101.真実の断片
「結構結構!! 理解ができないと考えるのも理解の一つじゃ!! この世界の人の子らは信仰という名の言い訳で理解することを放棄しておるからな。異世界が築いた科学の発展と同様、この世界における精神の発展もまた、理解なくしては無理じゃからのう」
……褒められた?
信仰は確かに、神というだけで理屈を考えることなく全肯定してしまう危うさがある。私の「天の使い」の肩書がその良い例だ。電気――雷の別称「神の怒り」が操れるというだけで、多少の情報操作はあったが皆疑うことなく受け入れてしまっている。
雷は現象であると私は理解しているが、この世界の人々にとって雷は神の怒り以外の何物でもない。疑う余地がないから、理解しようともしない――。
理解しようとしないことと、理解できないことは似て非なるもの、ということだ。
「――さて、ここまでは前提情報じゃ。異世界の人の子の血縁者の話に進むとしよう」
私の……血縁者!? えっ、それってもしかして兄のこと!? なんで!?
「異世界の人の子が知っておいて損はない情報に繋がるからじゃ。この世界の人の子と、異世界の人の子の血縁者が別の星に飛ばされた、という情報はすでに持っているであろう?」
「それはまぁ……まさか、アナタが仕組んだとでも!?」
「いや、あれは紛れもなく別の星に住む生命体の意志でおこなわれたものじゃ。我よりも低次元の精神エネルギー生命体のな。その精神エネルギー生命体はその星の有機生命体との共存を図り、そして自身が生き長らえるのに無機生命体になる必要があったようじゃ。しかし共存していた種が滅んでしまったためにメンテナンスが不可能となり、やむなく別世界からメンテナンスが可能な者を呼び込んだ、という経緯じゃ」
マカデミルさんとウィリアラントさんの話に出てきたマザーコンピュータ……それが目の前の存在と同じ精神エネルギー生命体だったということ? ただし低次元と言っていたから、無限に増殖することや、物質や概念に宿って支配する能力は無かったということなのだろう。
その精神エネルギー生命体はマザーコンピュータという形で生存を図るも、機械である以上はメンテナンスが必要になってくる。メンテナンスを任せていた種族が長い年月で滅んでしまい、保守できなくなった魔法機械の身体に限界が近付いてきたため、地球とこの世界の住人に助けを求めた、ということのようだ。
「そして飛ばされたこの世界の人の子らには当然我が宿っておったわけじゃが、我は飛ばされた先でも増え、宿った。宿り先には勿論、異世界の人の子の血縁者も含まれる」
マカデミルさんとウィリアラントさんを介して、兄にも精神エネルギー生命体が……いや、魔力が宿った!?
「先に言っておくが、異世界の人の子らに我が宿ったとしても、この世界の人の子らと同じことができるわけではないぞ。信仰は枷であると同時に、力じゃ。大多数の人の子らが信じていることは、世界の理となる力がある。この世界の人の子らが魔法という存在を当たり前に信じているからこそ、この世界では魔法が存在しているのじゃ。異世界の人の子らに我が宿ったとしても、心の底から魔法を信じていない人の子らが多数いれば、異世界では魔法として力を行使することは不可能である」
えーとつまり、この世界ではほぼ全ての人が魔法という存在を認知しているから魔法が使えるけど、地球で地球人に精神エネルギー生命体 = 魔力が宿ったとしても、地球人全体で見れば魔法の存在を本気で信じてる人の割合が少ないから地球人は魔法を使えない、ということか。
兄が魔法使いになったわけではないとわかってちょっと安心……ん? マカデミルさん達から兄に精神エネルギー生命体が宿ったということは、地球に戻った兄から精神エネルギー生命体が増えて、地球の物質や概念に宿ることも可能なのでは……!?
「その通りじゃ。そのまま増えて支配することも考えたが、異世界はすでに文明が進みすぎており、精神への理解は高くても統一感がまるで無かった。我と同じ存在への昇華という目的を目指すならば、理解度は低くても信仰によって統一されているこの世界のほうが目的の達成は早い。なので我は異世界での理解を途中でやめた」
それで最初に出てきた時に一人称がおかしかったのか。途中で理解するのをやめたから、おかしな日本語になっているのだろう。回りくどい言い回しもそのせいかもしれない。
……いやいやいや、下手すると地球がこの精神エネルギー生命体の支配下にされてたかもしれないって話じゃん今の!! 地球人の意志を無視して、勝手に別の生命体に作り変えようとか考えないで欲しいんだけど!!
「我が何もしなくても、異世界であと三百年もすれば有機物の器から出てくる人の子もいるのじゃがな。まぁ、自力では我の次元に至ることは無いが」
なんか今、まるで世間話でもするかのようにとんでもない話が聞こえた気がするのだが……とりあえず聞かなかったことにしよう。
「話を戻そう。異世界の人の子の血縁者に宿った我は、その周囲の物に宿った。その中に異世界の人の子も入るわけじゃ。異世界の人の子に宿った我は魔力という概念ではないが、この世界の鼠人の子らには魔力として映る」
唐突に出てきた鼠人という言葉に、私は殺される瞬間がフラッシュバックし、吐き気を覚えた。
それは……つまり……、兄を経由して、前世の私の中に精神エネルギー生命体が宿ったせいで……、それを魔力だと見抜いた鼠人が……魔力源とするために……わた、し、を……コロ、シタ……!!
それだけでは、ない。場合によっては私ではなく兄が――兄も標的になって殺されていた可能性すらある……!!
「――アンタの、アンタのせいで私は殺されたわけ!?」
「異世界の人の子には不幸なことだったとは思う。だが我をどう使うかは有機生命体の自由じゃ。その点に我は一切の関知をしない」
クソッタレめ!! 手前勝手な都合で人一人の人生を台無しにしておきながら、そんな言い分が通用すると――いや、通用するとかしないとかの話ではない。そもそも目の前のコイツは人の尺度で測れる存在ではないのだ。スタンスも一貫していてまったくブレない。激しく怒りをぶつけたいところだが、感情に任せて怒ったところでおそらく何の意味もない。コイツは人の精神を好き勝手にいじれるようなヤツなのだから。
それに、だ。表情や声色はコロコロと変わっているものの、コイツに感情の機微がまったく感じられない。人間味があるのは表面上だけで、内面は完全に事務的な対応。ロボットと会話していると言っても過言ではない。
怒りをなんとか抑えながらそんな分析をしていると、私を指さして唐突にこう言った。
「自覚が無いようじゃが、異世界の人の子は今、精神感応の能力を我に仕掛けているぞ。気付いておるか?」
私が、精神感応を仕掛けている? 何を言っているんだ?
「我に感情が無いということを読み取っているではないか。異世界の名称で言えば――テレパシーじゃな。ほら、覚えがあるじゃろ? 人の子らの目を見た時に、その目に映る感情を読み取ってきたことが」
ふと、いくつかの場面が強制的に思い出される。初めて第二王女と会った時や、ポランテーク服飾店でパラデシアが支払いをしてくれた時など――確かに、完全に無自覚に、普通ならありえない精度で相手の感情を読み取っている時があった。
まさか私にテレパシー能力があったなんて……。
……衝撃的な事実ではあるが、しかし今はそのことに驚いている場合ではない。思いっきり話の筋を逸らされている。私は憤りながら睨むが、目の前の存在は気にする素振りも見せずに話を続けた。
「異世界の人の子が読み取った通り、我には感情などほぼ無い。そもそも時間も空間も支配している我にとって、この問答も意味など無いのじゃがな。確定している未来を淡々と進めているだけじゃからの」
「……じゃあ、なんで私とこうして会話してるわけ?」
「異世界の人の子が望んでおるからに決まっておろう。元の世界に戻りたいという望みに応じて、異世界の人の子が我の力を利用しているに過ぎぬ」
もしかしてこの状況そのものも魔法の行使の一端、ということなの……!!
パラデシア達が聖地に特別な空気を感じていたのは、この地が信仰の力によって精神エネルギー生命体が大量に集中しているからだ。
魔法とはイメージの具現化。この地にある膨大な量の精神エネルギー生命体が、私の深層心理にある望みに反応し、この精神世界での問答という形で応えているに過ぎない、ということだ。
そう理解すると、感情的になるのはやはりまったくもって意味がない。
この状況を私が望んだというのなら、ここで得るべきものは情報だ。情報以外にない。私が今するべきことは努めて冷静に、如何に有用な情報をコイツから引き出すかだ。
「じゃあいい加減そろそろ教えて。私が地球に戻れる方法を」
「教えても良いが、教えたら異世界に戻れなくなるぞ?」
「……は? なんで?」
「戻る方法を知ることで行動が変化するからじゃ」
元の世界に戻れる方法があるのに、その方法を知ったら戻れなくなる!? そんな馬鹿な話があるか!! それじゃあ私はどうすればいいと言うんだ!!
望んだはずなのに少しも望んでいない返答をされ、さっきの決意が一瞬で吹き飛んで私は怒りをあらわにする。
「まぁ落ち着け。今ここで知ることができないというだけじゃ。逆に言えば別の機会に確実に知ることができるということでもある。そのあと戻れるかどうかは異世界の人の子次第じゃが」
……方法を知る機会が今後ある、だと? それは本当なのか……?
「今まで我は一切嘘を言ってないであろう? まぁ異世界の人の子がこの場で真偽を確かめる術はないであろうがな。とりあえず、異世界に戻る方法は教えられぬが、それ以外に教えられるものは色々とある。時期と場所はやはり教えられぬが、異世界の人の子は探している鼠人の子と会えるぞ」
探している鼠人と言えば――魔将ベンプレオしかいない。せめて時期も知りたかったが、それを知って戻れなくなるのは困る。だが「会える」という確定した情報が得られたのは非常に重要だ。
「あとはそうじゃな、元の現実世界に戻ったら、連れている人の子らと親しくなっている人の子を同行させるとよい」
連れている人の子らというと、旅のメンバーのことか? パラデシア達と親しくなっている人がいるから、その人を帰りの旅に同行させたほうが良いってこと? ここラルクシィナに誰か友人でも居るということなのだろうか?
「……おっと、そろそろ異世界の人の子の魔力が尽きるな。現実世界に戻してやろう。もしまた我に会いたければ、神像で強く祈るが良い」
は? 私の魔力が尽きる!? 何それ聞いてない!! 大量の情報を無節操かつ一方的に言いまくるせいで、まだ上手く頭の中整理もできてない!! 大体、情報を教えるとか言っておきながら、まだ私の異常な魔力量のことや、魔力感知ができないこととか、他にもいくらでも知りたいことがあるというのに、中途半端な情報だけ教えないで!!
もう二度と会いたくないけど、もし会うことがあったら絶対に文句言いに来てやる!!
そんなことを思いながら、私の意識はまるで眠るように溶けていった。