100.神の正体
まさか私が神に会うなどという、ゲームや漫画作品でありがちなイベントに遭遇するとは思わなんだ。
と、そんな事を考えていたら、人型の光は続けて衝撃的な発言をした。
「――僕は神と呼ばれる存在であると同時に、精霊と呼ばれる存在でもあり、魔力と呼ばれる存在でもある」
……なんだって? 神でもあり精霊でもあり、ついでに魔力……えっ!? 全部同一のモノってこと!?
「拙者は自身の存在を定義していない。朕を定義しているのはこの世界の人の子ら――」
「……ストップストーップ!! なんか聞いてておかしな感じするから、せめて一人称を統一して!!」
「ふむ、異世界の特定地域の人の子らが操る言語、自身が何者でもないことを示すにはこの使用方法が最適かと思ったが、この使用方法では混乱を招くのか。ならば異世界の人の子が一人称を決めよ」
何なんだこいつ……本当に神様なのか? とりあえず「異世界の人の子」っていうのは私のことを指しているようだ。回りくどい言い回しを……って、この会話日本語!?
「いかにも、異世界の日本と呼ばれる地域の言語である。それで一人称は何が良いのだ?」
私の心を読まれた!? もしかして本当に神様? ……いや、まだ確信が持てない。神様を自称する何者かの可能性も捨てきれない。
「ここは精神世界であるため、空気振動による意思疎通などといった物理法則に縛られる必要はない。故に思考のみでの意思疎通が可能である。しかし有機生命体である存在には、一定の物理法則に準じなければ精神に異常をきたす恐れがあるため、この精神世界に順応するのは推奨しない。それで、一人称は何が良いのだ?」
心を読まれたことと、この場所についての非常に丁寧な説明が返ってきた。疑問に思ったことには答えてくれるようだが、でも一人称をさっさと決めないと次の話に進みそうにない。
「えーと、じゃあ最初に言ってた『我』で……」
「了承した。では改めて、我の精神世界へようこそ。歓迎しよう、異世界の人の子よ。……ふむ、どうやら異世界の人の子には精神に負荷が掛かっているな。まずはその負荷を失くそう」
次の瞬間、心が軽くなった。具体的に言うならば――人殺しをした罪悪感が消滅した。
「何を……したの?」
「異世界の人の子に負荷を掛けていた罪悪感という感情を初期化した。もし先程の感情が必要であったなら、異世界の人の子がもう一度同じ事象をおこなえば同等の負荷を再度掛けることができる」
私の感じていた罪悪感をリセットしたということか……!? しかし、だからといって罪悪感をまったく感じなくなったわけではない。今の状態でも人を殺すことに強い抵抗はあるので、抱いていた罪悪感を限りなくゼロに下げた、という感じなのかもしれない。
……簡単に心の内側をコントロールされるというのは果てしなく不快である。こんなことができるのならば確かに神様みたいな存在なのかも知れないが、警戒するには十分な理由になる。
「人の子らが言う『加護』を与えれば、今までの人の子らは精神の隔たりを無くしていたのだが、異世界の人の子は逆に隔たりが強くなったようだ。異世界の人の子よ、どうすればその隔たりをなくすことができる?」
さっきのが……加護!? 加護を貰うと、魔力とか収入とかがわずかに上昇するという話だったはずだ。私の状況と似た話ならば、体の不調がほんの少し緩和する話が当てはまるはずだが、私の場合は不調そのものが無くなってしまった。聞いていた話と違うことが起こっているではないか。
正直コイツの存在が全然わからないし、何をしたいのかもわからない。
「人の子らが言う『加護』という現象は、我という存在を将来的に一定のレベルで正確に認識、理解できそうな人の子に与えているものである。ただし、人の子らが定めた信用貨幣制度に介入したことはない。我が与えるのは人の子が肉体的、精神的に望んでいる力のみである」
つまり、肉体や精神に関係する力を与えたことはあるけど、収入が増えたという事例は加護でもなんでもなく、単にその人が仕事を頑張っただけってことか。拍子抜けである。
……いや、今はそんなことどうでもいい。
「じゃあ私の加護はどういうことなんですか? 理解できそうな人に加護を与えているって言ってるけど、神様を自称するアナタを、私が理解できるとはとても思えないのだけど」
神=精霊=魔力とか言ってる存在を私が正確に認識も理解できるわけがない。
そう決め付けている私を他所に、しかし神様と自称する存在は話を続ける。
「異世界の知識があれば、我という存在を高精度で定義し、それによって認識、理解することが可能となる。ここまで高レベルで理解できる有機生命体は異世界の人の子が初めてであるため、この精神世界へと招待した」
地球の知識がある私であれば、この自称神様の存在をかなり正確に理解できるってこと?
まぁ確かに地球の知識がある分、この世界の人達よりは色々なことを正確に理解できるだろう。だからといって神様なんて存在は、やはり理解できるとは到底思えない。
だが、次の発言で私は強制的に理解させられた。
「異世界の知識で当てはめるならば、我の存在は高次元の精神エネルギー生命体というのが妥当と言える。我はこの星のあらゆる物質と概念に存在し、支配するモノである。しかし支配とはいえ、我が自ら何かをおこなうことはない。我を利用するのは、精神を宿したこの世界の有機生命体である」
とてつもなく突拍子もない内容で、あまり話そのものは理解できなかったが、同時に頭の中に情報が流れ込んで来て無理矢理に理解させられた。ついでに強烈な頭痛も起こった。……ぐぅっ、なるほど、精神世界に順応するのは推奨しない、とはこういうことか。
話の内容と流れ込んできた情報を要約すると、この自称神様とやらは言葉通り次元の違う精神エネルギーの生き物で、肉体を持たない。増殖も自由自在だから、この世界のありとあらゆる物質に宿っており、ついでに概念にも宿っている、と。
そしてここからが重要だ。私達が魔法として使っている存在、魔力と呼んでいる物がつまりコイツそのもの、精神エネルギーというわけである。同時にあらゆる物質と概念に宿っていることから、私達から見れば火や水などの精霊が存在している、と認識しているわけだ。
この世界の人々に、精神エネルギー生命体などという存在を理解するのは困難だろう。私のほうが理解できるという意味がよくわかった。
「一つ訂正をしたい。異世界の人の子は先程から我を『神様を自称している』と思っているようだが、我は自称したことはない。この世界の人の子らが、我を神と呼んでいるにすぎない」
言われて私は、あっ!! と呟いた。確かに思い返してみると、最初からずっと「~と呼ばれている存在」って言ってたな。「自身を定義していない」とも。
「じゃあなんで神様って呼ばれるようになったわけ?」
「それは、この世界の人の子らが定義する単位で換算して三千七百二十六年前――」
「ちょっと待った!! なんか長くなりそうだからやっぱりいい!!」
「現実での異世界の人の子の時間は止まっているため、この場での時間を気にする必要はない」
いや別にそういうわけじゃないんだけど……。流れでなんとなく話を聞いてしまっていただけで、私としてはこんな怪しげな空間から一刻も早く脱出したいのだが。
「先程よりは弱くなったが、まだ隔たりがある。どうすれば隔たりを無くせる?」
またその質問か。考えるまでもなく至極単純な話、信用できないからとしか言いようがない。これ以上私の精神を――心を弄くられてはたまったもんじゃない。
「不信感と警戒の感情が存在しているのか。ではこうしよう」
すると、目の前にいた人型の光が収縮し、薄着の金髪ストレートの幼女が現れた。背中には白い羽根と、頭には輪っかまである。
「異世界の人の子が警戒心を抱きにくく、それでいて神と呼ばれても差し支えない姿になってみたが、どうじゃ? 違和感はないであろう?」
幼女が胸を反らしながら誇らしげに五指を当てる。……のじゃロリかよ!!
確かに単なる男性だったら警戒心は解けないし、私好みのイケメンだと別の意味で近付き難い。同性である女性なら警戒心は薄まるし、子供ならむしろ勝手に親近感が湧いてしまう。
ぐぬぬ、シンプルだが効果的だ。これじゃ完全に相手の思うツボ――いや、まだだ。警戒心は薄れてしまったが、まだ信用するには至っていない。
「信用に足る材料があれば良いのじゃな? ならば簡単じゃ。我は異世界の人の子が知りたい情報を全て持っている。この星の時間も空間も我の支配下にあるからな。いつ何処で何が起こったかなど、造作もなく知ることができる」
――私が知りたいこと。そんなの決まってる。私が地球に戻れるかどうかだ。
「……ちょっと待って。時間と空間を支配しているなら、アナタが私を直接地球に戻すことはできないの?」
「さっきも言ったじゃろ。支配しているとは言っても、我から何かをおこなうことはない。我を力として利用するのは、この世界の有機生命体であると」
ぐぬぬ、事はそう簡単に運ばないか。ならば、ここは相手の甘言に乗ってやろう。
「じゃあ教えて。私はどうすれば地球に戻れるの?」
「まぁ待て。それ以外にも異世界の人の子が知るべき情報がある。故に、先程の話の続きを聞いたほうが良い」
先程の話――神様と呼ばれるようになった経緯が私の知りたい情報に関係がある、と? そう言われたら聞くしかない。
そしてまたしても私の心を読んだのか、返答を待たずにのじゃロリ神は続きを話し始めた。
「――我は高次元精神エネルギー生命体であるため、時間にも空間にも縛られることはなく、あらゆる時空間を無作為に漂う存在じゃ。そして先程言った三千七百二十六年前にこの星を見付けたわけじゃが、この星には有機物に精神を宿す、非常に低次元の生命体が存在するではないか。我はこの有機生命体に興味を持った。この有機生命体を我と同じ次元まで引き上げることはできないだろうか? とな」
サラッととんでもない発言が飛び出てきた。人間の次元を引き上げる? ……いや、それが良いことか悪いことかの判断は私にはできない。続きを聞こう。
「そして先程直接情報を与えたように、我を増殖……株分け……分裂……うむむ、全て我という同一存在であるため適切な言葉が存在しないな。まぁとりあえず我を増やして、この星の物質と概念全てに我を宿らせ、あらゆる存在を理解し、そして支配した。その後、この世界の人の子らが聖地と呼ぶこの地に、人の子をかたどって――この姿ではないぞ?――降り立ち、人の子らの前で火を出し、水を生み、風を作り、土を操った。人の子らが我という存在を取り込み、我を理解すれば、人の子らもこのようなことができる、と示したのじゃ。そしていずれ我と同等の存在に昇華されるであろう、と伝えた」
なるほど、魔法の四属性っていうのはこれから来ているのか。神様が操ったその四属性こそが魔法であって、それ以外は異端魔法と呼ばれるわけだ。
「じゃが、この世界の人の子らはいまだ精神というものを理解できていない。我が示したのはあくまで一例であり、属性などという枠組みは存在しない。人の子らは信仰という名の枷によって、我が与えた能力に制限を加えてしまったのじゃ。理解度で言えば、異世界の人の子らのほうが高いと言わざるをえない」
属性なんてそもそも存在しない……? 神聖視しすぎて人間が勝手に枠組み作って当てはめちゃったってこと!? 魔法は本来ならもっと自由自在に操れるものなのに、神様が使ったものしか認めないってなったら、そりゃ確かに枷と言われても仕方がない。
……そしてそのあとの言葉も気になる。精神というものの理解度は地球のほうが高い、と言ったな?
「異世界では非常に希少な存在であるが、精神の扱い方を心得た人の子らがいる。その能力はPSIと呼称されている」
サイ? なんか聞いたことあるような気もするが、何だっけ?
「ESPとPKとも呼称されている。異世界の人の子の言語で呼称するなら――」
――超能力。
ぶわっ、と背筋が凍る感覚がした。
魔法は全部、超能力? 確かに超能力には発火能力、パイロキネシスとか存在する。風や土を操ることを考えれば念動力、サイコキネシスの亜種と言われれば納得である。これらがいわゆるPKだ。
それよりも、だ。私はあることに気が付いた。
第二王女の嘘をつけなくする能力と、前神殿長の相手の欲望を増幅させ手駒にする能力、あれはつまり、精神感応系の能力ということではないだろうか? こちらはESPのほうだ。
そう考えれば色々と辻褄が合う。点と点が線で繋がる。二人共魔力は持っていたし、魔力は精神エネルギーなのだから、精神に作用する使い方があってもおかしくはない。
地球人である私は精神というものに対しての理解度が高いおかげで、王女の能力を自力で破れた可能性も十分に考えられる。
バラバラだったパズルのピースが一気にはまっていくような感覚がした。
ふと、気になることが出てきた。超能力……いや、ややこしいからもう魔法でいいや。気になったのは、魔法を行使した際、精神エネルギー生命体を消費しているのか? ということだ。無限増殖できるから心配する必要はないのかもしれないが、魔力として私達の身体に存在するのだから、それが魔法によって私達の中から無くなっているのか、というのは少々気になるところだ。
「消費しているわけではない。我が宿ることで超能力――魔法を扱う手助けをしているだけじゃ。魔法のイメージを有機生命体に宿る我が受け取り、そのイメージの具現化に必要となる物質や概念、それらに宿る我にアクセスして、事象として転送することで魔法という形で具現化させている。その際、アクセス量に応じて有機生命体に相応の精神的負荷が掛かり、有機生命体は我の一部を一時的に利用できなくなる。これが人の子らが言う『魔力の消費』に当たる」
えーとつまりざっくりいうと、私が「火の魔法使いたい!!」とイメージしたら、私の中の神様が周囲から火を引っ張ってきて、魔法として成立させてくれるという感じか。でも引っ張ってくるのに体力使うから、神様に疲れが溜まってしまう、と。疲れが蓄積すると神様が動けなくなり魔法も使えなくなって、これがいわゆる魔力枯渇に陥った状態となり、魔力を消費したと思われている原因か。
もう一つ気になることがある。人による魔力量の差だ。目の前の精神エネルギー生命体は、この世界のあらゆる存在に宿っていると言った。ならばその量は均一だと思うのだが。何故人によって差があるのだろうか?
「差を生む手段はいくらでもある。人の子であるなら、我が多く宿った存在を経口摂取すればその分が取り込まれ、容易に差を生むことができる」
それを聞いて私は思わず自分の口に手を当てた。魔力が多く宿った物を食べる――それはつまり、魔物……!! 魔力を持つ魔物を食べれば、その分の魔力が自分のものになると――。
……そうか、ここも繋がるのか。
近年魔術士や魔導師が減っていることと、そして畜産業が安定していること。その二つは旅の道中でも会話の一つとして出てきた。
昔は畜産業が安定していなかったから魔物もよく食べていたが、畜産業が安定してからは魔物の肉を食べることが少なくなった。つまり魔力を高める手段が減り、その結果、現在の魔術士級や魔導師級の減少という事態に繋がってるのだ。
そして、モモテアちゃんが魔術士級になってしまったのは、魔物を食べたからということにも繋がる……!!
――そういえば魔物も……魔物も魔法を使う!! 人だけじゃない!! なんで魔物にも魔法を使えるようにしたんだ!? 魔物に魔力が無ければ、モモテアちゃんがあんな思いをすることもなかったはずだ……!!
すると目の前の幼女は、心底つまらなそうに溜め息をつきながらこう言った。
「それも先程言ったではないか。この星の有機生命体を我と同じ次元に引き上げるためであると。精神を宿す存在には等しく与えておる。そこに人の子も、猪人の子も、カリエンデルブの子も、パランケントの子も変わらぬ。人の子だけを優遇する必要も、意味も、我にはない」
その言葉で、私はこの精神エネルギー生命体を本当の意味で理解した。
目の前の存在は、人とは到底相容れることも、理解することも不可能な、完全に異質な存在であるのだと。
100話に到達しました。ありがとうございます。
物語はまだまだ続きますので、これからも楽しみにしていただけましたら幸いです。