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「ピスタチオすぐ飲みでお願いしまーす」「え? タピオカじゃないの?」

「こんにちは、いらっしゃいませ~」


 雑多で、賑やかな声が響いていた。

 とある日曜日の昼下がり。日本のどこかに存在するちょっと有名なバーガー店〈モットバーガー〉は、本日も繁盛していた。


「店内でお召し上がりでしょうか?」

「テイクアウトで」

「お持ち帰りですね、かしこまりました~」


 行列ができるほどいっぱいいっぱいの店内。人々が待ち時間を利用して、適当に雑談する中でオーダーを取る少女は笑顔を振りまいていた。

 そのすぐ近くには、ぽっちゃりとした男がいる。丸々とした身体に、メガネ、そしてスポーツ刈りにされた茶色がかった黒髪だ。

 ピンク色に近い赤いシャツに、黒いズボン。その上にサロンで身を包み、髪が落ちないようにキャップをかぶっている。


 体型に似合わず、男は忙しそうに素早く動いていた。物量作戦を仕掛けてくるドリンク軍団の攻撃を躱し、確実に殲滅するために必要なもの全てを準備しているのだ。

 厨房のほうも入り込んでくるオーダーを片付けるために、バーガーを作り込んでいた。

 ジュージューと響く美味しそうな音。

 パチパチと響かせながら上がるポテト。

 たまに入ってくるホットドッグなど、レパートリーは豊富である。


「あとは、タピオカ一つ」

「かしこまりました。ご注文は以上でしょうか?」

「ええ、以上です」


「ではオーダーの確認を致します。

 チーズバーガーが一つ、ポテトSセットでメロンソーダが一つ、あと単品でタピオカが一つですね。お会計は――」


 いつもの光景。いつもの忙しさ。いつものやり取り。

 しかし、ぽっちゃりとしたメガネは少し心配していることがあった。

 それは、オーダーを取っている女の子がとんでもなく天然であるということだ。


「では、出来上がり次第こちらの番号でお呼びします。お待ちくださいませー」


 そんな心配は不要だったか。そう思えた時だった。


「お願いします! あ、()()()()()はすぐ飲みでーす」




 一瞬だけ、店内が静まり返った。



 それと同時に、ぽっちゃりメガネの動きも止まる。

 ぎこちなく首を回し、厨房へ顔を向けた。すると一人のおばちゃんが呆れた目を向けながら鼻で笑っていた。


「全く、どんな教育をしてるのかしら?」


 ハッキリと、ぽっちゃりメガネの耳の中へと入ってくる。思わず「くぅっ」と奥歯を噛んでしまうが、おばちゃんはすぐにポテトを詰め始めた。

 何気なく店内へ目を向けてみる。するとさっきまでガヤガヤとしていた客達が、なぜかヒソヒソと言葉を交わしていた。


「ねぇ、今ピスタチオって言ったよね?」

「タピオカって、最初言ってたよ?」

「というか、ピスタチオとタピオカって全然違うくね?」


 あまりにも強烈な言葉。

 だからなのか、店内にいる全ての客がピスタチオで持ち切りになってしまった。


「ななつ先輩」


 ついつい頭を抱えていると、ぽっちゃりメガネに女の子が声をかけてきた。

 その顔を見ると、どこか怒っているようにも見える。


「先輩、早くピスタチオを作ってくださいよっ。お客様が待ちくたびれてます!」


 ななつ先輩と呼ばれたぽっちゃりメガネは、タピオカを注文した客に目を向けた。

 見た限り、ちょっと混乱しているように見えた。

 当然である。客が注文したのはタピオカであり、ピスタチオではない。


「えっと、マオさん? お客様が注文したのって……」

「ピスタチオです!」

「いや、うちの店には――」

「とにかく作ってくださいよ! ほら、バーガーできてるし!」


 なぜか年下の女の子に怒られるななつ先輩。

 正そうにも時間がない。それどころかピスタチオを作れと急かされる始末であった。


「ななつく~ん」


 嫌な声が聞こえた。

 振り返るとそこには、嫌味を言ったおばちゃんが笑顔を浮かべている。

 思わずバーガーを作っている店長へ目を向けた。しかし、店長はバーガーを作るのに集中しているためか、気づいていない。


「悪い、頑張れ」


 いや、違う。ななつ先輩は店長に見捨てられたのだ。

 思わず、おい河童っ、と叫びそうになる。だがそれよりもおばちゃんの笑顔が恐ろしいことになっていた。

 親指を立て、首を切る仕草をする。『さっさとやれ』というサインだ。


「先輩っ!」


 マオにも催促され、ななつ先輩はいろいろと諦めた。

 ひとまずピークを乗り越えよう。そう考えて仕事を再開するのだった。



◆◇◆◇◆◇



「ななつくん、毎回、言ってんだけどさぁ」


 ななつ先輩は正座をしていた。

 どうして正座をしていたのか。理由は簡単である。

 後輩、マオの教育が行き届いていなかったためだ。


「なんであの子、タピオカをピスタチオって言っちゃうの?」

「えっと、それは、僕にもわかりま――」

「わからないの? 先輩なのに?」


 ななつ先輩は思わず拳を震わせた。

 心の中で『わかる訳ないだろ!』と叫ぶ。だが、目の前にいるおばちゃんはそれを許してくれない。


「ななつ君。こんなこと言いたくないんだけどさ、あの子の教育もっとしっかりやってくれない? じゃないとこっちのリズムとテンポも狂っちゃうのよ」

「すみません」


「あなたも新人時代はとんでもない出来損ないだったけどさ、ここまで頑張ってきたんでしょう? というか、ここに来て何年だっけ?」

「四年目です」


「ならもっとしっかりしなきゃ。それで四年って言われたら、庇えないからね」

「はい、精進します」


 一連の説教を受け、パートのおばちゃんことお鷹様は去っていった。

 ものっすごい甘ったるいタバコのニオイを残して。


「ハァ……」


 ななつ先輩はメンタルがボコボコだった。

 休日の一番のピークを乗り越えた後の説教だ。メンタルに来ないほうがおかしい。


「マオさんに言わなきゃ」


 もはや怒りよりもズシッとくる疲労感のほうが大きい。とにかくこの精神的疲労を少しでも減らすために、ななつ先輩は動き出す。


「あ、お疲れ様です先輩」


 後輩アルバイターこと、マオが事務室へとやってくる。

 その顔はとても充実しており、本日もやりきったという清々しい笑顔で支配されていた。


「ああ、お疲れ様」

「先輩、休憩時間ですよね? なんで正座をしているんですか?」

「精神統一が趣味なんだ」

「変わった趣味ですね。私は足が痛くなりそうだから、やらないかなぁ~」


 マオは笑う。年相応の笑顔を振りまいていた。

 ななつ先輩は愛想笑いをしながら、心の中で『お前のせいだよ』と叫んでいた。

 敢えて口にしないのは、ななつ先輩の慈悲である。


「ところでマオさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「なんですか?」

「どうしてタピオカを、ピスタチオって言っちゃうの?」


 ななつ先輩が何気なーくといった雰囲気で話題を切り出す。

 するとマオは、驚いたかのような表情を浮かべて「えっ?」と声を上げた。


「あれ、ピスタチオじゃないんですか!?」


 ななつ先輩は頭を抱えた。

 本気で驚いているマオに、頭を抱えていた。


「えっとさ、オーダーを取る時はタピオカって言っているでしょ? それがなんでピスタチオになっちゃうのかなって思ってね」

「そもそも、ピスタチオじゃなかったんですか!? 私、ずっとピスタチオだと思っていたんですけど……」

「うちで取り扱っているのは、タピオカかな」

「えぇえええぇぇええぇぇぇぇぇっっっ」


 それは、マオにとって衝撃的な言葉だったようだ。

 ななつ先輩はそれに、顔を引きつらせた。笑顔のまま引きつらせた。

 しかし、マオはお構いなしにななつ先輩へ詰め寄る。


「そ、そうだったんですか!? 私、私、ずっと間違っていたんですか!?」

「そ、そうだけど……」

「なんで教えてくれなかったんですか!?」

「いや、教えなくてもわかるもんだし」


 そもそも、どうして間違えるのかな、とななつ先輩は思った。


「う、うぅ」


 マオは悔しそうに泣いていた。ななつ先輩はそんなマオを見て、困惑する。


「マ、マオさん? そんなに衝撃的だったの?」

「私、もうオーダー取れない。取れないよぉー」

「いやいや、そんなことで悲しまないでよ!」

「すみません、もう私には資格はありません。このまま辞めさせて――」


「いやいやいや! 大丈夫だよ、ちょっと間違ってたくらいでそんな責任取らなくても大丈夫だからさ!」

「でも、でもぉ!」

「タピオカをピスタチオって言い間違えなきゃいいんだよ! それだけだから! だからさ、辞めなくていいからね!」


 マオはグズグズとしていた。

 必死に励まし、引き止めるななつ先輩は『あれ、なんでこんなことになっているんだ?』と思っていた。


「と、とにかく、次は頑張ろう! ね?」

「はい、頑張ります……」


 ひとまず理解してくれたようだった。

 マオがグズグズと泣きながら去った後、ななつ先輩は大きく息を吐き出していた。

 そして、天井を見上げながら思う。


「転職、いつかしよう」



◆◇◆◇◆◇



 マオにちょっとした注意をしてからほぼ一週間。忙しい週末がやってきた。

 いつものように雑多な店内。人々が暇潰しに会話を交わす中で、いつものやり取りがされる。


「いらっしゃいませ、こんにちは~。店内でお召し上がりでしょうか?」

「はい。えっと、タピオカを一つください」

「かしこまりました。タピオカが一つですねぇ~」


 忙しい中で、いつものようにオーダーが入る。

 ななつ先輩は身体に似合わずせかせかと動き、ドリンクを並べていく。


「ドリンクオーダーです。ピスタチオお願いしまーす」


 だが、その言葉を聞いた瞬間にななつ先輩の動きが止まった。

 足が凍りついたかのように動かなくなる。

 同時に感じたことのない殺気を、背中に感じてしまった。


「ったく、あれで四年なの?」


 最大の嫌味であり、最大の屈辱だった。

 ななつ先輩は「くぅぅっ」と悔しそうに奥歯を噛み締めながら、本日も忙しい時間を頑張るのであった。



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