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10.私に戦闘は不向き

「私大怪我してるんですから戦闘なんて無理ですよ!!」


 院長は魔術士のため、魔法による戦闘が可能だからそのまま外に出ても問題ないけど、今の私は問題大有りだ。

 しかし院長は少し困った顔をして指摘する。


「前にも言いましたが、魔術士は戦闘能力を持ちます。そして国の方針により魔術士は魔物退治を推奨……という名のほぼ義務です。この機会に擬似的にでも戦闘経験をしておかないと、次にいつできるかわかりませんよ」


 むむぅ、魔術士級の魔法が扱えるようになってしまったからには、魔物退治は必須ということか。

 魔物退治というとファンタジー作品で聞き慣れた言葉だが、現実的に考えれば生き物を殺すことに変わりはない。小さな虫とかならまだしも、犬猫を殺せと言われて殺せるかというと、私はまったくもってNOだ。


「……魔物退治をしなくていい方法はないんですか?」


「無いわけではありませんが、あまりお勧めできません。特殊すぎる道と、デメリットが多い道しか私は知りません」


 そこまで言われてしまったら、もうやるしかなさそうである。気が乗らないが仕方がない。


「わかりました。やるだけやってみます」




 魔法を扱うのに松葉杖は邪魔だし遅いし不便なので置いておき、今回は院長に抱きかかえられて外に出た。

 村の広場が少々騒がしかったので、周囲を警戒しながらそこまで行くと、一匹の猪が村人に取り囲まれていた。あ、お父さんもいる。

 猪はその包囲を突破しようと激しくグルグル周りながら隙を窺っているようだが、剣やナイフによる牽制で突破口が開けない様子。身体のあちこちに切り傷があり血もそこそこ流れているため、動きも鈍い。


 うっ、あんなに血が流れてる……。


 それからしばらくすると、猪は目に見えて弱ってきた。そこで院長が皆に声をかけて、戦闘訓練を意識した私の魔法の練習台にしたい旨を伝えると、私達のいる方の包囲だけ空けてもらった。

 猪はよろよろとこちらに向かってきた。血は足元を伝って地面に流れ、点々と血痕を付ける。


 私は手のひらを猪に向け魔法を放つ準備をする。しかし、かすかに漂う血の匂いを感じ取った瞬間、私は思わず前に出した手のひらで口元を覆ってしまった。


「……ごめんなさい、無理そうです。気分が悪くなってきました」


 こんな精神状態では正確に魔法をイメージできる自信はまったくない。


 院長は少々困った顔をしながら「仕方がありません。今回は私の実演を見て勉強、ということにしましょう」と言って指輪を猪に向けると「ネックモーウィング」と魔法を放った。

 風の刃が猪の喉を切り裂き、血を吹き出しながら倒れる。ビクンビクンと痙攣する猪を見て私は更に気持ち悪さが増し、吐き気がひどくなる。


 周りにいた村の人達が感嘆の声を上げたあと、笑いながら「今日はごちそうだ」「猪肉なんて久し振りだ」と言っているのがなんだか遠くに聞こえる。

 そして猪の腹を掻っ捌き、内臓が――




 気付いたら精霊院の客室のベッドの上だった。気持ち悪さが許容量を越えて意識を失ったらしい。思い出したらまた吐き気が込み上げてきたが、なんとか押し止める。

 まさかいきなりあんなグロい現場を見る羽目になるとは思わなかった。グロ耐性のない人間にあれはキツすぎる。


 気持ち悪さでうんうん唸りながらしばらく布団で休んでいると、様子を見に院長がやってきた。


「目が覚めましたか。気分はどうですか?」

「最悪ですね。トラウマになりそうです」


 その返答に、院長はしばし考え込む。無理もない。なにせ魔物を殺さなければならない魔術士が、動物を殺す現場を見た程度で失神してしまったのだ。明らかに向いていない。


「……前世ではお肉を食べなかった、というわけではありませんよね? アニーの作る食事には出ていたようですし」

「お肉は前世でもよく食べてましたよ。食べたい時にいつでも食べれるくらいには世の中に流通してましたから」

「それほどまでにお肉が出回っていたなら、いたる所で屠殺がされていたのではないですか? 動物を殺す現場などいくらでも見る機会はあったでしょう?」


 なんとなく言いたいことはわかった。しかしそれはこの世界の基準で言えば、の話だ。


「保存技術が発達してましたので、前世で一般人が見るのはすでに部位ごとに加工された肉だけでしたから。一般の人が動物を殺すことは基本無いですし、屠殺も見ようと思わなければ見る機会なんてまずありません」


 院長はまたしても困った顔をして考え込んだ。


「世界が違えばシステムも違う、ということですか。しかし困りましたね。魔術士が魔物どころか動物すら殺せないというのは想像すらしていませんでした」

「あの院長先生……。私の状況が状況ですから、一応念のために魔物退治をしなくていい事例を詳しく教えてくれませんか? もしかしたらそっちの道にいける可能性もあるわけですし」


 グロい現場を見なくて済むなら当然そちらのほうが良い。努力によってそちらの道に行けるようなら全力で努力するしかない。


「そうですね。一応そちらの道を模索してみるのも良いかもしれません。魔物退治をしなくても良い道は私の知る限り大まかに3つ。特殊な道2つと、お勧めしない道が一つですね」


 院長は指を三本立てながら説明を続ける。


「まず一つ目は魔物退治以外で多大な功績を上げること。例えば、魔法の扱い方に革新的な方法を見出したりですとか、未開拓の土地や不毛な地を人が住めるように魔法で環境を整え、領土を広げるですとか」

「電気の魔法とか宝石生成では功績としては弱いんですかね?」

「確かにそれを発表すれば大変な発見として騒がれるでしょうが、その魔法を誰にでも扱えるようにするところまで持っていかないと、多大な功績とまでは言えないでしょうね」


 それは無理そうだ。私には電気エネルギーが世の中に溢れている前世というものがあるからこそ、電気の魔法をイメージできる。

 宝石もお店や写真で手軽に見れたし、その成分もある程度知っているからこそ生成できるのだが、この村で院長の指輪以外の宝石を見たことある人はどれだけいるのだろうか? 成分などこの世界の誰も知らないだろう。


「貴女が前世の知識を広めれば、充分な功績になると思うのですけどね」

「ですからそれはあんまり気が進まないんですって。どんな知識がどの程度影響を及ぼすかわからない以上、下手すると平穏な日常を送れなくなっちゃいますから」


 院長は事あるごとにそう勧め、私はいつもの返し文句を言う。

 この世界の常識を知った上で、私自身が発見なり確立した技術・知識を広めるならまだしも、常識を知らないうちから、単に前世で知った知識を考えなしに広めるというのはリスクがありすぎる。

 たとえばこの世界で専門的な技術が必要な職業があったとして、私が誰でも使えるような技術を広めたせいで職にあぶれる人が出てきてしまい、その人達に恨まれる、なんてことは避けなければならない。


「二つ目は魔道具の作成に従事することですね。魔道具の作成には魔法陣の知識が必要ですが、魔道具を作れるほどの複雑な魔法陣は工房ごとに秘匿されています。そのため工房で働くにはしっかりした身元とコネが必要ですが、残念ながら私にはその伝手がありません」


 こちらも無理そうだ。当たり前だが7歳の私にコネなどあるはずがない。

 一瞬お父さんならもしかしたら? と思ったが、もし何かしら伝手があるなら魔道具を仕入れていないはずがない。今までそのような魔道具とやらを見たことがないから、伝手を持っていないと考えてもよいだろう。


「三つ目を説明する前に、まず魔術士は国か神殿に所属しないといけないことを説明しなければなりませんね」

「所属しなかったらどうなるんですか?」

「その所属しなかった場合が三つ目の、デメリットが多い道になるのですよ。所属することで魔物退治の推奨義務が生じるわけですが、所属しないとそれは発生しません。ですが同時に、公的機関の恩恵、または神殿の利用ができなくなりますね。基本的に未所属者はほぼ犯罪者ばかりですので」


 魔物退治をしなくていい代わりに、犯罪者扱いされながら生活しなければならないということか。確かにデメリットが多すぎる。院長がお勧めしないわけだ。

 未所属というだけでは罪にはならないが、周りからは『後ろめたいことがある』というレッテルを貼られ、普通の生活は望めない。人知れずひっそりと暮らすか、それこそ犯罪に手を染めるしかなくなるそうだ。


 所属に関してもう少し詳しく聞いてみると、魔術士として国に所属すると公的機関を優先的に利用できる権利、魔物退治による報酬制度、税金一部免除など、メリットが色々と多い。デメリットとしては、たまにある国からの依頼を断れないということくらいか。

 所属するには王都のサクシエル魔法学園の卒業が条件で、卒業できなかった場合は恩恵の一部制限がかかるが所属自体は一応可能とのこと。

 学費がそこそこ高いらしく、卒業の有無にかかわらず学費が払い終えていない場合は国からの仕事斡旋があり、学費を払い終えた時点で所属となるらしい。


 神殿の所属は、まぁ要するに神と精霊の信徒になることだそうだ。ちなみに一神教である。

 あっ、そういえば以前、院長に神様の名前を聞いたところ「神に名前などありませんよ? 神は神です」と言われた。神という単語そのものが固有名詞みたい。


 で、神殿に所属すると、神と精霊に祈りを捧げ、品行方正、清廉潔白な日々を送りながら、魔術士は魔物退治を行う。魔物退治自体は国で定められたものなので報奨制度は利用できるが、それ以外の国からのメリットはない。

 そのかわり、魔術士であるなら神殿でのそれなりの地位が約束される。なにせ魔法という形で精霊の力を行使できるのだ。魔法が使えない一般人よりは精霊に近しい存在と見られるので、偉いに決まってる。

 あとは必要な税金なども神殿が一括管理して支払っているので、その手の手続きに煩わされることもない。


 ちなみに国か神殿の二者択一といわけではなく、神殿の信徒でもサクシエル魔法学園を卒業することはできるそうだ。その場合は両方のメリットを受けられるとのこと。


 ただし――と院長は付け加える。


「デンキや宝石生成はあまりにも異端です。サクシエル魔法学園のある王都であればうっかり使ってしまっても、大騒ぎにはなるでしょうがいきなり殺されるということはないでしょう。ですが時空魔法すら異端視するような地域で、もしデンキや宝石生成など使ってしまったら、いきなり殺される可能性も十分あります。それも信徒から。ですので、貴女が信徒になることはお勧めしません」


 保守的な地域だと四属性以外の魔法は存在すら認めないということか。恐ろしい。


 一通り聞いてみたが、現時点で取れる道は多くな……いやちょっと待った。


「魔術士級の魔法が使えることを隠して生活するという手は無いんですか? 魔法使い級を装えば所属する必要はないですよね?」

「残念ながら難しいですね。魔法が使えるということが発覚した時点で国民には魔力の定期検査が義務となります。ブルースも王都で定期的に受けているはずですよ」

「ということは院長先生も受けてるんですか?」

「魔力検査は潜在的な魔術士級を発掘するために行なっていますから、魔術士は受ける必要はありません。検査は内包する魔力量で魔術士級か魔法使い級かを判断しますから、たとえ魔法使い級を装ったとしても、定期検査で魔力量が魔術士級であれば一発でバレてしまいますよ」


 良い案だと思ったがダメだった。くそう、この国のシステムなかなか隙がないな。

 こうなってくると取るべき道はほとんど決まったようなもの――と思ったが、一つ疑問が思い浮かんだ。


「そのサクシエル魔法学園の入学は何歳からで、卒業まで何年くらいかかるんですか?」

「入学は10歳から受け付けてますね。卒業期間は人によって違いますが、一般的には5~6年、優秀な者なら2~3年で卒業できます」


 私今7歳。一般的な卒業を目指せば8~9年くらい余裕があるではないか。


「無理に今魔物退治の練習しなくてもじゅうぶん時間あるじゃないですか!!」

「入学すればどのみち授業で魔物退治がありますよ。そう考えるとあと三年程度しかないとも言えます」


 ぐっ、よく考えれば確かにそうだ。魔術士養成機関らしいから当然魔物退治に関する授業はあるに決まってる。


「まぁ、進路としてはどう考えてもサクシエル魔法学園に入学するのが一番良いですね。入学までにできるだけ、殺すということに嫌悪感を抱かないよう努力はしてみますが、もし在学中に別の道に進めそうならそちらを模索します」


 半ば諦めながら、私はそう答えるしかなかった。

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