114.王の器
私が魔法陣の知識を欲したのはそもそも、地球での私が殺された際の地面に魔法陣が描かれていたからだ。地球に戻るための要素として、魔法陣は確実に関連性があると確信してのことである。だがここシエルクライン王国では魔法陣の知識は国家機密のため、私は二度と魔法陣の知識を求めないと誓ったのは記憶に新しい。
それがここにきていきなり、すでに魔法陣に関わる許可が出ている!?
「陛下よりこの旅の途中で魔法陣に関する話が出てきたら、アニスに魔法陣の許可を出すようにと仰せつかっていました。まさかここで本当にその話題が出てくるとは私も驚きましたが……」
それはつまり、話題が出てくることが分かっていた――いや、話題が出るように誘導されていたということか……!!
しかし、今ここで魔法陣を話題としている原因は、そもそも魔将ベンプレオと遭遇したからだ。これは完全に誰にも、シエルクライン王とて予想できるとは思えない。
シエルクライン王がベンプレオの動向を知っていた可能性も考えたが、ベンプレオは指名手配犯である。しかも魔法陣に長けた人物でもあるため、国家機密である魔法陣の知識をもった人物を野放しにしておくとは到底考えられない。この線はないだろう。
となると、ベンプレオとは関係なく、魔法陣の話題へ誘導した人物がこの中にいるということになる。王様から誘導するように仕向けられたと思われる人物が。
真っ先に疑いたくなるのはパラデシアだが、先程の会話の流れでパラデシアは魔法陣の話題を出していない。会話の中で魔法陣の話題が出てきたことに驚いていたことからも、ゼロではないが低いと見ていいだろう。
次に探知の魔道具の改良を促したラッティロ。ただし彼も直接的に魔法陣の話をしたわけではない。しかし、そのあとにアレセニエさんが提案した話は違う。彼女は完全に私が魔法陣に関わる前提で話をした。
――アレセニエさんは王様から命令を受けている可能性がある。
「アレセニエさん、もしかして王様から指示受けてる?」
私は不信感を醸し出しながら問う。アレセニエさんは私が王様をよく思っていないことを知っているはずだ。もちろん、アレセニエさんは王様の命令があればそれに従う必要はあるが、王様に良いように扱われるのを嫌う私にとって、現在の状況は私に対する信頼への裏切りと言ってもいい。
アレセニエさんは数秒ほどフリーズしたかと思うと、状況を理解したのか慌てて弁明を始める。
「――いえ!! 決してそんなことはありません!! アニス様がそう思ってしまうのも仕方ない話の流れではありましたが、自分としては完全に偶然です!!」
そこまで早口に捲し立てると、一旦深呼吸して落ち着き、続きを口にする。
「そもそも、アニス様が魔法陣の知識を得ようとしたのは、魔物を殺すのを忌避しているため、魔物退治をしないで済むからという理由で将来的に魔道具開発の道へ進みたい、というものでしたよね?」
実際には違うのだが、ポートマス神殿長の機転のおかげで、確かにそういう理由で皆には認識されている。
「ですがその理由だと、あまり志しがあるとは言えません。そのような志しも無いような者に対して安易に国家機密へ触れさせるわけにはいかない、と普通は考えるかと思います。言ってしまえば消極的な進路動機と言えますので」
……うっ、そう言われると反論しづらい。
「魔物や動物すら殺せないアニス様の価値は、誰も真似できない宝石生成ができること、そして神の怒りを操れるという政治的・宗教的駆け引きに利用できる点かと思います。それだけでも王族が目をかける理由にはなると思いますが、アニス様の真価は間違いなくその知識と発想力です。それを魔法陣開発に活かさない手はありません。自分程度が思い付くことですから、当然王族も思い付いているはずです。なので、現在の状況で魔道具開発の許可を申請すれば、問題なく許可が降りると自分は考えたのです。決して、陛下から命令されて話題を誘導した、などといったことでは誓ってありません」
つまり、以前はあまり誉められたものではない動機で魔法陣の知識を得ようとしたから断られたけど、今はベンプレオを倒すという強い動機があるから、魔法陣に関わる許可が出るだろう、とアレセニエさんは考えたわけか。
確かにそう説明されれば、理由としては十分に有り得そうではある。……だがそうなると、王様が予言じみたことをしたことになる。
まるで、王様自身がこうなることをわかっていたかのように。
「アニスがアレセニエを疑うのもわからないではありませんが、このままでは今後も周りに疑いの目を向けてしまいそうですから……そうですね、せっかくですのであの時の答え合わせといきましょう。アニス、私が陛下への印象を聞いた時のことを覚えていますか?」
「ええと、あまり良い印象を持っていないって答えた時のことですね。そのあとパラデシア様は、私が王様の手のひらの上にいるみたいなことを言ったと覚えています」
「よろしい。それに対して貴女はそれはどういうことかと問いましたが、私は答えませんでしたね」
その答えを今、ここで答えてくれるということか。
「正直私も今回の件で実際に実感しましたけれど、陛下は未来が見えているのです」
……は? えっ、なにそれどういうこと?
「それって……為政者として先のことを見通している、とかそういうことではなく?」
「そういう比喩的なことではなく、能力として確実な未来が見えているようです」
何じゃそりゃ!! 完全に未来予知の超能力じゃん!!
……考えてみれば、あの「嘘をつけなくする」精神感応系能力持ちのルナルティエ第二王女の親なのだから、何かしらの能力を持っていてもおかしくはないのか。
未来が分かってるのなら、私が王様の手のひらの上とか当たり前の話過ぎて考えるのも馬鹿らしい。さっきまでの疑ったり考察したりしたのは完全に時間の無駄だ。
「――で、つまるところ王様は私がこういう事態に陥ることを諸々分かっていたってことですか?」
「いえ、陛下の能力もそこまで万能ではないようです。あくまで国を運営する上で、どう行動すれば有益になるか、というのが見えているらしく、個人の細かい事情や状況まではその能力では把握できないとのことです」
つまり、王様がいくら未来が見えると言っても、私が別の世界の人間である、と暴露したここでの会話までは見通せないというわけか。少しは安心である。
とはいえ限定的ながらも、国のトップが予知能力を使えるという事実は凄まじい。絶対に失敗しない統治ができるのだから、無敵と言っても過言ではない。「王様の生存」が国にとって有益だと予知能力が判断したのならば、本人が余程愚かでない限り、外的要因のあらゆる死亡を回避できる可能性がある。
王様の未来予知によって、ここで私が魔法陣に関与する許可が出たということは、それがこの国にとって有益なことであり、今後私が魔法陣に関わることが確実であるということでもある。
そしてそれは、魔道具の根幹である魔法陣に改良を施し、将来的に私がベンプレオの再捜索をおこなうという未来がほぼ確定していることに他ならない。
あののじゃロリ神と同じように、良いように動かされているのは非常に癪ではあるが、元の世界に戻れる可能性がまだある以上、ここで諦めるのは早計だ。その話、乗っかってやる……!!
「さっきまでとは違い、少しは元気が戻ってきたようですね。でしたら、貴女の事情をもう少し詳しく説明してもらいましょうか。ウィリアラントからではなく、貴女自身の口から」
パラデシアが先ほどと同じように怒りの感情を宿した瞳で威圧してくる。
確かに諦めの状態から希望が見えて少し元気が出てきたが、このままその元気が続くか怪しい状況となってきた。