107.運命のいたずら
「そういえば貴女、海の魔物を殺すことに対してはあまり忌避感を感じていないようですわね」
「ま……まぁ多少は魔物退治に慣れてきたんだと思います」
嘘である。
海の魔物は当然ながら、見た目が海洋生物に近いものが多い。なので、日本の食卓に上がる姿として見慣れているのだ。
殺すことに躊躇いがないわけではないが、陸の動物や魔物を殺すよりは嫌悪感が湧かないのである。
「それはよかった。もうすぐ巡礼の旅も終わりますけど、その間にもう少し慣れておきましょうか」
「断固拒否させてください」
あと2~3日で王都に着くその道中、途中の足止めで一ヶ月と少しかかってしまった巡礼の旅も終りが見えてきた。
多少(強制的に)魔物退治にも慣れてきたとはいえ、やはり生き物を殺すことには抵抗がある私は、これ以上魔物と遭遇しないことを祈りながらパラデシアにそう返答する。
ふと、日課の鼠人レーダーをやっていなかったことを思い出し、そこそこ威力のある魔法をイメージしながら魔道具に魔力を流し込み、レーダーを作動させる。
この旅の道中で反応は無かったし、まぁどうせ今回も空振りだろうと惰性で動かすと……点滅した。えっ!? 点滅!?
うそっ!! ここに来て反応あり!? ――いや、反応は前方だ。前方には王都がある。となると、この反応はサクシエル魔法学園にいるパレトゥンさんの可能性が高い。そこまで届くような魔力は流し込んでいないはずだが、うっかりということもある。
改めて、今度はより遠距離まで反応するように作動させると――反応が二つあった。共に前方で、近い所と遠い所。遠い所は間違いなく王都だ。となると、王都までのこの道すがらに鼠人が一人いることになる。
「警戒してください。この先に鼠人の反応がありました」
私の言葉にパラデシア、モモテアちゃん、アレセニエさん、カレリニエさん、エミリアさんに緊張が走る。
ひとまずカレリニエさんには後ろの馬車へ連絡に行ってもらい、残ったメンバーで前方を注視する。
「反応があったその鼠人というのは、アニスさんが探しているという魔将ベンプレオなんですか?」
「いえ、そこまではこの魔道具ではわかりません。あくまでこの魔道具は特定の種族に反応するだけで、個人まで特定する機能はありませんので」
エミリアさんの問いにそう答えるが、果たしてどうだろうか? そう都合良くベンプレオと遭遇できるとは思っていないが、のじゃロリ神曰く日時は不明だが確実に会えるとも言っていた。
とにかく確認してみなければわからない。例えば壊滅した鼠人の国ラリオスの住人が、難民としてこちらに流れてきている可能性だってあるのだ。
しばらく馬車を進ませていると、二つの人影が見えてきた。どちらもローブ姿にフードを被っていて顔は見えないが、一人は背が高く、もう一人は背が低い。
念の為もう一度レーダーを作動させると、反応があった。あのローブ二人組みの内の一人が鼠人で間違いない。
二人は道のど真ん中に立ち、明らかにこちらを見据えていた。普通ならば馬車に道を譲るのが筋であるが、その様子がまるでない。こちらに用があるのは明白である。
「そこの二人!! 用が無いのでしたらどきなさい!!」
パラデシアも普通ではないことは百も承知だろうが、とりあえずただの平民である前提で対応をし、様子を見る。
すると、背の高いほうがフードを取り、その顔を晒した。
――鼠の頭。
そして、その口が動いた。
「そこにアニスという少女がいるだろう? 実験の結果を確認したいので、拙者の前に出してはくれまいか?」
一瞬にしてメンバーが警戒態勢に入ると同時に、私は全身から冷や汗が吹き出し、悪寒で身体が震え始める。
ベンプレオだ。あいつは間違いなく、私を殺した鼠人だ。
私のただならぬ状況を見たパラデシアが「お断りします。名乗りもしない愚か者の言う通りにする理由がこちらにはありません」とバッサリと切り捨てる。パラデシアがとても頼もしい。だが、ベンプレオも引かない。
「これは失礼。拙者は元ラリオス国将軍、ベンプレオという者である。そちらに理由はないというが、こちらには十分な理由があるのでね。大人しく出してくれないというのならば――」
次の瞬間、詠唱も事前動作も無しに、いきなり炎の矢が放たれた。
あまりにも唐突なうえ、恐怖で支配された私は少しも反応できなかった。しかしそこへアレセニエさんが咄嗟に飛び出し、宝石剣でその炎の矢を吸収した。
アレセニエさんに続いてモモテアちゃんとエミリアさんが馬車から飛び降り、それを確認したパラデシアが道の外へ馬車を退避させる。
後ろの馬車もこちらのただならぬ動きに、同じような行動を取るだろう。
少し離れた所で馬車を止めたパラデシアは、車内に残って両腕を抱えている私にこう問いかけた。
「アニス、貴女はあの鼠人と面識があるのですね?」
……駄目だ。もうここまで来ると誤魔化せる状況ではない。私は無言で頷くしかなかった。
「貴女の様子から、ひとまずあのベンプレオは敵と見做して良いようですね。詳しい話はあとで聞くとして、狙いがアニスなら貴女も降りなさい。全員で固まったほうが貴女を守りやすいですから」
そう言われて有無も言わさず降ろされ、警戒しながら他のメンバーと合流。ローブ姿の二人と対峙する。
「やぁアニス、その姿でははじめまして。しかし実際に会うのは二度目だな。壮健で何よりだ」
ベンプレオの言葉に他のメンバーは警戒しながらも疑問符を浮かべる。当然だ。その言葉を真に理解できるのはこの場では私しかいない。
「ベンプレオとやら、私の知る限りでは、貴方とアニスが会っているという話は聞いたことがないのですけど、誰かと間違えていらっしゃらないかしら?」
「人間の女よ、それは貴殿が知る機会がなかっただけの話だ。おそらく知る必要もない」
この状況が終わったあと、結果がどうなるかは想像もつかないが、無事であれば少なくとも説明を求められるのは確実だ。ここまでベラベラと喋られると、今までやってきた誤魔化しは完全に無意味だ。
「我が同胞達から抽出した魔力量とコピーした言語知識、分離させた魔力感知、代わりに植え付けた時空魔力感知、それらがどうなっているのか調べたいのだが、貴殿らは邪魔だな」
――今なんて言った? 同胞から抽出した魔力量? コピーした言語? あと魔力感知? つまり、この異常な魔力量も、魔力感知が出来ないことも、一度習った言語をすぐに習得できたあの気味の悪さも、全部こいつのせいということ?
殺されたことも、転生して苦労したことも、全部ぜんぶゼンブ、やっぱりこいつのせいか!!
そう考え始めたら、恐怖よりも怒りが込み上げてきた。これは一度ぶん殴らなければ気が済まない。
私が怒りを膨らませていると、ベンプレオは隣の背の低いローブ姿の人物に声を掛ける。
「拙者は周りの掃除をする。君は彼女の足止めをしてくれないか?」
すると背の低い方は勢いよくフードを取り、明らかな怒りを放ちながら私を睨みつける。
その人物は少女で、その頭は黒髪で、この辺りでは見ない人種の顔立ちをしていた。
この顔には見覚えがある。見覚えどころかそれこそ何百、何千回と見た顔だ。
「アニスの身体を返せえええぇぇぇぇ!!」
その少女――年齢十歳頃の、少女時代の小野紫の姿をした、おそらく本物のアニス・アネスが私に向かって襲いかかってきた。