102.魔力枯渇
目を開いた直後に感じたのは、強烈な疲労感。全身に脂汗が滲み出て、呼吸もおかしく、立っていることすら困難に感じ、思わず地面に両手を付いた。――これが初めて経験する魔力枯渇状態か……!!
両手を地面につけると同時にパサリ、と何かが落ちた。左腕と、そして頭の上から落ちたソレは……花の輪っか? 冠?
ふと顔を上げてみると、目の前に果物や花がいっぱいあった。まるで御供え物のように……なにこれ!? 祈る前にはこんなの無かったよね!?
「アニス!! やっと戻ったようですね。一体何があったのか、理解していますか?」
いの一番に駆け付けてきたパラデシアの問いに、私はなんとか首を横に振る。周りを見ると、モモテアちゃんや他のメンバーも何人か居る。そして少し離れた場所で、この神殿の神官や巫女達が歓声を上げている。……よくわからないが、少なくとも尋常じゃない状況だというのは何となく理解できた。
「モモテア、アニスに肩を貸してあげなさい」
「はい!! お姉さま、大丈夫ですか!?」
「ゼヒュー……だいじょゲフッ、ゲフッ」
言葉がうまく紡げない。魔力枯渇がここまでキツいとは思わなかった。相変わらず魔力というものを認識することはできないが、だからこそ気を付けないといけないかもしれない。こんな状態になるのは二度と御免だ。
私はモモテアちゃんの手を借りて、聖地を後にする。神殿内の借りている客間に戻り、ひとまずソファに座らされる。ぐったりとソファにもたれ掛かる私を見かねて、モモテアちゃんが持ってきた水を手ずから飲ませてくれた。冷たい水が喉を通る感覚が心地良い。
戻る道中に何故かぞろぞろ付いて来た神官達をパラデシアはシャットアウトして、この客間には旅のメンバーだけがいる。
「まだ喋るのが辛そうですから、まずは私達から見た貴女の状況を伝えましょう。貴女が聖地にて祈り始めた瞬間、貴女の時間が止まりました。それが一昨日の話です」
は? いや待て、確かにアイツは、現実での私の時間を止めたから精神世界での時間を気にする必要はない、とかなんとか言ってたな……。
それ聞いたら普通、あの世界での出来事は現実では一瞬って思うじゃん!! 二日も時間経ってるんだけど!! 本当に私の現実時間だけ止めないでよ!!
……でもよく考えたら嘘は言ってないんだよな。私の解釈の仕方が間違ってただけで、現実の時間を気にする必要はないとは一言も言っていないのだ。くそっ、それがなんか余計に悔しい!!
「貴女の時間が止まった時、その場に居る何者かが時空魔法を仕掛けたのかと思いましたが、残念ながらその場に犯人らしき人物は居ませんでした。なので犯人探しは後回しにして、まずこの二日間は神殿の判断で聖地を一時閉鎖しました。無防備な状態……とはいえ時間が止まった存在に干渉できる者はそうそういませんが、それでもその状態の貴女を人目に晒すわけにはいきませんし、そもそも信徒でない者には祈る姿を見せられませんからね」
……そうか、グラッジーア軍事長の切り札のように空間ごと時間を止めるのではなく、私だけが時間停止していたら、私は外部からの影響を一切受け付けなくなるのか。たとえば私にナイフで刺そうとしても、私にナイフが刺さることはない。私の時間が止まっている限り「ナイフが刺さった私」という時間が存在しないのだから。ただし時空魔法で止まった時間に干渉すればその限りではないだろうが。
なるほど、この事実を知ると確かに、時間なんて気にせず安心して精神世界に引き込めるな。私が行きたかったかというと完全にノーだが。
「そしてその間に、アニスの時間停止を解く術はないかと、魔術士級かできれば魔導師級の時空魔法使いを探しました。そして一人だけ、旅の途中でこのラルクシィナに滞在していたそれなりに強力な時空魔法の使い手を見付けましたので、彼女に貴女の状況を見てもらうことにしたのです」
彼女、ということはその時空魔法の使い手は女性か。時空魔法の使い手は魔導師より貴重だ。しかも強力と来た。よく見付かったと思う。
「その者に解除を試みてもらったのですが、彼女の持つ力以上に強力な時空魔法が働いているようで、解除は失敗しました。そして私達はその結果と、聖地という特殊な場であることから、あの場に居る者ではない、精霊か、もしくは神が、貴女の時間を止めたのだと推測したのですが――合っていますか?」
それだけの情報でよく正確に状況を当てられるな……。精神エネルギー生命体のアイツは神でもあり精霊でもある。間違いないので私が頷くと、メンバーからは少しどよめきが起こった。
「――肯定した、ということは……ではアニスは、本当に神か精霊に招かれた……というのですね? 貴女が神か精霊だと認識したのなら……相手からそういう情報がもたらされた……つまりは、対話をした、と?」
パラデシアの唇が震えている。パラデシアは神と精霊の信徒だ。神と対話するなど奇跡と言っても過言ではない偉業である。その奇跡みたいなことを成し遂げた人物が目の前にいるのだから、敬虔な信徒なら冷静さを失ってもおかしくない。……って、これ無茶苦茶ヤバい状況じゃん!?
あっ!! 落ちた花冠とか目の前にあった果物とか、あれまさしく御供え物だったってことか!! ここまでくると天の使いとか言われてる場合じゃない!! 神と対話したってことは「神と同じステージに立てる」ということに他ならないのだ!! このままだと現人神とか言われてもおかしくないぞ!!
さてどうしたものか……。正直私も情報過多で混乱している。整理する時間が欲しいところだが、肯定してしまった以上はある程度納得のいく返答をしないといけないだろう。ここには敬虔な信徒が三人もいるのだから。
辛うじてだがようやく息が整ってきた私は、とりあえず混乱の少なそうな話だけをそのまま話すことにした。
「ふぅ……ふぅ……会いました……、神様に」
「精霊ではなく、貴女は神にお会いしたのですね? 間違いなく?」
「間違いありません……」
本当なら神も精霊も同一の存在、高次元の精神エネルギー生命体なのだが、それをパラデシア達に理解させる自信が私には無いため、ここは流した。
「それで、神は貴女を招いて何を語ったのですか?」
アイツが語ったこと――まずは一人称……ってそれは果てしなくどうでもいいな。順を追っていって、重要そうな話だけまずピックアップしていこう。
最初に重要そうな話題は、加護の話か? でも私が受けた加護は人殺しの罪悪感のリセットだ。心の内側をコントロールされるというのは私にとって非常に不快だった。あまり思い出したくないし、パラデシア達にはあまり関係のない話でもある。重要ではない。
次、精神エネルギー生命体という存在を理解できる素養の話。これは私に地球で得た知識があったからこそ理解できたのであり、精神世界に招かれた要因でもある。これについてはさっきも思った通り、他人に理解させる自信が無いから却下だ。
そのあとは私が不信感を抱いているからということで、のじゃロリに姿を変えた。……これもあくまで私だからその姿になっただけで、他の人の前では別の姿になるはずだ。説明する必要はない。
次は少々重要か? のじゃロリ神の目的、精神を宿す生命体を自身と同じ次元まで引き上げること。そしてそのために魔法=超能力を行使できるようにしたこと。
神殿で習った神話は仰々しい上にややこしく書かれているが、実際の歴史は数行で終わるほどシンプルだ。あと本来なら属性という枠組みは存在しないこと。これらはパラデシア達に教える必要があるだろう。
「神様が語られたことは、この地に御降臨なされた目的と、魔法を授けた理由です。私達が魔法を行使し、その力に対して理解を深め続けてゆくことで、私達は神様により近付くことができると、そう仰っていました」
「私達が……神の元に近付ける……? それは貴女が招かれたのと同じように神と対話できる、ということですか?」
「いえ、存在そのものが神様と近い物になる、という意味です。ただし、現時点では理解度が低い、とも仰ってました。本来は属性などという枠組みは存在せず、人間が勝手に当てはめて枷にしている、と」
「……アニスちゃん!! 属性が存在しないとなると、精霊の全否定になるわよ!! 神様はそれについてなんて言ってたの!?」
おわっ!! カレリニエさんから予想外なツッコミ……!! 言われてみればそう捉えられてしまう返答だったな。迂闊だった。だが、問題はない。
「神話では火、水、風、地の精霊を神が生み出し、この世界に自然という存在を根付かせたとなっていますけど、実際には神様は私達の祖先への説明に、あくまで魔法の一例としてその四つの現象を起こしたにすぎないそうです。精霊そのものはこの世界の万物に宿っているので、否定することにはなりません。安心してください」
「なるほど……私達が勝手に魔法は四属性が基本だと思い込んでいるだけで、四属性魔法と異端魔法に分けていることがそもそも間違っていたと、そういうわけですわね? だから理解度が低いと?」
私は頷きながら、同時に次に語るべきことを考える。
この話題の後は――あ、第二王女の嘘をつけなくする能力が精神感応系の超能力=魔法だってことも言ったほうがいいんだろうか? ……いや、これもパラデシア達にはあまり関係ないから語る必要はないだろう。
となると、次は魔物の話だ。魔物も精神を宿す生命体だから、のじゃロリ神の目的である引き上げの対象だ。……この事実は混乱が大きそうだからやめておこう。
それよりは、魔物を食べることで魔力を上げれる話だ。この国では魔術士級、魔導師級の不足が深刻化しているので、この事実はパラデシア達に話して、広く公表するべきだと思う。
――待て、本当に公表していいのか? 下手するとこれ、第二、第三の、モモテアちゃんと同じような境遇の子を生みかねない話だぞ?