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「感謝しなさい! ナタデココを飲みに来たわ」「いや、タピオカだけど……」

「いらっしゃいませ、こんにちは~」


 お昼のピークが過ぎ、ちょっと落ち着いてきた昼下がり。

 まだまだごった返している店内に、人々はガヤガヤとしながら暇を潰していた。

 ドリンクを作っていたななつ先輩も、ポテトを詰めていたお鷹様も、少しだけだが緊張の糸を緩め始める。


「あ、いたいたー!」


 そんな中、とびきり明るい声が耳に入ってきた。

 目を向けると、マオと同じぐらいの女の子と男の子がカウンターに立っている。


「あ、みーちゃんにるー君!」

「えへへ、来ちゃった」


 どうやら二人は、マオのお友達のようだった。

 どこか嬉しそうな顔をするマオ。そんな姿を見て、ななつ先輩はちょっと新鮮な感覚を抱いた。


「どうしたの急に?」

「マオちゃんの頑張ってる姿を見たいって、るいがね」

「みつきがシェイクを飲みたいっていうから来たんだろ? 変なこと言わないでよ」

「二人ともありがとう! あ、シェイクの種類と大きさはどうする?」


「あたしはストロベリーで一番大きいの!」

「ぼくはバニラで一番小さいのかな」

「かしこまりました! 後で持っていくね」


 楽しげな雰囲気。

 たまにはこういうのもいいかな、とななつ先輩は思っていた。

 だが、不穏な影というものはこういう時にこそ差し込んでくる。


「あら、こんな所にいたの?」


 それは、あまりにも強烈な姿だった。

 背中にかかるほどの長いウェーブがかった黒髪。

 パッチリとした金色の瞳。

 赤と黒を基調としたゴスロリな服装。

 お人形さんみたい、と言ってしまえばそれまで。しかしそれ以上に、場の不釣り合わせな姿が半端なかった。


「あ、ダリアンちゃん」


 マオはパチパチとしながら、ゴスロリ少女の名前を呼んだ。

 するとカウンターで和気あいあいとしていた二人組が、とっても嫌そうな顔をし始める。


「ここで働いているのね。まあ、なんて小さなお店かしら。あなたにはとってもお似合いよ」


 ななつ先輩はその言葉にムッと来た。思わず出ていこうとした瞬間、誰かに肩を叩かれる。

 振り返ると、真剣な目つきをしているカァタンの姿があった。


「少し様子見ろ」


 まだ出る幕ではない。

 そう言っているようだった。


「ちょっと田中! アンタ自分が何を言っているのかわかってるの!?」

「わからないほどバカじゃないわ。まあ、こんなところで燻っている小鳥遊さんよりはマシかしら?」

「ダリアン、君は――」

「アンタ達の文句なんて受けつけてないわ。そうね、小鳥遊さん。何か言い分があるなら利くけど?」


 言葉でまくし立てられるマオ。

 ななつ先輩はそんな光景を見てどんどんと腹を立てていた。

 しかし、マオはニコッと笑う。いつものように営業スマイルを浮かべ、ダリアンに定型文をぶつけた。


「ご注文はいかがいたします?」


 マオは安易な挑発には乗らなかった。それだけでダリアンより上手であることが証明される。

 ななつ先輩はそんな姿を見て、ちょっとだけ安心した。


「ふん、ならいつまでも燻っていればいいわ」


 一方、ダリアンはとてもつまらなさそうな顔をしていた。

 静かになった店内。それはとんでもなく居心地が悪いものだ。

 しかしダリアンは、それに臆することなくマオと向かい合う。


「いいわ。せっかく来たんだし、注文してあげましょうか。

 そうね、ナタデココを一つお願いしようかしら」


 店内が一気にざわついた。

 ななつ先輩も思わず耳を疑う。


「何を言ってるの、ダリアンちゃん?」


 さすがのマオも呆れている。

 そう、このお店にはナタデココなんてものはない。

 あるとすれば、タピオカだ。


「あら、最近ブームになっているナタデココがないの? 遅れてるわね!」


 ここぞとばかりに攻め立てるダリアン。だが、ブームになっているのはナタデココではなくタピオカである。


「あのね、ダリアンちゃん。ブームになっているのはナタデココじゃないよ?」


 マオが反撃する。

 ななつ先輩をこれみよがしに拳を握り、応援し始める。


――そうだ、マオ。今こそ特訓の成果を見せる時だ!


「ブームになっているのは〈ピスタチオ〉だよ!」



 店内の全てがずっこけたような音が聞こえた。



 静まり返るお客様。もはやどうツッコミを入れればいいかわからない顔をしている。


「ハァ? ピスタチオ? 何バカなことを言ってるの?」

「ナタデココじゃないってことは言っておくからね! ブームになっているのはピスタチオ!」

「あり得ないわ。そもそもピスタチオって、お酒のつまみじゃない。だったら断然ナタデココのほうがあり得るから!」


 火花を散らし、いがみ合う二人。

 ななつ先輩はそんな光景よりも、マオがタピオカということができなかったことがとても残念だった。

 あんなに頑張っていたのに、あんなに特訓していたのに、やっぱりピスタチオに支配されているのだ。


「ナンテコッタ」


 カァタンがボソリと呟いた。

 もはやツッコミを入れる気力すらないななつ先輩は、ただただ泣きながらスルーする。


「ナタデココ!」

「ピスタチオ!」

「ナタデココ!」

「ピスタチオ!」


「ちょ、ちょっと二人とも!」

「落ち着きなよ! マオは仕事中だろ!?」

「「二人は黙ってて!!!」」


 譲れない戦いがここにある。

 例え譲ったとしても、間違いには変わりないが。


「ななつく~ん」


 ななつ先輩がとめどなく涙を溢していると、閻魔の一声がかかった。

 振り返ると怒っているのか笑っているのかわからない顔で、立てた親指を下へ向ける。

 どうにかしろ、というサインである。


「行ってこい」


 カァタンからもゴーサインがかかり、ななつ先輩が仲裁に入ることとなった。

 なんだかわからないが、とんでもなく悲しい気持ちになりながらマオとダリアンの間に割って入るのだった。


「ホントいつか、転職しよう……」



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