99.邂逅
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「ごめん、あんまり大丈夫じゃないかも……」
旅を再開した馬車の中、フラフラな私にモモテアちゃんが心配そうに声を掛けてくれる。
「モモテアちゃんは大丈夫なの? その……初めて人を殺したことについて」
「最初は怖かったですけど、お姉さまを守るためには必要なことだと割り切りました。パラデシア様も褒めてくださいましたし」
うぅ……この世界の常識と私の常識が乖離しているのを感じる。モモテアちゃんと私では、初めて人を殺した者同士だとは思えないほど精神状態が違う。私はあれから悪夢を度々見るせいで、まともに眠れないほど憔悴していた。
「お姉さまが少しでもお休みになれると良いんですけど……」
「それなら、聖地で祈れば良いんじゃないかしら? アニスちゃんも運が良ければ――」
「それって確か、もしかしたら加護が貰えるかもしれないっていう話ですね」
実は聖地にある神と精霊の像に祈ると、稀に加護を授かるということがあるのだそうだ。
そしてそこで授かる加護とは、例えば魔法の威力がほんの少し上がったり、体の不調がちょっと和らいだり、わずかに収入が増えたりと、その人に何かしら有益になることが加護として授かるのだそうだ。ただし加護が貰えるのは本当に稀で、貰えないことが大半らしい。
そもそも巡礼の旅というのは当初、聖地で神に祈って加護を貰いに行くことから始まったのだそうだが、貰えないことが普通なので行くこと自体に目的が変わっていったのだとか。
貰える加護の効果は微々たるものらしいが、それでも加護が欲しい人は何度も巡礼の旅に出るという。……なんだか宝くじみたいだな。
なので今の私の場合、もし加護をお願いするなら悪夢を見ないようにといったところだろうか?
罪悪感を減らすというお願いも考えたが、それはたぶん精神の切り替えで代用できるだろうし、やったらやったで人として後戻りできない恐怖があるので却下だ。
まぁそもそも貰えるかもわからない加護に頼るのは現実的じゃないので、この辺で考えるのはやめておこう。
それから程なくして、今回の旅の目的地である旧王都が見えてきた。旧王都の名前はラルクシィナ。そこに初めて神が降り立ったと言われる聖地があり、その聖地にある神と精霊の像の前で祈りを捧げれば、巡礼の旅の目的が達成される。
こちらも現王都であるカイエンデに負けず劣らずのデカい壁に囲まれており、入都待ちの列ができていた。
馬車で列に並んでしばらく経ち、門番にカイエンデ神殿から発行してもらった巡礼の旅の証明書と、巡礼者の確認が済めば、特に問題なくラルクシィナへと入ることができた。
壁の内側に入ると、これまた大賑わいしている光景がそこにはあった。
「各地の神殿や精霊院から巡礼に来ますからね。信徒でなくても聖地を一目見ようと訪れる旅人もいますし、それら目当てに商売する商人も訪れますから、ここは常にごった返しています」
どうやら観光地として栄えているようである。
まっすぐ大通りを進んでいると、街の中心部に大きなドーム状の建物が見えてきた。そしてその前に人が並んでいるのが見える。どうやらあそこにドームへの入り口があるようだ。
「もしかしてあのドームの中が聖地なんですか?」
「そうよ~。でもあそこに見える列は一般人用で、拝観料取られるから行かないようにね。アタシ達は左側にある神殿から直接入れるから」
言われて左の方を見ると、確かに神殿らしき建物の側面が見える。右手の方にはラックナック山があり、その麓にはお城があるのであれは旧王城だろう。カイエンデと似たような都市設計か?
私達は東門から入ってきたわけだが、南側から入れば神殿、ドーム、王城、ラックナック山と一直線に並ぶので、南門が正面になっているのかもしれない。
まずは神殿へ、ということで神殿の入口へ回ると、こちらにも人が多くいた。しかしこちらは神殿に用がある一般信徒達らしく、巡礼者である私達は神官に尋ねれば神殿関係者用の入り口へと案内される。
馬車を置いてもらい、巡礼者用の宿泊部屋に案内され、一息。あとは聖地の像に祈れば目的達成となるのだが、祈る姿は一般人には見せられないため、拝観が終わる時間まで待たねばならないとのこと。なので私達は早めに夕食を摂ることにした。
「そういえば三人は過去の巡礼の旅で加護は貰ったんですか?」
パラデシアがオススメと謳う食堂で、これまたオススメらしい生姜焼きっぽい肉料理を頬張りながら、私は問いかける。
「私は過去三回来ていますが、貰ってはいませんわね」
「アタシも無いわね。ちなみにアタシは過去二回だから今回で三回目よ」
「オレは去年初めて来て神官になりましたが、貰えませんでした」
見事に全員空振り!! これは期待しないほうが良さそうだ。
食事を終えて今後の道中に必要な物資を調達し、ついでに観光もやって、一般客が聖地に入れなくなる日没を待つ。
神殿に戻って湯浴みを済ませると、巫女さんが今日の巡礼者を聖地へと案内をしてくれる。人数は二十人くらいいるが、その中に部外者であるロニスンさんとウィリアラントさんは入れないので神殿でお留守番。
巫女さんに連れられて来たのは神殿とドームを隔てる扉。若干の緊張感を味わいながら待っていると、巫女さんがおもむろにその扉を開く。するとそこには小高い丘があった。
ドーム内の広さは学校の体育館くらいはあるだろうか? 中は存外に明るく、夜の室内とは思えないほど。左右には柵があるのだが、これはおそらく一般人が立ち入りできる範囲を区切っているのだろう。
そして丘の頂点、ドームの中央には台座のような平たい岩があり、その上に神と精霊の像が鎮座していた。あの場所こそが神が最初に降り立った場所、ということのようだ。
と、ここで神殿関係者ではあるが信徒ではないアレセニエさんとモモテアちゃんは待機。像の前まで行けるのは神官と巫女だけであるため、六人ほど減った人数で歩を進める。
「……やはりこの場所は荘厳な空気が漂っていますわね。身が引き締まる思いがします」
「わかりますパラデシア様。アタシもここの雰囲気にはいつも緊張して慣れませんから」
「確かにアネさん達の言う通り、オレなんかがこの場にいるのが恐れ多い気がします」
えっ!? 三人ともそんな感想持ってるの!? 広いドーム内っていう、他とはちょっと違った空間ではあるけど、小さな丘と像があるだけで、別にそんな気高さなんて微塵も感じないんだけど。私がおかしいのかなぁ……。
そんなことを思いながら像の前に到着すると、各々のタイミングで祈り始める。
私も周りに倣い、右手を胸に当て、左手を開いて高らかに上げながら目を瞑る。
特に何かを考えることもなく、しばらくして目を開ける。
――真っ白な空間に私は浮いていた。
「……は?」
一体何が起こった!? ここはどこだ!?
……いや、この感覚は経験があるぞ? これは前神殿長の能力に囚われた時の状態に似ている。あの時は周りは暗闇で、自分の精神の中だったはず。
しかし今回は少し違う。ここは私の精神の中ではなく、もっと別の場所のような感じがする。……とりあえず分かるのは、何かしらの精神に作用する能力を食らったということだ。これは間違いないだろう。
重力も何も感じないため宇宙空間に居るような感覚だ。前神殿長の時と違ってこの場に対して嫌な感じはあまりしないが、かといってこの状況を楽観するわけにはいかない。
どうにかしてこの能力から脱しなければ。前神殿長の能力のように意識が分割されているわけでもないため、精神的な部分はすべて自分の意識下にある。……万全とは言い難いが。
それでも状況を好転できないかと意識を強く持ったり、元いた場所を強く思ったりといったことを試していると、正面から強い光が現れた。
人型のようにも見えるが、光が強すぎて輪郭がはっきりしない。でも眩しいと感じない。……何なんだこいつは?
警戒心を剥き出しにしている私の目の前までその光が迫り来ると、男性とも女性とも言えぬ声をおもむろに発した。
「異世界の人の子よ。歓迎しよう。我は神と呼ばれているモノである」
……うわああぁぁぁ!! 嘘でしょ!! まさかここに来て神と遭遇するという、異世界転生物のテンプレ展開が来やがった!!