表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/118

12.亜人のお話

 翌日、私はいつもどおり日課の精霊院通いをする。今回は勉強よりも亜人たちの話を聞くのが目的だ。

 昨日の夕食時のお父さんの話によると、亜人たちの目的は未接触の亜人集落の発見と交流、というもので、国からの依頼なのだそうだ。

 この村に来訪者ということ自体が珍しいのに、それが亜人となると激レアと言える。なかなか面白そうな話が聞けるはずだし、昨日の差別関連の常識を知る必要もあるので、滞在してる今のうちに色々と聞いておきたい。

 まぁ猪の亜人さんの恫喝が頭にこびり付いているので、正直足取りは重いのだが。


 精霊院の前に到着すると、礼拝堂のほうが騒がしい。まさかと思って扉を開くと、村人が集まっているではないか。

 ……あ~、ろくな娯楽のない村に珍しい客がやってきたなら、そりゃあ話を聞きたいよねぇ。仕事のある村人以外は大体集まってるんじゃなかろうか?

 っていうか告知とかしてたっけ? いや、村に来訪者が来た時の恒例行事になってるんだっけ? アニスの記憶に朧気ながら似たような状況が昔あったようだ。


 集まった村人全員は座れないため立ち見の人もいるが、私が松葉杖で立ち見がつらいことをわかっている鍛冶屋のおっちゃんが、ちゃっかり座ってる弟子を叱責して席を譲らせてくれた。ホコインジさんありがとう。


 しばらく待っていると、亜人の五人が院長に連れられて祭壇に上がった。院長が亜人達を簡単に紹介し、そして亜人達の面白おかしい話が始まる。

 兎亜人のマナマトルさんの、今回の旅の目的とわかりやすい人物紹介(各エピソード付き)から始まり、猪亜人のロニスンによる手に汗握る魔物討伐話、ワニ亜人さんによる各亜人種族の恋愛事情、そして一番面白かったのが鳥の亜人さんによる英雄譚こぼれ話だった。いわゆる過去の偉人の意外なエピソードというやつである。

 他の人も話は面白いのだが、鳥亜人さんは渋い声に芝居がかった喋りで、かなり喋り慣れているという印象だ。たぶん演説などしたらかなり効果的なのではないだろうか?

 ちなみに熊の亜人さんは一言も話さず、ずっと祭壇の後ろに立っているだけだった。


 朝から始まった即席講演会は昼前には終わり、お開きとなったので村人たちはお昼の準備なり仕事なりに戻っていった。

 そんな中で私と、特にやることのない村の子供はそのまま残る。私一人のほうが色々話しやすいのだが、子供達も珍しいお客さんでテンションが上って色々話したいのだろうという気持ちはわかるので、今回は諦めよう。

 と思っていたら、院長が察したようで「魔法のお話をしますので、アニス以外は一旦お昼を食べてきてください。お昼過ぎにまた来てくれたら、たくさんお話できるようにしますので」と子供達を帰らせてくれた。なんだか院長の察しが良すぎて手のひらで踊らされているような気がしなくもないが、ここはありがたく感謝しておこう。


 私達はいつも勉強会で使用している部屋に移動し、皆座ったところで会話が始まる。


「ほう、嬢ちゃん魔法が使えるのか」

「はい。まだ勉強中ですけど。それと猪の亜人の……ロニスンさん? 昨日は本当にごめんなさい。知らなかったとはいえ、不快にさせたのは事実ですから」


 昨日は恐怖に震えながら謝罪したが、落ち着いて本人に謝罪はしてないので改めて謝罪する。日本的な考えに基づいて謝罪をやってみているが、この世界のマナーとしてこんなに何度も謝罪するのはどうなのだろうか? まぁこれだけ謝罪して悪い気分になる人もそうそういないだろうと思っておく。


 ロニスンさんは値踏みするように私を見つめるが、そこに昨日のような敵意はない。そしてバツが悪そうに相手も謝罪した。


「確かに賢い嬢ちゃんだな……。いや、俺の方こそ悪かった。昨夜仲間に散々説教されたからな」


 その憔悴しきった様子から、だいぶ精神的に袋叩きにされたようだ。私がそれを見てクスッと笑うと、ロニスンさんも軽く笑みを浮かべる。おぉ、猪が口角を上げているのがわかるとは思わなかった。

 しかしすぐに真面目な顔になったので、私も居住まいを正す。


「だが人前で亜人の忌み名を言うのはなるべく控えたほうがいいぞ。俺以外の奴でも昨日のようにならないとも限らない」

「あれは忌み名って言うんですね……。わかりました、これからは十分に気を付けます」


 オークが忌み名というなら、リザードマンとかハーピーとかももしかしたら忌み名になるかも知れない。ゲームなどで馴染みのある名前だけに、本当に気を付けなければならない。


「えっとじゃあ、種族を言う時は猪の亜人さんとか言えばいいんですかね?」

「嬢ちゃんは亜人に会うのは今回が初めてか?」


 アニスの記憶では亜人に会った経験はないはずである。小さい頃にお父さんが王都に連れて行ったことがあるらしく、その時もしかしたら亜人を見たことはあるかも知れないが、少なくとも記憶にはない。

 一応、前世で鼠頭の亜人に殺されたので会った経験があると言えなくもないのだが、それをここで言う意味も必要もない。なのでロニスンさんの問いに首を縦に振る。


「じゃあ簡単に歴史を交えて教えてやろう。ざっと二百年くらい前まで、俺たち亜人は魔物扱いで討伐対象とされてて、その時に呼ばれていた名前が忌み名でな。だがある時、亜人の中に人間とコミュニケーションを図ろうとした奴が出てきたんだ。それで人間も亜人は意思疎通ができる相手だと認識され、徐々に人間との交流も増えていき、その交流の中で忌み名は差別用語となっていったわけだ。まぁ地域によっては差別意識があったり、いまだ魔物扱いされる所もあるが」


 つい最近、魔法についても似たような話を聞いたな。四属性以外の魔法を扱うと異端として殺される可能性もあるとかなんとか。


「で、忌み名の代わりに俺達はこう名乗るようになっていった。猪人(いのびと)のロニスンとな」

「そして私が兎人(うさぎびと)のマナマトルね」

鳥人(とりびと)バントロッケ。以後お見知りおきを」

鰐人(わにびと)のカレリニエよ。よろしくね」

熊人(くまびと)のビレイネ」


 熊が喋ったあああぁぁぁっ!? いや、今まで一言も喋らなかったのでちょっとびっくりしただけだ。

 なるほど、〇〇の亜人さんと呼ぶのは長いなと思っていたが、種族を言う時は〇〇(びと)と言えばいいのか。


「あれ? でもさっき礼拝堂で村の人達への紹介の時、猪の亜人の~って言ってましたよね?」

「嬢ちゃんに今説明してる経緯と同じようなもんで、亜人との交流が無い地域だと猪人って言っても通じないんだよ。だったら最初から猪の亜人って説明したほうがわかりやすいし受け入れられやすいんだ」


 要するにこの村が田舎なせいで亜人に関する情報が伝達していない、ということである。

 王都から馬車で3日というそこそこ好立地な村なのに、外部の情報を仕入れる手段がお父さんの王都への定期仕入れくらいしかないほど、この村には人が来ない。まぁそうなってしまっているのはこの村の地理と環境と歴史によるものと先日習ったのだが。


 まぁそれは置いといて、私はこの亜人達を見た時から聞きたかった質問をする。


「皆さんのように多種多様な亜人さんがいるってことは、鼠人(ねずみびと)とか魚人(さかなびと)とか呼ばれる亜人もいるんですか?」


 そう、私が聞きたかったのは鼠の亜人の情報だ。前世で私を殺したと思われる者がこの世界にいる種族なのか、もしそうならどういう種族なのか、というのを知るのが今回の主目的だ。


 話の流れとしても違和感のないタイミングで切り出せたと思う。さも今思い付いたという(てい)で魚人も混ぜてみた。完璧だ――と思ったのだが、亜人達の表情が明らかに引き攣った。

 えぇ……もしかしてこの話題も忌み名みたいな地雷なの?


「嬢ちゃんは無意識に人を不愉快にさせる天才だな」


 ロニスンさんがやれやれといった感じに頭を抱えながら呟いた。


「いや、そう言われても……」

「まぁアニスちゃんは悪くないわよね。でもここまで亜人の知識が無いのはこの先ちょっと心配ね」


 カレリニエさんが頬に手を添えながら溜息をつく。


「なにかマズいことを言ったのなら謝ります。ですが何が駄目なのかがわかりませんから、それを教えてくれませんか?」

「あぁいや、今回は別に謝る必要はねぇよ。ただ鼠人ってのは亜人全体の面汚しでな。亜人からすりゃあまり面白い話じゃなんだよ」


 おっ、鼠人はそもそも評判が良くないのか。前世の私を殺したのは鼠人である可能性が高まった。


「西の大陸にラリオスっていう鼠人の国があってな。あまり他国との深い交流はなかったんだが、10年くらい前に国ぐるみで他所の人間や亜人を奴隷として使役していたのが発覚したんだ」


 奴隷か……。少なくともこの国や周辺国に奴隷制度は無いと習ったし、日本に住んでれば教科書で見るくらいであまり馴染みのない話である。まぁでもファンタジー物ではよく見かけるので、想像はしやすい。


「ラリオスで犯罪を犯した者を奴隷にする、ということなら文句は言えなかったんだが、奴らは奴隷として使うために近隣から組織的誘拐、交換留学生の監禁労働、使節団の不当拘束、挙げ句使えなくなった奴で人体実験とやりたい放題やりやがってよ。最終的には戦争になってラリオス国は滅亡。今は残党が散り散りになってる。――とまぁ、面白い話じゃないだろ?」

「す、凄まじく悪逆非道な奴だったんですね鼠人って……」


 そりゃ亜人の面汚しと言われても納得だ。前世の私を儀式の生贄のようにあっさり殺したことから考えても、やはり日本にいたのは鼠人で九割九分間違い無さそうだ。


「魚人については……ここにはわかる奴はいねぇかな。カレリニエはなにか知ってるか?」

「海の亜人については知らないわねぇ。アタシは川や沼の方だから」


 あ、そっちは別に聞きたかったわけじゃないので「いえ、そういう事なら大丈夫です」と話題をさっさと終わらせる。

 本音を言えばもうちょっと鼠人の話を聞きたかったが、これ以上鼠人の話を続けるのは話題の流れとして難しそうなので今回は諦めよう。


「話が少し脱線しちまったな。で、本題は魔法の話なんだろ? ウチには三人魔術士がいるから、何でも聞いていいぞ」


 しまった! 私の本題は鼠人の話で今まさに終わったのだが、院長が子供達を一旦帰宅させるために「魔法の話をするので」と言ったため、彼らにとっては本題が始まってすらいない!

 院長をチラッと見てみるが、こちらに視線を合わせようとせず、助け舟を出す気は無さそうだ。


 これに似た状況には覚えがある。寝たきりの時の出張授業の際、ちょうど部屋に飲み物を持ってきたお母さんがいるタイミングで、院長に振られた話題に対して前世の知識を交えて応えてしまい、それに対ししどろもどろに言い訳する私を院長がフォローしてくれた。

 しかしそのあと、フォローの見返りとして前世の役立ちそうな知識を教えるように要求され、しかたなく教えることになった。


 そう、院長は今は助け舟は出してくれないが、私がもし何かしら失言をしてしまった場合は即座にフォローしてくれるだろう。前世の知識を見返りとして……!


 何かないか!? 話題! 当たり障りのない! 失言だけは避けなければ! 唸れ私の灰色の脳細胞!!


 必死で頭を回転させつつ亜人達を見回すと、一つ違和感に気付いた。

 ロニスンさんは魔術士が三人と言った。二人はすぐに分かる。兎人のマナマトルさんと鳥人のバントロッケさんが腰に宝石の付いた杖を差しているからだ。

 しかし他の亜人、猪人のロニスンさんは腰に剣を差し、鰐人のカレリニエさんは背中に斧を背負い、熊人のビレイネさんは自身の盾と、ゴツい手甲を部屋の端で手入れしている。


「あれ? 魔術士三人って言いましたけど、マナマトルさんとバントロッケさんと、あと一人は誰なんですか?」


 するとウフフ!! と笑いながら「アタシよアタシ」と、カレリニエさんが背中の斧を手に持った。

その斧の刃側の柄の先端に宝石が付いていた。


「魔術士のほとんどは確かに杖を持ってるんだけど、必ずしも杖じゃなくても良いのよ。得意な武器があるならそれに宝石を付けて杖代わりにしても問題無いわ」


 えっ、なにそれ!? てっきり魔術士 = 杖かと思ってたけど、絶対じゃなかったのか。

 やはり院長の話を聞くだけなのと、実際に院長以外の他の魔術士に会うのとでは情報量に雲泥の差がある。


 う~ん、もしかしたら変な質問と思われるかもしれないが、これだけの人数の魔術士に質問できる機会もそうそうないので、前から思ってた疑問をダメ元で質問するべきだろう。


「えっと……じゃあ本題なんですけど、実は私、魔力ってのがよくわからなくて。魔力って一体何なんですか?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ