109.魔将ベンプレオ
私が本物のアニスの人格が入った小野紫の身体を確保している間に、魔将ベンプレオとエミリアさんの戦いは次の局面に移っていた。
時空魔法による相殺の応酬はどうやら決定打にならないようですでにお互いやめており、ベンプレオはラミネートカードを複数枚手に持っていくつもの属性魔法を乱発していた。
その様子はまさに猛攻と言っても過言ではなく、エミリアさんだけではなく旅のメンバー全員がそれを防ぐだけで精一杯の状態だった。
考えろ。この状況を打破する方法を。さっきみたいに突っ込んでいったところで同じようにやられるだけだろうし、適当に魔法を放ってもあの魔法の猛攻ではかき消されるだけだろう。
というかそもそも、私が放つ遠距離攻撃魔法というのはだいたい誰かの真似だ。どちらかというと支援のほうが……そうか、支援すればいいんだ。
「イージスシールド!!」
対象は私ではなく、離れた位置にいる旅のメンバーとベンプレオの間。無敵の盾をイメージしている私の魔法は、ベンプレオの魔法を完全にシャットアウトした。
「くっ、やはりあの世界の知識と想像力がこの世界の魔力と結び付くのは、大変面白いが同時に厄介であるな!!」
ベンプレオが別のラミネートカードを取り出すと、尋常ならざる速さで後退して距離を取り始める。
「よくやったわアニスちゃん!! そして逃さないわよ、必中トマホーク!!」
カレリニエさんが杖代わりにもしてる自身の斧を、イージスシールドの脇から思い切り振りかぶって投げた。しかし必中と言いつつもその軌道はベンプレオから外れており、とても当たる気配はない。
ベンプレオも明らかに当たらない斧には目もくれず、私達に注意を向けている……と次の瞬間、斧の宝石が爆発し、その衝撃で粉々になった斧の破片がベンプレオへと降り注いだ。
魔石の魔力飽和による爆発を利用した一種の爆弾か!! しかし魔術士級のカレリニエさんでは、それだけでほぼ魔力を使い切るはずだ。しかも自身の武器を犠牲にする、一回限りの完全なる奥の手。だがその奥の手は相手の油断を的確に誘い、しっかりとその隙を突いたのだ。
カレリニエさんの攻撃で、ベンプレオは細かい傷をいくつか負った程度だが、その足を止めることに成功した。
そしてベンプレオの様子を凝視していたラッティロが、唐突に叫ぶ。
「無詠唱で魔術士級の魔法を撃ってくるカラクリが分かったぜ!! アイツ、自分の身体に魔法陣を描いてやがる!!」
必中トマホークの破片によってズタズタになったローブの隙間から、確かに模様らしき物が描かれた肌が見える。
なるほどそういうことか。例えば「炎の矢を正面に放つ」という魔法陣を身体に描いていれば、詠唱せずともその魔法陣に魔力を流すだけで発動する。分かってみれば単純なことだが、その発想には至れなかった。
となると、あのラミネートカードも同じ原理か。カードにそれぞれ魔法陣を描いておき、魔力を流せば発動する、ということだ。
「ふっ、それが分かったところで貴殿らでは拙者には勝てんよ」
ベンプレオは別のラミネートカードを取り出すと、自身を黒球で包みこんだ。そして黒球が瞬時に消滅し、離れた位置にベンプレオが黒球とともに姿を表す。あれはエミリアさんも使った瞬間移動か!!
だが現れた瞬間、ベンプレオの真下から土の槍が出現し、ベンプレオが間一髪で躱すのが見えた。結構無茶な体勢で躱したせいで、ゴロゴロ転がって体勢を立て直していた。
「時空魔法のあの黒球は、空気の流れを寸断する。となると、その寸断された所がアイツの現れる場所だ。そこに魔法を置いておけば勝手に当たりに行ってくれる」
ウィリアラントさんがそう解説する。そうかあの黒球、中の空気ごと切り取って移動してるから、空気の流れが途切れるのか!! いやしかし、それを認識できるのはたぶんウィリアラントさんだけだと思う。
「アニス様!! お守りできず申し訳ありません!!」
アレセニエさんがモモテアちゃんと共にこちらへ駆けてきた。
私は本来ならこの二人に守られなければならないはずなのだが、相手の魔法で分断された上、私が勝手に突貫してしまったせいで離れてしまった。
おかげで、一瞬だったとはいえ右腕を消失する大怪我をしてしまったし、当たりどころが悪ければ死んでいた可能性もある。……関係各所から激しい叱責が飛んできそうな行動をしてしまったのだと今更自覚する。とはいえ過ぎたことはしょうがない。今は目の前のことに集中だ。
ベンプレオとはそれなりに距離が離れているが、二人は私を守るように前へ出る。ふと、アレセニエさんの持ってる宝石剣が結構強く光っているのに気付いた。……これ、魔力飽和近くない!? どんだけ魔法吸収したの!? というかこの大きさの宝石を飽和近くまで持っていくって、ベンプレオの魔力量が化け物すぎる!!
この宝石剣でこれ以上魔法を吸収するのは危険だ。いつ魔力飽和が起きて爆発するか分かったものではない。私はすぐに新しく宝石剣を作り出し、アレセニエさんに渡した。
代わりに魔石化した宝石剣を受け取ったわけだが……これどうしよう?
とりあえず魔石剣は置いておいて、私は二人の後ろからベンプレオと仲間の戦いを観察する。
仲間達は私の作ったイージスシールドを文字通り盾にしながら、お互い遠距離攻撃魔法による牽制がおこなわれている。だが、最初と違って戦況は芳しくない。
カレリニエさんは先程の必中トマホークで魔力と武器が無くなり戦力外、傭兵のロニスンさんも近接戦闘ができないこの状況では何もできず、魔術士のパラデシアとラッティロ、ウィリアラントさんは一応魔法で牽制をやってはいるが、化け物級の魔力を持つベンプレオに持久戦をやっても勝ち目はない。
唯一対抗でそうなのはエミリアさんだけだが、魔導師級の魔力持ちであってもメイン武器は大剣だ。時空魔法では互角に渡り合えても、魔法主体の戦闘ではどうやら分が悪いらしい。
私も仲間の場所に戻るべきかもしれないが、意識のない本物のアニス=私の身体を放っておくわけにもいかないし、仲間の元に持っていって私の身体を危険に晒すわけにもいかない。
ただ、ここに留まっているメリットもある。ベンプレオは私を研究対象か何かに見ているようで、私が仕掛けない限り攻撃をしてこない。わざわざ仲間と分断したのはそのためである。そして同時に、私をかなり警戒している。要するに、仲間と私の二手に対して注意を向けているのだ。私の動き方次第では、現状を覆せる可能性が十分にある。
どうすればこの状況を覆せるか? と考えていたら、状況が動いた。
「拙者としたことが戦力の分析を見誤っていたようだ。健闘を讃えよう。だが、それでも貴殿らでは拙者には勝てぬ」
ベンプレオが更にもう一枚ラミネートカードを取り出し、大きめの黒球を自身の目の前に発生させた。そしてその黒球に向けて複数の魔法を放つ。
……マズい!! 私達は離れた位置から見ていたからその様子が分かったが、イージスシールドの後ろにいる仲間達は、その黒球に阻まれてベンプレオが魔法を撃っている姿が確認できていない!!
そして次の瞬間、正面の黒球が消えると同時に、仲間達の後ろに黒球が音もなく発生する。その黒球から、先程放たれた魔法が仲間達に向けて降り注ぐ。
仲間達が魔法に気付いて振り向いた時には、もうそれらから逃げるような暇など無かった。為すすべ無し――と思っていたら、エミリアさんが反応した。
降り注ぐ魔法に対して、エミリアさんも黒球を展開したのだ。魔法は全て黒球に飲み込まれ、仲間は全員無傷で済んだ。
しかも防いだだけでは終わらない。ベンプレオの後ろに黒球が発生し、先程飲み込んだ魔法が今度はベンプレオに降り注ぐ。丸ごと全部カウンターとして返してしまった。
だがベンプレオはそれにすぐさま反応し、自分に降り注ぐ魔法を同じように黒球で飲み込んだ。カウンターを更にカウンターで返そうというのか!!
また先程のような不毛な相殺合戦が始まるのか? と思っていたら、ベンプレオが自身の目の前に発生させた黒球からエミリアさんが出てきた。……あれ? エミリアさん仲間の所にもいるよね? 二人になってる?
目の前の状況に混乱していたら、仲間達の後ろに黒球が発生し、カウンターされた魔法が再び降り注ぐ。仲間の所にいるエミリアさんはそれを黒球で飲み込みつつ、魔法が出てきた黒球に自ら飛び込んだ!!
……なるほど理解した。ベンプレオが自身の目の前に発生させた黒球と、仲間の後ろに発生させた黒球は時間差で発生しているように見えるが、黒球の内部には時間差が無く、二つの黒球は時間的にも空間的にも繋がっている。
だからエミリアさんが後ろの黒球に飛び込めば、先に発生していたベンプレオの前にある黒球から飛び出せる、そういう仕組みなのだ。
だがおそらく、これは時空魔法使いだからできる芸当だろう。時空魔法をコントロールできる者でなければ、たぶん黒球に自ら飛び込んでも飲み込まれて終わりな気がする。
そしてベンプレオ側に現れたエミリアさんだが、黒球から飛び出すと同時に、完全に不意を突かれたベンプレオへ膝蹴りを食らわせていた。
そのまま倒れたベンプレオに対して、エミリアさんは片膝に体重を乗せて相手の身体を地面に縫い付け、頭の真横に剣を突き立ててベンプレオの生殺与奪の権をその手中に収めた。
……追い求めたあのベンプレオを……元凶を……やっと、やっと……本当に……倒した……!?