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「いらっしゃい、仔猫ちゃん」「やだ、ななつ先輩がなんかカッコいい……」

 太陽が高く昇ったいつもの休日。本日もお仕事を頑張ろうと意気込んだマオは、お店の裏口前に立っていた。

 ポニーテールを揺らしながら、意気揚々とドアノブを掴む。そのまま回し、元気よく開くと真っ先に店長カァタンが作業している姿が目に入ってきた。


「おはようございまーす」

「おはよう。今日も元気だな」

「はい! 今日もよろしくお願いしまーす!」


 ルンルンとしながら、マオは事務室へと入っていく。そんなマオを見送り、カァタンは仕事に戻ろうとした。


 だが、忘れていたことがあった。

 そう、とんでもないことを。


「あっ」


 そのことを思い出したカァタンは、一瞬マオを呼び止めようとした。しかし、そこにはもうマオの姿はなかった。


――まぁ、いいか。


 カァタンはちょっと面倒臭くなった。後頭部をわざとらしく掻いた後、すぐにピークに向けて補充し始めたのだった。



◆◇◆◇◆◇◆



 暗い部屋。カーテンも閉められ、ちょっと不気味な雰囲気が漂っていた。

 マオはいつもと違う事務室に、ちょっと身震いをする。なんだか不気味な部屋に不安を覚えながら見渡すと、奥に見覚えのある背中があった。


「ななつ先輩?」


 思わず名前を呼ぶ。すると机に突っ伏していた背中がムクリと起き上がった。

 ゆっくりと、ゆっくりと振り向かれる。だが、そこにいたのはマオが知っているななつ先輩ではなかった。


「やぁ、おはよう。マオちゃん」


 キラキラと、とても凛々しい目。

 背景に浮かぶ光の輝きはなんだろうか。

 そして、ふっくらとした身体がいつもよりシュッとしているように見えた。


「な、ななつ先輩?」

「なんだい、マオちゃん?」

「えっと、その、どうしたんですか?」


 いつもと違うななつ先輩。

 なんだかカッコいいななつ先輩。

 でも、どこかおかしいななつ先輩。


 マオはそんなななつ先輩に、大いに戸惑いを抱いていた。


「どうしたって? 別にどうもしてないよ。そうだね、ちょっと咳が出るかな。あと気だるさと寒気がするくらいかな?」

「それ風邪ですよ! 大丈夫なんですか!?」


 マオが思わず叫ぶとななつ先輩はフッ、と笑った。


「こんなことで休んでられないよ。僕が抜けたら、お昼のピークが大変になるからね」

「いや、無理しないで休んでくださいよ!」

「ダメさ。ここで僕が抜けたらみんなが困る。それに、もう後戻りはできない!」


 ななつ先輩は時計に視線を向ける。

 十二時まで残り十分ほど。もうすぐマオもシフトインする時間である。


「って、もう時間がない!」

「そう、時間がないんだ。だから先に行ってるね、マオちゃん」

「待って! ななつ先輩、その体調で行っちゃダメですよ!」


 フラフラと、よろめきながら事務室を出ていく。止めようとするマオだが、ななつ先輩はその手を振り払うように仕事場へと向かっていった。


「だ、大丈夫かな……?」


 大きな不安を抱くマオ。

 今日のピークを乗り越えられるのか。そもそもななつ先輩が生き残っているのか。

 いろいろと心配にもなりながら、マオは急いで着替えて仕事場へと向かっていった。



◆◇◆◇◆◇◆



「おはようございます!」


 制服に着替え、靴も履き替えて、マオは仕事場へと入った。

 しっかりと爪の先まで手を洗い、挨拶をしてシフトインをする。パティを焼くカァタンの隣を通り過ぎ、マオはいつものポジションへ着く。

 いつも通りにたくさんのお客さんが入っている店内。怒号のような声が飛び交う中で、レジにはななつ先輩が立っていた。


「お会計は二千五百三十円です」

「お会計は千十円です」

「お会計は四千百八十円です」


 マオは目を疑った。そこに立つななつ先輩は、なぜかたくさんいるように見えた。

 いつもはちょっと遅く、ちょっと不器用で、ちょっと器量が悪いはずである。

 しかしそこにいるななつ先輩は、まさに別人といえる働きぶりであった。


「マオ、何突っ立っているのよ? 早く代わりなさい」

「は、はい、鷹見さん!」


 お鷹様にせっつかれて、マオはななつ先輩と代わろうとした。

 しかし、今のななつ先輩の働きぶりから考えると代わる必要がないのではないのか、と思ってしまった。


「早く代わってやりなさい。あいつ、たぶん四十度近くあるから」

「えっ!? あんなにイキイキとやってますけど?」

「あいつは熱を出すと、ヤバくなるほど動きが良くなるのよ。ほら、顔が真っ赤でしょ? もうすぐ頭がオーバーヒートしちゃうから、代わってあげなさい」


 お鷹様に言われ、マオは半信半疑になりながら足を進ませた。


 いつもと違うななつ先輩。

 いつもと違いすぎるななつ先輩。

 本当にななつ先輩なのか、と不安に思いながらマオは声をかける。


「あの、ななつ先輩――」

「やぁ、マオちゃんおはよう」


 キラキラと、その顔は輝いていた。

 奇妙なことに、先ほどよりもななつ先輩の身体がシュッとしているように見える。


 マオはその姿に、なぜだか胸がトクンッ、と鼓動が跳ねた。


「どうしたんだい?」

「え? えっと、レジを代わろうかなと……」

「おお、そうかい! とても助かるよ!」


 ななつ先輩は満面の笑顔を浮かべ、快くレジをマオへと明け渡す。

 クルリと一回転し、胸に右手を当て、丁寧にお辞儀をするオマケつきでもある。

 マオは奇妙な行動を取るななつ先輩に、若干の苦笑いを浮かべながらレジへと立った。


「ななつくーん、ドリンクお願いねぇ」

「イエス、マイロードッ」


 お鷹様の指示を受け、ななつ先輩はドリンクラインを担当することになる。

 マオはちょっと心配しつつも、いつも通りに仕事を始めた。

 だが、この日のピークはいつもよりヤバかった。人が入っては入り、出ていっては出ていっては出ていく。

 異様な回転率に、マオは対応できないでいた。


「お持ち帰りで、二千五百二十円です」

「あれ? 店内で注文しましたけど?」

「え? すぐに直します!」

「すみません、銀シャリバーガーが来てないんですけど……」

「あ、少々お待ち下さい! すぐにお持ちします!」


 大賑わい、それゆえの大混乱である。

 一生懸命に頑張るマオだが、どうしても対応が追いつかない。


「お客様」


 そんな時に颯爽に現れるのが、ななつ先輩だった。

 マオのミスを帳消しにするのはもちろん、そのフォローでなぜか新たなファンを作るという荒業を見せる。

 普段のななつ先輩では見られない光景だ。


「あ、あの店員さん。お名前を――」

「私はただのパート店員。名乗る者ではありませんよ」


 キラリとななつ先輩が歯を輝かせると、店内には黄色い声が飛び交っていた。


 奇妙な光景ながらも、奇妙に思えない不思議な雰囲気が漂う。

 そんなこんなで、どうにかこうにかお昼のピークを乗り越えたのだった。


「お疲れ様でーす」


 やりきったという思いを抱きながら、マオはみんなに声をかけていた。

 そんな中、ゆらりと揺れる影が目に入る。振り返ると、ニッコリと笑っているななつ先輩の姿があった。


「お疲れ様、マオちゃん」

「お疲れ様です、先輩! あの、体調大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。そうだね、ちょっと後ろに下がろうかな」


 ななつ先輩はそう言って、フラフラッとしながら店の奥へ向かおうとした。

 だが、足を踏み出した瞬間にななつ先輩はバランスを崩してしまう。

 そのままマオに覆いかぶさるように抱きついてしまった。


「え? ちょっ、ななつ先輩!?」


 思わず顔を赤らめるマオは、妙なドキドキ感を抱いていた。

 もしかして、と気恥ずかしさを覚えてしまう。しかし、お鷹様は大きくため息を吐いてななつ先輩の額に手を当てた。


「四十一度二分。よく持ったわねー。ななつくん、明日からお休みね」


 カァタンも額に手を当てる。そして熱があることを確認し、「よし、休め」と指示をした。

 マオは何気なく顔に目を向ける。すると目をグルグルとさせているななつ先輩の姿があった。


 どれほどの無茶をしたのか。

 マオはななつ先輩の根性をちょっとだけ尊敬したのだった。





「転職、したい……」


 しかしその耳には、ななつ先輩の本音は聞こえていなかったのだった。




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