表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/118

11.亜人の来訪

 猪の件からさらに数日。

 ようやく左足の固定を外しても大丈夫なほどに回復したが、筋肉は落ちたままなので念の為外出の際は松葉杖の使用を継続。普通に歩くと転びそう。


 暇なので勉強会が無い日だろうと構わず毎日精霊院に通い、院長に個人授業してもらった。いやぁ、子供の身体なせいか、教えてもらえばそれだけどんどん覚えるのでちょっと楽しいのだ。前世の私は勉強なんて好きじゃなかったんだけど。


 例えば国語、この国はシエルクライン王国というのでシエルクライン語になるわけだが、読み書きも大体できるようになってきた。

 あまりに覚えるのが早いので、もう少し上の年齢が習う分まで覚え終えたら、外国語に挑戦してみましょうかと院長から提案された。日本人には敷居の高いバイリンガルも夢じゃないかもしれない。


 今の私の肉体年齢的に言えば算数……だけどこの世界に算数とか数学とかの区別はないのでまとめて算学と呼ばれてるけれど、これはもう日本の学校教育のおかげで教わる必要すらなかった。

 筆算さえ可能なら多少桁数が多かろうと四則演算は苦もなく解ける。そのあまりの効率の良さ、解答の速さに「これが進んだ文明の先にある教育の差ですか……!!」と院長が舌を巻いたほど。


 歴史とかは流石にちょっと難儀した。とはいえある程度は簡略化して教えてくれた。


 簡単にこの国の歴史を説明すると、千年前はまだ国という存在はなく点々と集落が存在し、魔物の脅威に怯えて暮らしていたが、ある時魔物が大発生!!

 このままではいけない!! と各集落が連携して強大な防壁の建造計画が立案され、のちにこの防壁が都市となり、国へと発展するきっかけとなったとのこと。

 しかし防壁建造は魔物の侵攻に間に合わない。そこで立ち上がったのが各集落の腕自慢や魔法に長けた者達。彼らが魔物の侵攻を押し留め、その間に防壁を建造させたと言われている。

 少なくない被害は出たものの、侵攻を阻止しつつ生き残った者は英雄と呼ばれ、国の運営に携わりのちに貴族、特に活躍著しかった者は上位貴族と呼ばれるようになったそうだ。

 で、その防壁が築かれた都市は南の方にある。……あれ? 王都カイエンデって西の海沿いだよね? って疑問を院長にぶつけたら、200年前に遷都(せんと)したんだって。日本の首都が昔は京都だったのが今は東京になっている、とイメージすればわかりやすい。


 もうちょっと踏み込んだ歴史は魔法学園でも習うらしいので、今無理して複雑で細かな歴史を覚える必要はない。




 そんな感じで過ごしていたある日、王都に行っていたお父さんが再び帰ってきた。

 今度はお米あるかなぁとわくわくしながら松葉杖を突いて出迎えに行こうとすると、馬車の中からお父さん以外の見慣れない集団が出てくるのが遠目に見えた。


 私はその人物達を見て動悸が早まる。首から先が普通の人間ではない。それぞれ猪、ワニ、兎、鳥、熊を模した頭をしていたのだ。


 日本で私を殺した鼠頭の集団をどうしても思い出してしまう。


 獣人――いや、この世界では彼らのことは亜人と呼ぶそうだが、馬車から降りてきた5人の中で兎の亜人だけはどちらかというと人間に近い顔立ちで、ウサギ耳が生えている感じの女性だった。それ以外は動物の頭がそのまま置き換わった感じだ。


 前世で殺された恐怖を思い出して体が震え、足を止めてしまう。とはいえお父さんが連れてきて、今は親しげに話している様子を見れば害意など無いのは明白だ。理性を持って震えを止める。


 そうして改めて集団を見てみると、ゲームの敵やキャラなんかで見慣れてるじゃないかということに気付いた。動物頭という見方ではなく、ゲームに出てくるキャラとして考える。


「あぁ、オークとか」


 ポン、と手を打ちたいところだが松葉杖なので頭の中で手を打つイメージをする。

 その何気ない呟きが聞こえたのか、猪頭の亜人がギロリ、と私に鋭い視線を向け、怖い顔をしながらズカズカと私に向かってきた。

 えっ、と思っている間に怖い顔を近付けてきて、私の頭を片手で強く掴んできた。痛い!! 怖い!!


「てめぇ、亜人差別主義者か?」


 鼠頭の亜人に殺された時と同じような恐怖がフラッシュバックする。あまりの恐怖に涙目になりながら、それでも必死に弁明する。


「ごっ、ごめんなさい!! そんなつもりはありません!! 気を悪くしたのなら謝ります!!」


 その言葉でほんの少しだけ頭を掴む手が緩むが、離してはくれない。後ろで他の亜人仲間が「子供相手に」とか「やりすぎだ」と、たしなめて引き剥がそうとしてくれているのが傍目に見えるが、私は恐怖で頭がいっぱいのため、他の亜人に縋るような余裕は無い。


「じゃあその言葉どこで覚えた?」


 ドスの利いた低い声の恫喝が続く。恐怖にガチガチと歯を鳴らしながら、回転の鈍い頭を必死に回して考える。

 単純に考えて、私の放ったオークという単語が亜人差別になる単語だというのはわかる。問題は、どこで覚えたかという質問にどう答えるか、だ。

 誰かに教わった、と言うのは簡単だ。しかしそうするとその「誰か」が亜人差別主義者の疑いをかけられてしまう。この場を切り抜けたいがために誰かに罪を擦り付けたい誘惑に耐えながら、私が亜人差別主義者と思われている疑いを晴らし、そして私だけで完結させなければならない。


「ほ、本で読んだだけなんです!! 精霊院にある!! その言葉が差別になるなんて知らなかったんです!!」


 精霊院に本があるのは本当だが、言葉を知っているのは前世の記憶なので、本で読んだというのは当然嘘である。この世界の本は貴重品のためそうそう読ませてもらえるようなものではない。


 これでなんとか窮地は脱せないだろうかとほんのちょっとの期待と、時間に比例して増大する恐怖を膨らませながらリアクションを待っていたら、次の瞬間、ゴリィッ!! というあまりにも鈍い音と共に猪の亜人が横に吹き飛んだ。

 吹き飛んだ亜人から視線を戻してみると、ワニの亜人がぶっとい腕を振り抜いたポーズをしている。ラリアットの要領で猪の亜人を吹き飛ばしたようである。


 呆気に取られて見ていたら「子供相手にムキになってんじゃないわよ!!」と、ワニの口からとても可愛らしい声が出てきた。うおっ、この人女性だったの!?

 ゴツい体格をしてるのとワニ頭という見た目から勝手に男性かと思っていたのだが、確かによく見れば胸も出ているし、部分部分を見れば女性らしいラインに見えなくもない。


「怖い思いさせてごめんねぇ。アイツ単純馬鹿だから、一度思い込んだら突っ走っちゃうのよ。猪だし」


 私の頭を乱暴に撫でながらワニの亜人はそう言う。あっ、猪だけに猪突猛進ということか。

 意味がわかってフフッと私が笑うと「女の子はやっぱり笑顔が一番ね」と言いながらハンカチを出して、私の涙を拭ってくれた。

 恐怖が過ぎ去って安心したせいか実は腰が抜けているのだが、松葉杖のおかげで座り込まずに済んだ。


「ありがとうございます。そして改めてごめんなさい。知らなかったとはいえ、差別発言をして不快にさせたのは事実ですから」


 前世で接客バイトをしていたので、グループ客のうち一人でも怒っている相手がいる場合はとにかく謝罪を行う、と経験則で刷り込まれているため、亜人グループに向けて改めて謝罪する。すると今度は鳥頭の亜人が前に出てきた。


「お嬢さんは年齢に不釣り合いなほどよく教育されているね。とても良いことだ。だが勘違いをしてはいけない。差別というのは時代、都合、感情、環境など、要因は様々だが、基本的には差別する側の意図が重要だ。悪意などの感情によって差別することもあれば、環境の違いからくる差別、支配者層の都合による差別、今まで問題なかったものが時代の変化で差別になったりもする。だからこそ差別する側の言葉や行動の意味をしっかりと把握する必要がある。発言や行動の裏を見ず、表面だけを見て被害者を気取り糾弾する者が昨今は多いが、さっき吹き飛んだアイツはその典型だな。君は言葉の持つ意味を知らずに発言しただけで、差別する意図は微塵もなかった。そして意味を知ったらすぐに謝罪できる人間性を持ち――」

「ハイハイそこまで。アナタも子供相手に講釈垂れないで」


 鳥頭の亜人による渋声早口をウサ耳女性が遮ってくれる。


「止めるなマナマトル。仕方ない、しかしこれだけは言わせてもらう。差別の意図が無かったとはいえ君に罪がないわけではない。それは無知であったことだ。無知は罪だ。しかし知識があれば大いに君の助けになる。それをゆめゆめ忘れなフガッ!!」


 マナマトルと呼ばれたウサ耳女性に口を塞がれながら連れられて行った。私はそれを苦笑いで見送りながら「貴重な助言ありがとうございます」ととりあえずお礼を言っておく。


「アニス!! 何をやったんだい!?」


 次はお父さんがやってきた。馬車からここまでそれなりに離れているので、最初の私のオークという呟きは普通ならば聞こえるものではない。実際お父さんには聞こえていないようである。だが動物頭の亜人達は聴覚がかなり優れているみたいで、その呟きを聞きつけて先程の騒動となったわけだ。

 さて、なんと言い訳しよう? 正直にそのまま話してしまうと、オークという単語をなぜ、どこで知ったのかという説明を求められる可能性もある。この村の住人ではない亜人たちならいざ知らず、この村の住人であるお父さんに「精霊院の本で見た」と嘘を言うのは後々を考えてリスクが高い。


 私が「えっと……」と言い淀んでいると、その様子を見たワニの亜人が助け舟を出してくれた。


「この子の足元に小さなヘビがいたのよ。でもロニスンが動かないようにこの子の頭を乱暴に抑えながら駆除したもんだから、この子が泣いちゃってね。あっ、この子が馬車で話してたアナタの娘さん? 可愛い上にとっても賢いわねぇ」

「なるほどそんなことが……。いやぁ、ありがとうございます。親の私が言うのもなんですが、自慢の娘なんですよ」


 そこから私の話に脱線させ、見事に話を逸らしてくれた。ワニの亜人さん、ありがとう。


 それからノビた猪亜人ロニスンというらしいを熊の亜人が抱えて運び、お父さんの案内で村を周りつつ村人に亜人のお客さんが来たことを周知させていった。

 村に宿泊施設はないが、亜人の中に神と精霊の信徒がいるため精霊院の客室に2~3日泊まるそうだ。なるほど、神と精霊の信徒になると旅先の宿には困らないということか。


 ……この村にあれだけの亜人が来たのはある意味チャンスかも知れない。明日は精霊院に色々な話を聞きに行ってみよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ