116.巡礼の旅の報告
パレトゥンさんが王都から本当に消失したのか確かめる必要がある。なので王都に入ったらすぐにサクシエル魔法学園に……と思ったが、パラデシアに却下された。
「確かにそのパレトゥンとやらがこのタイミングで消えたことは気になりますが、神殿に報告する内容の重要性に比べれば、その者の安否確認は優先順位が低いと言わざるを得ません。神殿関係者はこのまま神殿へ戻ります。雇われであるロニスンとウィリアラントは王都に戻った時点で依頼完了となるため、ここで別れてもらって構いません」
「それなら、学園卒業者である俺が学園へ確認しに行こう」
というわけで、パレトゥンさんの確認はウィリアラントさんに任せ、私達は神殿へと向かうことに。
神殿に着くと何だか周囲が慌ただしくなった。今までより丁寧な対応で帰還を持て成され、私とパラデシアの二人は神殿長の待つ応接室へと案内される。
「まずはおかえりなさい、アニス。見習い巫女から巫女への昇格おめでとう。さて、帰ってきて早々悪いのですが、確認しなければいけないことがあります。――神と接触したという噂は本当ですか?」
ド直球に聞いてきたな……。神と会った、という話はパーティーメンバー以外にはしてないはずだが、私の身体が時間停止している間にお供え物とか花冠とかされていたことから、すでに憶測として広まってしまっていたのだろう。魔導師級の時空魔法使いであるエミリアさんが時間停止を解除できなかったという事実も、魔導師級を超える存在 = 神や精霊が介入しているという考えに至ることが出来るわけだし。実際、ラルクシィナ神殿の神官達はすでにそう認識していた。
二日間の時間停止も、私達の帰還よりも先に旅人や商人が、ここ王都まで噂を運んでくる時間としては十分だ。
「お会いしました。ですが先に巡礼の旅の大まかな報告をさせてください。道中馬車が一台壊れて、私が不足分を立て替えて購入とかしてますし」
「あっ」
……おっとパラデシア忘れてたな? まぁ神様関連に比べたら些細なことかもしれないから仕方ないけど、私としてはそれなりの金額を出しているのだ。忘れてもらっては困る。
とりあえず旅中のサブ目的である人助けと魔物退治、(表向きは)学園長の協力要請で魔道具によるベンプレオ捜索をしつつ、アネス商会による私のサプライズ誕生日パーティーと家族間の軋轢の解消、盗賊との戦闘と馬車被害、そしてそれによる足止めと馬車購入をおこない、その後ラルクシィナに着いたところまで話す。
そこからは事前にパラデシア達と打ち合わせた報告だ。
まずは神の目的である、人間を神と同次元へ昇華させること。……本当は魔物も対象だが、混乱を避けるためにそこはあえて言わない。
次に魔力量は魔力を含む物――魔物を食べれば増えること。そしてここで当然、カレリニエさんも口にした疑問が神殿長からも出てくる。
魔物が魔法を使っていることについての疑問だ。
「……先程も言ったように、昇華の対象は人間です。魔物はその昇華を促すために作られたようなものです」
私はパラデシアと事前に考えた嘘で誤魔化す。
なかなかの屁理屈を言っている自覚はあるが、とはいえあながち完全な嘘とも言えない。魔力の底上げに魔物が使える以上、人間にとって糧とも言える。問題は、その逆もまた然りということだが。
「なるほど……では旅の道中、魔物を口にする機会もあったわけですね。アニス、今回の旅で魔物を殺すのには慣れましたか?」
「えぇ、はい。一応それなりには……」
これは嘘である。魚介類に似た魔物ならギリギリいけなくはないが、それ以外はまだ全然慣れていない。
「ふむ、それは嘘ですね。アニスは嘘をつく際、首をほんの少し傾けるクセがあります」
「えっ!? ホントですか!?」
慌てて首に手を当てる。自分では傾いているかすぐに判断できなかったが、感の鋭い神殿長が言うのだ。おそらく本当だろう。
「そして、先程の魔物と昇華の話も、嘘ですね?」
うげっ!! 速攻でバレてる!! まさか私に嘘をつく時のクセがあったなんて全然知らなかったし、そのせいで嘘がバレるとは。
私はすぐさま降参した。
「……そうです。お察しの通り、さっきの話には嘘が――ん?」
横にいるパラデシアをチラ見すると、額に手を当てて溜め息をついていた。このリアクションは大体私が何かやらかして呆れている時だ。……あっ!!
「……もしかしてカマ掛けました?」
「ええ。アニスにそんなクセはありません。ですがほんの少し目が泳いでいました。ただ、そこですぐに『それは嘘か?』と問うたところで、貴女達は誤魔化すでしょう? ですから、自らが嘘であると自白するよう、誘導したのです。静かな舌戦で使う技術の一つですよ」
完全にしてやられた!!
確かに「魔物は昇華のための糧である」ということに対して嘘かと問われれば、すぐさま誤魔化しただろう。
だが、神殿長は魔物に関する話という主題はそのままに、話題だけを少し変えて私がその話題に疑問を持たないようにし、そして私が質問に対して嘘をつくであろう回答をあえて引き出した。
私はその回答が嘘であるという自覚があるし、その嘘がクセとして出ている、と言われてしまえば、私は咄嗟に確認してしまう。――そう、ここが分かれ目だ。ここで何もせず誤魔化せば良かったのに、つい首に手を当ててしまい、クセを自分で確認してしまった。――つまり嘘だとわざわざ自白したわけだ。
このことにより、神殿長に嘘は見破られ、そして神殿長に嘘は通じない、と私自身考えてしまい、流れでそのままさっきの話も嘘である、と白状してしまったのだ。
「先程の内容では、魔物が独自の文化と思考を持ち、その上で神と精霊、魔法への理解度が人間より高い、という可能性が否定できません。神と精霊の信徒として異質な考えだとは私自身も思いますが、アニスという存在がすでに異質であるため、アニスが関わる物事に関しては常識にとらわれず、あらゆる可能性を考慮すべき、と考えたまでです」
ぐぅの音も出ないとはまさにこのことである。
私は完全に観念して、本当のことをそのまま報告する。
「――その内容は確かに、誰にも知られるわけにはいきませんね。信仰の根幹が揺らぎますから、私に対して誤魔化そうとしたのも理解できます。……ただ、魔術士人口の底上げは重要な課題ですので魔物の飲食推奨は必須ですが、そうなると私と同じ疑問を持つ者が出てきてもおかしくありません。情報の操作が必要ですね。この件は私のほうで考えておきますので、お二人は心配しないでください」
そう言われたなら、こちらとしても任せるしかない。
「ところで先程、神の目的は我々を神と同じ存在へと押し上げることと言いましたが、アニスが現時点で神の元に招かれたということは、条件さえ満たせば我々でも神に招かれることができる、と考えても良いのですか?」
次に報告しようと思っていた事柄を先に促されてしまった。
とはいえこの件に関しては特に誤魔化す必要はない。神 = 精神エネルギー生命体という存在をしっかり定義して理解すれば会うことはでき、その上で対話をおこなうならば魔導師級の魔力が必要になる、ということをそのまま報告する。
「なるほど。ではのちほど、アニスには詳しい話をお願いいたします。神殿長として、そして神と精霊の信徒として、神への理解を深める必要がありますので」
それからはラルクシィナ神殿でのおおまかな行動と出来事、帰路の魔物退治と、そして王都直前になってベンプレオとの遭遇、戦闘ののちエミリアさんと共に逃げられたことを報告。
もちろん事前の口裏合わせの通り、私とベンプレオの関係性は伏せたままで。……とはいえさっきのやりとりみたいに、なにかの切っ掛けでうっかりバレてしまわないかと薄氷を踏む思いをしながらであるが。
「すると不意の遭遇戦だったわけですか。指名手配犯であるベンプレオを逃したのは痛手ですが、状況を鑑みるに致し方ありませんね」
「エミリアさんがいたから対抗できましたが、エミリアさんがいたから逃げられてしまった面もあります。とはいえ彼女は彼女自身の目的を達成するために動いたに過ぎませんから、ここは金銭契約を結んで行動を縛っていなかった私達の落ち度です。そして、もし次にベンプレオと遭遇したら、エミリアさん抜きで戦わなければいけません。そこで――」
私はそこで一旦深呼吸する。一応今後の進路に関わることだ。
「来年学園に行きつつ、ベンプレオに対抗できる魔道具の制作をおこなっていきたいと思います」
魔法陣に関わる許可については神殿長も知っているとパラデシアから聞いているので、問題無いはずだ。
「アニスも魔法陣の許可に関する話を聞いたのですね。ですが実は陛下から許可を与えるにあたって、条件が一つあるそうです」
えっ、条件!? まぁ一応国家機密だし、扱う以上は何かしら条件があってもおかしくはないか。
「それで、その条件というのは?」
「魔法陣に関わりながらで構いませんから、魔法陣以外で陛下が納得できる功績を上げること、だそうです」
あの王様が……納得するような功績!?
軽めの条件が出てくるかと思っていたのだが、もしかしたらこれは思った以上に難題を突き付けられたかもしれない。