106.海の魔物
旧王都ラルクシィナを出て西に向かうと、眼前に海岸が現れた。ここから海沿いに北上していけば、迷うこともなく王都カイエンデへと到着することになる。
「盗賊被害で予定より一週間ほど遅れていますから、少し急ぎますわよ。とはいえ人助けや魔物退治は巡礼の旅において義務ですから、海沿いの町や村へは寄っていきます」
盗賊被害……お父さんの実家のアネス商会があるナスタティンを出たあと、人助けの習わしから盗賊が出るというルートをわざわざ行って、馬二頭と馬車一台が大破したやつだ。
盗賊の引き渡しや代替馬車の購入等で、確かに一週間(この世界では6日)ほど遅れてしまっている。
「予定より物資が少ないですけどそれはどうするんですか?」
馬車一台が大破したので、乗せていた物資を厳選して残りはその場に破棄していったのだ。立ち寄った町で足りない薬が欲しい、といった人助け要件があったとしても、要望に応えられない可能性がある。
「おそらく問題ないでしょう。逆ルートで巡礼の旅に出る者のいますから、そういった要望は少ないはずです」
なるほど、王都カイエンデから海沿いを南下して聖地に行くという、私達とは逆のルートで巡礼の旅をする人もいるわけか。それなら確かに物資が潤沢にある状態なので、私達が物的支援をする必要性は少ない。
「それよりも海沿いは魔物退治の依頼が多いので、アニスは覚悟しておきなさい。いくつかの魔物は魔法を放ってきますよ」
うぇっ!! 魔物退治がメインなの!? ……ん? 魔法を放ってくるって、どういうこと?
「魔物って魔法を使うから魔物なんですよね? 直接的な殺傷力の無い本能魔法を。魔物の本能魔法は魔法使い級の出力しかないから、自身の周辺くらいまでしか効果を出せないはずですけど、それなのに魔法を放ってくるんですか?」
「魔物が使う本能魔法の認識については間違っていませんが、魔物が魔術士級の魔法を使えないと言った覚えはありませんよ。私達人間が詠唱して魔法を放つのと同様に、特定の魔物は鳴き声で魔術士級の魔法を放ってきます」
何それ!? ……いや、よく考えたら当たり前の話じゃん。あののじゃロリ神は精神を宿す有機生命体全てに魔法を使えるようにしたんだから、人間と同じように扱えてもおかしくはない。
――そしてそれは同時に、危険度が跳ね上がるという意味でもある。
「アニスはなるべくモモテアから離れず行動なさい」
部外者のエミリアさんがいるからみなまで言わなかったが、要するに魔力感知要員であるモモテアちゃんと常に行動しろ、ということだ。
魔力感知ができない私は、視界外から魔法を放たれたら為すすべもなくやられてしまう。
そんな会話をしながらしばらく、海沿いの大きな町へと辿り着いた。ラルクシィナが近いので、その恩恵で結構発展しているらしい。
まずは町の精霊院に立ち寄り、今日の宿泊場所を確保。そこの精霊院長にできることがないか聞いてみたところ、今は特にないとのこと。懸念していた魔物退治無し!! バンザイ!!
ここでは新鮮な海の幸を堪能しつつ一泊し、早朝出発。トラブル等何事もなく、次の村に辿り着いた。
着いたのは小さな漁村のようだが、あまり活気があるとは言えない。……まさか!?
「院長から魔物退治を依頼されました。行きますわよ」
予感的中。なんでも海の魔物が時折浜辺に現れてるため、漁へ出るに出れないらしい。
村とは言っても海に面した部分はそこそこ広いため、全員一緒に行動するのではなく、二手に分かれて魔物の捜索と退治をすることとなった。
私とモモテアちゃんとアレセニエさんは分けることができないので、私達三人にプラスパラデシア。もう片方は鰐人のカレリニエさん、猪人ロニスンさん、豚人ラッティロ、国所属の魔術士ウィリアラントさん、そして西大陸出身の同行者エミリアさん。
エミリアさんが使う魔導師級の時空魔法をじっくり見てみたかったのだけれど、エミリアさんをこっちのチームに入れてしまうと向こうのチームはカレリニエさんが紅一点となってしまい、文句が出てくるのが目に見えていたのでやめた。
暗くなる前にやったほうが良いので、お昼をそこそこ過ぎた頃から捜索開始。海岸の真ん中辺りから私のチームは北上、もう一つのチームは南下して魔物を探す。
「ここで出る魔物の特徴はなんですか?」
「大量の長いヒレアシを持った魔物です。普段はタコのようですが、攻撃態勢に入ると立ち上がり、直線的ではありますが素早く動きます。鳴き声が聞こえたら注意なさい。小型の船程度なら穴が空く威力の水弾を口から飛ばしてきますわよ」
マジで危ないな!! そんなの食らったら人間だって穴が空くわ!!
そんなこんなで捜索を開始してしばらくすると、水面に違和感を覚えた。少しづつ近付いてよーく観察してみると、魚の頭上半分が水面から出ているように見えた。
「――お姉様!! そこから魔法が来ます!!」
「イージスシールド!!」
魔物の可能性は十分考慮していたので、モモテアちゃんの咄嗟の声に反応してすぐに無敵の盾を張ると、直後に甲高い鳴き声が聞こえて水弾が飛んできた。水弾は盾で弾かれるも、やはり相当な威力のようで、弾いた水しぶきが空高く舞い上がるのが見えた。
私はすぐに距離を取って皆と合流し、海面から上がってきた魔物の姿を確認する。
頭は魚の形をしており、後ろはタコの頭みたいに膨らんでいる。それだけでも変な生き物だが、もっとおかしいのは足だ。片方八本、左右で十六本の触手みたいなのが付いており、その先は全部魚のヒレになっていた。
そして海面から出てくる時は確かにタコのような動きだったが、私達を敵と認識し、警戒態勢に入ったこいつは今、立ち上がる!!
それぞれの足を放射状に伸ばし、その姿はまるで車輪の付いた魚!! なんだコイツ!?
しかも出てきたのは一匹だけではない。三匹いた。
私はイージスシールドを再び展開し様子を見ていると、案の定というかやはりというか、一匹が足を車輪のように回転させてこちらに襲いかかってきた。
「あの足のヒレに当たると切れますから、注意なさい」
私のイージスシールドの中でパラデシアがそんな説明をする。そういうことはもうちょっと早く言って欲しい!!
一匹がイージスシールドに阻まれて軌道が逸れた瞬間、もう一匹がすぐさま特攻してきた。それも阻むと、間髪入れずに三匹目の水弾が飛んでくる。完全に連携してるなこいつら。
イージスシールドを張っている限りこちらに被害が出ることはないが、こちらから攻撃しないことには埒が明かない。
二度目の連携攻撃を防ぎながら作戦を練り、それぞれ分かれて三匹同時に対処することに。
連携攻撃の合間を縫ってイージスシールドを解き、私とモモテアちゃんの二人で一匹と相対する。
魔物は素早いとはいえ、車輪移動であれば車やバイクと似たようなものだ。咄嗟の横移動は無理なはずである。
私はそう思って、パラデシアが使う風による切断魔法「シュナイデン」を横に伸ばして放った。これなら切り替えして逃げようとしても間に合わないはず!!
――次の瞬間、魔物は伸ばした足を全て地面に付け、タコのように地面を這ってシュナイデンをやり過ごした。げぇ!! 私の考えが浅はかだった!!
でも魔物の動きはこれで鈍くなった。私はすぐに「ファイアケージ!!」と唱え、炎の檻で魔物を閉じ込める。
そこへすかさずモモテアちゃんが「スティンピル!!」と唱えて石の矢を放つと、石の矢は魔物の頭を地面へ縫い付けた。これで死んだかはわからないが、死んでなくてもファイアケージでそのうち焼け死ぬはずだ。
パラデシアのほうを見てみると、氷の球を無数に打ち出すハーゲルで危なげなく仕留め、アレセニエさんのほうは水弾を宝石剣で吸収しながら近付き、足をバッサバッサと切り裂いて動けなくしたのち、頭を貫いてトドメを刺していた。
その後も捜索を続けるも、魔物との遭遇はその一回だけで私達は終了。もう一つのチームも魔物に遭遇して退治したとのことだったので、私達のこの村での魔物退治依頼は問題なく達成となった。