に答えを出さなければならない。

 国に魔導師級と思しき少女を発見したと報告すれば、上は諸手を挙げて彼女を迎え入れるだろう。だが彼女が戦略兵器として使えないとなれば、どういう扱いを受けるかわかったものではない。

 まさか未接触亜人集落の発見調査という任務で、まったく別方面からこれほど重大な問題に直面するなど、誰も想像し得ないだろう。


 その後も話し合いは続き、得た情報を判断材料に事細かに検討、アニスをどうするのが最良かという答えが出たのは夜も更けてだいぶ経ったあとだった。

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