斎藤一
土方は近藤に誘われて道場を覗きに来た。
局長と副長揃っての登場にも気が付かぬ程、道場内の目は一角に集まっていた。
「あれが新たに加わった斎藤君だ」
近藤が指し示すまでもなく、土方も既に注目していた。
新選組内において沖田と並ぶ剣の使い手である永倉。その永倉と互角に打ち合っている者がいる。
それが斎藤であった。
「播州明石藩浪人、無外流を修めたとの事だ」
近藤の説明に、土方は何の反応も示さない。
二人が道場に現れてから打ち合うこと十合、とうとう決着が付いた。
上段に構えたところから振り下ろされた永倉の剣を、斎藤が自らの剣で打ち払った。
素早く永倉の懐に潜り込んだ斎藤の抜き胴が決まった。
「……あれが噂の山口とやらか?」
初めて見る斎藤の正体を土方が見抜く。
土方が江戸にある近藤の道場に帰った頃、その人物は既に姿を消していた。しかし、近藤らから優れた剣の才があると話には聞いていた。
新選組随一の剣士である永倉に勝利し、道場中の歓声を一身に浴びながら、当の斎藤は浮かれる様子も無い。
そんな斎藤に永倉が親し気に話し掛けるのを見て、土方もその正体に察しが付いた。
「明石藩? 無外流? ……眉唾だな」
近藤の道場に居た者たちは再会した斎藤の腕を認め、新選組にも快く受け入れたようだ。
だが、斎藤を見る土方の目は違っていた。
近藤は晩になると、密かに腹心の土方、沖田、山南を呼び寄せた。
新選組の筆頭局長である芹沢が数々の狼藉を働いた廉で、会津藩から誅殺せよとの命令が近藤の下に届いていた。
近藤一派と芹沢一派とで分かれる新選組を一つにまとめるためにも、近藤は狼藉に加わった芹沢一派の粛清を行うつもりでいた。
「実行は、ここにいる三名と原田君とに任せる」
「折良く島原での宴会が予定されている。そこで芹沢を酔わせ、眠っている隙に仕留める」
標的は芹沢、平山、平間、野口の四名。確実に実行するために、もう一人欲しいところであった。
「永倉君は、どうか?」
近藤の提案に土方が首を横に振る。
「永倉君は芹沢とは同門のよしみ。情けから見逃す恐れもある」
「では、斎藤君はどうでしょう?」
発言した沖田の顔を見据えた後、土方も肯んずる。
「永倉君と互角に渡り合う実力は本物。試してみるのも良いだろう」
島原での宴会の後、芹沢らは宿所である八木邸に戻った。
芹沢と平山は一つの寝所を屏風で仕切り、それぞれの愛妾を抱いて寝ているところを襲撃された。
酔いの浅かった平間は襲撃に気が付くと、奇声を上げながら玄関から飛び出していった。
それに気が付いた斎藤が平間を追うも、通りには平間の姿は無い。
「イヤアァァッ!」
暗がりに目を凝らしていた斎藤の右手側から、不意に叫び声が上がった。
それと同時に白刃が斎藤の右腕を斬り付けていた。
(腕……己の腕……)
利き腕の右腕を斬られて蹲る斎藤。平間と思われる敵は、更に刀を振り上げる。
咄嗟に斎藤は残った左手で刀を抜く。暗がりの中、確かな手応えがあり小さな呻き声を残して敵は倒れた。
芹沢らが襲撃を受けた夜、唯一難を逃れていた野口も後に切腹で果てた。
先だって切腹していた新見を含め、芹沢一派は壊滅した。
名実共に新選組を掌握することとなった近藤は、組織の再編を行った。
局長近藤、総長山南、副長土方の下に置かれた副長助勤。その序列三番目に斎藤の名があった。
一番隊長沖田、二番隊長永倉に次ぐ三番隊長である。斎藤は、この両名と共に撃剣師範をも務めた。
年若く、その経歴も土方から疑われていた斎藤自身、驚くような抜擢であった。