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剣客・斎藤一  作者: WhoamI
1/3

山口二郎

 藤堂の剣が山口の剣を打ち落とした。

 すかさず喉元に剣を突き付けられ、山口は降参した。


「お見事」


 一礼をして、あっさりと下がっていく山口に藤堂も気が削がれた。


「山口君」


 道場の隅で正座する山口に沖田が声を掛けてきた。

 常に愛想よく親し気に話し掛けてくる沖田が、山口は苦手だった。


「わざと負けたね? あれは、よくない」


 藤堂との稽古のことを言っているのだと、山口もすぐに合点した。

 開いているのだか閉じているのだか分からない目で、よく見ている。


「藤堂君は負けん気が強い。打ち負かしてやった方が、却って何糞と奮起して強くなれる手合いだよ」


 ご慧眼、という気持ちを込めて山口も頷いてみせる。


「私の知っているのに、そんな男がいてね。弱いくせに近藤先生に何度も挑んでは負かされてたよ」


「例の『バラガキ』ですか?」


 土方、という名前は山口も聞いていた。

 沖田がまだ子供の時分に、近藤を倒すためと息巻いて武者修行の旅に出たという話だった。


「近藤先生の祝言にも顔を見せず……はて、どこで何をしているのやら」


 寂しそうに遠くを見つめる沖田の話に、山口はさして興味も示さず目を閉じた。


 夜、山口は道場主である近藤の家に招かれて夕餉を共にしていた。

 他に永倉、山南、原田、藤堂なども顔を並べる賑やかな席であった。

 口数少ない山口は場に馴染めず、小用に立つ振りをして席を外した。


「……?」


 勝手口の近くまで来たところで、山口は物音がするのを耳にした。

 不審に思い、音の出処を突き止めようとしたところで声を掛けられた。


「山口君」


「……沖田さん?」


 振り向くと、脇差を手にした沖田が立っていた。


「君も聴いたか? 裏にある蔵の方からだ」


 山口と沖田は二人して蔵へと向かう。物陰からそっと窺うと、果たして見知らぬ男が一人、蔵の中を物色しているのが見えた。

 沖田が脇差の鯉口を切る。すると、その沖田の手を制して山口が言う。


「賊は盗みに入る時は気が立っているもの。(おど)せば却って危うい。しかし、立ち去る時には気が緩んでいるはずです」


 年の割に妙に落ち着いて語る山口に、沖田も従った。

 やがて賊は盗品を包んだ風呂敷を背負って蔵を後にする。

 賊が裏口から出ていったその時、山口が動いた。


「……ッ!」


 沖田から素早く脇差を奪うと、音も立てずに賊の背後へと走り込む。そのままの勢いで刀を抜き、賊に気付かれる前に斬り捨てた。

 あまりの早業に沖田も息を呑む。


(何という素早い居合。それにも増して冷静な判断……原田さんや藤堂君では、こうは行くまい)


 地面に伏した賊を気にも留めず、山口は散らばった盗品を拾い集めている。


「沖田さん、私はこのまま立ち去ります。苟且(かりそめ)にも人を斬り捨てた者が出入りをしては、道場にも迷惑が掛かりましょう」


 拾い集めた盗品と脇差とを沖田に手渡しながら、山口が言う。

 そのまま背を向けて去っていく山口を、沖田は止めようとしなかった。

 ただ一言、その背に向けて「恐ろしき男」と呟いたのみであった。

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